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ノズ⑧

※ちょっと前の、カナメが聖杯で塩の湖目指して飛び立った後の時間です。

「ショウ、お前なにやってんだ」


 指示された通り、他の勇者の居場所を掴んで戻ってくるとショウが地面に埋まってやがった。

 顔だけ出して地面からキノコのように生えてる様は異様の一言だ。


「あ、ノズ!おかえりー。これ、思ったより自力で抜け出すの難しいんだよね。ちょっと首を引っ張ってくれないかい?」

「お、おう」


 恐る恐る首根っこを持ち上げてみたが、びくともしねぇ!


「うーん……やっぱり無理そうだね。まあいいや、このまま報告してくれる?」

「いいのか?!これ、このままじゃ困るだろ」

「困るけど、いずれ解けるだろうからね。本人がこの場にいないし、魔力操作も徐々に落ちるはずだしさ」


 辺りの地割れから把握するに、そうとうやりあったみてぇだ。一体誰とやりあったんだ?

 聞いても答えちゃくれなさそうだが……。


「で、勇者は?見つかった?」

「あ、ああ。髪を二つに束ねた若い女の勇者が西方の森ん中で兵士を連れ回してたぜ。恐らく撹乱の意図があると思うが」

「二つ結びってことはノゾミさんかな。そういや彼女はこの魔王イベントが好きだったね。初めて会った時もこのイベントだったし……でも、動きがいつもの彼女と違うなぁ」

「あ?何を言ってんだ?」


 よくわからねぇ。


「ごめんごめん、こっちの話。で?タダン達はノゾミさんの近くにいるってことかな?」

「あ、ああ。あと、ポフォとフィントは聖騎士の鎧を持って逃げてる魔族を1人追跡してるが……今はまだ追跡スキルの範囲内だから何とかなるが、あまり離れると厳しいぜ」

「うん、分かってるよ。早く行かなきゃならないんだけど……」


 まあ、この様じゃ動けねぇよな。

 ひとまず周りの土でもどかしてやるかと手で軽く掘ろうとしたが、出来なかった。


「何だこれ、ガチガチにかたまってやがる」


 素手どころか剣も通さねえぞ。


「そうなんだよねー。おかげで一緒に埋められた聖剣もぴくりとも動かせないし……困ったなぁ。これ、多分エルフの子の方の魔法だ。魔王の時もこんなの使ったことないのに、どうやって覚えたんだろう?しかもあの子、無詠唱だったような……どうやったのかな」

「おい、ちょっと待て。エルフだと?何でエルフがこんなとこに!」


 何やら難しいことをブツブツ言ってやがるが、こんな荒野エリアまでエルフが来るなんて聞いたことがねぇ。

 そもそもアイツらが大森林から外にくるなんざ、滅多にない。


「さあ?どうやったんだろうね。仲良しみたいだったし、面白い人たちだったよ」

「全く要領をえねぇんだが……お前は複数とやり合ったのか?」

「そうだね。状況説明をすると、あの土の塔は今言ったエルフの仕業で、残り1人の勇者がそのエルフと組んで魔族側に加担してるみたいだね。それでついさっき、僕はその子たちにこんな状態にされたってこと」

「ほう」


 本人は全く気にしてないようだが、仲間割れしたってことか?

 勇者同士っつーのは基本的にゃぁ協力するもんだとばかり思っていた……。


 だがそろそろ、あの悪魔のガキも限界だろう、魔王さえ誕生しちまえば勇者同士協力することになるんだろうが。


 これは、お頭に報告しなきゃいけねぇ。どうやらショウ以外の今回この辺りにいる勇者は魔王狩りに消極的みたいだ。ノゾミって勇者と、もう1人の勇者の特徴を詳しく聞いておく必要がありそうだ。


