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贖罪を君に。

 徐々に暗くなっていく山際を鳥のような影が移動していく。

 あれは、魔物か?それとも本当の鳥かな?


 魔物だったらヤバいよなー。遠目に結構な量いたよ。あっちの方に人里なければ良いんだけど……地図持ってないし、よく分からん。


 ま、5日経っても逃げられないほど人間も愚かじゃないだろ。各国が対策してるって言ってたし。私が今更動いたところで変わる次元の話じゃないかな。


 宴の後に貧血表記が完全に消えたから、明日あたり、『魔の谷クエスト』とやらに参戦した方が良い気もする。流石にこういう危機的状況なんだから勇者として何かしら活動しないといけないよね。


 で、さっき気まぐれにメールをタップしてみたけど即時転送される気配はなくて、既に聞いてたスタンピードの説明書きがあるだけだった。


 メール内にある『参戦する』のボタンは暗くなってて押せない。転送されるとしたらこれ押してからだろうけど、鏡の谷付近に行かないとダメなのかも知れないなー。


 にしても、流石は景色大好きチェスナット、良い場所知ってんな。


 ここは魔族の村の訓練所的な運動場から、さらに少し歩いたところにある、チェスナットおすすめのビューポイントだ。

 もう沈んじゃったけど、夕焼けが山に反射して綺麗だった。


「ふぅーーーー」


 肺に溜まった熱をゆっくり吐き出した。タバコの煙が視界を揺蕩(たゆた)って消えていく。


 ダークに作ってもらったこのタバコ、味はともかく濃いんだよなぁ。気軽に吸うには重たすぎるっつーか……たった5本で、けっこうキテる。

 今立ち上がったら、フラつくだろうな。状態異常表示が無いのが不思議なくらいだわ。


 まあ、今はちょっと酔ってるような感覚の方が寧ろありがたい……でも、思考が鈍くなってる気配がある。あまり鈍くなるのもダメなんだよなー。

 分かっちゃいても、何となく止められずに5本も吸うハメになってしまったんだけど。


 お酒があるともっと良かったんだけどなぁー。魔族はお酒作ってないらしい。奴らは血で酔うのにわざわざ作る必要ないわな。


 でも、何となく素面(しらふ)な状態でいるのに抵抗がある。

 だって、これからダーク(あの子)と話すから。


 よく考えたら、誰かと素面(しらふ)でじっくり真面目な話するなんて、あんまなかったかも。大学入ってからは人と話す機会はあったけどさ、だいたい酒の席だったし。

 大人って、酒の力がないと自分の感情すら吐き出せないのよなー。ま、社会から見て大学生なんて子供同然なんだけど、それでも年々そう感じてくんだけど、私だけか?


 口に咥えた煙草の熱が、じんわりと唇に伝わってくる。


 この場所に来て、小一時間は経った。


 ずっと同じことを考え続けてる。そして、何度考えても、同じところに結論がいく。

 困ったなぁ。どうやってあの子と話そうか?


「ご主人、吸い過ぎじゃない?」


 あーあ、ついにダークも来ちゃったかー……。


 背後から静かに声がかけられて、チラッと振り返る。


 何故か覚悟を決めてきたような声音で、ダークの穏やかな瞳が私を見ていた。


 いやいや。何でそっちが覚悟決めてきてるの?


 返事はせずに、視線を戻して最後の一口を吸う。

 咥えていたタバコの火を消して、ポンと隣を叩いた。


「話そ、ダーク」


 白い煙と共に言葉を吐き出した。

 ゆっくり、間違わないように。


 言われたダークはサッと近づいてきて、私の正面に立つ。そしてーー


 すとんっ


 私に背を向けて座った。


「え」


 思わず声が出ちゃった。


 …………いや、おかしくない?おかしいよね?

 話そって言われて、何で背を向けて座る?普通向かい合って座るか、横に並んで座るよね?


「あ。タバコ臭かった?!ごめん!!別の場所に移動する?」


 ダークが後ろを向いたまま首を振った。


「臭くない。ここでいい。ここ、今は魔族もいないし」

「じゃあ、何で……」


 こっち向かないんだ?て、続けようとしたんだけど、遮られた。


「気づいたんでしょ、ご主人。……僕が災害起こしたって」


 ダークが私の言葉を遮って、本題を突きつけてきた。


「いや、待って。ストップ!その話したかったわけじゃ……や、その話もするつもりだったけど、あーっと……そうじゃなくて!」


 考えてた私の段取り、これで全部パァになったんだけど?!完全にダークのペースだよ!

