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他人の心境を量るのは難しい

切りが悪いので短めです。

「おいカナメ。いい加減起きろー」


 眠っている私の顔にバシバシと小さな手が無作為に叩きおろされた。地味に痛い。


「うーん、ねっむ……」

「は?何言ってんだ、寝すぎたの言い間違いだろ?太陽もとっくに昇ってるぜ」

「いや、それ、昨日ぐーすか寝てたあんたにゃ言われたくねーわ」


 私はダークのことが気がかりすぎて、ほぼ徹夜同然だぞ。


 憤怒が外れてから安心しちゃって寝たけど、実質3時間も寝てないし。前日まで(よく分からんが無駄に)徹夜してたとはいえ、昨日の夕方からぐーすか眠りこんでた幼児に言われたくないんだわ。


「ふん。起きたんならさっさと行くぞ。今日中にはフリッジの街に着かねぇといけねぇらしいぜ」


 どうやら私が寝てる間にチェスナットはフリッジから事情をあらかた聞いたようだね。


 瞬きを繰り返して何とか目が冴えるように試みるけど……眠いなー。


「はいはい……でも確かここから4時間くらいで到着するんじゃなかったっけ」

「順調に行けばな」


 え、なんだよその不穏な言い方は。


「魔物が大量発生してっからな、予定通り行けるか分かんねーだろ」

「私もここまで進むのに、かなりの時間がかかった。パーティを組むから多少はマシになるとはいえ、魔物の量はバカにできんだろうな」


 フリッジが頷きながらチェスナットの補足をしてくれる。


 確かに今は魔物が多いもんね。進む距離は大したことなくても早めに動かないとダメか。


 くそー、絶対街に着いたら暖かいベッドで一日中寝てやるー。


 ダル重たい身体を何とか動かして起き上がる。なんとかこじ開けた目で周囲を見渡すとフリッジは数メートル離れたところに座ってて、チェスナットが私の傍で偉そうに胡座をかいている。チビ過ぎて腕組みしようとしてるけど出来てないのが地味に面白い。


 ついついこのちっこい頭をガシガシと撫で回しちゃう。

 チェスナットは満更でもないのか、それとも嫌がっても私が辞めないのを悟ってるのか、嫌そうな顔をする反応だけに留めている。


「で?チェスはその幼児の格好で行くつもり?」

「おう。こっちの姿でいる方が変な気になんねーからな」

「変な気?」

「ふん。お前には関係ねぇよ。てか、そんなことよりアイツの様子が変だぜ。何かあったのか?」

「あいつ?」


 チェスナットが顎をしゃくった方向に目を遣ると、木陰に隠れるようにしてダークが膝を抱えて座っていた。

 じっとオレンジの瞳が私たちの方に向けられている。


 確かに、いつもの距離感じゃ無いな。でも既視感のある状態。

 フードの陰になってて表情が分からないから断言できないけどさ。エルフの村でメープルちゃんと私がわちゃわちゃしてた時にもこんな感じでダークは観察してたよな。


「オレ様がカナメの腹の上でゴロゴロしても何も言ってこねーんだ。絶対おかしいだろ」

「は?いや、待って。もっとおかしい部分があって頭に入ってこないし。何で寝てる人間の腹の上でゴロゴロしてんだよ?!」

「実験だからいいだろ。お前も全然起きねーし」

「いや、良くねーわ!」


 ガキだからってなんでも許されると思うなよ?!ツッコミのチョップをチェスナットの頭におみまいし、再度ダークの様子を見るけど、全く動く気配がない。


 どんなに遠くても何となく私がダークを見たら、近くに来て用があるのかと訊いてくるのに。

 ま、それもどうかとは思ってたけどね。


「ふっ、どこまでアイツが口出ししてこねーか見ものだぜ」


 チェスナットがニヤッと小悪魔な表情を浮かべて、私の肩にもみじのような手をのせた。


 このガキのこの表情、ムカつくけど嫌いじゃないんだよなー。まるで昔の自分を見ているかのような既視感と言うか……いや、母曰く私の小さい時はお淑やかだったらしいから、こんなクソガキじゃないはず。


 で、チェスナットは胡座をかいた私の脚の上によじよじと登ると、これ見よがしに私にくっついてくる。


 どうでも良いけどコイツは何でダークを煽ってんだ?てかその行為は煽りになってんのか?


「ダークは微動だにしてないみたいだけど」

「ちっ……これでどうだ」


 チェスナットが顔をしかめながら私の頬にキスしてくる。


 いや、そんな嫌そうな顔でしてくんなよ。私にだってプライドというものがあるんだぞ。

 てか頬キスくらいならダークが結構な頻度で私にするし、効果無いと思うんだけどなー。


 ダークならまだしも、こんなガキ、もとい赤ちゃんにされたところで特に何も感じないというか。犬に舐められるのと同程度というか。ヨダレつけられたら嫌だし、キスされるよりはほっぺ触らせてもらう方が私としては嬉しい。


「……ご主人、まだ出発しないの?」

「おわ、いつの間に」


 さっきまで3メートルくらい離れてたはずなのに、気づけば私の目の前にダークが立っていた。


 忍足スキルを使ったのか?

