壮太④
薄汚れた雑貨屋に、その人は居た。
「ベーガラさん、約束のレッドウルフの爪と牙です。どうか、魔王を倒す力をさずけてください」
カウンターの奥にちょんと座るお爺さんの姿はそれなりに愛嬌があると思う。白髪や白髭は伸び放題で、目と鼻以外は白い毛で覆われているけれど、全体的に背が小さいし、可愛らしいお爺さんだ。
丸くカーブして、くたびれたように見える背中からも、シワシワに皮が寄った袖から覗く腕からも、かつての英雄の名残は伺えない。
でもゲームの設定だと一応、救国の英雄なんだよね?
俺は何とか討伐したレッドウルフの牙と爪を献上する様にお爺さん、もといベーガラの前のカウンターに置いた。
「遅いっ!お前さん、勇者なんじゃろ?このくらいさっさと済ませて来ないと魔王討伐なんぞ夢のまた夢のまた夢のまた夢じゃぞ」
「……はい、すみません」
ピシャリと枯れた声で説教された。
やっぱり、遅いと怒られるよね……。
この辺はゲームでのイベント遅延と確かに対応してる。確か遅延度によって、このお爺さんの『夢のまた』ってところが多くなるんだよね。けど、5日以上約束破るとか人として怒るの当たり前だよなぁ。
「遅れて申し訳ありません。あの僕、勇者のくせにホントは臆病者で……そのせいでレッドウルフになかなか切り込めなかったんです」
「やはりの。お前さんは図体だけはでかいが威厳がこれっぽちも感じやせんわ。その様な輩にこの世界を救えるとは到底思えんがのぅ」
ベーガラが目を細めながら返してきた。
確かに、今の俺にはこの世界を救うだけの度胸がない。でも、チェリンやキーマ達が安心して暮らしていける世界にしたい気持ちは本当だ。
「僕は……確かにヘタレです。でも、この世界の人たちを守るために頑張りたいです。7人の魔王を倒して、世界を救いたい」
「ふんっ、口ではなんとでも言えよるわい」
「…………」
困ったな。この雰囲気だと秘伝は教えてくれないかもしれない。
でも、世界をというより、この目の前の周囲の人たちを救ってあげたい。俺がどれだけ臆病者だとしても、2人は期待をかけてくれた。俺はそれに応えてあげたい。
「……どうすればいいですか?」
「なんじゃ、そんなこと自分で考えんか」
「いえ、僕はあなたに認めてもらう必要があるんです。それも、魔王が動き出すよりも早く。そうでなければ沢山の犠牲者が出てしまいます」
「…………」
「僕は否応がなしにこの世界に来て命をかけさせられています。でも、ここにも多くの人々が生きていて、その生活が危機に瀕しているんだと自覚しました。その鍵となってしまう勇者が、この世界を救いたいという意思を、どうすればあなたに伝えられるでしょうか?」
「…………」
出来るだけ虚勢を小さく、俺の等身大な言葉を発した。どうか伝わってほしい。
ベーガラは、静かに方眉を上げながら俺を見つめてきた。俺も意思を伝えるために目を逸らすことはしない。数秒間、動かないその姿は、絵かなにかを見ているような気にさせられる。
でも、白い髭を揺らしてふぅと長い息を吐いた。
「お前さんにゃ、足りんものが多過ぎる。ここで秘伝をさずけても、魔王を倒せまいよ」
「ですが……」
俺が食い下がろうとした所でベーガラはシワだらけの手を挙げて制止の意を示した。
「まあ待たれよ。臆病者のお前さんに、今少し付き合うてやろうて」
「???」
俺が戸惑うのを見つめながら、ベーガラは面白そうに笑ってきた。
「つい、ひと月前に面白いうつけものがここを訪ねてきおったんじゃが……とんと音沙汰が無くての。ちと、探して来てはくれんか。年柄もなく会いたくなっての」
「えっと、それは……」
そろそろイベントと捉えるのは辞めようとは思ってるけど、おかしな依頼が来たもんだ。こんなルートはゲーム時代には皆無だった。
ここが現実世界で、ゲームの様にはいかないもんなのだという良い証拠ってことかな?
