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壮太⑧

お待たせ致しました。長い盆休みが終わりました。

「ソウタ!そっちに2体行った!」


 焦ったようなキーマの注意喚起の声を聞きながら聖剣を振りかぶる。

 返事の余裕がないけど、対処は出来そうだ。


 体重を剣の勢いにのせて、こちらに飛んでくる2体の黒い影へ斬撃を浴びせた。


 ブラックホークの断末魔の叫びに、ほっとするのも束の間、たった今絶命した魔物に隠れるようにもう1体襲いかかってくる。


 なんとか黒い嘴を弾いて、横薙ぎに剣を振るう。

 耳を突き刺すような絶命の声が上がった。


 更に続いて襲ってくる4体目。


「うっ、く!」


 しまった、体勢が崩れて剣を振り戻す余裕が無い。

 何とか剣の腹で敵の鉤爪(かぎづめ)を受け止めるように弾いた。


 ボヨン


 鈍い効果音が聖剣と魔物の間で発される。


 身体の軸を中心に残し過ぎると、今のような威力不足認定を受けて、変な効果音が頭に聞こえてくる。


 こいつら、仕留めた隙を狙ってくる。


 ブラックホークは、ギルド討伐依頼の難易度上位のランクAにあたる。ブラウンウルフやレッドドラゴンなどの大きな個体でないにも関わらず同難易度判定を受けているのはこういうところなんだろうな。


 速くて高い物理攻撃力や頭が良く連携をとることもさることながら、一番厄介なのはブラックホークは一定の物理攻撃力以下だと無効判定を受けること。


 ゲームだとボタン操作のタイミングだったんだけどね。現実世界のここじゃ、攻撃スキルが合わさるように体幹を意識しなくちゃいけないみたいだ。


 連続攻撃の想定をした素振りを繰り返すうちに、ちょっとずつ体幹の位置に慣れてきてるけど、こういうのって一朝一夕じゃなかなか上達しないよねぇ。


 剣道を習い始めて3ヶ月で辞めずに、もう少し長くやっておけば良かったなぁ。


 心の中で愚痴りながらも体をひねり、剣の腹に手を当てて再度襲いかかってきた鋭い鉤爪のついた脚を押し返す。

 すぐに剣の柄を持ち替えて、弧を描くように剣先を斜め上へと切り上げた。


 ボヨン


 再度ゴムボールを弾くような音が出る。


「うぅっ、また威力不足……」


 切り上げた際の体勢が悪かったのかも。


 もう一回剣戟を叩き込むために構えた時、横からキーマの槍が勢いよくブラックホークの胴体に刺さった。


「ソウタ!無事?」


 クリティカル判定されたようで、ブラックホークが一発で絶命した。


 ホッと息を吐く。


「ありがとう、キーマ。助かったよ」

「ソウタ様、この辺りでは今倒した魔物が最後です」

「オッケー。索敵ありがとう、チェリン」


 チェリンが言ってくれたけど、自分の目でも確認するために周囲を見渡す。


 俺の方が索敵スキルのレベルが低いし、視力も良くないから無駄な行為なんだけどね。こればっかりはしょうがないよ。

 どうにも自分で目視確認しなくちゃ落ち着けないんだ。


「ひとまず小休憩だね。キーマ、疲れてない?」

「うん。まだまだ大丈夫!オレよりソウタの方が最後集中攻撃されたでしょ、怪我してない?」


「うん、俺も怪我してないよ。今のところは順調だけど、あまり突っ込み過ぎないようにね」

「分かってるって。ちゃんとソウタが言った作戦通り、5メートル以内で戦うフォーメーションを維持してるでしょ?」


 キーマがドンと自分の胸を叩いて得意そうにウィンクしてみせる。


「そうだね、作戦通りできてるよ。さっきのフォローも上手だったし、助かったよ。この調子でいこう」

「任せて!」


 満足した顔で頷くキーマを見ながら考える。


 ……やっぱり、気のせいじゃない。


 キーマの態度は以前と明らかに違う反応なんだよな。


 敵に向かって単独で突っ込まなくなった。

 そして前は俺の指摘に、ふくれ面を見せるほど何かと反発していたこのフォーメーションに、ノリノリで協力体制をとってくれている。


「キーマ、一体どういう心境の変化?前はさ、あんまりこのフォーメーション好きじゃなかったよね?行動が遅くなるとか言ってたじゃん」


 嫌々我慢してるのが顔に出てたのが、見違えるほどキーマは俺の言うことを聞いてくれるようになった。


 俺の質問に、渋い顔をしてキーマが口を開いた。


「そりゃ……あんなエゲツない闘い方を見せられちゃったらね。無謀に突っ込むのがどんなに危ないか客観的に見せつけられたっていうか。あの圧倒的な破壊力を持ってしても危険ならさ、オレがあんな真似は出来ないなって……嫌でも分からせられちゃって」


 あんな人って、ユシララで交換イベントをした相手かな?

