泣く子はいねがー(なまはげ風)
一週間お待たせしました。すみません。
食事も終えてひと心地ついた。絨毯の上には空の器が並べられているんだけど、これは洗うのを手伝わなきゃだね。ご馳走のお礼のためにも、奴隷らしさを出すためにも。
そう思っていると、コンコンと小さなノックが鳴った。
「メープルか。入ってこい」
「はい、食器を下げに来ました。お食事は終わりましたか?」
シーダーの返答を聞いて、高い子供の声で訪ねながら少女が入ってくる。
ダークより小さい……7歳くらいかな?
髪や目の色はシーダーと同じで眉毛とかの基礎パーツに関する顔立ちは似てなくもない。だけど、圧倒的に違うところはフニフニしてそうな頬と西洋の人形のような緩くウェーブした長い髪、フサフサのまつ毛ってところかな。背の高さも100cm行くか行かないかくらい。そんな子供がトコトコと歩いてくるのである。
真面目に天使だと見間違えたわ。
「可愛い……!シーダーさんの娘さん?」
「いや、妹だ」
「わ、そうなんすか。結構年が離れてるんですね……」
こんな妹を持つなんて羨ましいぞ!
そしてこんなゴツゴツの厳つい兄貴がいるとか、犯罪臭がっ!
「メープルちゃん、気をつけなよ?」
私の持つ食器を片付けようと伸ばしてきた幼い手を取って告げてみた。
まあ気をつける対象としては真面目そうな奴だしありえなさそうだ。どっちかと言うと、その他の男どもとか、危険じゃん。とにかく気をつけて損は無い。お姉さん心配だよぉ。
バシッ
手が払われた。
「触らないで下さい。ヒト臭くなるっ」
小さな幼子の声とは似つかわしくない辛辣な言葉がかけられた。天使の表情が侮蔑的なものに対した時のように歪められている。
ポカンとする。
え、今、なんて?臭い……?
「えっ!マジで?私臭いの?!」
慌てて服とかの匂いを嗅いでみるけど、当然ながら自分じゃ分かんない!
女のくせに臭いとか、いや男だとしても断固改善せねばならない事案である!
しかも臭いことに気づいてなかったところが大問題だー!!
「え、ダーク、シーダーさん、私って臭いの?!」
ダークは言葉通じないけど、メープルの険悪な雰囲気を読み取ったのか、無言で私と少女の間に割り込んできた。こういうとこ、紳士だと言うかなんというか、いい奴だな。
で。メープルが、相変わらず蔑んだ目線を向けながらふんと鼻を鳴らす。
「狡猾で汚いヒトの上に、奴隷なんでしょ?臭いに決まってるじゃない。近づかなくても分かるわ」
oh......
もしや、アレか?小学生とかがよくしてる、〇〇菌とかと同じレベルのやつ。
えー、こんな小さな子が言うとか、明らかに大人の受け売りだよな。エルフとヒトってそういう確執があんの?困ったなー。ややこしいしめんどくさい……。
「メープル辞めろ。その者は同族の……」
「同族のものだろうと関係ないわ。お兄様もこんなのと会話だなんて、お口が腐ってしまうわよ」
「……謝りなさい。その様な礼儀を欠く言葉、直接言うような事ではないだろ」
「お兄様だって思ってるくせに。先生も言っていたのよ。ヒトは数が多くて欲望深く、争いを止める脳もない愚か者ばかりだって。そんな愚か者と話すようなこと、何も無いわ!」
メープルは正義の鉄槌でも下してやったぞと興奮しているのか、膨らんだほっぺたが赤く染まっている。
きっとこのヒト語?(つまり私のわかる言語)でこの子が兄貴と話しているのもわざとなんだろうねー。
「はぁ、申し訳ない。兄として妹の代わりに謝ろう。最近は特にヒトの国との情勢が不安定でな。大人どもの影の部分をどこからか仕入れてくるらしい……」
シーダーは表情を困らせながら詫びてくる。
この人はそういうの好きじゃなさそうだもんねぇ。潔癖というかなんというか……でもメープルの言葉を否定はしないんだな。
まあどうでもいいや。
「…………みろよ」
「「え?」」
ん?どうやら私の言葉が聞き取れなかったらしい。シーダーとメープルの声が重なった。
うん。確かにちょっと小さかったかな。
すうっと息を吸って……。
「本当に口が腐るかどうか確かめてみろよっつってんだよ。このガキンチョー!!」
「きゃ!!?」
私はダークを押しやってガバッとメープルに襲いかかった。ぐいと抱き寄せて片手で胴体と腕を拘束して、もう片方の手で両頬を掴んで口をタコみたいになるように押した。
柔らかっ!!
