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偏見は時に正解だったりする。

 次なる目的地、ドワーフの国。

 鉱山のみならず、周囲に出没する魔物の素材も含めて産出資源が豊富で、優良な武器や防具の製作を主な産業としている国らしい。

 まあ、ドワーフと聞けば予想する通りの種族特性だなぁって感じ。


 このドワーフの国は大森林でエルフから逃げて果ての森に入った後から地味に目指してた。理由は、ダーク曰くエルフが絶対近づくことがない場所だから。

 この世界でエルフが近づかない理由はよく分からないけど……ファンタジー世界ではエルフが鉄の臭いを嫌うってどっかで見かけたから、そんな感じかなと思っている。


 ただ、果ての森の方角が歪んでたせいで、想定よりも南西に出てきてしまったんだよな。幸い大森林のエルフの追ってはユシララ付近で既にいなかったし、とっくに死人扱いされてるんだと思う。そんなわけで、特に追われてるわけでもないのでのんびりぼんやりその国を目指してたってのが正しかったりする。


 まあ、そんなゆるゆるな感じでもドワーフの国へと向かう理由はただ一つ。強い武器の調達に他ならない。


 先日も、私が(いま)だに聖剣をゲットしてないせいで、ショウの持つ聖剣に対抗できなかった。形を多少弄れるとはいえ、聖杯じゃやはり無理があるもんね。くそ重いから良い感じに振り回せないし。


 ダークやウォルナットさん達魔族に意見を聞くと、聖剣レベルの伝説級装備を作る国といえば、この大陸では間違いなくドワーフの国とのこと。

 神から与えられる宝物さえも、その国で産み出されるものらしい。


 神からの宝物に関しては迷信じみてて怪しいけど、どちみち、堕天者であるダークやチェスナットを護るためには相応の武器を手に入れておく必要がある。


 だから、決して美味しい酒があるから行こうとしてるわけじゃない。そう、決して。

 酒好きのドワーフの作る酒は、ついでに飲めればいいなって思ってる程度だから。うん、ついでだからね。


「カナメ!早く次を投げろよ!」

「………え、また?」

「おう!次こそやってやる。早くしろ!」


 歩きながらぼんやりと美酒の味予想……じゃなかった、ドワーフの国に想いを馳せてたところを、快活な声が現実に引き戻してくる。


「はいはい。投げる投げる。投げるから、ちょっと待ってろ」


 自分から言い出したこととはいえ、流石にめんどくさくなってきたな……まあ、やるんだけどさ。


 心の中でぼやきながら、手に持った白金色の籠手を軽く握って、投擲スキルを起動させた。


 スキル起動が問題なく済んだので、助っ人としてキャッチボールしていた時のフォームを作って勢いよく肩をしならせ、遠く空の彼方へ放り投げた。


 よく晴れた空の向こうに、キランと一瞬の輝きだけを残して飛んでいく籠手。


「んー、なんだかんだ、今日だけでだいぶ遠くに飛ばせるようになったな」


 少し眩しいので手で日差しを遮りながら、今し方飛ばした方向を眺める。


「……そのスキルを使われた身としては、出来れば磨いてほしくないんだけど」


 隣を歩くダークが苦虫を噛んだような顔をしてポツリと呟いた。


「あの時はごめんて、しょうがなかったじゃん。でもさ、投擲スキルって遠距離攻撃出来るしさあ、自分の身を守るためには必要スキルじゃん?磨いて損はないかなって思うんだよね。それに、もうダークには使わないからさ、多分」

「多分、ですか……」

「うん、ごめん、多分で逃げちゃうけど許して」

「…………はぁ」


 そう、多分としか言えない。

 切羽詰まってる時に揉めたら、またしちゃうと思う。だから予防線を張るしかないわけだよ。極力使いたくはないけど、ダークも私も頑固だからさー。最終的に緊急時は実力行使になる可能性は多いにあり得るんだわ。


 ま、ユシララでの『穢れ』ってやつとの戦いには投擲スキルが地味に必要だった。あの時は何とかなったものの、せっかく手に入れたスキルは満遍なく鍛えておこうと思った次第だ。


