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絶妙な匙加減で平和は成り立っているものだ

 街道の緩やかな坂道の端にできた見晴し台から見下ろすと、共和国と王国の国境の関所を兼務しているというペルシカ領の領都が目に入った。

 領都の壁が、あらゆる侵入を阻むかの如く街道を塞ぐようにドッシリとした重厚感をもって構えられている。


 壁の向こう側では緩やかな丘の上まで茶色の煉瓦で出来た街並みが続いているのが見てとれた。

 丘の一番高いところには中世ヨーロッパのお城って雰囲気のある古い尖塔が見える。


 壁は丘を巻くように緩やかにカーブして北の切り立った岩山の麓まで続いている……ってことは、もしフリッジと会わなかったらあの奥に聳える山を越える羽目になってたのかな?


 あれは……ヤベェな。

 日本アルプスの剱岳レベルじゃね?下手すりゃ死にそうな……崖っぷち感満載の箇所が何ヶ所もある。

 森の方を歩こうっつったって、どこが森だよ、森っつーより荒地じゃん。岩山じゃん。

 危うく不用意に登山して食糧尽きるとこだったわ。


「はあ、まあ、なんとか着いた」


 あとはほとんど下り坂。余裕である。

 マジで遠かった……いや、道のりは超順調だったし、進んだ距離もざっと20km程度だけどね。順調に進んだおかげで、実際には予定より早く着いた。


 それでも疲労が精神的に……肉体的?……いや、両方か。とにかくキツかった……。


 まず、いつ襲ってくるか不明な魔物に備えてなきゃいけないから、ユニークスキルは常時発動させる。そして役に立ってるかは怪しいけど、危機感知スキルは全レベル同時発動させていた。だから、通常時の倍はスタミナが消費する。


 でも、これはいつものことだし誤差の範囲。


 一番キツかったのは、数歩を歩くだけで急激に減っていくスタミナとのバランスゲームだ。傾斜によって減少するスタミナの量が、何故か突然変わる。あとちょっと粘ってから立ち止まろうと思ってたら、いきなりスタミナが1000減って危うくゼロになりかけたことはこの数時間で何十回とあった。それに正直、なんてことのない平坦な道を数歩の距離進むだけでも、バカみたいにスタミナが減っていくせいで、基礎スタミナがいくらあっても足りん。


 ダークの共有スキルを強制利用させてもらってある程度は回復出来ても、スタミナが際限なく消えてくっつーね……結局、フリッジがくれたスタミナドリンクなるものを腹がタプタプになるまで飲みまくってしまったよ。


 それに加えて、こんなステータスに常に気を配らなきゃいけない緊張感を抱く状況でありながらも、同時にダークがおねだりしてきたので歌を歌わなきゃいけないのも地味に大変だった。


 まあ、実際には途中から歌詞発音する気力もなくなって鼻歌になってたんだけど。鼻歌でも問題なくダークもチェスナットも呑気に寝息を立ててたから良かった。


 こんな気が気じゃない状況下にありながら順調に旅程が進んだ唯一の救いは、危機感知総発動で警戒してた割には目的地へ到着するまで魔物に一度もエンカウントしなかったことかな。


 ほら、あれこれ考えてる間にもう関所は目と鼻の先だ。壁は王都の壁と同じくらいかな。少なくとも高さ10mはありそう。


「……ついに、一度も魔物が現れなかっただと……?!何度も言ってしつこいと思うだろうが、こんなことは今までなかったんだ。スタンピードが起きているならば寧ろあり得ないはずだが……」

「ふーん、そうなんだね」


 フリッジは途中から魔物が出てこないことを頻繁に不審がってたけど、今も信じられないと言わんばかりに周囲を見渡している。


 確かにしつこいなとは思ってるよ、30分毎に一回は言ってたからね。

 ちなみに2回目からは、私はずっと同じ返答を繰り返して今に至る。こういう同じ人に何回も同じことを言っちゃう系の人は、大概はその人に言いたいんじゃなくて、自分に向けて言ってるだけだから適当な反応で良いのだ、と私は思っている。