 立ち上がったことにも気づけなかった。


「……出発は?」


 もう一度聞いてくるダークの声には少し棘がある気もする。顔はぼやっとしてどこ見てるかわからない雰囲気なのに。


「う、うん、ごめん。そろそろ出発しよっか」


 なんか、調子が狂うな。


「な?変だろ。果物も採ってきてねーしよ」

「確かに……」


 こそっと私の耳元で確認してくるチェスナット。

 チェスナットが指摘してるとおり、朝ごはんも勧めずに出発を促すなんて、今までなかった気がする。


 実際、この距離で私にノータッチなのはここ最近のダークらしくない気もする。いつもならすぐ手を繋いでくるもんね。


 改めて近くに来たダークの様子を見るに、表情は初めて奴隷として出会った時に近いかもしれない。


 無表情で、ぱっと見何も考えてなさそうで、どこかに心を置いてきたかのように思考停止中の顔。それでいてオレンジの瞳だけは少し揺れていて、あらゆる動く対象を視界に入れようと警戒を見せる。


 小刻みに動くオレンジの目の下にはクマが出来ている。


 昨日寝てないのは、ダークの方が激しいんだろう。このクマ、白い肌だから余計に目立つ。


 目の下のクマをなぞるように片手をダークの頬に遣ると、ダークが眉間に皺を作り、難しい表情を浮かべた。これも、出会った時によくしてた顔だね。

 チェスナットのせいで最近もたまに難しい表情自体はしてたけど、表情の質というか中身が違う気がする。


 嫌なのかな。

 触れずに手を引こうとしたら、ダークが私の手を掴んでギュッと握り込んだ。


「……昨日は、ごめんなさい。勝手な私情で、ご主人のそばから、離れてしまいました」


 ポツポツとダークが言葉を紡ぐ。

 泡のように消えていきそうな小さな声だ。


「いや、謝ることじゃないっしょ。誰だって1人になりたいことはあるじゃん。ね、チェス?」

「あ?あぁ、まあ……あるんじゃねーか」


 なんとなく気まずくてチェスナットに話題を振ると、チェスナットは適当に肯定の言葉を返してくれた。


 ふぅ。一昨日、友達から相談されたら必ず何か返答するべきって伝授しておいてよかったぜ。


 ダークは橙の瞳に陰をおとしながら視線を下げ、私の服の袖をちょいと摘む。


「あの…………」


 言いかけておいて口をつぐみ、眉間の皺がさらに濃くなる。

 何か言いにくいことでもあるのかな。


「どした?何でも言いたいこと言ってみ」


 私の促す言葉に、ダークが表情を強張らせながらも口を開いた。


「移動する時、おんぶしてもらえますか。……歌も」

「お、おう。いいよ?」


 いったいどんなこと言われるのかと構えていたのに、とんだ肩透かしだわ。

 ここが大阪なら、がくっと身体倒してツッコミ入れるところだな。


 でも、ダークが珍しくおんぶしてって甘えてくるなら、叶えてやらないわけにいかないでしょう。それに今のダークの調子じゃ気を遣ってしょうがないからね。いっそ背負ってる方が気楽だ。