 この投擲スキル上げ練習を提案した今朝のことを思い出す。


「チェス、ちょっと私さ、投擲スキルを鍛えたいんだけどねー?」

「投擲?」


 30分毎に鬼ごっこのタッチに近い勢いで私の腕にバシッとタップしては遠ざかっていたチェスナットが、友達作戦を決行してからは、一緒に歩く時間が比較的長くなった。


 ま、とは言っても目視できる程度にゆっくりめに近づいてきて、タッチしたら一瞬でどっかに消えるんだけどね。基本は別行動だ。

 運動したい盛りだろうから止めないけど、若干うざったい。だから、せっかくなら訓練してみようと思い立ったのだ。


「アイテムを私が投げるからさ、それを追いかけて拾ってくるのをチェスにお願いしても良いかなー?なんて。チェスはめっちゃ速いからさ飛んで取ってきてもらえると助かるなって」

「何だよ、それ」

「あ、やっぱり嫌か」


 犬みたいだもんね。プライド高めのこいつは嫌に決まってるか。

 私の投擲スキルとチェスナットの飛翔スキルも鍛えられて一石二鳥かなと思ったんだが。


 まあ、嫌がるのを無理やり実行したいわけじゃないしな、諦めるか……。


「拾ってくるっつーか、アイテムが地面に落ちる前に取ってきたら良いんだよな?それ」

「え、それは無理じゃないか?私、結構遠くに飛ばせると思うよ。スキル上げが目的だから私スキル使うし」


 空中キャッチは要求レベル高すぎだ。でも、出来るならやって欲しいかもしれない。落ちた先が泥とかで汚れてたら嫌だし、湖とか池だと最悪見つからなくなるもんな。見つからなくても良いのを投げるつもりではあるけど。


「無理なわけねー。オレ様に出来ねーことはねぇぜ。て言うか、めっちゃ面白そうじゃねーかよ!そんなこと考えてたんなら、もっと早く言えよな!」

「あ……そう?」


 わー、初めて見るレベルでチェスナットの目がキラキラしてるー。


 想像以上の好感触に、逆に後ろめたさを感じてしまう。


 と、ダークとのんびり話したり、このぶん投げトレーニングの始まりについて思い出したりしてる間に籠手が飛んでった方向に黒い点が浮かび、徐々に大きくなってきた。

 飛ぶというよりは、風を切って滑空してるって表現が正しそうな影が、どんどん近づいてくる。


 小粒の黒い影から、人っぽい形に認識出来るようになると、嬉々としたチェスナットの顔が見えてきた。


 はぁ。そろそろ構えるか……。


 チェスナットは、ツバメのような超高速で私たちのところに向かって翼を拡げて飛んでくると、その勢いのまま突っ込んでくる。


 ドォンッ


 そこそこの衝撃が身体に伝わってくるのをしっかり両手で抱えるようにして受け止めた。


 なんかこれ既視感あると思ったらドッヂボールの球を受けた時ってこんな感じだよなー、ちょっと懐かしいわ。落とさないように抱え込む感じがね、似てるわ。


 腕の中に飛び込んできたチェスナットが、プハッと顔を上げてダークの方を見た。


「何秒だ?」

「21秒です」

「だー、くそ、惜しい!!いい加減20秒切りてぇ!!」


 そう、チェスナットはタイムトライアルをしている。


 ダークのカウント能力が、これこそスキルなんじゃね?ってレベルで正確だから、こうやって数える係をしてもらっているんだけど、話しながらも正確に時間測れるって、ほんとすごい才能だよなぁ。私もだいたいなら出来るけど、器用な奴だと感心する。


 で、話を戻すと、お察しの通りこの受け止めるやつ、地味に痛い。この衝撃を受ける毎にHP100くらい削られるのだ。飛翔レベルが上がるに連れてどんどん飛び込んでくる速度も上がってるので、ここ数回は不屈も発動させている。

 でも最初に強がって平気って言っちゃった手前、やめられずにいるんだよなぁ。

 何で強がったんだろ、私。非常に愚かだった。


 ま、ガバッと顔を上げた時の、頬の上気している楽しそうなこの笑顔に絆されてるってのがデカイわけだが。


 なんか大型犬に(じゃ)れられてる時に近いんだよね。


 でももう、かれこれ本日何十回目かの投擲だったんだけど、よくもまー飽きもせずに楽しそうに取ってくるよなぁ。HPは適宜ダークが急速回復を共有してくれるから問題ないけどさ、いい加減疲れてきたよ?


「よし、カナメ、早く降ろせ。そしてすぐ次を投げろ。今度こそオレ様の新記録を狙うぜ」

「はいはい」

「分かってると思うが、10回前みたいに手ェ抜くなよ?せいぜい遠くに飛ばしてオレ様を楽しませてくれよな!」

「はいはいー」


 やっぱコイツの言い方が偉そうなのはムカつくな。

 さっきよりもっと力込めて遠くに速く飛ばそう。そして悔しがる様を眺めてやろう。


 私がそう決意しつつ渡されたばかりの籠手を再度握る。それを、ダークがちょっとソワソワしながら見てきた。


 なんか、だんだんダークのソワソワする態度が大きくなってる気がする……何だろう、ダークも運動したいのか?


