食堂でこんにちは
あー食った。
今どこかって?
決まってる。
食堂だよ。
金が入ればこっちのもん、今日だけは好きなだけ食べたっていいはずだ。
私はメニューの端から端まで指さして注文するスタイルを取ったんだが。ご覧下さいこの白菜、まるで納豆のように糸を引いております、とろろ芋とか甘く考えちゃいけません。これはマジもんすわ。はい、こちらの酸っぱい味と不揃いなクセの強い肉の炒め物ですが、その絶妙なハーモニーといつまでも口に残るゴム状のお肉がたまらなく喉を刺激します。一言で言っちゃえばこの店の料理の不味いこと不味いこと。味覚耐性オンのまんまだから平気だけどさ、あーあ、どうせならもっと美味しいとこ入りたかったわー。
まあ、ウェイトレスのお姉さんが可愛いから全部許すけど。
と、ポーンと効果音。
《条件を満たしました。称号:『大食い』を取得できます》
ほー。不名誉称号第2号だな。
《称号『大食い』:HP、スタミナ値の補正大up。スタミナ回復率中up》
……案外良い効果の称号だ。
ちょっと心が揺らいだぞ。や、勇者見習いのがまだ辛うじて上かな?大upがどの程度かによるけど……。
そう思いながら薄いスープをごくごく飲み干してると、食堂の入口が騒がしくなった。
「んだとコラ!」
「やんのかオラ!」
この店、不味いどころか柄も悪いのか。
最低だなぁ。
ウェイトレスのお姉さんしかグッドポイントないとか……て、お姉さん怯えてる。
やれやれ。
私は席を立って荒れたオッサン共の近くに行ってみる。野次馬が囲ってるから結構すんなり見物出来る。
「これだからレーンボケルトは……」
「んだと?!このドアフォファミリーが」
【悲報】いい年したオッサンが小学生並の喧嘩をしてたんだが。
2chあたりに貼り付けたいスレタイが頭に浮かぶ。
てか、この2つの組織仲悪いのかなぁ?お婆ちゃんから聞いた話でいくと、商売敵にはなるのか。
言い争ってるオッサンはどっちも3対3くらいかな。幸運なことにダフォファミリーの方は私を追いかけてる連中ではなさそうだ。
私はお会計を済ませると、言い争いしてるオッサン達の間をスルーしていった。
だってほら、関係ないけど入口一つしかないし、帰りたいし。
なるべく目立たないようにササッと通ったんだけど。
「何だてめぇは!」
「何邪魔してくれてんだ!」
絡まれた。やっぱダメか。
何となく分かってたけど。
「いやぁ邪魔したなら申し訳ないです。ここ、出入口一つしかないですし、立ち話もなんですから中の方で座って話し合いしたらどうでしょう?」
至極真っ当なことを言ったつもりだ。
でも、オッサンらはあんまり納得しなかったらしい。
「「何で俺らがコイツらなんかと話し合わなきゃならねぇんだ」」
はもってら。
仲がよろしいこってすな。
「じゃあ、話さなければ良くないですか?」
「んなわけにいくか!この野郎の顔を見たからには引くわけにゃ行かねえ」
「ここで引いてみろ、お頭の顔に泥を塗ることになるんだぞ」
口々にオッサンどもが子供の言い訳みたいなことを言ってくる。
何ていうか、この世界のオッサンて見た目ゴツイだけでちょっと幼稚かもしれない。
ということは、だ。素直とも言う。
「1時間ですよ」
「「あ?」」
私は合計6人のオッサンを正面に見ながら時間を告げた。何のことか分からないらしい。
「あなたがたがここで口論をしていた時間です」
オッサン達の眉間の皺が濃くなる。
「あなたがたの雇用形態、業務内容を知らないのですが、仮に雇用された状態で1時間が用意されているとします。あなたがたはその時間何をします?」
「そりゃ任された仕事をこなすだろ」
「そうですね、それは何故ですか?」
「それが仕事だからに決まってんだろ、そうじゃねぇと金が貰えねぇ」
「そうですね。言われた仕事をこなすとお金がもらえます。では逆に、この1時間であなたがたは雇用主のために言い争いをして何を貰えるのですか?」
「は?そりゃ……」
「馬鹿か!そんなことは関係ねぇだろ!プライドってのが……」
「じゃあ、そのプライドのままに、お頭の顔に泥を塗るかもしれないという賭けに上がってしまっていいのですか?恐らくファミリーの名を出した以上、勝って当然。でも報酬はゼロ。負けたら自分のファミリーから爪弾きに合う可能性があるでしょう。それが時間外労働の怖さです。責任はファミリーになく、自分に全てあるわけですからね。この1時間のメリットはどこにありますか?」
「……」
「じゃあ、コイツらを見ても身を引けと言いてーのか!」
はー、ため息でそう。
てか、今日1日のオッサン絡まれ率は過去の記録を塗り替えるレベルだなー。
「身を引けとか言ってませんよね、あなたは他人とすれ違う時、身を引いたと思うのですか?」
「他人じゃねぇ、敵だ」
「じゃあ、敵なら何で生かしてるんですか?」
「「「は?」」」
オッサン達が全員呆気に取られたように同じ声を出した。
「確かに敵ならしょうがないですよね、自分が命の危機に瀕する可能性があります。身を守るために敵の組織は根絶やしにすべきです。見かければ殺す必要があります。ブラウンウルフなどの魔物と同じです」
「おめぇ、何言って……」
「結論から言うと敵という認識は間違いなのでしょう。何故なら今、あなたがた自身がそういう反応を示したからです。貴方の上の管理者からそういう教育があったりするのではないでしょうか。レーンボルトファミリーも、ダフォファミリーも敵同士ではないんでしょう?だからこうやって存在しています」
「…………」
オッサンどもが揃って口を噤む。
納得しかねている、て顔だ。
そらそうだ。
極論しか言ってないもんね。
でも、オッサン達は極論に負けている。だって小学生レベルの喧嘩してる程度じゃん。言いくるめるのとか余裕だ。
「同じ1時間なら、少しでも鍛錬してスキルやレベルを上げた方が遥かにファミリーの力もついて、お頭さんたちが喜ぶことになるでしょうね。もしくは今一度あなたがたの上司に組織としての有り様を確認するべきです。そうすれば自ずと何をするのが正解か把握できるでしょう。これによって無駄な時間が減り、給金も上がるかも知れません。ただ、あくまでもこれは私の考えですし、……このまま何のメリットもないお話合いをご所望であれば、どうぞ続けてください。それでは、自分はこれで失礼します」
私は何の未練もなく出口を振り返ると、店を出た。
いやー、何やってんだろ私。
心臓バクバクなんだけど!今更だけどオッサン達追いかけてこないよね?!
「ちっ、行くぞ!!」
「今日のところは無しだ。お頭に確認するぞ」
2グループのオッサン達は、それぞれ正反対の方向にドカドカと歩いて行った。
ふぅ、良かった。一件落着。
そう思ってたのに。