 今回敵側についた2人じゃねぇ勇者が、次の魔王発生の街に行けるように手筈を整えねぇと。


 場合によっちゃあ、その2人は始末しておく必要もあるかもしれねぇ……。


「あ!」

「わ、な、なんだ?!」


 ショウが突然声を上げたせいだ、つられて声が出た。


 ズボッズボッズズズッ


 ショウの両腕とその手に持つ聖剣が地面からニョキニョキと生えてくる。


「なんか、突然動けるようになった」

「お、おう、そら良かったぜ」


 こっそり勇者の動向の横流しと始末への手筈を組み立てていたのもあって、多少オーバーに体が反応しちまった。


「ふふ、ノズの今の反応……面白かったね。何かグレーなことを考えてたでしょ」


 ぎくっ


 思わず反応しそうになって、ごくりと空唾を飲み込んで口角を上げて見せた。


「……何、言ってやがんでぇ」

「ふふふ、ノズって誤魔化すのが下手だよね。片頬がピクピクしてるよ」


 ニヤッとショウが笑いながら自分で自分の頬を指差した。

 咄嗟に片頬を手で覆う。


「ふふふ、その反応は当たりだったんだね。当てずっぽうだったんだけどな」

「…………」


 くそ。何が嘘かわかんねぇ。


「さ。じゃあ、魔族の淡い希望を潰しに行こうか。聖騎士が1人でも顕在なら、今回はステージクリアだ。ポフォ達の追ってる奴を捕まえよう。鎧を取り返しさえすれば、適当な人間に装備させると聖騎士として認定してもらえるはずだからね」

「いや、思ったんだが、まだやられてねぇ奴の塔に行って護る方が良くねぇか?」


 わざわざ、すばしっこい奴を追いかけるよりも、この場合、塔に捕えられたまま残っている聖騎士を守るのが定石だろう。


「うーん……他のやつ……例えば魔族が土の塔を作ったなら、その手もあったんだけどね」


 そう言いながらパッパッと自分の体についた砂を払うショウ。


「あの子は、いざとなったら土の塔に捕らえてる人達をそのまま潰すからね。聖騎士の鎧を着たままでも、死んじゃうと1人って条件を満たせないでしょ」

「…………潰す、だと?」

「さっき埋められて、つくづく感じたよ。あの子はいつでも彼らを殺せる」


 確かに。

 捕らえたなら、殺せるだろう。

 それも、さっきのショウを埋めてギチギチに固めるだけの操作力があるなら、造作もねぇことのはずだ。


 だが、何故そうしなかった?

 エルフは本質が冷酷だ。目的のためなら慈悲もない輩ばかりだった。


「まあ、あの勇者が許さないから、そうしてないってことだろうけどね。でも、あの子が本当に僕の予想した人物なら、その鎖がどの程度保つのか甚だ怪しい……」


 ワッーー!ーーー!


 唐突に喧騒が激しくなる。

 まだ耐えていた残りの聖騎士がいる土の塔からだ。


「なんだ?!何があった?」

「聖騎士が解放されたみたいだね。僕の土魔法が解けたのと同時刻……エルフの子に何かあったのかもしれない。ひとまず、ポフォ達と合流しようか。ノゾミさんの方は放っておいていいから、タダンにも声かけて」

「あ、ああ」


 連絡玉でポフォのところへ集合と合図を送り、駆け出した。


「兄貴ー!」


 フィントが呑気に手を振って呼びかけてくる。


「ったく、大きな声出すなよ。見つかるじゃねぇか」

「見つかってもいいよ、僕たちは追う側だからね。彼らのやることも、僕らのやることも変わらないさ」


 ショウがフィントに手を振りかえしながら微笑む。いつもの胡散臭い、あの顔だ。


「それにしても、残ってた聖騎士が解放されちゃったし、あと10分くらいで発動か。正直、ここから何かするのは、到底無理だと思うけど……」


 発言の途中で、ハッとした様にショウの顔からいつも浮かべる笑みが消え、元来た方向をガバッと振り返った。


 直後、立っているのもやっとのレベルの地震が地鳴りとともに俺たちを襲う。


「な、何だこれは?!」

「全員、僕の向く方に構えて防御系スキルを全て起動しろ!フィントは索敵スキルで魔物の数の報告を!」


 地面が大きく揺れる中、ショウの指示が飛ぶ。

 逆らえない圧のようなもので俺たちは言われた通りにスキルを全て起動させた。


 勇者の指示は絶対だ。

 これはパーティになった瞬間からそうだった。本能的なところで動いちまう。これが勇者が勇者たる所以だろう。


「な、……魔物だと!?」


 戸惑いながらも、そんなバカなと考える。

 つい昨日、この辺りの魔物はショウが絶滅させたばかりだ。新たにこの辺りに魔物が出てくるサイクルは少なくとも3日後だったはず……。


「フィント!数と接敵までの時間を!」


 ショウが鋭い声で再度報告を催促した。


「ま、魔物の数100……250……1000いや、どんどん増えてやがる。時間は……もう、すぐそこまで来てる!さ、3秒以内に来る!」


 ゴゴゴゴゴッ


 フィントの震える声が、地鳴りに裂かれながら耳に届く。


「はあ?!そんなはずはねぇだろ?!」


 いくら何でも、そんなに一気に魔物が発生するはずがねぇ。


 フィントの言葉を疑いつつも、地鳴りの発信源を睨んだ。


 焚き火じゃねぇ赤い光が、遠くにチラついている。


「この辺りで一番速い魔物は……ブラックホークか!空からくる!上空注意!」


 発言直後、空中を割く様な轟音が上空のあちこちから発生した。


 ドガァァァア


 周囲に黒い塊が降りそそぐ。


「な、何だ、あれは……」


 見上げると、浮かぶ星空が真っ黒な闇に徐々に飲み込まれていくところだった。闇の中では無数の黒い影が蠢いている。


 あれが……あれが全部魔物だってぇのか?!