「……あ、そう言えばダークに聴き忘れてたんだけどさ、どうやって風魔法で飛ぶのを速く移動できるようになったん?」

「ああ、言ってませんでしたね」


 ダークの長耳がピンと立つように反応して、期待した目で私を見上げてくる。オレンジの綺麗な瞳がきらきらして見える。


 この反応、ソワソワしてたのはやっぱ気のせいじゃなかったんだな。体を動かしたかったんだね。


「じゃあさ、今から実践してみてくれる?見る方が早いし」


 ダークは説明上手だけど、正直見るほうが楽だ。ついでにダークもお望み通り、運動ができてちょうど良いだろう。


「良いですけど……あの、僕もご主人の投げる籠手を取ってくるの、したい」

「えっ、あ、うん。別に良いけど……」


 ダーク、投げたやつを取ってくるのやりたかったのか?言っちゃなんだが、犬みたいだよ?ちょっとダークの性格に合わない感じがして抵抗を覚える。


 基本は冷静で冷めてるから見た目より大人に感じてたけど、こう言うとこはマジで子供だったんだなー。


「オレ様より遅いくせに、やる意味あんのか?」


 チェスナットが煽る。


「聞いてませんでしたか?別に速さを競ってないので貴方には関係ないですよ。バカは人の話を聞いてないって本当なんですね?」

「なんだと」

「まあまあ、どうどう……」


 2人を程よく落ち着かせるのにも、そろそろ慣れてきた。


 こう言う時はダークの肩に腕を回してトントン叩いて落ち着かせ、空いた手でチェスナットの頭を押さえて距離を取っておくと収まる。こうするとダークが私にひっついたまま無言になってくれるのだ。主にダークが何も言わなくなれば、チェスナットは勝手に鎮火してくれる。


 あれ、こうやって考えるとチェスナットの方が精神的に大人なのか?

 ま、ガキはガキか。


 で、この喧嘩の仲裁方法が正直、投擲スキルのレベルアップよりも魔族の村を出てからのこの3日間で掴んだ最大の成果とも言える。

 口出ししてるわけじゃないし、この程度の仲裁なら良いかと思ってやっている。空気悪い中にいるの、いい加減嫌になってきたからね。


 でもま、こうやって間に入って喧嘩を無理やり止めるのもあんまり良くないだろうな。険悪にならないように適宜ストレス解消はしておくに限る。


「じゃあさ、ほんとに競走する?私が籠手を投げて、10秒後にチェスナットも取りに行くとちょうど良いんじゃないかな。なんとなく」

「…………ご主人がそう言うなら」

「は?オレ様が勝つに決まってんだろ、その程度の差じゃ勝負にならねーぞ」


 そうかな?結構良い見立てだと思ったけども。

 と思ってると、ダークがフッと鼻で笑う。


「負ける奴に限って、口先だけの大ボラ吹くんですよね」

「はあ?オレ様が勝つって言ってんだろ」

「その意味のない自信満々な言葉の何を信じろと?」

「ふん!どうせエルフが使うんだから風魔法で浮くやつだろ?んなのいくら速ぇっつったってたかが知れてんだろ。20秒後でも余裕だからな」

「へぇ。じゃ20秒後でやって負けても文句なしですよ?本当に勝負になるのか見ものです」

「おう!やってやる、負けて泣くんじゃねーよ」

「それはこっちの言葉です」


 そうして、2人して私を見上げてくる。


「…………あ、決まった?」

「おう!オレ様が20秒後に動く」


 無言で成り行きを見守ってたわけだけど。


 つくづくダークって勝負というより、勝ちの結果に拘るタイプだよなぁ。あれよあれよと言う間にチェスナットに倍のハンデ負わせたよ……これ、わざとだよね。まあ、いーけどね。


