ノズ④
「レーンボルトが勝利に至ったきっかけが何か知ってる?」
裏道を進むにつれて聞こえてきたカナメの声に驚いた。咄嗟にフィントに指示を飛ばし、建物の影に身を隠しておく。
何故ここにカナメが?
ここは地元の人間でも滅多に通らない程に避けられる場所だぞ。何より、昨日たどり着いたばかりのジバルのジの字も知らないそぶりをして見せた女が来るような場所じゃねぇのは確かだ。
そんな疑問と同時に、カナメと話している相手であるモミばばあを目を細めて伺う。
いつものしかめっ面に緊張感の足された顔でカナメと受け答えしている。あのモミばばあがあそこまで警戒するのも珍しいな。
というか、話の内容が途轍もなかった。
「ダフォファミリーに、召喚士だと?!」
思わず小声で聞いた内容を繰り返しちまった。
全くもってノーマークだった会話が進行していっているじゃねぇか。
一体、どういうことだ。
俄にゃ信じらんねぇ。
しかし、話の辻褄は合ってるように感じる。というより、そもそもの抗争をけしかけた本人がこう確信的に断言しているところを見ると、寧ろこれが真実なんじゃねぇかと思えてくる。
実際、ヘルスライムの出現は謎に包まれちゃいるが、直前の魔法陣の話を聞くと誰かが送り込んだという方が正しいだろう。
「兄貴、ダフォファミリーと組んだ組織って、どこなんすかい?」
「……分からねぇ。ただ、コイツは調べに動いた方が良さそうだな」
「カナメは放っておくのかい?一番知ってそうだが」
「アイツは酒場でどっち道お頭を頼る事になるはずだ、今はお頭への報告と、モミばばあだ」
カナメが怒りに任せて抗議しに来るにせよ、打ちひしがれて縋ってくるねせよ、恩人に対する行動として気分の良いもんじゃねぇが。
コイツぁ命令だからな、許してくれよ、カナメ。
伝わるはずもない謝罪を頭に浮かべながら、カナメを見送った。
フィントを一足先にお頭のところへ向かわせて、俺は例の布屋のばばあ、モミの元へと足を向けた。
「よう、モミばばあ。しばらくぶりだな」
「はぁ。今日は嫌な客が続くもんだね。何の用じゃい」
「森の布を買いに来た。だが、用が増えたな。さっきの客との会話を少し聞いちまったんだが……」
「森の布ならそこにあるわい。1つで10,000prじゃ。アンタらと知り合いなんじゃろ?あの子は何者じゃい」
モミばばあは、顎をシャクリながら話題を付け加えてくる。
「高ぇよ、8,000prにしろ。アイツについちゃ分かってることのが少ねぇ。それが分かりゃ苦労はしねぇってもんさ。本人は他国の間者を暗にほのめかしてるがな」
「間者じゃと?」
モミばばあがそこで皺だらけの手で自分の顎をなでた。
「確かに、マトモじゃないの。あの娘、昨日も来たんじゃが、結局あやつのペースに飲まれてしまったわい。ワシはいつも通り営業をしとったんじゃがの」
このばばあの営業っつぅのが世間一般の営業とは違うことくらいは理解している。いわゆる恐喝の部類だ。まあ、俺の場合は立場もあるし、このばばあの恐喝人形よりも強い自信があるから優良営業に甘んじてるみてぇだがな。
「そいつぁ、モミばばあにしちゃ危ねぇ橋を渡ったな。モミばばあの手持ちの奴隷じゃかなわなかっただろ」
「黙らんかい。奴はのらりくらりと戦闘へは持ち込まなんだ。それにしても、今や一大ファミリーのくせに謝礼さえきっちり渡すことも出来んとは情けないの」
「しょうがねぇだろ、お頭がアイツを怒らせちまったんだからよ」
「ふん!言い訳がましい。9,000prじゃ」
「8,500prだ」
「8,700prじゃ、これ以上はない。スフィア様もまだまだお堅い。対してあの娘はヤナの葉のようにしなやかで得体が知れぬの」
これ以上の値切りは無理そうだな。俺は森の布を買い取る。
モミばばあは怒りやすく、口が軽い。
だが、肝心なところはその軽い口で覆い隠す。
「で、モミばばあよ。軽口はここまでにして、本題と行こうか」
俺は声のトーンを落とした。
「ふん、本題も何も、他に話すこともないわい」
「ダフォファミリーと組んだ組織ってのに心当たりはあるか?」
「…………。その様子じゃあ、ヘルスライムの件は本当なのかい」
「ああ、ウチのファミリーが存続出来てんのもアイツのおかげってのが大きいな。ヘルスライムはアイツが全部撃破しやがったし、タダンの命も救ってくれた」
「そりゃまた物好きなもんじゃ」
「……確かにな」
本当に、よほど俺達ファミリーが残ってねぇと困る事案でもなけりゃ、見ず知らずの裏組織を救うなんてイカレたことしないだろう。
ただ、カナメの言動や行動には温かみがある。そう感じるのは俺だけなんだろうか。
「ダフォファミリーと組んだかどうかは知らんが、召喚士となると思い当たる組織は1つのみじゃ。お前さんも分かっとるはず、そこがレーンボルトファミリーに手を下すとなると、思い当たる節もないこともなかろうて」
「…………まあな。だが、そうだとしたら、あの堕天者が原因ってところか。どこかから情報が漏れていたってことかい」
「それで?あの堕天者もまたあの娘に押し付けたのかい」
「成り行きでな。アイツがそう望んだんだ」
「物好きも度が過ぎれば疑わしい限りじゃ」
カナメがあの堕天者を連れてくと言い出したのも、この因果を知った上だというのか?だとしたらアイツは一体何処から情報を得ているって言うんだ。
「あの娘が何者か、それはワシにもまだ見当もつかんがの。この世界には赦されざる大罪があり、それを課され、闇に沈んだ者がおる。あの娘はそれに気づいておるのかも知れん」
「どういうことだ?」
「あの娘、ワシがレーンボルトファミリーに殺されるところじゃったと言うた時、何と言ったと思うかい?さらっと、『そんなことないと思うけどな』じゃ。知らずにそんな言葉が出てくるはずもない」
モミばばあとウチのファミリーとの関係を既に知ってたってことか?