 会話のキャッチボールどころか、開始直後に160キロストレートを顔面にキメられた気分だよ!


 落ち着け、私。まだ、挽回できる。


 ひとまず、お互い顔を見て話した方がいいはずだけど……ん?正直私は顔を見ない方が冷静になれて話しやすいな。

 素面(しらふ)だとダークの天使顔を正面からずっと見つめて冷静に話すとか無理だ。まあ酔っててもダークの顔には弱いけども!


 うん。よし、あんまりデメリットもないので、ひとまずこのまま話すことにしよう。


「ダーク、私が質問する前にさ、私にして欲しいことを先に言ってくれる?」

「…………何故ですか?」


 目の前のクリーム色の塊が、ギュッと膝を抱えながら答えてくる。

 明らかに警戒してる……しょうがないだろうけど、ちょっと傷つく。もう少し心を開いてくれてると思ったんだけどな。


「じゃないと、フェアじゃない気がしてさ。昼間ダークが言いたかったこと、その場で聞いてあげられなかったっしょ?お礼もちゃんと言えてないし」


 あと、ダークは私にして欲しいことがあるみたいだからってのもあるんだけど。


「……してください」

「ん?」


 声が掠れててきこえなかった。

 ちゃんと聞き取ろうとダークの方にずいっと近づいて聞き返す。


「ごめん、なんていった?」

「……やっぱり、抱きしめてください」

「えっ?」


 やっぱりってことは、言い換えられた?


 いやいや、それより、ちょっと待って?!

 ダーク今、私に抱きしめてくれって言った?


「え?あ、おん?」


 ついよくわからないまま、微妙な反応をしてしまう。

 なんか、心臓がどくどくしてきた。タバコ吸い過ぎた反動か?


「あいつ……あの魔族ばっかり、ご主人に抱きしめられてるから」

「え」

「キスもして、血もあげて、抱きしめてたの……僕としてないこといっぱいしてて、ずるいです」

「えぇ……」


 なにそれ?

 じゃ、ダークがチェスナットを嫌ってたのって嫉妬……やきもちってこと?


「いや、でもそれはさ、呪いを解くためにしたっていうか……人命救助の一環じゃない?」

「知ってます!だから、我慢してたでしょう?……あなたに、めんどくさいって嫌われたくないから」

「いやいや、ちょっと、ちょっと待って?頭整理すっから」


 胡座(あぐら)かいた状態で額に手を当て、考えてみる。


 だーくそ、こんな考えるならタバコ吸うんじゃなかった!思考が鈍い!


 嫌われたくないって……私のこと嫌いじゃなかったっけ?

 いや、確かに最近のこの子の態度は私のことを嫌ってるとは思えないんだけどさ?


 ……いや、ん?待てよ?


「ダークは私に嫌われたくないから、私に協力してくれてた、ってことであってる?」


 こくんと後ろ姿の頭が揺れる。


 おぅ……こ、これはまずいかも。


「……私に嫌われるのが怖いから、今まで色々と我慢してくれてた?」


 再度、こくんと頭が揺れた。


 頭の中で警報が鳴り響く。


 あちゃー、これって……知らず知らずのうちに私また、ダークを脅迫してたってこと??!


 主人に嫌われたら痛い目に遭うかも知れないって思うの、当たり前だよな!?何と言ってもダークとの関係って奴隷と主人であることに変わりないし。


 うわぁ。

 確かに、精神操作までできる主人相手に嫌われたら何されるかわからんし、怖いよな?何で今まで気づかなかったんだろ。ダークが太々しい態度だから分かりづらいんだよな、全然気遣ってやれてなかったわ。


 で、耐えてきてたのに、自分の呪いを解くよりも、ぽっと出のチェスナットの呪いを解く方を優先したから、ずるいってことか!


 うん、確かにこれはダークが怒るのも一理ある。

 危うくヤキモチなんて解釈しかけるとこだった。マジで烏滸(おこ)がましかったわ。


 ただ、それと抱きしめて欲しいの言動が一致しない。まあ、今更こんなんで呪いが解けるとも思えないんだけど、試してみたいことでもあるのかもしれないし、断る理由もない。キスしてって言われるより100倍良いし、お安い御用だわ。


 そっと小さい肩に片腕を回して、ダークを背後から抱き寄せた。


「こんな感じ?」

「両手で」

「……こう?」

「この手はこっち」


 ダークの誘導で、お腹の辺りに片手を回してみる。


 服の上からでも分かるくらい、ダークの薄い身体がギュッと緊張するように固まっている。


 小刻みに震えてるのは、何でだ?