「じゃ、投げるよ。せーのっ」


 さっきと同じ要領で放り投げると、ビューンと風を切って飛んでいく籠手。


 その後をシュンッとダークが追いかけていった。


 あれは……速いな。エルフが使ってた風魔法の浮遊とは根本的に違うわ。

 エルフの使ってた一般的な風魔法は、体の周りに強い風の球を作って、その風の球ごと身体が移動する感じ。

 ダークが今使ったのは、まるで空中を走ってるみたいな……いや、走ってはいないか。空中で片方ずつそれぞれの足元が見えない空気に押されてるみたいな。


「ああ、ショットの勢い弱い版か。それに乗ってるんだな」


 解決&納得。

 確かにそれは速いはずだ。本来攻撃魔法なのを利用してるんだから。でも、よく自分に攻撃する行為が出来たな、あいつ。

 私から離れてるとHP11しかないくせに……怖くない??下手したら死ぬ行為、私ならお試しでも出来ないぞ。私が多少なりとも無茶なこと出来てんのは、潤沢なHPとスタミナ、物理防御のおかげだもんな。そのどれもが本来一桁代だったらそんなことしようとも思わないよ?保護者の立場から言わせてもらうと、その無駄にある勇気を別のとこに使ってくれと心底思うよ。


「ふーん……結構速いじゃねーか……」


 チェスナットが若干後悔してそうに眺めている。


「ところで、20秒って誰が数えんの?」

「カナメに決まってんだろ」

「あ、そうなん?数えてなかったわ」

「は?!」

「だって言われてないし」

「ふざけんな、今からでいいから早く数えろよ」


 しょうがないので気持ち早めのカウントで20秒数えてやる。一応勝負は諦めてないみたいで、いつもの目に見えないレベルのスタートダッシュで居なくなった。


 と、思えば……。

 空の彼方に点が見え始める。


 あー、アレは、ダークだ。

 やっぱこれ、10秒差がちょうど良い勝負だったな。


 そう思いながら腕を広げて待機する。


 ダークもチェスナットに負けず劣らずの勢いで飛んできていたけど、ぶつかる直前で少し減速した。

 そして、フワッと羽のように腕の中へ入ってきた。上から降ってくるから顔が陰になってよく見えないけど、クリーム色の塊をしっかりと抱きとめる。


 チェスナットのタックル的に飛び込んでくるよりも少し上、私の顔横に相手の頭がある位置で、ダークが腕を私に回してきてギュッと抱擁する。


 一瞬身構えてしまったけど、思いの外、抵抗感がない。


 あれ、私、いつのまにかトラウマなくなった?抱き締められるのトラウマだったと思うんだけど、平気だ。


 と、驚きで呆然としてるうちにダークが私の頬に自分の頬をスリスリと擦り寄せてくる。


「ご主人、僕勝ったよ」


 少し弾んだ嬉しそうな声が、耳をくすぐる。可愛い。


「あ、うん。やったね、ダーク」


 処理が追いつかなくて、テンパったまま調子を合わせる。なんか、めっちゃ顔が熱くなってきたな。


 スッと頬が離れて相手の顔が見えた。

 飛んできた勢いでフードが脱げたみたいでダークの白い絹のような髪が陽に反射していて、眩しい。麗しい橙の双眸が溶けるように私を映して、天使のように輝く笑顔を向けてくる。


 あーもうこの笑顔、久しぶりだわ。尊い……。

 天使笑顔、写真に撮って毎日見てたいわ、これ。


「すごい速かったね。チェスナットも速いけどさ、羽根とかスキルないのにそのレベルで飛べるって、ダークすごいじゃん」

「どうやってたか、分かった?」


 くいっと首を傾げて、試すように私を見つめる挑戦的な顔が生意気で、それでいて憎めない悪戯っ気を含んでいる。緩んでいる頬のあたりをグリグリしたい……でも抱えてる状態だから出来ない。


「ショットに近い魔法に見えたけど、合ってる?」


 こくりと小さく頷いて、さっきとは逆の頬に頬を寄せてくるダーク。


「うん、ショットの風魔法を足元に発生させてたから合ってるよ。最初は空中に地面を作ってみたんだけど、それだと結局走ることになって、スタミナ切れで倒れちゃったんだ。だからショットで弾く方に切り替えてみて……でもショット自体の特性で一回だけじゃ長続きしないから、連続で魔法を発生させ続けてMP回復速度の範囲内の消費になるように調整しないといけないんだよ」

「へー」


 途中早口でついていけなくなったけど、まあなんか上手くいったってことだな。


 ん?てかコイツ、スタミナ切れで倒れたの?危ないやつだな、いつそんな事態になったんだよ。私も他人のこと言えんけどさ。

 怒涛の情報が流れてきたせいで訊きそびれてしまった。


「それに、攻撃判定を受けないように攻撃対象を自分から少しずらして空中に設定しなくちゃいけなくて、そこに苦戦したんだ」

「空中にずらして設定……片足ずつ連続で発生させながら?魔力消費を調整しながら?」

「呪いがあると、色々気をつけないといけないのが不便だけど工夫するのは楽しいですね」


 いや、この子、普通に言ってるけど化け物級じゃね?


