料理はなんやかんや焼くのが早くて美味い
空腹だと人間、簡単に死にたくなるし、キレやすくなる。まずは腹を満たすのが第一段階だろう。話はそれからだ。
ダークに焚き火の準備をしてもらってる間に、道すがら採取した長芋みたいなのとジャガイモもどきを簡単に魔法で出してもらった水で洗い、皮をその辺の石を拳で割った破片で適当に剥く。あとは塩とローズマリーに似た香りの草で炒めて終了。
シンプル・イズ・ザ・ベストだ。
道中色々試したけど、これが一番美味い。次の街に着いたら米を買いたいところだけど、炭水化物はこれで充分だ。
あとはタンパク質が欲しいところだ。たまに豆をダークが取ってきてくれるけどね、やっぱ牛肉とか魚とか、食べたいんだよなぁ。魔族の村で飲み食いした生き血や虫はもう勘弁願いたいけどね。
肉に想いを馳せながら泣き虫男に出来上がった料理を勧めたけど、やっぱりというか予想通りというか、固辞しようとしてくる。正直言って意味のないやりとりをするのがめんどくさくなったので、チェスナットを一旦地面に転がし、無理やり男の口に芋を突っ込んだ。すると、無言でそこからは自分で器を持ってもきゅもきゅと食べ始めてくれた。
チェスナットは飾り紐を握ったままだから腐る心配もないし、このまま転がしておこう。
で、やっぱり人間お腹が膨れるとポジティブになるというのはガチらしい。
結局作った分の半分くらいは男が平らげて、食ベ終わる頃には男の涙が完全に止まった。ついでにダークの冷たい視線も止んだ。
素晴らしい、これで漸くまともな会話ができるというものだ。食べるって大切だね。
食事もひと段落したところで、先に口を開いたのは男の方だった。
「こんなに美味しい食事なんて、いったい何日ぶりでしょうか……分けてくださって、ありがとうございました」
「いや、いいよ。多少元気がでたならよかった。あと、多分同じくらいの年齢だし、タメ口で話していいんじゃない?」
「……あ、ああ。そうだな、そうさせてもらうよ」
「じゃ、順番前後したけど私はカナメ。あなたは?」
「私は、先ほどお連れのエルフ殿が言っておられた通り、元聖騎士で第十席のフリッジという者だ。元々はここから半日ほど歩いた共和国の北部領地と国境関所を管轄にしておられるペルシカ領主様に仕えていた」
ここでフリッジという名前以外に3つの情報が分かった。
1つは聖騎士には席次があるらしいってこと。もう1つがやはり国境には関所があるらしいってことだ。
確かに魔族達からドワーフの国に行くには共和国を通過するのが早いとは聞いたな。
通過するには何か通行手形が要るみたい。でも、私以外の2人は呪われてるし、身分証明でごたつく可能性がかなり高い。だから関所を通らずに遠回りで森の中を進もうと話していたところなんだよね。
そして最後の1つ、「仕えていた」と過去形で発言したことだ。
何らかの形で領主が死んだのかな?
泣き崩れてただけのこの人に復讐の意志は見えないけど、一応、想定される最悪パターンを聞いておく必要があるな。
「えーと、聞きづらいんだけど、仕えてたって過去形なのは、その領主様ってもしかして魔族の討伐に参加してた?それでお亡くなりに?」
「ああ、いや、紛らわしかったな。すまない。聖騎士は直属の上司が別になるから、過去形を用いたに過ぎない。ペルシカ領主様は今回の遠征には参加なさらなかったよ、それを幸運と言うべきかは難しい程に痛手は負ったがね。共和国の兵たちは、私以外全滅してしまった」
「あ、そうなんだね」
全滅という言葉が胸にちくりと刺さったけど、救いようのない話じゃなさそう……少しホッとする。
「えーっと、じゃ、さっき言ってた我が主って人と、そのペルシカ領主様は同じ人?魔族を連れ帰る必要があるって言ってたけど、その魔族に何かをさせる予定だったってことでしょ?」
「ああ、そうだな。順を追って話そう。ちょうど、私の懺悔を聞き届けてくれる者を探していたのだ。私のこの言葉を何処かの教会まで届けてくれるとありがたい。これが終わればもう、私に思い残すことはない」
