ご飯にする?お風呂にする?それとも……
チェスナットが変な男を連れてきたので、座って話せるところを探すことにした。
「あのさ、とりあえずその運び方はどうかと思うよ?」
「あ?じゃー、どうやって運ぶんだ。こんなでっけーやつ」
ふむ。チェスナットの背丈で運ぶには相手が圧倒的に大きい。確かに抱えて歩くのは無理そうだ……
「背負うとか?」
「羽が痛え」
「確かに微妙か。でもさ、だからと言って引きずって良いというわけでもないよね」
私が運んでも良いけど……メソメソ泣いてる男を背負うのはなんかやだなぁという気持ち以外に、ちゃんとした理由がある。
それはダークからの無言の圧だ。私がこの男を背負うどころか近づくことさえも阻止しようと、繋いでる手をその男から離れるようにぐいぐい引っ張ってんだよな。
ダークの嫌がる人間は、チェスナットを筆頭にすれ違っただけの魔族でもヒトでも……正直多過ぎて参考にならないんだけど、ここまでの警戒を見せるってことは何かあるんだろう。
そう思って未だにぐずぐず泣いてる男性を見下ろす。
見た目は普通の人間だし、まあまあ若そうだ。きっと私と同い年くらいかな。顔つきは手で隠れててよく分からんが、明るいブロンド髪を刈り上げた短髪。右のコメカミから額にかけては古い傷が目立つ。身長はそこそこ大きいけど、ノズ達程の巨体ってわけでもない。
それでも背格好は格闘技をやってる人みたいに肩や腕がモリモリで、皮の下の筋肉が鍛えられてますと主張している。こんな感じの背格好の人、ラグビー部にいそうだ。
武器らしいものは、背中の大剣ひとつだけ。引きずられてる態勢から斬りかかるのは無理だろうけども、ユシララ周辺に居た山賊みたいに油断させといて切りかかってくることもあり得る。あの山賊ども、あの手この手でわんさか居たもんな。寧ろ魔物よりエンカント率高かった気がする。
てわけで、心は痛むけどダークの反応を加味して、このままチェスナットに引きずらせておくことにする。
「で?チェスは何で拾ってきたの?」
意外と近くにそこそこ開けた地面があったので、そこに座りながら訊く。最悪、話が長引いてもここなら野宿も出来そうだ。
ダークとチェスナットは私を挟んで左右に座り、泣きべそ男はチェスナットに引きずられ終わっても転がった状態のまま泣き続けている。
第一声でストレートにこの泣き虫に話しかけても聞こえてなさそうだったので、しゃーなしチェスナットに問いかけてみた。
「助けてくださいっ言ってたからな」
「……へー」
意外というか、予想外の返答だ。
助けてって言葉を聞きつけてすぐ動ける人間って、案外居ないもんだ。常にアンテナ張ってる人じゃないとスルーしがちなんだよね。チェスナットはちゃんと動ける人間なのか。
私の中で偉そうなクソガキから、ちょっと偉いところもあるクソガキに上方修正した。
それにしても、よく飛んでる最中に聞こえたな。アン◯ンマンじゃん。
「神の救いを、求めて、ぐす、いたのです。私が、何ひとつ、うう、何も……恩も返せぬ、愚か者、ぐす、ですから」
「へー」
嗚咽の合間を縫って言葉が発されたので、当たり障りない合いの手を入れておく。
泣きつつも一応私らの会話は聞いてんだね、この泣きべそ男。
「だからって激流の淵でフラフラしなくても良いだろ?神っつっても、誰の助けを求めてんのか知らねーけどよ、あと10秒オレ様が来るのが遅かったら川の魔物に食われる位置だったぞ」
「私のような、役立たずの、ごみは、ぐす、あの場で、死んで、然るべき、ぐす、だったのです、うぅ、ぐす」
なんか薄々感じてたけどこの人、自殺しようとしてたんじゃね?
で、神に祈りながら死のうとしてたところをチェスナットが救難と勘違いして助けちゃったのか?