いやいや、今はそれは置いておこう。
プニプニのほっぺたを堪能しつつ、私はメープルの顎をあげさせて、正面から見つめた。
「あんた、ちゃんと聞いたのかよ、その先生ってやつに。ちゃんと考えたのか?何が原因で、どういう過程で、腐るってのはどんなふうに?言ってみろよ。よく喋るその口でさ」
「むぐぅ」
プニプニプニプニ……。やばい、至福だ。
「確かに私は馬鹿だけどな。他人の言うことをなぞるだけの馬鹿はどうなんだよ。同等じゃないか?せっかく私っていう検証材料があるんだ、ほんとに腐るかお前自身で確かめてみな。ほらほら」
「ひぃぅ……そ、それは先生は言ってない……です。く、腐らない、です」
メープルが蛇に睨まれたカエルよろしくビクビクと怯えた表情で答えた。タコの口で言うのもまた可愛らしい。
って、蛇って誰や!
自分で自分にツッコミしちゃうわ!
「ったく。そんっな非科学的なこと、言ってて恥ずかしくない?」
「う、うぅ。だって、だってぇ……うぇーん。〇△¥〒ー!」
メープルが年相応の顔して泣き始めた。
私の腕の中でジタバタしてるけど、離してやるつもりは端からない。
軽蔑だのなんだのは、このタイミングで自由にしちゃうと余計嫌悪感が深まるからね。泣き止むまで離すつもりは無い。
まあ、さっきの言葉は決してガキに先ほどのシーダーのお返しがしたくて言ったわけではない。そんな大人気ないことはしない、決して。
そんでもってこれは大人としての助言であって、全然、全く、これっぽっちも、小学生低学年レベルのガキの誹りにイラッときたからとかではない。大人としてね、窘めなきゃだよね、うんうん。
「お前が悪い。カナメ、お前の言の方が正しい。怪我をさせる以外ならば好きにしてくれていい」
「いやいやお兄ちゃん、そういうこと言っちゃダメだよ」
おっと、思わず突っ込んでしまった。
状況的に見てそう言ってもらえるとありがたいけどさ?
私がいくら女だからって、好きにしていいなんて言っちゃダメだよぉ?こんな天使を好きにできるとか、何するか分かんないよぉ?
やんないけどさぁ?!
「えぇぇーん」
お兄さんに見放されたのがかなり効いたのか、メープルの泣き声が大きくなる。
ったく。これ、このままじゃ罪悪感しかないじゃん。
ま、大人気なかったのは認めよう。でもこういう子は口だけじゃ聞かないのも知ってんだよね。
「だーもう。ほら、あんたの大嫌いなヒトの腕の中で、そんな簡単に泣かない。女の涙はそんな安くないだろー?」
「うぇぇん、うぅぅ、ひっく、ひっく」
「うん、よしよし泣き止……」
「うわーん」
「泣くんかーいっ」
泣きやみそうになっては泣き出して、の繰り返しをおよそ10分ほど繰り返した。
「ぐすっ、ぐすっ」
「よしよし、泣きやんだ。いい子いい子」
はー、やっと泣きやんだ……。
割と疲れた。泣かすんじゃなかったな。
そんなこと思っても今更だけどさー。
メープルは泣き疲れたのか、全身の力が抜けて私の胸に顔を埋めている状態。
言葉では嫌い嫌い言いつつも、途中から結構縋ってきてる感じだった。
最初以外は優しく接してるから、その効果があるのでしょうな。
でもね、これで済ませるつもりは無い。というか、やり始めた以上、手を緩める気は毛頭ない。
小さい頃から壮太含め多数の子供を泣かしてきたから、ガキを泣かせるのに特に抵抗はない。だけど、無闇に泣かせたことは無い、はず。多分。おそらく。
「どう?結構私話しかけたし、口か耳あたり腐ったんじゃない?」
「うっ、うっ、うぅ……ひっく」
泣きすぎて横隔膜が痙攣してるらしい。返事にならないしゃっくりを繰り返しながら、頭を振った。
「そっか。じゃあ、私って臭い?今あんたが顔くっつけてるんだけどさ」
「うっ、うぅ、うっ」
コクリ
今度は頷いてきた。
…………
…………
んんんん?マジで?