「もう来た……確かに3秒か。速いなぁ。これは大変だね」


 ショウが漸く困ったように笑顔を作り、手を空に翳した。


 ショウの早口の詠唱の後、火炎放射が放たれる。その炎に沿って一筋分の軌跡が空に描かれた。照らしだされた炎の傍に魔物たちの姿が垣間見えた。


 やはり闇の正体は魔物だった。再認識したせいで背筋が凍る。


「あ、ぜ、前方に、は、八万の、ブラウンタウロスのむ、群れが……他の魔物もいるが……まだ、ふ、増えて……」

「何だと?!八万?!!」


 見たことも聞いたこともない数字を前にただ茫然としちまった。数が多過ぎて想像もつかねぇ。

 じゃあ、地面に未だに響くこの音は……余震の音じゃなくて、ブラウンタウロスの足音だってのか?


「こりゃ、スタンピードってぇやつじゃねぇか?」


 タダンが青い顔して投げかけてくる。


「何百年前の話をしてやがんだよ。スタンピードなんざ、ここ数百年この大陸じゃ起きてねぇぞ!一体どうなってやがる!」


 空からの魔法攻撃を躱しながら、思わず声が荒くなった。

 否定はしたが、頭では同じ答えが出ている。ただ、受け入れたくねぇだけだ。


 この絶望的な状況を。


「さっきの地震で、魔鋼床の下に隠されてたダンジョンコアが出て来たみたいだね。僕のぼんやりした感知でもわかるくらいのエネルギーの塊が、さっきいた付近で発現している」

「ダンジョンコア?!」


 そんなもんがあの辺りにあるなんて聞いてねぇぞ!


「こんな数百年に一度あるかねぇかの災害が、偶然起きるもんなのか?!」

「ついてないねぇ」


 タダンが愚痴を言い、ポフォが襲いかかって来たブラックホークの脚を切り落としつつ声を発した。


「はぁ……これ、今までは一度もなかったから、あのエルフの子の仕業か。確かに、これなら逃した聖騎士を捕まえられる。狩りは相手が獲物を狩ってる時が一番隙が出て狩りやすい。代わりに、いったいどれほどの犠牲が出るか……あの憤怒、やっぱり手段を選ばなくなった。あの勇者が指示したかは怪しいけど」