「は?死んで然るべき人間って何だ?お前、なんかやっちゃいけねーことでもしたのか?」
チェスナットが眉をひそめながら頬杖をつく。
上から目線の言葉だなぁ、こんなガキにそんな聞き方されたら私だったらキレるぞ。
でも聞きたいことをストレートに聞けるのは、この場合良いポイントではあるかもしれん。
「逆です。ぐす、私は、何も成せなかったのです。寧ろ我が主を救う、ことも叶わず、う、与えられたものすらも、うっ、失って、ぐす、しまったのです」
「ん?なくしものしたってこと?」
話の内容はともかく、受け応えしながら男も少し気を取り直してきたみたいだ。ノロノロと体勢を変えるとだらんと肩を落とした姿勢で座り込んだ。
まあでも、涙と鼻水は垂れ流し状態で、目には生気がないんだけど。
金髪の碧眼だし、泣いてなければ精悍な顔つきに見えそうなのに、もったいないな。
何にせよ、この人の話を聞いてみる必要はある……なにか手伝えることがあるかも知れない。こうなった以上、自殺でも事故でも知ってる人が死ぬのは心象悪い。
「私は我が主のために、遠征に出たようなものなのです。ですが、うっ、魔族の方を、1人も連れ帰ることが、叶わず、こうして……ぐすっ、のうのうと……うぅ」
「ん?遠征?魔族?」
連れ帰る予定だったってことは、あの3000人の兵士の中の1人か。
でも、スタンピードであの場にいたヒトはほぼ全滅したって聞いたけど、生き残りがいたってこと?勇者以外の普通の人間で生き残りっていたんだ……ん?なんか、違和感が。
「ご主人、気づいてないみたいだから言うけど、このヒト、聖騎士だよ」
ここでダークが違和感の答えを出してくれた。
「あ、なるほど!聖騎士だからあの災害を生き延びれたわけね」
そう言えば鎧剥がされた聖騎士も生き残ったって聞いたな。
「いえ……私はもう、聖騎士ではありません。鎧すらも守れない者に、その称号を騙る資格は、無いのです……ぐす」
あ……うん。
これ、困るやつだ。
何といっても私ら、その聖騎士の鎧を剥ぐ作戦を考えた張本人と実行者たちの集う愉快なパーティだ。下手に知られて逆恨みされても困るわけよ。
てかさ、鎧程度で死にたくなるほど落ち込むなんて思わないじゃん?確かに誇りとか生きがいとか感じてる人間にとってはキツイのかも知れないけどさ?あの時は魔族の命がかかってたわけだし、人命と物じゃ優先順位が違うんだから、しょうがないよね?
とまあ、色々頭の中で言い訳を連ねてみたけど、この言い訳が通じるかどうかは不明だ。なんとか穏便に済ませないと。
「あのさ、聖騎士の鎧の籠手なら魔族の村付近で拾ってさ、ちょうど手元にあるんですけど……要る?」
流れるように嘘を織り交ぜつつ聞いてみた。
何を隠そう、投げ投げトレーニングで投げまくってたアイテムは聖騎士の鎧の籠手なのだ。
私が打撃系スキルもあるから、トゲトゲした敵が居たらこれを着けて殴ったら痛く無さそうだなってのと、多少は攻撃力が上がるのではという期待を込めて3セット頂いたのだ。
魔族も処分に困ってたから快く譲ってくれた。
胸当てとか甲冑の部分は正直重いし、かさばるのでもらう気が起きなかった。
で、この先『聖騎士の結界』なんて物騒なもんが発動することがないようにってことで、魔族の村滞在中に7つの鎧のうち4つ分は粉々に砕いておいた。もちろん、拳で。
聖騎士の鎧は鎧なだけあって、連撃を作動させて長い間連打しないとヒビも入らなかったんだけど、時間さえかければ何とかなった。
チェスナットが寝込んでる間暇だったからね。感触としては、口割りの箱とどっこいどっこいかな。
「いえ……その籠手はあなた方が拾われたのであれば、あなた方のものです。それに、違うんです。そもそも私に、聖騎士だなんて、土台無理な役目だったのです……ぐす、我が主のため、担っていたに過ぎないので……うぅ、でも我が主はもう……ぐす」
なんか話はよく分からんが、怒られなかったから内心ホッとする。
と、ここでいきなりポフッと気の抜けた音がした。
音のした方を見ると、3歳児の姿をしたチビチェスナットがいる。
「え、このタイミングでお腹すいたってこと?あんた、ご飯食べてなかったん?!」
確か、魔族の村を出た初日は牛型の魔物を生きたまま齧ってたけど、あれからずっと食べてなかったのか?基本別行動してたから、様子見れてなかったわ。てっきり自分で何か食べてるんだと思ってたのに。
「…………」
私の問いかけを無視してチェスナットが眉を寄せて自分の手を見つめている。
「……短くなりやがった」
「?そら手足は短くなるだろうよ、その姿だとね」
「ちげぇ。そうじゃねぇ」
「ん?じゃ、何が短いって?」
「…………」
返事はせずにムスッとした顔で私の膝をよじよじ登ってくるチェスナット。
何となく転けないように支えてやる。
どうでも良いがその表情、ほっぺが落ちそうなくらいぷくっとしてて面白いんだが。
つい、理性が負けて久しぶりのチビチェスナットのほっぺをツンツンしてみる。
う、至福の触り心地……って考えてる場合じゃない。
「えーっと。じゃ、ひとまず私の精気吸う?それか、何か手頃な魔物捕まえてこようか?」
「…………」
無言のまま私の膝にちょんと座ると、差し出した私の手をぐいと退けて首を振った。
口元は喜ぶどころかへの字だ。翠の眼が何故か嫌そうに細まっている。
何でこいつこんな不機嫌なんだ?出会った日は私の精気美味いって喜んでなかったっけ?