「LV15でHP1200代の有望株じゃ。性格もお前さんとは真逆。臆病者のお前さんを引っ張る良いグラディエーターじゃろうて。ちと胡散臭い奴じゃが、まだ死んでなければお主と良い相性となるじゃろうな」
「ええ?!それは……ドワーフ族とかですか?」
ベーガラは口元を綻ばせながら首を振った。
「ヒトじゃったよ」
「何か、加護とか装備で良いのをつけてるとかでは……」
「いんや?加護持ちは大概装備で分かるが、ただの布の服じゃったの」
俺が食い下がるのもおかしな話じゃない。勇者でもそんなステータスはなかなか行かないんだから。初期値で補正を多めに受けて漸くその値になるかどうかってところだろう。
そんな人がパーティに加わるならば、ノズと同様か、俺との相性としてはそれ以上に心強い。
「是非、探させてくださいっ!」
「で?北に行くのかぁ。なるほどね」
「私は何処へでもソウタ様のお供をさせていただきます」
キーマやチェリンはベーガラの所にいる間は外で待機していたから、事情を改めて話した。
やっぱ俺だって怒られるの分かってて見せつけたくはないよね。情けない姿を見せ続けてきた今、別にあの場にいてくれても何ら変わらないんだろうけどさ。
納得はしてくれたみたいだけど……あのキーマがちょっと大人しいのが気になる。
「キーマは、不満か?」
「何で。北って言ったら荒くれどもと強い魔物の宝庫でしょ。俺にとっちゃ大好物だ!まあ、その、聞くからに脳筋男のことは好きになれるかわかんないけどね」
「女の人らしいよ」
「どっちでも一緒。寧ろ女にグラディエーターとかされたくないね」
うーん、まあ気持ちは分からなくもないけど……。
ベーガラから聞いた特徴のメモを再度見た。
・LV15でHP1200
・ショートヘア、20代の女
・身長は160cm前後
・武器無所持(恐らく体術を使う)
・駆け出しの冒険者(もしくは初心者)
・王都の南の田舎出身(家出したらしい)
・貧乏人(物の相場を知らないから元は貴族かもしれない)
・食い意地が張ってる
・無駄に自信たっぷり
せっかくの有望株を手放すのも勿体ない。
倫理的な部分は見つけてみてから考えよう。どっちみち、ベーガラさんのところに連れていくのがミッションだしね。
「よし、行こうか。ジバルまではヘルスライムとブラウンウルフがいるから気をつけて進もう」
スキルも充実してきたし、連携さえ取れれば恐らく大丈夫なはず。最悪無理そうなら、ベーガラさんのところで買った『注目玉』を投げつけてその隙に逃げればいい。
「サポートは任せて下さい」
「よっしゃ!ガンガン行こう!」
チェリンが頼もしく返す中、キーマが勢いよく声を出した。
「キーマ、ちょっと、調子に乗らないで」
俺とキーマの精神を足して2で割れば程よい感じなんだよね、きっと。そう思いながら走り出そうとするキーマを抱えるようにしてどうにか制止させた。
頼もしさという点ではキーマに何となく要を重ねてたけど、流石にもうちょいアイツの方が落ち着いてる気がしてきた。
「あっ」
俺は思わず声を漏らしていた。俺の声に反応してキーマが振り返る。
「ソウタ、どうした?」
「いや……気にしないで。大したことじゃない」
まあ、大したことはあるんだけどね。彼らに今言うのは状況的にめんどくさい。とりあえず次の街、ジバルに着いた後で言えばいい。
たった今、呪い無効の勇者がログインしたなんて。
死んだと思ってた。
呪い無効の勇者がログアウトしてからの16日間は気が気じゃなかった。
恐らくログアウト=死は間違いないだろうと思ってたんだけど。そのせいで俺は死ぬのが怖くてレッドウルフ退治に苦労した。
チェリン達に打ち明けたのも昨日の今日だし、混乱を招かない様にちゃんと落ち着いて話した方がいいよね。
俺だって、あまり整理や把握出来ていないんだし。
それにしても、どうやって現実世界でログアウトなんて出来たんだろう。
理由として挙げられるのは……初めから死んでなくて、何らかの形でログアウトした。それか、前の人は死んで別の人がこの世界に来たってところかな?いや、流石に別の人は無い気がする。
ということは、この呪い無効の勇者は、一時的にログアウトして、元の世界に帰っていた?もし仮にそうならその方法は?
「…………」
まあ、考えても答えが出ないのは分かっているんだけどね。
あー、勇者かぁ……。
俺は、前に宿でばったり出くわした魔法攻撃無効の女の子を思い出した。あんまり思い出したくなかったんだけど……強烈過ぎて、意識の底に沈めても不意に浮上してくるんだよね。
思わずキーマを抑えていた腕を緩めてドンと突き放した。
「わっ、何だよ。いきなり」
「走るのはダメ。俺だって止めるの疲れるんだから、ちゃんと1人で歩いて」
「お、あ……うん、悪い」
キーマが目をぱちくりさせてチェリンの方に寄っていった。
「……なぁ、チェリン、何でソウタって時々しかズバッと言わないだろうな。いつもああならいいのに」
「ソウタ様はお優しいのです。キーマは迷惑をおかけしないように、落ち着きなさい」
「へーい……」
キーマのコショコショ話は声がでかいから普通に聞こえる。別にズバっと言ってるつもりはなかったんだけど……うん、ごめんキーマ。嫌なこと思い出したんだよ。
何にせよ、この勇者にも会っておく必要が有るんだろう。また変な人だったら、嫌だなぁ……。
種明かしは割とすぐしたい派ですが…2話後くらいかなぁと踏んでます。
名前とか諸々微修正。