「てかダークってさ、魔法かなり好きだよね」


 なんか、やっぱダークが魔法について話してるの聴くと大学の数学とか物理好きな友達と話してるのと近しいものを感じるんだよな。私は正直、好きって公言出来るほどじゃないんだけど、聞く分には面白いからよく話を聞いてた。


 そう思ってると、ふふっと小さな含み笑いが頬の方から聞こえてくる。吐息が頬にかかって、少しくすぐったい。


「魔法はただの武器と同じだと思ってました。他者を踏み(にじ)るための攻撃手段だと。でも、ご主人が変えたんです。貴女の教えてくれた無詠唱が、僕の魔法をずっと自由にしてくれた」


 その言葉を生み出していた唇が私の頬に触れる感触と、さらに強くなる後ろに回されたダークの腕に、ちょっとだけ身体が固まる。

 いや、トラウマの嫌な感じはしないんだけど、なんか地味に緊張するというか。


 天使にほっぺチューをされると、こんなにも動悸が激しくなるんだな。


「でもご主人に触れてたら、もうちょっと無茶もできるよ。きっと貴女が嫌がると思うからしないけど、多分」

「多分?」

「ご主人も多分って使うから、僕も言ってみました」


 生意気な表情のダークが、ひょいと私から降りた。


 無茶で私が嫌がること……嫌な予感しかないな。恐らく自分に攻撃する系の類いだろ。それは断固阻止しないと。


 しっかり言い含めておこうと口を開いた時、近くの茂みがガサガサと音を立てた。


「あ、いたいた。カナメとダーク……」


 チェスナットが何故か歩いてやってきた。

 いつもなら飛んでったら飛んで帰ってくるのに。


 チェスナットの全身が茂みから出てくると、さらに足元に白く続くものがある。何かを引き摺りながら持ってきたようだ。


 すかさずダークが私の前に立つ。


「どこで拾ってきたんですか、そんなの」

「ああ。なんか、川の近くに落ちてたから」

「さっさと元あった場所に捨ててきてください」


 なになに、何を拾ってきたんだ?蛇とかか?まだ茂みに半分以上隠れてるし、ダークが邪魔で見えないんだけど。


 てかダークてチェスナットの声聞こえてないくせに、よく会話成り立つよな。喧嘩の時もそうだし。ほんとに聞こえてないのか疑わしくなるレベルだわ。


「そんなごみ、持ってこないでください」

「えー、でも」

「絶対僕たちの邪魔しますよ」


 え、ごみなの?汚いのはやだな。

 でも、邪魔するって、いったい何を持ってきたんだよ?


「でもよ、なんか、すげぇ思い詰めてて危ねぇ場所から動かねーし。ちょっかいかけても、泣いてて話になんねーんだ。俺の声もこいつにゃ聞こえねーし。だからとりあえず連れてきたんだけど……戻してきた方がいいか?」


 チェスナットが弱った顔して私の方に顔を向けてくる。


 ん?泣く?


 と、今気づいたけど足元から啜り泣くような音が聞こえてきていた。

 よく見るとチェスナットが引っ張ってるのは白い布を着た脚に見える……というか、人間の脚じゃね。いやーな予感。


「ちょっと、見せて?」


 ダークをそっと横にやってチェスナットの足元にあるものを茂み越しによく見てみる。


 筋肉質な体格のいい男が、チェスナットに片脚を引っ張られて引きずられるように横になっていた。砂で汚れた白い格闘技とかで着るような衣服を身につけていて、顔を両手で覆ってシクシク泣いている。


「ちょ、これ、ごみじゃなくて、人間じゃん!」


 ダークよ、薄々人間をごみ扱いしてそうって思ってたけど、マジでごみって言いすてるのかよ。ヤバいやつじゃねーか。


「こらダーク、人をごみ扱いしちゃダメって言ったでしょうが」

「でも……」

「いいえ、ぐす、私はごみなんです。ぐすっ、ごみ以下の、存在、ぐす、なんです」

「おう、しゃべった」

「ずっとこんな調子なんだぜ、こいつ」

「な、なるほど」


 ……こんな状況下でもシクシク泣き続けている男を見下ろしながら、冷静に考える。


 大の男が、こんなガキに引きずられておきながら怒るどころか泣いてるのをみると、ちょっと、いや、かなり面倒くさいかもしれない。


 まあ後から考えても、この時の私の勘は確かに間違ってはいなかったわけだが。

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