「偽りの光が輝く以上、真実は闇に隠され葬られるべきじゃ。スフィア様も、あの堕天者も然り。世界がそう動いておるのじゃ。ただ、あの娘は闇を見極め、逆らう者やも知れぬ」
どういうことだ?
疑問符が顔に浮かんだ俺をモミばばあが静かに見つめ、自然に息を吐き出すように言葉を紡いだ。
「ワシはただ傍観するのみじゃよ……」
俺は釈然としないまでも、カナメがやはり何かしら裏を持っているという事実を受け止める。
カナメの目的は一体何なんだ?
そもそもアイツはただ無知なだけじゃねぇのか?それが巡り巡って今に至って……いや、流石に無理があるな。そう解釈するにゃ、色々タイミングが良すぎる。
悶々としながらも、ファントの店に森の布を届け、アジトに戻った。太陽はとうに沈んでいた。
「よう、ノズ」
「リフリィか、どうだった?」
アジトの入口でちょうど声をかけてくる男がいた。
リフリィは俺と同期だ。
カナメの様子見兼、誘導係だったはずだが……。
「カナメはどうした?」
「そう怖い顔すんなって。お前は残念ながらって報告の方が喜んじまいそうだな」
「謎かけはモミばばあで充分だ。さっさと用件を言え」
言葉尻を掴んで考えんのにはもうウンザリだ。
リフリィはそんな俺の態度ですら面白がってやがるらしく、ニヤニヤとほくそ笑んでいる。
無駄口を叩いている間にお頭の部屋に辿りついちまった。
「結論から言うと、作戦は失敗でした。例のカナメという女はタクティスとの賭けに圧勝し、更には場にいた我々を巻き込んで賭博を持ちかけ、その参加料で塩の代金まで立て替えちまいました」
「なっ、あのタクティスの旦那が負けただと!?」
タクティスと言えば今は一戦を退いちゃいるが、レーンボルトの主力戦力のうちの1人だ。
だが、俺の驚いた所はそんなもんじゃねぇ。
タクティスはまず博打で一方的に負けるようなヘマはしない。何故ならユニークスキル『強運LV7』の所持者だからだ。
「俺も賭博に参加して、更にはタクティスの旦那にスキルを使って加勢しましたがね、手も足も出ませんでしたぜ」
「なっ……」
「おぬしのスキルも効かぬとはな。なるほど、一筋縄ではいかんな」
「そんな生易しいもんじゃねぇですぜ、お頭。悪い事は言いやせん、あの女は得体が知れなさ過ぎる。嵌めようなどとは考えないことを勧めやす」
あのリフリィがここまで言うのか?
「そもそも、レーンボルトファミリーのお膝元で一時的とは言え賭場を作り上げちまったんだ。その唐突さにあの場の人間全員がポカンとしたぜ。だがよく良く考えりゃ、カナメの発言を止めることの出来る輩は、あの場にゃ居なかった。塩の代金以上に儲かってたなら色々言えただろうが、きっかり塩の代金分で賭博の辞めちまいやがった。話が上手く回りすぎてやがる。この結末全てを読んでたんなら、俺ぁ、敵に回すのが怖いぜ」
確かに、本来ならやすやすと賭場ってのは作れるもんじゃねぇ。場所決めからこの街にいる数少ない腐った衛兵への裏金、何よりそこを仕切るファミリーの所有になる訳だからその契約と、……数えだせばキリがねぇ。
もちろん、それを無視すれば待っているのはファミリーからの制裁という名の死だ。
それを、ポンと口に出しただけでどうにかさせたのは、一重にレーンボルトファミリーに対して大きな貸しがあるからと言えるだろうな。後ろ盾になると暗に言った以上、それは契約云々を凌駕する事になる。
そして何より、あの酒場にいるのはほぼレーンボルトファミリーの構成員。つまり内輪で賭博をやったに過ぎないことになる。
「ふむ、カナメにはやはり……」
お頭はボソッと独り言を呟くが、恐らくその場の誰も聞き取れなかっただろう。本当に小さな呟きだった。
俺達が居心地悪く身じろぎしていると、お頭が肩をすくめて見せた。
「済まぬな、私もまだ詰めが甘い。カナメに関してはもう下手に誘導するようなことはすまい。じゃが、ノズらに出した指令は引き続き頼む」
「御意」
「お頭っ!」
俺の返事とリフリィの抗議の声が重なった。
「リフリィ、おぬしの意見を省みぬわけではない。これは我々の怨みであって、カナメとは関係のないことじゃ。あの者がこの手を離れた瞬間を何度夢見たことか。我がレーンボルトは捌け口などではないぞ。必ず、堕天者をエルフの手で殺させてやる」
リフリィは諦めたようにため息を吐く。リフリィの気持ちは分からなくもねぇ。
その時カナメがどうでるのか、寧ろこれからカナメはどう動くつもりなのか、それはお頭も含めた俺達には見当もつかないことだからだ。
ちょっと長くなりました。
予め謝っておきますと、加筆の可能性高めです。
あと、もう1話上げるとか言ってましたが、申し訳ないです。仕上がらなさそうなので明日にします。