「変だとしても、私たちに怪我はないし、遅れることもなく無事着いたし、良かったってことで。とりあえず、ヴェロニクさんとこに急がなきゃだね」

「あ、ああ。そうだな。関所を超えたらすぐ着く距離にいらっしゃるのだ。くれぐれも、よろしく頼む」

「うん。ま、ヴェロニクさんを何とかするのは私じゃなくてチェスなんだけどね。てか、私たち通行手形的なものを何も持ってないんだよねー。身分証も私の冒険者カードだけで、このガキどもの身分証はなくてさ。問題になるかな?」


 久々に冒険者カードの出番か?

 とカバンの中を漁ってみるけど、奥底に入り込んでしまってるようで、なかなか見つからない。


 てか、今更だけど元いた世界でも入国審査ってビザなしだと何日も待たされるって聞く。下手すりゃ不法侵入扱いされる可能性もあるよな。そこんとこ大丈夫なんかな。


「いや。私のパーティであれば、必要ない。特に問われることなく街に入れるだろう」

「おお、それは良かった」


 逆にそんなんで治安大丈夫か?と心配になるけど。


 言葉の通り、関所はフリッジの顔パスで通れた。なんなら列になっている一般ゲートじゃなくて、要人ゲート的なところから街に入ることができた。


 一般人枠だったら私の予想通り何日も待たされそうな雰囲気だから、マジでラッキーだわ。


 ワンチャン堕天者2人は止められるパターンもあり得たけど、フリッジを一眼見た衛兵たちは特に何も問うことなく敬礼のみをして待機している。


「……堕天者が正面から普通に街に入れたの、何気に初だな」

「む、堕天者?誰か呪い保有者なのか?流石にそれは衛兵達の検分スキルで止められるはずだが……」

「え。そうなの?」


 あ、私が呪い解除してるから止められてないのか。揉めるのは嫌だし、誤魔化しとこう。


「あ、ごめん、言い間違えた。コイツらガキどもが寝てるから、惰眠者(だみんしゃ)みたいに言いたかったんだよね」

「あ……ああ、なるほど。まあ、見た目から彼らは子供だからな。いちいち起こすことはないだろう。それにしても一般常識に疎いと聞く勇者どのだから言うが、惰眠者などは普通は言わないぞ。禁忌スキルに繋がるワードだからな、一般的には控える言い回しだ」

「あ、お、う、うん。分かった、気をつけるよ。教えてくれてありがと」


 はー、結構無理がある言い訳だったけど何とかなったな。フリッジて騙されやすいんだろうな、心配になるわ。てか禁忌スキルに繋がるワードって禁句扱いなのね、気をつけとこ。


 にしても衛兵達(あいつら)って検分スキルを使って見抜いてたのか。どうりで対象に触れてないのに見るだけで勘づいてくると思ったわ。鑑定スキルのレベルが高いんだとばかり思ってたけど、直接ステータスを見ることができる鑑定スキルとはまた違うんだな。


 今後のためにも、検分スキルの性能を鑑定しておきたいね。安定的に街に入れるかどうかが関わってくるから私たちには重要だわ。


 密かにそう思いつつ、茶色の街並みをフリッジに続いて、てくてくと歩いていく。


 道行く人間は、フリッジの顔を見知っているようで「あ、聖騎士の……」と口を動かしては静かに道を譲る。どの人も服装は少し埃っぽく薄汚れている。


 なんか、ぱっと見は裕福で余裕のある生活を送っているようには見えないな。


 王国の王都はまだしも、ユシララの町民たちの方がまだ小綺麗な服を着ていた気がする。タクタ王への襲撃を受けてすぐだとは聞いてるけど、この世界の文明レベルからしてここまで薄汚れてる人ばかりなのも珍しい。道ゆく大多数の衛生レベルがジバルの浮浪者並だ。スタンピードの影響と言い切るにも根拠に乏しく感じる。