 寒いわけではなさそうだし、うーん……本心は嫌だけど呪いを解くために仕方なくしてるのかも?


 寝る時にもくっついてたから、慣れてるはずだし、これくらいじゃ呪い解けないのわかると思うんだけどな。


「……もっと、強くしてください」


 ポツリと小さな声でそう言ってきた。


 なんかさ、こんな震えながら言われると……罪悪感が激しいんだが。締め殺しにかかる蛇の気分。


 大丈夫かな?

 はたから見ると私が少年を襲ってる図だよね?

 これ、未成年淫行ってやつになるんじゃね?……どうしよう、捕まるかもしれん。


「あ、あのさ、これさぁ、呪いは解けないと思うけど……」

「あの魔族にしたくらい、もっとギュッてして欲しい」

「いや、してないよ。こんなの」


 ここで一応訂正を入れておく。

 キスと血を飲ませるのは覚えがあるけど、抱きしめる方は全然覚えがないんだよな。


 チェスナットを抱きしめるなんて、いつしたっけ?


「あ、昼間の闘いで庇った時のことを言ってる?」

「うん……お願い。最後に貴女を感じさせて欲しい」

「何その大袈裟な言い回し?」


 まあ、本人がしてって言ってるのに通報されるわけないかぁ。ここまできたらどこで止めようと変わらんわな。


 仕方なしに少し強めに抱き寄せて、ダークの頭の上に顎をおく。


「……痛くない?(ほど)いてほしかったらいつでも言って?」


 フルフルと顎の下の頭が横に動く。


 痛くないってこと?なら良いか。


 私の手の上に重ねられたダークの手は、少ししっとりしてて、力が入っている。このくらい強く抱きしめてて欲しいってことなのかも。同じくらいの強さになるように加減してみる。


 とくとくと脈打つ鼓動は、私のものなのか、よく分からない。


 何となく、小さく長い吐息が口をついて出て、消えていく。


 私、誰かに抱きしめられるのはトラウマがあるから無理だったんだけど……案外抱きしめる側は大丈夫みたいだな。

 ま、チェスナットだけじゃなくて、ダークにサン……誰かを助けるために散々人を抱えてたから慣れたのかも。


 てか、ダークの言ってる最後(・・)って、なに?


 考えようとしたけど、じんわりとダークの体温がくっついた部分から伝わってくるのが心地良くて、思考が進まない。


 あったかいなぁ。

 手を繋いでる時は少し低めの体温でも、こうやってくっついてみると程よく温かいんだよなぁダークって。だから毎晩ぐっすり寝ちゃうんだけど。もう、このまま寝ちゃいたいな。


「……ご主人、質問は?」


 たっぷり数分間、お互い無言でいたけど、最初に沈黙を破ったのはダークだった。


「ああ……ダークは言いたいこと、全部言った?チェスのことずるいしか聞いてないけど、もうないの?」

「……はい」


 この反応、まだ言えてないことがあるな。こういうとこは何だかんだ分かりやすくて子供だなって感じる。


 でも、ここで「本当に?」と念押ししても返事は変わらない。ダークってそういう奴だ。


 まあいいか。明日からの旅路の合間にでも話せばいいし。


「じゃ、聞かせてもらうけどさ。ダークは、何で自分がやったことを私に隠す気がなかったの?」

「…………」


 先に自白してきたけど今回のスタンピードは、ダークの仕業だろうと思ってた。

 だってダークの態度の違和感が激し過ぎだ。


 地中にある精気の塊を地上に引っ張り出すくらい、ダークには造作もないはずだし、感知も範囲広いから正確に割り出せるだろう。土の塔を七つも同時発動出来るくらいなんだから、魔法を使えば大概のことは出来ちゃうと知ってる。


 大量の魔物が突然出現すれば、聖騎士も含めて兵士たちはそっちに注意がそれる。そこから聖騎士の再確保までは簡単だろうね。

 最小限の動きで、たった10分以内に『聖騎士の結界』解除を可能にする作戦。あの状況下だと一番確実に私の望みを叶えてくれる方法だった。

 ダーク以外は考えつかないし、実行出来ない。


 それでも、本当に偶然起きた災害だったって誤魔化すこともできた。ダークが本気で隠すなら、今回みたいな奇妙な違和感を与えることなく、より自然に装えるはず。


「あんなにあからさまにくっついてこられるとさ、いつもと違い過ぎて流石に分かっちゃうじゃん?でも、隠す気がないにしては誤魔化してるっつーか……よく分からないんだけど、何でそうするのかなって」

