寝物語って意外と難しい
「メープル、そろそろ寝なさい」
「え、でも……まだこの編み方習得してないの」
シーダーの声掛けに不満そうなメープル。
まあだいぶ夜も更けてるもんね、そろそろ10時を回るだろう。子供はたしかに寝る時間だ。実のところ私は今も昔もそんな時間に寝た覚えはないんだけども、一般家庭では寝ていたはずだ。
「メープルちゃん明日も教えてあげるから、寝よう。お兄さんの言う事ちゃんと聞かなきゃ」
そう言えばこの兄妹の親は?などと取り留めのないことを思ったけど、見かけないところを見るに、聞き辛いね。世の中には不用意に突っ込んじゃいけない部分があるのです。
「カナメ、ダークエルフの寝床は隣の部屋に用意してある。ヒトの慣わしから奴隷に寝床を用意する必要は無いと聞いたが、夜は冷える。一応毛布を余分に数枚置いている」
「わー、ありがとうございます!」
そういや奴隷にベッドは無いんだっけ。ジバルでもあったなーそういう騒動。何か遠く感じちゃうけど、3日前なんだな。
「へー、これがエルフ式ベッドか」
木箱の様なものの中にフカフカの布団やら毛布やらが敷かれていた。何かこの形式のベッド、ヨーロッパなへんで見たことあるなー。ちゃんと掃除しないとカビるんだっけ?
毛布や布団は色彩豊かな刺繍が入っていて、なんだか勿体ない気分だ。
言っちゃえば、高そう。
ま、ダークが寝るんだし、関係ないか。
眠かったのか、特に何も知らせずさっそく布団の上に座ったダークは、さっきの部屋以上に不機嫌そうな顔をしている。とりあえず隣においでのジェスチャーをされたのでベッドの木枠に腰掛けた。
「なに、ダーク何かあったの?」
そういや、あの口の形どんな意味かシーダーに聞き忘れたな。
日常会話程度ならエルフ語習得したいね。明日はメープルちゃんに色々習おうかな。
と、ダークは私の問いかけに、ムスッとしたまま口をパクパクさせた。
「え、なになに」
次いで口から外に向かって手を上下に動かしていくジェスチャーをしている。そして、両手を合わせて頬に寄せる。
これは、何だ?最後は分かったというか、よく使うジェスチャーだ。寝るって意味。
でもその前が分かんねーよ。
世界のみんな、私に理解力を分けてくれ!
子供……寝る前……手が上下する、口パクパク……。
「……わかった!アレだ!寝る前のお話だろ?」
私がジェスチャーをし返す。ダークは、そうかもしれないみたいな反応をしてコロンと横になった。
で、隣をポンポン叩く。
これは……隣で寝ろってことか?
「良いの?あんた一緒に寝るの嫌なのかと思ったけど」
私を指さして、自分の隣のスペースを指さして、最後に寝るポーズ。
これは流石に分かるっていうか……可愛いっ!そもそも寝るのジェスチャーの時点で可愛いんだよ!エルフってアレか?エンジェル製造種か?
とりあえず、きゅんきゅんするわ。
で、私がダークの隣に横になると、不機嫌がちょっと直ったらしい。眉間のシワがなくなる。
うーん、やっぱさっきもチラッと考えたけど、この反応は嫉妬なのかな?ダークも難しいお年頃だしねぇ。
で?お話だっけ。
こいつ言葉わかんないのに、話しかけて意味あるのかな?とか思うけど、とりあえずご希望に沿うしかないか。
「むかーしむかーしあるところに……」
待てよ。
昔話って何があった?
亀助けたのって桃太郎か?いや、鬼倒したのか?え、でも何か動物助けてたよな?金太郎は?あいつ何やってた?熊がどうのこうのは一寸法師か?
かぐや姫は国語の授業でやったけど……めっちゃ長くね?多分帝の求婚まで辿り着けねぇわ。
シンデレラとかはなんとなくなら知ってるけど……いや、王子ってどんな立ち位置だっけ?あいつ隣国出身?魔法使いとどんな感じで知り合ってたっけ?
詳しく知らないのに話しちゃダメだよなー。
うわー、私、まともに昔話出来ねぇ。
ジーーー。
これは、ダークの視線のオノマトペだ。
顔はムスッとしたままだけど、オレンジの目に期待が篭ってるように感じる。
やめろ!私に期待するな!
ちょ、帰っていい?一旦日本帰っていい?勉強してくるから!
と、別の意味で元の世界に帰りたくなったけど、実際どうしようかなぁ。寝る前のお話出来ないって大人として恥ずかしいよな。盲点だったわ。
「うーん、歌でいい?」
ダークは相変わらず私を見つめながら、パチッと瞬きした。
それは、肯定と受け取りますよ?
何歌おうかな。
ちょっと古いけど、米々部『浪漫〇行』かな。夢があっていいでしょう。夢だけに。
歌い始めてすぐにポーンと音が鳴った。
《熟練度が一定数を上回りました。スキル『歌唱LV3』が解放されました》
《歌唱LV3:精神状態を高揚させる》
高揚って、良いのか?悪いのか?分かんないなー。まあ、オンにしとくか。
と、隣の部屋がドタドタと少し騒がしくなった。シーダーさんが起きちゃったのかも。
流石にちょっと煩かったか。隣人迷惑を考慮して声量をもっと抑える。
視線を隣の部屋からダークに移したら、私に背中を向けていた。規則的な呼吸を見るに寝ているみたいだ。
2、3回脇腹あたりをポンポン叩いてあげて、私もダークに背中を向けた。きっと背中合わせの方がダークも安心して寝れるだろうからね。
でもいつか、呪いを解くために触ってみたいもんだ。不意打ちなんかじゃなく、ちゃんと伝えて呪いを解きたい。明日シーダーに通訳してもらおう。
コツン。
背中に固めの感触があたる。次いで服のはしを軽く引っ張られる感触。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
振り返らなくても分かる。ダークの頭が私の背中に当てられて、擦り寄った状態なはずだ。
「私、ダークに好かれてるって思っても大丈夫かな?」
ずずっ
鼻風邪かな?後ろから鼻をすする音が聞こえてきた。この布団、埃っぽかったかな?そういうの鈍いからよく分からないけど。
ぐすっ
もしかして、泣いてんのかな?
情緒不安定なお年頃ってことか?あ、故郷に近づいたから懐かしいのかも。そう考えると、この家もエルフの文化圏だから郷愁がわいてるのかもしれないな。ホームシック的な。
何にせよ、男の子が泣いてるなら振り向いちゃダメだよねぇ。難しいお年頃だし。
風邪だけは引かないようになるべく肩に布団がかかるようにして、後ろを向いたままダークの頭頂部をポンポンと叩いた。
はっきり言って、私は浮かれていた。
気づかなければいけないことが既にあったのに。私は多くを見逃していた。
この時、彼を抱きしめて寝ていたら。奴隷の距離制限をかけていたなら。
ダークにずっと尋ねたかったこと、言いたかったことをシーダーを通じて早く伝えていたなら何か変わってたかもしれない。
いや、もっと単純にあのダークの口パクの意味をすぐにでも聞いていたなら、私の対応はもっと変わっていたはずだ。
次の日、ダークは部屋の何処にもいなかった。
隣の空いたスペースの冷たさがやけに印象的だった。