 簡単に言うと発展途上国の貧民街のイメージそのままだ。煉瓦の壁と壁の間に布切れを屋根代わりに張って、物売りをしている光景も頻繁に目に映る。路地裏の奥の方は生活スペースになっていそうな雰囲気。

 ただ、みんながみんな服装はボロい割に、身体が痩せ細ってるわけではないのが逆に違和感を覚える。


 そんなふうに物色しながら進み、ちょうど街に入って10分くらい歩いた頃、教会のような建物に辿り着いた。


 フリッジが私を誘うように教会のドアを開けた途端、腐臭が鼻をつく。


 くっっっさ!!!


 納豆と排泄物を混ぜてカビが生えるまで放置したような、拒絶反応を起こすレベルの臭いだ。

 匂いの次に知覚したのは視覚情報。天井付近の壁にはステンドグラスが設置されていて、外の光が入ってきているはずなのに、中央の祭壇のような箇所は真っ黒なモヤの塊がある。


 何あれ、あの黒い塊、ユシララの時の穢れモンスターみたいじゃん。あれよりかは小さめだけども。


「ヴェロニク様……申し訳ありません。不肖フリッジ、任務を全うすることかなわず、おめおめと生き恥を晒しながらも御身のため戻ってまいりました。願わくばどうか、この私の罪を神の代理として御身の手によって裁きを賜りたく存じます……」

「…………」


 黒い塊はぴくりとも反応しない。


 つか、あの黒い塊がヴェロニクさん?正直、この腐臭的に死んでそうなんだけども。


「ちっ」


 私の顎下から舌打ちが聞こえてきた。

 いつの間にか起きていたようで、おチビチェスナットはヴェロニクの安置されているらしい黒い塊を睨んでいる。


「……やっぱりな。ご丁寧に完璧な魂留(たまどめ)がされてやがる……」


 ん?耳慣れないニューワードが使われた。


「たまどめ?」

「死んだ者の魂を、指定した媒体に留めておく闇魔法です。有効な使い途は知りませんでしたが、闇魔法の初級レベルとされています」

「ほんとに初級レベルだったら、いくら魔法具添えてようがこんなに長持ちしねーよ。魔力の隙間から滲み出るんだからな。ぴっちり魔法が均等に身体を覆ってる。なかなかできるもんじゃねーぜ」


 私の質問に背後からダークが教えてくれた。どことなく声の調子がいつものダークに戻ってる気がする。


 で、それに反論するチェスナット。


 なんだろう、パッと聞く感じだと、魂が抜けてかないように、ラップを被せるみたいな魔法ってことか?真っ黒で何も見えんが。

 ま、そもそも見えたとて魔力自体も感知できてないんだけどね。


 ん?待てよ?ダークがサラッと言ったけど、死んだ者の魂って言ってなかった?


「え。てことは、やっぱヴェロニクさんは死んでるってこと!?」

「死んでるっちゃ死んでるが、魂自体は抜けてない。半死半生の状態だな」

「いや……ほぼ死んでるんじゃん。じゃ、流石に助からないんじゃね?」


 死者蘇生みたいな都合の良い魔法があるなら、これまでの旅でとっくに誰かが使ってるだろう。


 そんなものはないからこそ、魔法能力高そうなエルフが不殺ルール作るわけだし、サンは必死になってお姉さんを守ろうとしたわけだし、チェスナットのお父さんも死んだままなんだろ。


「魂と器さえありゃ、魔族の血を媒介に死者を使役できるようになる」

「お、おう……死者を使役って、マジかよ」


 それ、なんか禁術感あるんだけど、大丈夫か?


