壮太③
『親の心子知らず、』と『そうだ、エルフの村に行こう』まで先に読んでくださった方、挿入話の後付け申し訳ないです。
ギャオオオ……
目の前で4mはあるだろう巨体が吠える。身体が痺れるような恐怖が走った。
俺が考えてることはたった一つだ。
「レッドウルフって、ホントにこんなデカイの?!」
俺は聖剣を構えながら足が止まってしまった。
確かにゲームのグラフィックじゃこんな感じだったけど。目の前に現れるのと、画面越しじゃ迫力は全く違う!
獰猛な目が俺を捉えてくる。
「ひっ……」
「ソウタ!作戦通りに行くぞっ」
キーマは今の咆哮に特に何も感じなかったらしい。冷静に、いや、寧ろ嬉々として槍を構えて走り出した。
普段の無鉄砲さはこんな場面でも遺憾無く発揮されるものらしい。いつもは悩みの種なのに、こういう時は凄く頼もしい。
……けど。
「俺、やっぱり行かなきゃダメ?」
「はあ?!だから、ダメに決まってんでしょ。お前も言ってたけどソウタの攻撃が決め手なんだから……俺じゃ流石にあの分厚い皮を広範囲で傷付けられないんですケド。分かってるでしょ」
キーマが眉を寄せながら俺を振り返る。呆れた顔をされたってしょうがないじゃないか、すくんだ足が動かないんだよ。俺がモタモタしていると、
「キーマ!前方に気をつけて!」
チェリンが鋭く注意喚起した。
「おっと」
ドズンッ
チェリンの言葉にキーマがギリギリでレッドウルフからの攻撃を避けた。
俺は生きた心地がしない。
あんな攻撃受けたら死んでしまうよ……。てか何でキーマはそんな冷静に戦おうと出来るんだよ?!
「俺がちゃんと引きつけるから!」
「ソウタ様、どうかお願いします。防御魔法はかけています。お怪我をされても必ず回復させていただきますから……」
「2人とも……」
うぅ。
いくら防御魔法かけてても、怪我したら痛いんだよ……それなりに。確かにチェリンの回復能力はかなり上がってるし、信頼はしてるんだけどね?万が一、クリティカルヒットしてHPが一気にゼロになったら死ぬんだよ。HPの説明にも書いてるし!
「ソウタ早く!」
回避力の高いキーマでもスタミナに限界がある。物理攻撃力は高くないステータスだけど、俺の物理防御無効のスキルをパーティに拡大させているのでけっこう攻撃が効いている。
ガァァアアッ
レッドウルフの周囲2mに緑色の円が描かれる。
「くそっ!」
キーマが悪態をつきながら後方へ大きく飛び退いた。
レッドウルフはHPの減少が一定値を超えたら防御壁を形成して回復を測る。誤ってあの狭い防御壁の中に入り込んだら袋のネズミ状態なのでそこは必ず回避しなければならない。
これはもちろん、俺のゲーム知識通りだ。
というか、本来ならキーマのスキルで翻弄して、物理攻撃ステータスの高い勇者が一気に連撃を発動させて息の根を止めなきゃいけないんだ。それが作戦であり、このステージでの最適なクリアの仕方だ。
レッドウルフが防御壁の中に籠ると回復に専念するせいで、辺りはいきなり静かになった。恐らくあと1時間くらいはこの状態だろう。
「はぁ……」
キーマのため息だ。
「ごめん、キーマ、チェリン……。俺……」
情けなさすぎて言葉が出てこない。
「確かにレッドウルフは凶悪な見た目だけど、今のお前なら2撃もすれば……いや、1撃でも倒せるはずなんだよね?それなのに、これ何回繰り返さなきゃいけない?」
返す言葉もない。
そう。
何を隠そう俺たち、いや俺は今のくだりをかれこれ5日ほど繰り返してしまっている。レッドウルフの牙と爪を持って王都のベーガラというお爺さんに会わなければならない。そしてそのお爺さんに弟子入りしなければ、隣国に現れた魔王を倒すスキルを教えてもらえないんだよな。詰まるところ、このレッドウルフを倒さなければ話が進まない。
この1つ前のイベントは、知能ゲーみたいなミッションだったからすんなりいけたんだけど。レッドウルフ討伐は恐怖だ。流石に慣れもあって、最初見た時程ではないけど……それでも、足のすくみは解消されないんだよ。
俺は聖剣を持って、途方に暮れて下を見た。
「ねぇどうしちゃったんだよ。何かあったんだよな?」
キーマが歩いて戻ってきながら心配そうに語りかけてきた。
「そんな調子になっちゃったのって、この依頼を受けてからじゃないでしょ?それよりも前かな?ねぇ、チェリン?」
「ええ、そうですわね。……ソウタ様、何か私たちがお気に障るようなことをしてしまったのでしょうか?」
「え?!そんな事ないけど……なんでそんなことを?」
「でも、私達に何か不服があるから……その、試すようなことをされているのでは、と」
うわ、そんな風に受け取ってるのか?!