「貴女はきっと、僕がどんなに上手く隠しても、偶然じゃないと疑うでしょう?」

「…………」


 どうだろう。今、パッと言葉がでてこないってことはそうかもしれん。

 確かに、どんなに上手くダークが隠しても、あの危機的状況から自信たっぷりに「解除できる」と言い切る方法が何だったのか。チラッと考えてたかも知れない。


「人間って、疑いだすと、だんだんその相手のことを嫌いになっていくんだよ。それならいっそ、全部暴露して早めようか……って、思ったんだけど」


 ポツリと小さく呟く声は、そよ風でさえもかき消されそうだ。注意深く聞き取っていく。


「貴女の眠る五日間は、決意が揺らぐくらい長くて、迷うには短過ぎました。バレても嫌われることに変わりないのに……だから結局、どっちつかずになってしまって」

「…………」

「僕は、貴女にどう思われたいかよりも、貴女との最後の時を、どう過ごしたいかを優先してしまったんです」

「……なんかさぁ、難しいこと言うね」


 ちょっとタバコ吸い過ぎたせいか?

 頭働かないんだけど。いや、働いてたとしても私の思考力で理解できるか?

 さっきからダークの話についていけねぇんだわ。


「一旦50文字程度で簡潔に言ってくんない?」


 そう言うとダークは私の方に寄りかかってくる。頭をグッと私の首に押し付けて、観念したようにため息をついて見上げてきた。

 フード越しに、オレンジの瞳が少しだけ見える。


「……嫌われても仕方ないことをしでかしたのに、嫌われたくなくて隠せなかった。貴女に、嫌われるのが怖くなった」

「なるほどね?」


 わかりやすくなった。


 ダークの中では、「私に嫌われないこと」が第一優先だったらしい。さっきからこの言葉ばかり出てくる。


 怖くて当たり前だ。身寄りもなくて、覆しようのないこの主従関係に、いったいどれだけの不安と恐怖を感じていたんだろうか。申し訳ない気持ちでいっぱいだわ。


 なんて言えば、安心するんだろ。


「……ダーク、何度も言ったけどさ、私はあんたのこと大好きだよ。疑ってだんだん嫌いになるって、そんな人もいるかも知れないけどさ。私はそんな程度で変わる気持ちであんたのこと、好きって言ってないよ?」


 ギュッと腕に力を込めて、手に重ねられたダークの指を軽く握った。


「大好きだよ、ダーク。私はあんたを嫌いにならない。もちろんダークの全部が好きって言えるほど私はあんたを知らないし、嫌いな部分はあるかもしれない。でも、好きな気持ちは変わらない。何度でも疑ってくれていいよ、何回でも言うし。この先私があんたを見捨てることはないし、酷い目に遭わせるつもりもない、全力でダークを守る」


 ダークの強張るように固まってた身体の力がふっと抜けた。そして見上げてきてた顔を下げてすり寄るように身体を半回転させてくる。


 ああ、ダークの顔がやっとちゃんと見える。

 いつもの、少し眉間に皺を寄せた顔だけど、ちょっと戸惑った表情を浮かべて口を開く。


「あの、僕が疑ってたわけじゃなくて……貴女が僕を疑うって話だったんですけど」

「ん?そうだっけ。ま、細かいことは気にしないでいーじゃん。私はダークがこうやって生きて、たまに誰かと笑って、そうやって過ごしてくれるだけでいいよ。私のために戦わなくても、私を守ろうと動かなくても、君のことを好きなのは変わらない。嫌いになんかならない」

「……そんな役立たずになりたくない」

「役立たずでも良いよってことだよ。まあ、現状めっちゃ助けられておいて、何言ってんだって感じだけどさぁ」


 ちょっと不服そうな難しい表情のダークの頭をゆっくり撫でる。


「ダークがいると、つい甘えちゃうし頼ってしまうんだけどさ、無理強いしたいわけじゃないんだよ。でも私、頭に血が昇ると強要しちゃう癖があるから、そう言う時は逃げて良いからね」