「そっか。ごめん、ちゃんと洗う」
あ、あああ、汗かいたしねっ!今日!
う、うん、きっとそうだ。そうに違いない。そうじゃないと辛いよ。私が泣くよ?
「あ、あのっ、ひっく、ごめ、なさっ」
私の胸から顔を上げて、涙でうるうるの目で見つめてきた。
しゃっくりで上手く言葉を紡げないのが辛いのか、また泣きそうな顔している。
「うん、赦す!」
いやー、上目遣いでごめんなさいは卑怯だ。まして天使なお子さんなら尚更じゃん。赦さない選択肢とか皆無だわ。
思いっきり笑顔で返した。抱き締めて、メープルの頭や背中を撫でてやる。
「エルフのあんたも、ヒトも、同じ世界で生きてるんだから一緒にいるしかないじゃん。ね?無駄に波風立てて、困るのはあんただよ。時と場合を見極めないとね」
胸の中でコクリと頷いてきた。
素直で宜しいこと。まあ実際、素直だから大人達の言葉を吸収しちゃうんだろうねぇ。
涙と鼻水を拭ってやりつつ、背中を撫でつける。
いい子になったらご褒美が絶対要るよね。私の思いつくご褒美なんか、たかが知れてるけどさ。
「よし!じゃあ、いい子のご褒美に髪の毛可愛くしてあげるよ!」
「ふぇ?」
「ほら、後ろ向いて」
メープルが不安そうな顔をしながらも素直に従ってきた。
実は小学生時代からずっとショートヘアなんだけど、その分のストレス発散として女友達のヘアスタイルを結構な頻度で弄ってたからね。腕には自信があるのだよ。
何がいいかなぁ。何でも似合いそうだけど……。
「ハイ完成。ほら、いつまでも可愛い顔に涙浮かべてないで見てみ?」
「わぁ……」
一番オーソドックスな、三つ編み二つ結びをしてあげた。やっぱ似合うわー。
「これ、どうやったの?!」
いつの間にか痙攣は収まったらしい、興味深々に自分の髪の網目を見つめながら聞いてきた。
「あれ、三つ編み知らない?」
何処の文化でも大概ある気がしてたけど、気のせいか……。
ま、ここ異世界だしな。
一旦解いて、一からレクチャーしようとした所で、空咳が割って入った。
「メープル、先に食器の片付けだ。ソレは後からでも良いだろ」
まるで空気だったシーダーがようやっと重い口を開いたらしい。
あれ、そう言えばダークは?
ついメープルに気を取られてダークのことを忘れていた。見渡すけどいない。
「あれ、ダークどこ?」
振り返ったら、居た。
私の背後1mくらい間をあけて体育座りして、不満そうな顔を向けている。
んー?もしかして……いやいや、流石に自信過剰だな。ダークに失礼だしそこは考えないでおこう。
きっとメープルが失礼な態度とったのに、今だいぶ仲良くなってることについて不満なのかも。
とりあえず笑いかけてみる。
お。ちょっと眉間のシワが薄くなった?
やっぱ笑顔って大事だなー。
そんなことを思いながら、奴隷らしさのためにも新たに出来た天使なお友達のためにも片付けを手伝った。