「いや、そんな後味悪い役目、負いたくねーよ」
あ、やべ、つい素が出てしまった。や、思い残してくれって気持ちでね、言っただけだから。うん。
「そこまで気負うことはない、ただ私との会話の記憶を神の御許まで運んでくれれば良い」
なんだそれ、どうやって届けるのか地味に気になるじゃん。もちろん、そんな役目するつもりないから掘り下げないけどさ。
「んー……まあ、この先どうするかは置いといて。ひとまず事情のほうを、聞くだけ聞こうか」
「……分かった。少し話は長くなるが……」
フリッジは、一瞬暗い顔を見せたのち、ゆっくりと口を動かした。
「まず、我が主は、そのペルシカ領主様の後継となる方でな。現領主様はお年を召していて、遠征などの実務はそのご子息……ヴェロニク様が担っておられた。王国から逃れてきた孤児の私を匿い、世話してくださった。頼もしく責任感の強いお方で、それでいて私のような他の領民へも身分の垣根を越えて接してくださる……とてもお優しい方だった」
ほー、この人サラッと言ったけど、王国から逃げてきたのか。孤児ってことは子供の頃だよね、何があったんや。まあ、突っ込める雰囲気じゃないし、話の主旨から逸れそうだからそっとしておこう。
そして最後の方、過去形かぁ。
何かに耐えるように目を潤ませてるから何となく予想はつくけど、とりあえず聞くだけ聞くしかないな。
「その人に、何かあったんだ?」
「……ヴェロニク様は北部領地の管轄ということもあり、ちょうど共和国へ国賓として来ていたタクタ王を護衛されていた」
ん?なんか、どっかで聞いたな、その名前。
「すると突然、正体不明の集団に襲われたらしいのだ。私は……私は聖騎士として、別の持ち場にいて……騒ぎを聞きつけ、助けに参った時には、既に……ぐぅ」
ここで耐えられなくなったのか、フリッジは短い嗚咽を漏らしながら手で口元を押さえた。
おう……タクタ王、思い出したわ。
これ、鏡の谷で金ピカおじさんが言ってたやつだ。ドワーフ国のタクタ王襲撃……チェスナットが冤罪ぶっ被った内容のひとつじゃん。
え、うそ、まさかこの人、チェスナットへの恨みを晴らしに弔い合戦しに来たの?魔族数人を捕らえて見せしめに処刑する的な?
それは良くない。怖い。
ひとまず冤罪ってことを、それとなく伝えとくか。
「あのー、多分なんだけど、災害が起きた近くの魔族の村の人たちは、タクタ王を襲撃してないと思うよ?」
「うん?ぐす、ああ。いや、違うと知っているぞ。ずずっ」
泣きべそかき始めてたフリッジが、鼻を啜りながら少し回復する。別方向の話題なら気が紛れるみたいだな。
「私は現場に行ったからこそ分かるが、あれをしたのは魔族ではない。少なくとも、街道を封鎖してる彼らの仕業ではないだろう。駆けつけた際に襲撃した奴らと少しやり合ったが……戦闘のスタイルが違ったからな。しかし、そう言えば魔族の長の罪状に上がっていたな」
「あ、分かってるなら良かった」
「ああ、あれは私も疑問を抱いたところだ。街道の魔族達は、あの近辺から動くことはないと有名だからな。他種族の街にわざわざ現れるなど、ここ数十年聞いたこともない。ユシララの件も怪しいものだ」
ぎくり。
それは私とダークの仕業だ。
「じゃ、じゃあ、魔族への仇撃ちじゃないなら、フリッジが遠征することになったのは、教会からの司令?」
「ああ。教会から任務が降りていたのもあるのだが、率直に言うと私を含めて共和国の兵は魔族を恨んでいない。街道の魔族のおかげで国境付近の魔物討伐が軽く済んでいたからな。此度の遠征では彼らを殲滅する目的はなく、保護する作戦だったから参加したに過ぎないんだ。それに、別件で私は魔族を何人か連れ帰る必要に迫られたものでな、渡りに船だったわけだ」
へー。
まあ、恨んでないにしても『聖騎士の結界』は強引な退去命令だったわけで。魔族側にとっちゃたまったもんじゃない。
保護しなければ殺してしまうのに、そこは緩いのか?