「逃げられないよ。貴女から逃げるなんて考えられない」


 自嘲気味に発された言葉に、しまった!と反省する。


 やっぱ、なあなあにしてたけど、隷属関係を早く解消したほうがいいよなぁ。


「ごめん。ちょっと迂闊な発言した。じゃあ、いつでも拒絶して」


 私のセリフに、困ったように長い耳を垂らして眉尻と視線を下げる。


「もう、貴女には出来る気がしないよ」


 そう言って鎖骨に顔を埋めてくる。


 なんか、ダークのこの擦り寄る動作、猫みたいだぁ。可愛すぎて、このまま頭撫でてもいいものか逆に悩む。


「ご主人」

「ん?」

「覚悟は出来てるから、早く言って」

「は?言うって何を」

「罰を受けないと」

「罰って……まだ息苦しくなるやつのこと言ってんの?あれはもうないって言ったじゃん」

「そうじゃなくて……あの!」


 ん?

 ダークが身じろぎするので腕の力を緩めたら、身体が離れて起き上がり、橙色の瞳が斜め上から降ってきた。


 月明かりが真っ白なダークの顔を照らして、神秘的だ。


「僕に……怒らないんですか?僕は貴女を騙して、たくさんの人を死なせたんだから、嫌いになるはずじゃ?」

「いや、だから嫌いにはならないって言っただろ」


 何度言えば分かるんだよ。伝わんないなぁ。

 いい加減そこは飲み込んでくれないと、困るんだが。話が進まないし。


「少なくとも怒って罰くらいあるはずでしょ」

「何で?」

「なんでって……」


 ダークが本気で困惑してるみたいだ。

 いったい何に困惑してんのか、こっちが混乱する。


「そもそもさ、私がダークの嫌なことをしたから、そのお返しでダークは私の嫌なことをした。だったよね?」


 ビクッと一瞬怯むダーク。


「……違いません」


 いやいや、怯えさせたいわけじゃない。

 フードの中に軽く手を入れて、隠れていた銀色の横髪を指で梳かし、頬をそっと撫でる。


 ダークの表情が溶けるように和らぐ。本当に猫っぽいな。


「どうせ私にした嫌な事3つは、誤魔化すこと、隠すこと、騙すことあたりっしょ?で、私の望みを叶えるために作戦を実行した。でもダークは強いから、出てきた魔物に他の兵士たちが全滅するとは思えなかった」

「え」

「気絶した2人を抱えてる上に、聖騎士を捕まえて……更に人命救助?そんなの手が回らないのは当然でしょ。予想外に事態が大きくなってしまって、隠すつもりだったけど、嘘ついた上に大事(おおごと)になったから私に嫌われるのを避けようとして、誤魔化すのが中途半端になってしまった……ってことでしょ?」

「…………あ。うん」


 オレンジの目が一際大きく開いて、パチリと瞬きし、肯定する。


「ダークがさっき言ってた最後とか罰とかいうのは、ちょっと理解できない。どこに怒れって?嫌う要素もないと思うけど?」


 流石に私の頼みを聞き届けてくれて、その後もいろいろ手を回してくれたこの子に怒るのは、お門違い過ぎるでしょ。例えどんな被害が出るか予測出来てたとしてもそこは変わらない。


 勝手なことするなってチェスナットみたいに怒れって?

 いやいや……。


「ダークはダークの最善を尽くして、約束を全部守ってくれた。それ以上を求めるなんてさ、それこそ強欲が過ぎるっしょ?」


 今回は私が私の最善を尽くせなかった。ダークに当たるべきことじゃない。それだけだ。


 私の言葉を聞き届けると、ふぅと小さく息をついて私の肩にトンと頭を乗せてきた。


「ご主人は、心が綺麗過ぎるね。心配になるよ」

「は?それ褒めてる?」

「褒めてるよ、すごく」

「あ、そ」


 それなら良いか。綺麗なつもりはなかったけども、嫌な気はしない。


「てかさぁ、私思ったんだけど、嫌なことされて、相手の嫌なことで返すの不毛じゃね?私はそんなんで嫌いにならないけど、嫌われたくないなら矛盾してたんじゃない?」

「……うん、冷静じゃなかったかも」


 まあ、ダークはすぐカッとなるよね。私もなるけどさ。これは言わないでおく。


「じゃあさ、次からは何が嫌だったか相手に伝えて、その分、自分が相手にやって欲しいことを言わない?」

「……分かった、そうする」


 あっさり承諾すると私の頬に自分の額をくっつけてくる。


 ああ、この行為の意味、今聞こうかな。ちょっと気になる……。


「ご主人のして欲しいことは?」


 耳元で発されたダークの甘えるような声に、一瞬そわっとする。


 あっっっぶね、油断して理性飛びかけた!この子、マっジでたまに魔性の雰囲気(まと)うからやめて欲しい!