 と言葉が喉元まで出かかる。


「それで……チェスナットどの、その、まだ、間に合うだろうか?」


 ここまでのやり取りに、顔色一つ変えずチェスナットに問いかけるフリッジは、魔族の血で死者(・・)を使役するということについてはとうに理解しているらしい。


 死者を使役するとか、聖騎士が依頼しちゃダメじゃね?ヤバくね?スキャンダルじゃない?とは思うけど、一応思うだけに留めておく。


「ふん、勘違いすんな。魔族はそう簡単に人間どもの欲に迎合しねぇんだよ」


 鼻を鳴らして、ぶっきらぼうに目を細めながら言い放つチェスナット。声の調子にも軽蔑の意が含まれているのは明らか。

 その言葉を聞いて、フリッジの表情が絶望の色を映して翳る。


 敵に塩は送らないってことか。

 ここまで来たくせに、結局は他の魔族と対応は一緒てこと?期待させといて裏切るのってあんま良くないんじゃないかな。


 流石にフリッジが不憫だし何か言うべきかと迷っていると、チェスナットが続ける。


「……だけど今回は特別だぞ。感謝しやがれ、フリッジ」

「おお!おおお!チェスナットどの!!ありがとうございます!!ありがとうございます……!!」


 はあ。なんだ、ただのツンデレか。

 生意気チェスナットがやってもドキドキ感ねーわ。ダークやメープルちゃんのが100倍可愛い。


 フリッジは嬉しそうだけどね。

 青い瞳がうるうると潤んで、雫が頬に伝っていく。


「だけどな、損傷が激しいから馴染むのに時間はかかるぜ」


 損傷が激しいのか……って、チェスナットはこの真っ黒な塊の中が見えてんの?

 マジで私にとっちゃ損傷具合どころか、黒いモヤが濃すぎて人型にすら見えないのに。魔法が感知できてないからだと思ってたけど、私だけ見えてないの?これ。


「時間など問題ではありません!ヴェロニク様が復活なさるのならば……!!本当に、なんとお礼を申せば良いか……!!」

「その代わり、ちゃんと満足したら解放してやれよ?お前のわがままでつなぎ留めるんだからな」

「もちろんです……ヴェロニク様が望まれる時に、神の身元へお戻しさせていただく所存です。きっと、ヴェロニク様も今は死ぬべきでないと思っていらっしゃる」

「……なら、俺様からいうことは何もねぇ」


 そう言って深くため息をついたチェスナットが、無造作に私の顎に片手を当て顔を近づける。

 続いて頬に柔らかい皮膚が触れた。


 ん?もしかして、これって頬にキスしてる?


 ここに来てやっとチェスナットが精力を吸う気になったらしい。スタミナが一瞬で2000くらい削られた上に、更に吸い取られていく。

 なんか、手にパクッとする時よりも吸いとる速度早くないか?雑に食うとそうなるの?


 身体が怠くなりはするものの、立ち止まってるので自動回復することも相まって移動時ほどキツくもない。

 ざっと換算すると4000近くスタミナが精気として吸収された。最後に精気吸われた時の倍以上じゃない?


 ツッコミしようかと思ったけど、確かに血を媒介にするってことは、おチビのままじゃすぐ出血多量になって危険だ。途中で力尽きて貧血になっても困るだろうし、ここは多めにみてやろう。


「ちっ、可哀想なことしやがって」


 精気を吸い終わったチェスナットがフリッジに聞こえない程度の小声で悪態を吐くと、私の腕から離れてスルッと地面に降り立つ。


「カナメ、俺の服どっか持っててくれ」

「はいよ」


 言われた通り、チェスナットの服の袖を持つ。

 間を置かずにチェスナットは険しい顔で何かに耐えるように歯を食いしばると、黒い塊の方を振り返り、両手を合わせた。


 祈りでもするのかと思えば、違った。


 チェスナットは指を交互に折り曲げ、自分の爪で指を片方ずつブッスリと刺して傷を作り、流血させる。


「……フリッジ、てめぇの血をよこせ」


 暗い教会内だからか、少し影の入った翠の双眸が静かにフリッジに注がれた。


 ウォルナットさんとの決闘の時もそうだったけど、チェスナットってこういう儀式系の真面目モードに入ると急に大人びるよな。なんか何百回とやってそうっつーか……そう、慣れてる人の所作なんだよね。