「そ、そんな事ない!違う違う。ホントに、君らには助けられてる。だから余計、申し訳なくて……ごめん」
それでも、怖くて仕方が無い。
「何でそんな臆病になっちゃったんだよ?」
「それは、俺は元々臆病なんだよ……」
「嘘だ、2週間前までは結構平気そうだったでしょ」
「それは、……まあ」
俺は適当に頷いて返すけど、キーマの尋問は続く。
「何で言ってくれないのさ?俺たち、そんなに信用出来ない?」
「……言っていいのか、わからなくって」
俺の返しに、2人は目を見合わせて不思議そうに首を傾けた。同じ動きで幼いそのしぐさは、何も事情が分からない人なら……若しくは図太さを体現するあの幼馴染みなら、吹き出す程度の事はこの状況でもしたかもしれない。生憎俺は小心者だし、そんなこと出来ないけどね。
実際、言うべきなのか分からない。ゲームだと、ストーリー画面以外にキャラ達に何かを伝えることは無かったから。でもこの事実を告げるとしたら、結構な衝撃じゃないかなぁ。
チェリンが真剣な顔で見つめてくる。
「こんな状況になるまで、ソウタ様の様子に気づいていながら話を聞かなかったことがまず、申し訳ないのですが。是非、教えてください。力になれるかは分かりませんが……いえ、力になります。ソウタ様を支えたいです」
「俺、馬鹿だけどさ?ちゃんと考えるから、教えてよ」
「…………」
何だか泣きたくなった。いや、気づいたら涙が零れていた。ぽたぽたと足元に雨が降る。
いい年して、こんな異世界に来てしまって、泣きたくは無い。それでも、死にたくないという恐怖感に耐えられないでいる自分が情けなかった。けど、昨日までの情けなくて出てきた涙と少し違うことに気づく。手が、身体が震えていない。勇者のくせに役に立たずの俺に、そんな言葉をかけてくれるとは思わなかった。そうか、この涙は恐怖から来ていない。2人に巡り会った事への感謝だ。
臆病者の俺に、2人は寄り添ってくれるんだな。
異世界に来てもうすぐ1ヵ月経つ。この2人と過ごしてきた時間が、漸く断言させてくれる。目の前の2人はゲームキャラなんかじゃないと。この人達は、生きた人間だ。
「すみません。出すぎたことを言いましたか?」
「ソウタ……何でまた泣くんだよ?俺が生意気で、ムカついたのか?」
「ごめん。違う。君らが、優しいから……ごめん、こういうの慣れてなくて」
この場に俺のよく知るアイツが居て、俺が思い悩んでいるのを見たら「さっさと吐け」と恫喝されたはずだ。そんでもって泣いたら泣いたで、「泣くなよめんどくさい」って一蹴される。でも、ずっと隣に居てくれる。
そういう不器用な温かさに慣れていたから、この2人みたいな純粋な優しさに不意をつかれてしまった。
困った。涙が止まらない。きっと要なら、背中をさすってくれる。あの手がないと泣きやめない気がしてきた。それくらい、俺はまいっているらしい。
ギュッと目に腕を押し当てた。
散々泣かされたし、意地悪されてきたから大人になるまで気づかなかったけど、俺の幼馴染みも雑だけど優しい。
要はこの世界に居ない。そんなことは知ってるけど、それがどうしようもなく寂しい。
久々に要に会いたい。きっと一ヶ月も消息不明なんて、心配掛けているだろう。ま、今会えば「親に心配かけんな」ってぶん殴られそうだけど。
要の強さが欲しい。でなければこの先が、俺には恐ろしくてたまらない。
チェリン達を人と認めたら、もう一つ、認めなきゃならないから。
君の強さ、借りるよ。
頭に要のあの笑顔を思い浮かべて、目元を強めに拭う。
そして、ゆっくり口を動かした。
「呪い無効の勇者が15日前、死んだんだよ」
異世界は現実だ。死んだらもう、会えない。