 どうやらショウは思うところがあるらしく、普段よりも口数が増えている。

 空から降り注ぐ数十の闇魔法の球を片手で魔法シールドを作り相殺し、更に攻撃威力増強魔法の詠唱を重ねて唱えた。


 俺たちの身体に魔法エフェクトとしてキラキラとしたものがまとわりついて、身体が軽くなる。


「この様子じゃ周辺の街も飲み込まれるね。こんなことを平気でするなんて、あの化け物、早く殺しておかないと……」


 ぽそぽそと隣で数メートル規模の火炎砲を多数展開させながらショウが呟く。


「僕の近くに固まって!このままじゃ埒があかない。一度脱出しよう」

「あ、ああ」

「ほ、他の兵士どもは?どうすんだ?」


 フィントが狼狽えながらショウに投げかけた。


 確かに気がつけば、周囲には数人の兵士らが逃げ惑っている。


 全く、甘い奴だ。こんな時に他のやつのことなんか気にかけやがって。


 ショウも俺と同じことを思ったんだろう、若干呆れの混じった視線をフィントへ向けた。


「……2人までなら、何とかなるよ」

「2人っ……」


 明らかに2人以上の兵士が居る。そしてショウの存在に気付いた数人が、俺たちの方に駆け寄って来ていた。


「た、助けてくれぇ!」

「勇者様ー!助けてください!」

「勇者様が居るのか?!」

「あっちだ!勇者様に助けてもらおう」


 何人かが声を上げたせいで、どんどん助けを求める兵士達が集まってくる。その数はざっと数えて20人近い。


「……フィントが選んでいいよ。30秒待つから」


 ヒヤリとした声音でショウがそう告げると、前方のブラウンタウロスの群れへ両手を翳して詠唱を唱え始めた。


「え、選ぶっつったってよ……」


 フィントが狼狽しながら駆け寄る兵士を振り返っている。


 俺たち裏のもんにとって兵士なんざ、出会によっちゃ敵以外の何者でもねぇ。何度も命のやり取りをしてきた相手でもある。

 それでも、この究極の状況下だ、取り残されれば死んでその肉を魔物に与えるだけで終わるだろうことは容易に想像できる。その生殺与奪の権利をいきなり与えられたわけだ。

 こりゃ、狼狽えない方がおかしいな。


「くそ、こんな、俺ぁ無理だ」


 選ぶ代わりに音を上げたフィントは、鼻を啜っている。


「じゃあ、このまま行く?」


 ショウがカバンから転移スクロールを取り出した。


「ちげぇ!俺を、俺を置いていってくれ」

「「「は?!」」」


 フィント以外の俺たち3人が声を発した。

 これには流石のショウも目を見開いている。


 そして、ショウが見慣れない魔法を展開させて上空の魔物が一掃された。相変わらず意味不明な魔法だが、おかげで次の魔物が来るまで少しだけフィントと話す余裕ができる。


「お、俺ぁ、社会のゴミだ!く、国のために、真っ当に生きてるアイツらを、ゆ、優先してくれ!俺の分を入れて3人、連れてってやってくれ!」

「震えながら、何言ってやがんでぇ」


 ツッコミを入れるが、なるほど、確かにそうだ。と腑に落ちた。


 カナメの顔と、昨日対峙した魔族のガキの顔が浮かんでくる。揺るがない意志の一端を、フィントの眼が語る。


 そして同時に考えていた、どうして俺なんかが生き残るのかという疑問……それはどうやら俺だけが思っていたことじゃなかったらしい。


「それなら……俺だってそうだ」

「ここで死んだなら、お頭もしょうがないって思ってくれるかな。どうせ昨日死にかけてたし」

「おい、タダン!ポフォ!」


 呼び止めようとしたが、言葉がうかばねぇ。


「兄貴、兄貴はしっかり生き残って、お頭に報告してくれ。俺ぁ結局、あの時……アイツに助けられたあの時から、死に場所を探してたんでぃ。アイツに……カナメに救われたこの命、何も返せずに死んじまったカナメに代わって!俺ぁ、俺なんかより真っ当な奴を生かしてやりてぇ!」

「っ!!」


 カナメが死んでから、ずっと胸につっかえていた物の正体を、フィントが明かしてくる。

 そうか……俺は、ずっとカナメの姿を追いかけている。ああやって、誰かのために死ねるんなら、それは本望なのか。


「はぁ」


 ため息が聞こえた。


「ねぇ、ひょっとして君たちの変わったキッカケって、そのカナメって人なのかい?」

「ああ、カナメは俺の命の恩人なんだ。でも、アイツはもう……」


 フィントが握り拳を作って表情を暗くする。きっと俺も今、同じ顔をしているだろう。


 カナメはもう、死んじまったんだ。


「これでやっと繋がった。その人なら僕、さっき会ったよ。カナメって呼ばれてたし、間違いないかな」

「「「「は?」」」」

「それにしてもすごい影響力だな、今は僕のパーティなのに間接的に干渉してくるなんて」


 どこか抜けた表情をしながら、ぽんと手を打つショウ。


「か……カナメに、会っただと?アイツは崖で落ちて死んで……」


 そんなバカな。アイツは確かに崖から落ちたんだ。その下は濁流で、そのさらに先にも巨大な滝がある。とてもじゃねぇが人間の生き延びられる場所じゃねぇ。


「ん?よく分かんないけど元気だったよ。ちょっと怪我したけど平気だったし。でも、そうかぁ。君たちにそんな選択をされちゃうとは思わなかった。僕は君たちに死なれると困るんだよねぇー」


 うーん、と考える素振りをして見せるショウ。

 考えながらも当たり一帯を聖剣でひと薙ぎする毎に後ろから襲いかかるブラウンミノタウロスが生き絶えていく。


 一方で俺たちは今知らされた衝撃の事実に、頭がいっこうに働かねえんだが。

 思考停止状態の中でもショウの撃ち漏らしたミノタウロスどもの息の根を止めていく。


 カナメが、生きている?