この自傷行為を含んだ儀式に慣れてるって、大人として複雑な心境を抱くよ。


「承知した!いくらでも捧げますとも……!」


 そう言って嬉々とした表情でフリッジが背中に担いでいた大剣を抜き、腕ごと切り落とさんと振り上げるのを、チェスナットが目を見張りながら大剣の柄を持って制止する。


「は?!バカかよお前!自分の腕切り落とすつもりか?!そんなに要らねーよ!!バカ!」


 このガキ、さらっと2回バカって言った。


「使役者の血は一滴で十分だ!だから指先だけ傷つけてコイツの口の上に()らせ」

「……そうなのか。分かった」


 ふーん……血を一滴……指の先を切る感じね。なんか既視感あるけど、気のせいか?


 フリッジが言われた通りに指先を傷つけ、血を黒い塊に向かって滴らせるのを見つめる。


 チェスナットの方は、黒いモヤの中に両腕を突っ込んで広範囲に手を動かしているらしいのが見て取れる。


「……本来はもっと材料が要るんだけどな。荒技でやるしかねー。精気もたっぷり吸ったし、何とかなるか」


 チェスナットがそう独り言を呟くと、短剣を取り出して片手の掌にグサっと深く差し込んだ。


 うわぁ……痛そう。短剣の先っちょが貫通して手の甲から飛び出てんじゃん。これを見るの、3回目くらいだけど、よくコイツ平気でこういうことやるよな。


 チェスナットが短剣を引き抜くと、真っ赤な血がポタポタと勢いよく黒い塊に滴り落ちた。

 その血に溶け込むように黒いモヤが薄くなっていき、モヤの合間に上裸の青年の姿がぼんやりと見えてくる。


 ほー、チェスナットのせいで血だらけだけど、なかなかイケメンな容姿してるね。見た目でいくと30歳くらいかな?欧米系の顔立ちだから自信もって言えないけどさ。


 髪は茶髪のよく手入れされた形跡が見て取れるストレートな長髪。貴族っぽい品のある雰囲気ではあるものの、よく鍛えられている細身の身体に、いくつか重症を負ったであろう古傷がある。戦うお貴族様ってことか。フリッジが慕うのも頷ける。


 そして胸には死因と思わしき生々しい刺し傷がついている。


 そんな身体にチェスナットの血と思しき新しい血が模様のように描かれていて、本当にアニメとかに出てきそうな黒魔術師系統のイケナイ系禁術発動の儀式だわ。


 一方、私がヴェロニクさんの様子観察をしている間にも、チェスナットはヴェロニクさんの口へ大量に自分の血を飲ませるように注ぎ続けている。


 この量は、いい加減止めないと出血死するんじゃね。


「チェス、そろそろ……」


 言いかけた時、ヴェロニクさんの腕がぴくりと動いた。チェスナットの血痕が皮膚の表面から吸い込まれるように消えていき、なんか見覚えのある鎖の模様がヴェロニクさんの首に浮き上がって定着した。


 この模様どこで見たっけと考えている間にヴェロニクさんの目が開いた。


 う、目が……黒い。

 白い部分がなくて、目玉全部が黒だ。

 ちょ、エイリアンみたいで怖いんだけど……。


 何かを訴えるように口がもごもご動くのも不気味さを助長してる。


「……ま、こんなもんだろ。俺の血だけで処理してっからな、じきに意識が戻る程度だろうぜ。半日もすればある程度は動けるようになる。あとはフリッジのステータスで調整しやがれ」

「!!!ありがとうございます!ありがとうございます!!」


 べろべろに涙で濡れた状態で破顔するフリッジ。


「マジで蘇えったってこと?すごくね」

「魔族に、こんな能力があったんですね……」


 私の背中越しに静かに眺めていたダークも、知らなかったみたいで呟いている。


 翠の冷めた瞳がついとダークに向けられた。貧血気味だからなのか、額に脂汗を浮かべて険しい顔をしている。


「……知らないついでに教えといてやるが、お前らのそれ(・・)も、誰かの魔族の血だぜ。何級の奴隷契約かはしらねーけどな」

「え?」

「生きてる人間を使役するのも、魔族の血が媒介してるってこった。そっち(・・・)は女魔族の血だけどな」

「げ。マジ?」


 じゃ、あの時ダークに飲ませてた液体って、誰かの血だったのかよ。

 怖?!異世界の衛生面大丈夫か!?サスペンスってかホラーじゃん!!