いや、感情抜きにして考えたら、共和国側は国境近辺の魔物が居なくなればいいわけで、それが魔族のおかげだろうと『聖騎士の結界』のおかげだろうと変わらないのか。
寧ろ『聖騎士の結界』が成功すればそこで発生する魔物がゼロになるし、更に封鎖状態の街道が使えて塩が手に入り、王国との行き来が楽になる……確かにこの話に乗るメリットは充分あるってことか。
だからと言って、単純に良いとは言えないけども。
「で?何で魔族を連れ帰る必要があるのさ?フリッジは魔族を連れ帰れないから、じ……いや。その、危ないところに居座ってたんだよね?」
危なかった。
さっきまで泣きながら自暴自棄状態だったし、自殺って言葉はなるべく避けたほうが良いワードだろう。
「実は……我が主ヴェロニク様は、意識不明の重体でな。今は何とか魔法で怪我の悪化を食い止めている状態なのだ。だがそれも期限付きで、明日までの命……それまでに、魔族の力がどうしても必要だったのだが……」
「へー、て、うわ!」
ここでドバーッと滝のような涙がフリッジの目から溢れ出したので思わず声が出ちゃった。この人、よくこんな涙出てくるな。こんな泣いてたら水分からっからになりそうだけど。
てか、重症な人を治すのに魔族の力が必要……?魔族って意識不明の重体を治す能力でもあんの?
「うっ、ぐす。災害後の数日間、何度も魔族の村の入り口に行き、頼み込んだが私が聖騎士だったことが知られていて、村に入ることさえ叶わず……誰一人、聞く耳を持ってくれなかったのだ……うぅ、ぐす」
「あー、そうなんだ。まあ、魔族って景色を命より大事にしてる節あるもんねぇ。それを侵そうとした相手を前にして、赦して頼みを聞いてくれるなんて、そんな都合のいい話はないよねぇ」
滞在していた間にそんな話は全然聞かなかったけど、いくら魔族が緩かろうとそこは線引きされて当然だろう。しかも元聖騎士なら警戒されても仕方ない。
「もう、残された時間も僅か。私には、ぐす、成す術が無い……ならばせめて、手ぶらで帰るよりも、私もヴェロニク様と共に逝こうかと……私は……ぐす」
「死ぬのは勝手ですけど、その話、だいぶおかしくないですか?」
と、ここでずっと黙って話を聞いていたダークが口を挟んだ。
死ぬのは勝手と言ってしまうところ、ダークらしい。そういう冷たいところを私は何とかしたいと思うんだよ、無理かな?
「意識不明の重症だろうと生きてるなら、魔族に頼むより同じ聖騎士で回復魔法と蘇生魔法が使える人間に頼めば良いでしょう?聖騎士に限らず、教会の人間にはたくさんその系統の魔法が使える者が居るはずです。それに逆に、魔族にはそれらの魔法を使う者は少ないはずです」
「あ、確かに。同僚の聖騎士に頼めば良いんじゃない?」
「……ぐす、事情があってな。必要なのは回復魔法でも蘇生魔法でもないようなのだ。教会内で助けられるのならば、どんな対価を求められようと既にしている」
うーん、意識不明の重体で、回復魔法でも蘇生魔法でもなく、魔族の力?ダークの言う通り、何か変だ。
舐めて傷を治して欲しいのか?
いや、そもそも舐めて何とかなるレベルなら回復薬でいいはず。それとも、私が知らないだけで、魔族にはまだ秘められし別の力があんのか?
「まあ、どういう事情か分かんないけどさ、死ぬのはまだ早いよ。チェスが起きたら頼むと良いんじゃないかな?少なくともコイツは、聖騎士って聞いても、あんたを助ける気があるみたいだったし」
「いやしかし、彼は、エルフだろう?」
「は?」
冷たく聞き返したのはダークの声だ。
怖いぃ。私に向けて言ったわけじゃないと分かってても思わず背筋がピンと伸びちゃいますよ。ほら、フリッジさんもびくってなってる。
「こんなのと一緒にされたくありません。エルフに羽は無いですし、髪も明るい色のものが多くて決して
黒髪なんて居ないです」
おい、ダーク、こんなのって言い放ったな。今まで散々それ系統の口喧嘩を繰り返したのを忘れたんか?