 心臓が遅れてバックンバックン動き出したわ。


 怠惰スキルを発動して、軽く深呼吸で煩悩を打ち消す。


 で、なんだっけ?して欲しいことだっけか?


 確かに、そういう流れか。

 今回はお互い様だったから、私もして欲しいことを言ったほうがいいか。考えてなかったな。


「んー……じゃ、次、私に嘘つく時は、笑える嘘にして欲しいかな」

「それって、嘘はついて良いの?」

「嘘ぐらいはつかないと。人間って生きてくの大変じゃない?そのくらいは許されてないと困るでしょ」


 嘘つきは嫌いなんて、悪い嘘を見抜けずに騙される側の人間の言葉だ。嘘とかハッタリは武器のひとつ。無料なのに優秀な武器なんだから使わない手はない。

 マジで人生、何があるか分からないんだし。

 数週間前の自分は異世界に来るなんて思ってもみなかったしな。


「ふふ、ご主人のそういうとこ、ほんと面白い」


 漸くダークがくすぐったそうに笑う。


 ああ、私は本当にダークのこのとろけるような笑顔が好きだ。ずっとこの顔でいて欲しい。


「ねぇ、それ褒めてる?」

「まだ嘘はつきたくないから、黙秘にします」

「……は?何だその返し。褒めてないってことか?」


 ダークのほっぺを摘んで軽く引っ張る。

 不覚にもドキドキした自分が許せんじゃないか。


「まあいいや、そろそろ帰ろう。多分チェスナットが、だいぶ腐ってる」


 ダークから身体を離して立ち上がり、背伸びをする。


「ご主人、けっこう長くここにいたね」

「まあねー、もうすっかり日も暮れちゃったけど、夕焼け綺麗だったよ」

「ふーん」


 歩き始めると、いつものポジションでダークが手を繋いで並んでくる。

 くっつき過ぎず、歩きやすい適度な距離だ。うん、これが丁度いい。


「ご主人」

「ん?」

「ごめんなさい」

「んん?何の謝罪?」

「まだ言えない」

「……そう。じゃ、言ってくれるまでその謝罪は受け取らないでおくよ」


 ダークの繋いでくる手にギュッと力が入った。


「うん。いつか話すよ」

「分かった」


 ダークは進む方向を眺め、フードを被りなおしたところだ。顔は見えないけど、スッキリした雰囲気を纏っているから、ちょっとは安心してくれたのかもな。てか、そうであってくれと願うばかりだ。


「あーあ、酒飲みたいなー」

「宴の後からずっと言ってるね、それ」

「大人にはね、今日は飲みたい日!ってのがあんの」

「飲みたい日に飲むと美味しいもの?」

「んー、今日はまずいと思う」

「なにそれ」


 怪訝な顔のダークの頭にコツンと頭突きをしてみる。


 ダークの服の香りが、鼻腔をくすぐる。爽やかな秋の匂い。


 何だかなぁ……久しぶりに泣きたくなってくる。情けなくて。この点はタバコ吸っててよかった。ちょっとだけ鈍く冷静にしてくれてるおかげで、何とかこの感情を飲み込める。


 何てったって、逃げちゃったからな。逃げた日の酒はクソまずいって相場は決まってる。


 あんなに悩んだのに、私は結局逃げ道の方に進んでしまった。


 スタンピードによる被害を正確に理解した上でダークが実行したとしたら……私はどうダークに向き合って言葉をかければ良いのか分からなかった。


 もしも人間の命を紙屑のように感じるほど心の闇が深いなら、その心の傷も受け止めなきゃいけない。でも、それは今じゃない。まだまだ私たちは他人同士だと気づかされたから、怖気づいてしまった。


 サンより酷いと言われた『憤怒』をもつダークの闇。それに向き合う覚悟が、足りなかった。


 でもいつか、避けられない時がくる。近い将来、この子の闇に向き合うことになる気がする。

 その時、私に受け止める勇気と覚悟はあるだろうか。かける言葉を見つけ出せるだろうか。

 私はまだ、答えを出せずにいる。


 ひとまず、あの場にいた人たちの死を防げなかった私を、私は赦さない。隣を歩く少年に背負わせてしまった罪は、この先も消えないんだから。

ダークはストレートに言ってるんだけど、ラリっててズレて受け取るカナメさんでした。

ちなみにチェスナットはドロドロに溶けてます。

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