 あらゆる方面で怖すぎなんだけど。


 どうりで既視感あると思ったら……確かにダークとの奴隷契約と結構似てるわ。


「つか、魔族の能力強過ぎない?」


 男女差あるとはいえ生者も死者も使役できるってヤバくない?


 更に種族的に長寿で戦闘力もある。精力吸えばスタミナとHP、MPが即時回復。ある程度の傷なら舐めときゃ治る。


 コイツらが本気出して戦争起こしたら余裕で世界支配出来るじゃん。スキル云々以前に戦闘と支配のために生まれてきたような種族。

 チートが激し過ぎてびっくりするわ。


 魔族達(こいつら)が片田舎の景色大事にする以外は特に何も求めてなくて良かったな。この世界の人らは魔族の匙加減で平和に生きられてたと言っても過言じゃないよ、マジで。

 単純に危険じゃん、人類史的にさ。


「ふっ、まあな。この俺様の血を媒介にするんだから上級不死憑依だぜ。すげーだろ。血が馴染めば意思疎通も普通の日常生活も問題なく出来るぜ」


 得意げにチェスナットが腰に手を当ててドヤ顔してるのを見てると、このチート種族の残念なところがわかった気がする。

 まあ、可愛げがあって嫌いじゃないよ。


 それにしても上級不死憑依……?


「え、あのさ、聞いていい?何で上級とか分かるの?」


 何か法則があるのだろうか。


「ん?媒介にする血を提供した魔族のレベルで決まるんだよ。レベル50以上なら上級だぜ」

「へー、それって奴隷契約の方も一緒?」

「そうだぜ」

「なるほど」


 となると、レベル50以上の女性魔族さんの血が、どこかからレーンボルトに提供されてたってこと……か?


「ヴェロニク様!!遂に……!!ああ、良かった!!本当に、どうなることかと……」


 突然フリッジが叫んだ。振り向くとフリッジはヴェロニクにしがみつくように近寄って語りかけている。


「…………」

「はい。魔族の方の協力を得て……」


 何となくヴェロニクの黒い目線がチェスナットに向けられたのがわかる。

 続いてヴェロニクの口が語りかけるように動く。


「…………」

「おう、俺様に感謝しやがれ」

「…………」

「本当に申し訳ありません。あの時、私が間に合っていればこんなことには……!」

「…………」

「ひとまず話せるようになってるが馴染むまでは大人しく横たわってろよ。無理して動いたら馴染みきってないところが取れるぞ」

「…………」

「私からも、何度も礼を申し上げます!どうやってこのご恩をお返しすれば良いか……」


 なんかさ、感動のシーンだけど、ついていけてない。だっておかしくない??

 私全くヴェロニクさんの声が聞こえないんだけど。私だけが聞こえてないのか?


「ちょい、ダーク、ヴェロニクさんが何言ってるかわかる?」

「え?王国の標準語と言語は同じはずだけど……何かおかしいことでも?」


 おぅ……どうやら聞こえてないのは私だけみたいだ。


 何で?何が原因?


 いや、実は予想がついている。

 呪い無効スキルだ。何となく。


 だって、謎に今まで微動だにしなかった呪い無効スキルの熟練度が微量だけど増えていってるんだよ。ヴェロニクさんが言葉を発している時に。


 じゃ、呪い無効スキルを一旦オフにしてみたら良いのかな。せっかくだし何言ってるか知りたいもん。


 軽い気持ちでステータス画面を操作して、呪い無効スキルをオフにしてみた。

 その瞬間、まるでスイッチを切るようにブツンと意識が切れた。

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