反射的に膝元の地面に転がるチェスナットを見遣る。いつの間にか裾の飾り紐をなんかガジガジしゃぶってるけど、ぐっすり寝ている。
危ねー、チェスナットが起きてたらまた喧嘩するとこだぞ。マジで寝てて良かった。焦るわ。
「そ、そうだったのか。すまない。これまで狭い世界で生きてきたものだから無知でな。魔族とエルフの違いなんて全然知らないのだ。魔族の村で散々追い返された私に、好意的な魔族が居るとは思えなくてな、尚更エルフなのだと思ってしまった……」
フリッジが頭の後ろに手をやりながらダークに軽く頭を下げた。
なんかこの人、だんだん可哀想に思えてきたな。
「それに、エルフという者には、まだ一度しか会ったことがないんだ……それも違いがわかるほど長く共にいたわけでもない。だが、そいつは黒髪だったぞ?ああでも、奴はハーフエルフだと言っていたな。本来のエルフとは違うのかもしれないな」
「黒髪の……ハーフ、エルフ?」
ダークの声のトーンが、低くなった。
ここで、ポーンと効果音が頭に響く。
《『憤怒LVmax』が発動条件を満たしました》
《隷属者の権限で『憤怒LVmax』が発動されます》
ん?え、何で。
ステータスのメッセージを読んでそう思っていると、フリッジのいた方から呻き声が上がった。嗚咽とはまた違う苦しそうな声だ。
見るとダークが片手をかざしてフリッジを土魔法で締め上げている。そして私達の周囲を取り囲むように大小様々な槍を模した土の壁が生成されて蠢いている。その数はどんどん増えて、私たちのいる空間を埋め尽くしていく。ふとした瞬間にも飛んできてフリッジを突き刺しそうだ。
まるでダークの今の心境を体現しているかのような、異様な刺々しい壁が、焚き火に照らされてゆらめく。
「そのハーフエルフに、いつ、どこで会ったのか、そいつが所属していると宣った団体も含めて全て知っていることを話してください。嘘をつけば今以上の、死よりも深い苦しみを……」
「ちょーい!何してんの、ダーク!?」
咄嗟にダークの口上を遮った。
けど、フード越しに垣間見えたダークの顔つきが今までにないほど無表情で、冷や汗が出る。心臓が萎縮するような、嫌な感じだ。
何だよこの表情。
怒ってるんじゃ無いの?
怒りを通り越して、無表情になってるってこと?
「ご主人、お待ちください。これは、僕のやるべき事なんです」
「やるべきことって言ったって……」
「は、話す!私に、嘘をつく、理由もない……!ぐっ!」
「ほら、話すって言ってる!締め上げてたら話しにくいよ?ね、魔法を緩めよう、ダーク」
これ、きっと私との接触を絶ってステータスダウンしたところで、フリッジを締め上げる魔法は止まらないはずだ。
それならいっそーー
ダークを片手で抱き寄せて、フリッジが目に入らないようにしてみる。ダークの身体は小刻みに震えている。この感じ、チョウと名乗る聖剣の精霊に会った時に近い。けど、あの時よりも遥かに危険な反応に見える。
ダークがこんなに取り乱すってことは、きっと何かあるんだろう。でも、それはフリッジが相手じゃないはずだ。
「ダーク、落ち着いて聞いて」
ダークの震える身体を少しでも落ち着かせたくて、ギュッと両手で抱き締める。
空まで覆い尽くすレベルで次々と生成されていた土魔法の槍の壁の成長が止まって固まる。
「フリッジを苦しませたいわけじゃないでしょ?それとも、私も気づかないうちに彼がダークを傷つけた?苦しめて、殺したいほど憎いことをした?」
「…………違い、ます」
腕の中のダークは、ポツリと短くそう答えた。
フリッジに向けて翳していた手が握り拳に変わる。そしてそのまま腕が下ろされるとフリッジを縛り上げていた魔法が解けた。
周囲の槍の壁もサァーッと砂の崩れる音と共に消える。
「ケホケホッゲホッ」
「フリッジ、ごめん。その、今聞いたことが、この子にとって大事な情報だったみたいで、フリッジを痛めつけるつもりはなかったと思うんだけど……ちょっと、困惑してるみたいで」
「いや、大丈夫だ。私も魔族とエルフを混同して不用意な発言をしてしまった。死にかけたが、こんな命、惜しくもない」
いや、そこは惜しがってくれ。普通に怒って良い案件なのに心が痛いわ。
とは思うものの、この場合、フリッジの自虐がありがたい。普通ならそのまま戦闘に入ってもおかしくないレベルだったわ。
「しかし、答えるとは言ったが、私もそのハーフエルフについては知らないも同然だ。半月ほど前、教会の司教の名代として今回の聖騎士による魔族への侵攻の件を通達しに来たのだ。その際に、ちょうどタクタ王の襲撃が重なってな。彼には、魔法でヴェロニク様に延命措置を施してもらった。延命措置は期限付きの魔法であることと、魔族の力を借りればまだ生き伸びることを教えてもらった」