 たしか……シュージンさん。


 『無強化状態の盗賊の服』なんていう激レア装備を惜しげもなく渡してくれた人。

 この盗賊の服と特定の強化素材を掛け合わせれば、最終戦まで使える逸品になる。特に速さ重視のキーマにぴったりの装備だ。


 盗賊の服は街では当然売ってないし、盗賊討伐をしてもなかなかドロップしないことで有名だ。


 ま、普通に考えて当然だよね。いくら戦闘に負けたとはいえ、わざわざ着てる服を脱いで逃げる人間なんていないもんね。


 ゲームだとEXイベントでたまに報酬で渡されるか、季節限定の課金ガチャで手に入る程度。


 ここは現実世界だし、盗賊の身ぐるみを剥がすような盗賊まがいの行為をすれば手に入るのかも知れない。

 でも身ぐるみ剥いで裸で魔物の蠢く森に放り出すなんて鬼畜な所業、少なくとも俺にはできない。


 不可抗力で始まった交換イベントだったけれど、よく考えると勇者(ゲーマー)の気持ちを汲んでくれた良い交換相手だったな。


 なんだかんだあの貧弱エルフ君も、いてくれたおかげで危なげなくクレマさんを同行させつつ護ることができたしね。変な魔法の使い方してたけど、威力は充分だったし。


 それにしても、シュージンさん、不思議なキャラだ。貧弱とはいえ序盤ではまず出会えないエルフ、それも子供のエルフをパーティメンバーに連れていたなんて。


 最初はまだ会えてない呪い無効勇者なのかも知れないと思ったけど、勇者の仲間が別の勇者の仲間に名前を秘匿する必要があるとは思えない。勇者がエルフの子供をパーティメンバーに加えられるなんて聞いたこともないし。


 名前に関してはエルフ君が暗示系スキルをキーマへかけるほどに徹底してるからね。暗示系スキルは、術をかけた本人以外が解除するのに時間もお金もかかるから、今のところ放置してる。

 それに、エルフくん本人がうっかり言葉にしてて、シュージンさんという名前は知っちゃってるしね。


 でも、何者なのか掴めないのは少しモヤモヤする。


 エルフを連れてる黒髪の人間と言えば、ハーフエルフのスラッグかと思ったんだけど、何度思い返してもこんな場面では出てこない。EXイベントにしたって無理があるように感じるし。


 どんな人物にせよ、会えてさえいれば情報共有できただろう。

 大広間に向かう手前でトラップに引っかかって、お礼も言えなかったのが悔やまれる。


 まあ、あのトラップも変だったな。

 地面にめり込んで身動きひとつ取れなかったのにHPは減らなかった。ただ時間稼ぎをするだけ。あんなものは元のゲームには存在しなかった。


 ただ、爆破が起きた時、無事で済んだのはトラップのせいで地面の中にいたからなんだよね。ちょうど倒壊が終わるとトラップも解除されてたし、勇者パーティへの救済措置と言えそうな気もする。


 あの爆発で倒壊した教会は、魔王イベントでどんなに街が荒廃しても残ってたし、ユシララのシンボルみたいな建物だったんだけどね。

 アフターストーリーでは、あの教会を街の人たちが心の支えにしながら復興していく描写もあったのに。あっけなく倒壊してしまったのを見るに、やっぱり現実は甘くないんだろうな。


 何にせよ、キーマが無茶をしなくなったのは本当にありがたい。


 災害級の上位イベント発生で、なかなか平静では居られないからね。

 自分のこと、戦うことに集中しておかないと、このあたりでのイベントの難易度は終盤レベルだし、一撃でもクリティカルが発生すれば即死があり得る。


 そして今は新たに加わったあの子もいるし、気をつけないと。


 いやぁ、我ながらこれが正しいのか、不安しかない。


 現状それどころじゃないし、今はなるべく深く考えずにいる。


 どっちにしたって俺には到底人間を殺せるわけもないし、殺したくもない。こうやって現実逃避するしかないんだよね。


「キーマ、もうすぐ次のフェーズが来る。雷の範囲魔法の準備を!チェリン、回復魔法と光魔法のバフをお願い」


 頭を抱えたくなる思考を振り払うように首を振って、思考を切り替えて指示を出す。


「おっけー!」

「わかりました。ソウタ様、ご武運を!」


 チェリンが俺の指示通りに、物理攻撃力upの魔法を詠唱してバフをかけてくれる。


「うん、チェリンはあの子と後方に。何かあったらすぐに大声で教えて」

「はい」


 グオオオオッ!!!