「……先に寝る」
「んんん?」
これは、ご飯にする?お風呂にする?的なやつで、まさかの先に寝る宣言をくらった感じか?
なんか、地味にショックなんだが。このやり場のない気持ちをどうしたら良いんだ?!
「……お前らが毎晩ぐっすり寝てっから、オレ様がずっと見張ってやってたんだ。クソ眠いから精気食うより先に寝る」
「え、そうなん?!見張りとかそんなの気にせずに寝たら良かったじゃん」
二徹したにしてはピンピンしてるように見えたけど……まあ、顔に出ずとも二徹してたなら眠いわな。
「よくねーに決まってんだろ。普通に魔物に襲われて死ぬぞ」
「え、でも今まで一回も寝てる最中に襲われた覚えないんだけど……」
だからこの世界の魔物って夜行性じゃないんだなーって平和に考えてた。
「……襲われませんよ。僕が処理してますから」
「え、いや、待って、ダークは寝てるでしょ」
「いえ。僕が眠れるのは、ご主人が歌ってくれる間だけだよ。終わるとすぐ目が覚めるので」
「は?それ初耳なんだが」
「え、だって、聞かれなかったから……」
じゃ、毎晩ぐっすり寝てたの私だけ??
「ふん!簡単に魔物に囲まれる程度のゆるい感知スキル使いが起きてたところで意味ねーだろ」
「寝る時は一応、魔物除けの実も撒いてます」
それは知ってる。
マメだなって思ってたけど、魔物が来ないに越したことないから、手伝ったこともある。
てか、今まで一度も寝てる最中に襲われた記憶ないのは、ダークが守ってくれてたからってことか?寝てる時に危機感知が鳴ったことないから、てっきり襲われてないんだと思ってたわ……。
「んなの、獣型にしか効かねーぞ。こっから北に行けば行くほど意味が無くなるぜ。アンデッド型の対処はエルフの森の知識にねーだろ」
チェスナットの言葉に、ダークがピクッと眉根を寄せて反応した。そして同じタイミングで目の前に座る男もまた、一瞬だけ肩を揺らす。
この人、アンデッド型って言葉に反応した?何かあるのかな。
「まあいい。オレ様はとにかく寝る。あとはカナメがそこの元聖騎士から事情を聞いといてくれ。オレ様が起きたら教えろ。なんとかする」
「は?ちょ、え、マジでこのタイミングで寝んの?」
小さな身体がコテンと私の鎖骨あたりに頭を倒してもたれかかる。そしてすぐにスースーと静かな寝息が聞こえてきた。
「嘘だろ、この状況で1秒未満で寝たの……?!」
そんなに眠かったのか。
寝る態勢になって数秒で寝るのは睡眠じゃなくて気絶というってどっかに書いてあったぞ?
心配になったのでステータス画面で確認したけど、ちゃんと睡眠状態になっている。
うん。ま、寝ちゃったもんはしょうがない。
まだ日差しが明るいので布を目の上にかけた。もう少し楽に眠れる態勢になるように抱えなおして、胡座の中で横たわらせる。気温は寒くないけど、私の着てるマントをズラしてお腹にもかけてあげよう。
気づけば右袖の飾り紐をキュッと小さい手が握っている。チェスナットってこの飾り紐好きだよな。
それにしても、スヤスヤと気持ちよさそうに寝やがって。てか、このガキに知らんうちに二徹もさせちゃってたとかビックリだわ。ダークの言ってた私が寝てる間寝てない件も掘り下げたいけど……今聞く雰囲気じゃないな。
後で寝る時にでも詳しく聞くか。
さて。
厄介ごとを持ち込んできた当の本人が寝てしまったわけだが。
目の前には思い出したように再度メソメソ泣き始めた成人男性、左側には静かでありながら冷凍庫から漏れ出る冷気のような気配を漂わせる少年がいるわけです。
これ、私にどうしろってんだ!?こんなのメンタリストでもない一般人には難易度高すぎるんだよ!マジで困るんだが!!
はぁ……無理だ。もうめんどくさい。どうにでもなれって感じしてきた。
それでもまあ、こんな時どうすべきかは決まっている。
「よし!じゃ、ご飯でも食べよっか」