「……今も、その領地に居るんですか」
ダークの震える声が、必死で怒りを抑えているのだと感じさせる。彼の膝の上に乗せてある両拳には血が滲んでいる。
私は、とにかく祈るような気持ちで、抱き寄せているダークの頭をフード越しにゆっくり撫でつけている。
「いや。魔法のかかった依代だけを置いて、私が此度の遠征に向かう前には発っている。次の場所があるとは言われたが……行き先は知らないんだ。司教の名代ならば、国を跨いで各地を転々とするだろうからな予測し難い」
「……そう、ですか」
それだけ言うと、ダークがフラッと立ち上がる。
「少し頭を、冷やし……ます……ひとりで……」
「あ……うん。分かった。あまり遠くには行かないで、何かあったらすぐ呼んでね。行くから」
ダークはフードに隠れた表情を見せないまま、コクンと頷くと、どこを目指すでもなく、ノロノロと森の中に入っていった。
「あの様子……ダーク殿は、その、大丈夫だろうか」
フリッジが冷や汗をかきながら青い顔して聞いてくる。
「心配だけど、私の危機感知スキルがパーティメンバーにもかかってるし……あまり遠くに行かない限り大丈夫だよ、多分」
それに、実は憤怒スキルがチートスキルだから、発動してる限りどんな魔物が出てきても、今の呪い発動中のダークでさえ全然余裕で勝てる。
だから命の危機のような心配はしてない。もちろん精神面では明らかに異常な状態だから心配だけど、1人になりたいって言われたのは初めてだし、ひとまずは希望通りにして様子をみる方が良い気がする。
「そうか。ならば何かあれば私も加勢させてもらおう、食事の恩を返せていないからな」
「ん?うん、ああ、そうだね。じゃあ、せっかくだからパーティ組もっか」
ここは恩を着せて、パーティに混ぜつつ自殺欲をなあなあにしておくほうが良いだろう。
話した雰囲気からいうとフリッジは特段悪い奴でも無さそうだ。
何となく手を差し出して「よろしく」と言うと、フリッジもすかさず握手を返してくる。
パンパカパーンとラッパ音が鳴った。
《フリッジは、カナメのパーティに加入されました》
《パーティメンバーのフリッジには称号がありません。取得可能な称号一覧から設定を行なってください》
「ああ、称号の設定しろってさ。何が良い?」
「え。それは、普通パーティリーダーが設定することは出来ないはずだが…………」
「あ、そうなん?」
「ひょっとして、カナメ殿は……いや、その、間違えていたら申し訳ないのですが……」
あ。唐突な敬語の復帰ってことはこれ、勇者だってバレた?
この際自分から言っておくか。
「えっと、今更言って悪いんだけど、私、実は勇者なんだよね」
「や、やはり!すみません!そうとはつゆ知らず、無礼な言葉遣いを……」
「あーあー、そういうの要らないから!やったの私じゃないけど、足を引っ張って引きずりまわしたり、魔法で締め上げたりして無礼なのこっちだし!」
ん?てかこんなに色々されてよく怒らないな。聖人かよ。
「まあとにかく、普通で!さっきまでの言葉遣いのままでいいから!」
「は、はい……あ、いや、わ、分かった」
なんとか最後は目力で押し切った。同い年で敬われるなんて肩が凝ってしょうがないでしょう。
そんなわけで、チェスナットがぐーすか寝てる傍でフリッジの称号を相談していたら、いつの間にか夜も更けた。
チェスナットは起きる気配もないし、ダークもまだ帰ってこないので2人で交代で見張りを立てて寝ることにした。
私の寝る番になって横になるけど、ダークが居ないし何となく寝付けない。そう言えば、あの子が居ない夜なんていつぶりだ?ユウキに捕まった時以来か。
少し寒そうに丸まってるちびチェスナットを毛布マントでくるんでとんとんと背中を叩いてやる。すると、むにょむにょ言葉になってない寝言を言って、またスヤスヤ寝息をたて始めた。これはまだ暫く起きないな。
チェスナットの尖った耳を何となくなぞるように撫でると、眉間に皺を寄せて嫌そうに身をよじる。
「ふ、面白い」
もっと触りたくなるけど、何とかその衝動を抑える。
ダークは寝てる時耳を触るとどんな反応してたっけ。可愛い声を漏らして擦り寄ってきた気がする……ん?待てよ、あれ歌い終わった後だったから起きてたのか?戻ってきたら問いただしたいところだ。
……戻ってくるよな?
隷属者の管理画面で確認したら、数メートルの距離には居るらしいというのが分かった。だから、特にこれと言って危険はないんだけど……何か落ち着かないな。
満天の星空を見上げてみる。
黒髪のハーフエルフか。
この人物がどうやらダークにとっての地雷らしい。
まだ予測の範疇でしかないけど、ダークの過去と深く関わっているのだろう。
結局、憤怒スキルが適用範囲から外れたと通知がきたのは、明け方になってからだった。