 チェリンの返事と被るように獣の鳴き声が響いた。


「来た!」


 ブラウンタウロスの咆哮で、フィールド内の物理攻撃系スキルを発動不可にする特殊スキル(ユニークスキル)が発動する。


 ブラウンタウロスを倒せば特殊スキルの効果が切れて、ブラックホークを討伐出来るようになる。


 物理防御無効スキルはユニークスキルだから特殊スキル状況下でも発動するけど、ブラックホークは物理防御無効スキルだけじゃ威力不足判定になっちゃうからね。このフィールドでは討伐順序が鍵になってくる。


 他の攻撃系スキル無しでも、今の俺の最大火力を載せて思い切り斬りつければ、ブラウンタウロスはギリギリ狩れる。


 それでも慎重に慎重を重ねたい俺の性分からして、このギリギリ狩れるってのは、死ぬ程嫌な状況なんだけどね。


 ハッキリ言ってこのフィールドは、俺のパーティには荷が重すぎる。


 もともと、勇者特性的にこの辺の魔物と相性が悪いし、魔族を迫害する様なイベント自体も好きじゃなかったから、来るつもりがなかった。


 それなのに……こんな災害が発生するなんてさ。運命の神がいるなら恨みごとの一つや二つぶつけたくなってくる。実際にはそんな度胸ないけどさ。


 この辺りで戦闘する場合、正攻法は、ブラックホークとブラウンタウロスには範囲魔法攻撃だ。


 今更だけどバランス重視に範囲魔法攻撃持ちを仲間に入れておくべきだったかな。キーマの範囲攻撃は、主力である俺の物理攻撃に繋げられるような麻痺や行動遅延効果だから、魔法攻撃としての威力が低い。


 物理攻撃特化の物理防御無効勇者のパーティに魔法主力は必要ないと思ってたんだけど、この世界はゲームじゃなくて現実世界だもんね。


 今回の件で、なにごともバランス重視が命を守る上で大切なんだって痛感したよ。

 だって、マジで何が起きるかの予測がつかない。


 攻略中だった最初の魔王イベントが突然消えて、次に起きた魔王イベントは中断状態。勇者サイドは今のところまともに魔王討伐ができていない。

 明らかにゲームシナリオからは乖離した出来事が起きていることも踏まえると、あらゆる場面を想定すべきだった。


 この最悪なイベント(スタンピード)が発生して、5日が経つ。ありったけの装備を準備して転移してきたのが4日前。


 いくら相性が悪くとも、こんな災害は勇者が行って治めるしか被害を最小限に食い止める方法がない。人間の命がかかっているんだから弱音は言ってられないよね。


 何万もの魔物が同時に発生しては多方面へ散開し、いくつかの近隣の村が壊滅したと聞くけど、幸い、近くで魔王攻略中だった勇者たちや聖騎士が村の方へ避難したおかげで村での人的損害は軽かったらしい。

 代わりに災害発生地に一番近くにいた魔王イベントに出てくる何千人もの兵士が犠牲になったそうだ。


 今回のスタンピードの原因は表出ダンジョン型だから、その核となっているダンジョンコアを破壊すれば落ち着くはず。


 初日の災害発生からノゾミさん、ショウさんが参戦していて、その後EXイベントの報せが届いた俺とユウキが合流し、現在は呪い無効勇者以外の勇者4人が攻略にあたっている。


 けれど、実際のダンジョンコア近くまで踏み込んでのメイン攻略は、範囲魔法攻撃持ちのショウさん頼み……。他の勇者は哀しいかな、火力不足で戦闘に不安のあるパーティばかりで、こうやって周辺域へ溢れ出した魔物狩りをするのがせいぜいだ。あのバランス重視の王道パーティを組んだユウキですらこの辺りは苦戦していた。


 一刻も早くダンジョンコアを破壊して魔物自体の発生を抑えなければ、被害は拡がる一方なのに。

 俺じゃない誰か(ショウさん)の攻略成功を祈るしかない自分の弱さが歯痒い。


 その行き場のない感情を吐き出すように無心で剣を奮っていると、複数人の気配が背後からした。


「勇者様ー!」


 振り返ると王国の紋章をつけた兵士が、数百人規模で整列しながらこちらに向かってきている。先頭にいる兵士が声をかけてきたみたいだ。


 よし。ここまで兵士が来たということは、作戦通りダンジョンコアを中心とした同心円包囲網が完成した証拠だ。コアを破壊し、この包囲網を徐々に縮めていければ収束も近い。


 夜にはユウキと交代する予定だったけど……まだ陽は高い。


「ここはあなた達に任せます!」


 眼前のブラウンタウロスを真っ二つに切り落とし、彼らを振り返って叫ぶ。


 踏んだり蹴ったりでなかなか思うようにいかない俺にとっての不幸中の幸いは、ゲームじゃ考えられないような珍しい相手を仲間に迎えられたこと。


 残念ながら今のところ、すごく頼りになるってわけじゃないけどね……。


「俺たちは魔物の合間を縫って魔の谷まで突っ切ろう!」


 移動したい(こういう)時にはかなり助かっている。

 俺は、ユシララの街で出会った銀髪猫耳の青年へと視線を向けた。


「サン、獣化(じゅうか)して僕らを運んでもらっていいかな?」

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