 ただ、ダークがこんな調子になった要因と思わしき話をしたフリッジや、一緒に行動し始めて日が浅いチェスナットから離すほうがいいかもしれない。

 昨日みたいにふとした拍子で暴走するかもしれないし。


 それにはチェスナットをフリッジに運んでもらうのが早いかな。


「ち、ちょちょ、おい!やめ、ちょっ!カナメ!」


 フリッジのところに近づいて、チェスナットを押し付けようとしたところ、何故かチェスナットが抗議の声を上げてきた。


 両脇に手を通された態勢で、必死に短い両足と羽を使ってバタバタと空中をかく。


「ん?どした?」

「どしたじゃねーよ!何でオレ様をあの聖騎士に渡そうとしてんだ!」

「え、だって。ダークをおんぶするし、チェスはフリッジに運んでもらおうかなって……あ、フリッジ、大丈夫?」

「私は一向に構わないが……」


 フリッジは気遣うように青い眼をチェスナットへ向けた。


「まず、オレ様に嫌じゃないか聞けよ!」

「え、嫌なの?」

「嫌に決まってんだろぉが!!」


 思いの外大きな声で全力否定されてしまった。


「この野郎に、オレ様と仲間は危うく殺されかけたんだぞ!」

「…………お、おう」


 チビチェスナットが食い気味で怒鳴ってくるので呆気に取られる。


 ちっちゃいから睨まれても全然怖くないけど、本気なのは伝わってくる。

 でも、納得いかない。


「いや、でもさ、フリッジを助けようとして、引きずってきたのはチェスだよね?」

「ああ」

「で、聖騎士だって分かっても、協力しようとしてるんだよね?」

「おう!」


「それで、何が嫌なのさ?」

「は?敵に抱かれて移動したい奴とかいねーだろ!?しかも弱体化してる状態で!!」

「敵って。あんたフリッジのこと赦してるから協力するんじゃないの?」

「何言ってんだよ、誰が赦すかよ!謝られてもねーのに赦すわけねー……いや、謝るなよ?謝られても赦さねーからな!」


 前半言い切った後にフリッジが謝ろうと口を開きかけたのを察知したみたいで、チェスナットはフリッジを振り返って睨みつけながら言いかえた。


「えーと。じゃ、赦してはないけど、困ってるなら協力はしてあげるってこと?」

「おう!そうだぜ」


 なんだコイツ、ただの良いやつじゃないか。

 理解できないし、めんどくさいやつだ。


「で、つまり?」

「カナメがオレ様を運ぶに決まってんだろ!言われなくても分かれ!」


 短い腕を組んでふんぞり返ってみせる。脚はプランと空中で浮いてるくせに。


「ほーぅ?」


 まったく、この顔、この言い方、ムカつくんだよなー。 こんなクソガキ相手なら往復ビンタくらいしても良いんじゃねって思うんだけど、ダメ?ダメか。

 でも言わせて欲しい。


「それが人にものを頼む態度かー?このクソガキめ!!こちょこちょしてやる」

「うぎゃ、あははは、やめ、やめろよ!ぎゃ、あはははは」

「……因みに、私の精気を吸うつもりは?」

「ねぇ!」


 同じ態勢でさらにグッと胸なのかお腹なのかわからん部位を突き出しながら断言する。


 まあ、精気吸うつもりなら、さっき頬にキスしてきた時にでも吸ってるか。


「チッ。このクソワガママ坊主め……」


 敵だ嫌だ言ってるくせに助ける心境が分かんねーわ。

 悪態ついてみたけど説得するのは諦めた。


 1人で2人のガキを運べという、しちめんどくさいことを押し付けられた代わりの腹いせとして、チェスナットの脇腹を満遍なくこちょこちょしておく。


 ま、確かに、フリッジはつい先日コイツの景色(大事なもの)を壊して、投降しない魔族(仲間)を全滅させようとした相手だ。そんな奴に弱体化した状態で運ばれるのは嫌だっていう主張も分からなくもない。


 でも、それでいて助けてやろうなんて相反する行動をとるのは、私には理解できない。


 チェスナットの雰囲気じゃ、サンみたいな底無しのお人好しというわけでもないだろうし……。


 腑に落ちないままだけど、一通りくすぐって満足した。こちょこちょを辞めてチェスナットを抱え直す。

 見下ろすと、チェスナットがほっとしたように身体の力を抜いた。代わりに私の服をギュッと掴んでくる。


 そんな緊張するほど嫌だったのか、こちょこちょされるの。


 覗き込もうとするけど、顔を私の首元に埋めてて表情の確認ができない。


 ま、何にせよ、相手のことなんて理解できなくて当然か。

 人助けは悪いことでもないし、チェスナットの気持ちは汲んでやろう。


 なんとなく小さな頭をヨシヨシと撫でてみると、チェスナットがほうっと息を吐いて小さな肩の位置を下げる。


 しょうがないとは思うけど、何で私の精気は吸わないんだ。せめてガキンチョサイズに戻って自力で歩けよな。マジでわけ分かんねぇ。


 正直言ってこんなガキのワガママなんてどうでもいいけどさぁ?いや、被害被ってるからどうでもよくねーけどさぁ?どうでもいいと思い込むしかないっつーかぁ……。


 ぶつぶつと心の中で文句をたれつつ、出発の支度をする。


 ダークを背負うなら落ちないように確実に片手を使うことになる。で、いざという時のためにもう片方の手はフリーにしておきたい。だから毛布みたいなマントを使ってチェスナットを私に括り付けておく。


「ダーク、おいで」


 ダークの方に半分背を向けてしゃがみ、自分の腰をポンポン叩いて呼んでみる。


 すると、固まって微動だにしていなかったクリーム色の塊が徐にノソノソと動いて背中にそっと乗った。


 ダークの年頃相応の重さが背中にかかる。


 その重さにちょっとホッとした自分がいる。

 ダークが表情と同様に出会った頃みたいになったんじゃないかって内心焦ってたみたいだ。


 フリッジには鞄を持っててもらうことにする。


「う、重……」


 歩き始めて2歩でスタミナがまあまあな速度で減り出した。これ、鏡の谷ではアドレナリンがドバドバ出てたし気づかなかったけど、打撃スキル全然稼働してなくてもこんなスタミナ減るんだな。


「カナメ殿は……その、大丈夫か?」

「へ、平坦な道ならいける、多分」

「それなら心配はいらない。ここからペルシカ領の街ペシカまでは平坦ではあるな。小さな丘くらいはあるが……子供とはいえ、本当に人間2人分を背負って移動するつもりなのか?」


 うむ。なんかフリッジがごちゃごちゃ言ってるけど、この先ずっと平原なら足元がフラつくわけじゃないし、なんとかなるだろ。立ち止まれば休息スキルのおかげでスタミナも回復するもんね。


「よし、出発!」


 ガキ2人分の負荷を脚に感じながら、ペシカなる街を目指して足を踏み出した。

お分かりいただけるだろうか、戦闘経験値に反映されないカナメのステータス熟練度が着実に上がっていることに……子守りって大変です。

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