 言いようのない、安堵とも畏れともとれる感情で胸のあたりがいっぱいになっていく。


「よし!それならこのまま兵士達を連れて、魔族の村まで行こう。あそこなら不思議と魔物が出ないからなんとかなるかもしれない」

「確かにあの辺りは、何故か魔物が出ねぇな」


 タダンが顎に手を当てて肯定した。


「で、そこまで行ったら兵士たちは安全だから、スクロールを使って僕たちは建て直しのためにユシララまで戻る。ユシララで一旦パーティ解散してもいいけど、場合によってはすぐに勇者として出動しなくちゃいけなくなるかもしれない……これでいい?フィント」

「……ああ。すまねぇ」


 助けを求める兵士も俺たちも、どっちも生き残る手があるならそれが一番だ。それを咎める術なんかねぇ。


 ユシララにはリフリィが居る。あっちの状況確認をしようと思っていたところだから丁度いい。


「方針は決まったね。途中生き残りの兵士たちとできる限り合流しつつ、魔族の村へ向かう。僕が殿(しんがり)で大半を相手するから、君たちは横からくる魔物の対処をする。僕の特性で敵の魔法防御は無効化されるから、できるだけ魔法エフェクトのつく攻撃を展開してね。怪我したら直ぐに周囲に知らせて、ポーションを摂取すること」


 ショウのいつもの注意書きのような言葉に、俺たちは無言で頷き合い、傷ついた兵士どもを囲うようにして隊列を作った。


「問題は、魔物の数でも攻撃魔法でもないんだけど……まあ、もうどうしようもないし、良いかな」


 隣にいる俺にしか聞こえない声で、ショウがまたボヤいている。


「どうした?まだなんかあんのか?」


 ショウの意味深な言葉に問い返す。

 これ以上懸念事項があるなんざ、遠慮してぇんだが。


 ニコッと笑みを浮かべるショウが、肩をすくめてみせた。


「ついさっき、魔王イベントの表記が消滅しちゃったんだ。これは事実上、僕の敗北かなーノゾミさん達の勝ちだ」

「表記が消滅ってーと……あのガキの魔王が消えたってことか?!」


 ショウは俺の問いかけにはすぐに答えず、詠唱を唱えた。

 聖剣に周りに水の膜が出来ると、鞭のようにしなりながら後ろから迫っていた先頭十数体のブラウンミノタウロスが吹き飛ばされる。


「いや、残ってた聖騎士も鎧を剥がされたか、死んじゃったみたいだ」

「…………じゃあ、あの魔族のガキは……」


 どうなったか聞いたところで詮無いことだが、つい、口をついて出てしまった。


「んー……僕が聖剣で刺しちゃったから瀕死だけど、カナメさんが連れていったよ。『聖騎士の結界』が発動すれば魔王になっただろうけど、もう魔王にはなれないんじゃないかな。聖剣の制裁対象になって死んじゃうと消滅するんでしょ?」

「カナメが?!あいつ、いったい何がやりてぇんだ……」

「さあ?よく分からないけど……魔王化を止めようと躍起になってたね」


 魔王化を、止めるだと?何を言ってやがる。

 そんなこと、無理に決まってる。


 ただ、そうか。あのガキは消滅したのか。

 いっそ魔王になった方が復讐出来るが……アイツの場合はどうだろうか。最初から最期まで何ひとつ意味のわからねぇガキだったが、復讐なんて汚いもんを経ずに綺麗なまま逝ったとしたら……それは、幸福なのかも知れねぇ。


「ま、僕のメインルートでもあるから魔族の村にはいずれ行く予定だったし、下見でもしておこうかな。あの勇者のおかげで多分本来のルートじゃなくなりそうだし」


 たまにショウの言っているルート(・・・)が何を指しているのか。まだ完全には把握しきれてねぇが、恐らく今後の予定や未来に近い使い方なんだろう。

 しかし、何でも知ってそうな口ぶりが引っかかる。


「魔族に知り合いでもいるのか?」


 ミノタウロスの首にグサリと深く剣を突き刺し返り血を浴びながら問いかけた。

 今のショウは何故かいつも以上に饒舌だからな、探りを入れてみる。


「まさか。あんな殺人集団と知り合いなんて虫唾が走る」


 珍しく吐き捨てる様な憎悪のこもった声に、ショウを振り返った。


 俺に対して背中を向け、後方のミノタウロスの群れへ特大魔法を展開させているヤツは、その後ろ姿からでもわかる殺気を漂わせている。


「僕はウォルナットさえ殺せれば、それで良いんだ」


 レーンボルトで何度か耳にした北方協力者の名が、ショウの口から漏れた。


 ミノタウロスの群れがショウの目と鼻の先まで迫った瞬間ーー展開していた特大魔法が発動する。さっきまでミノタウロスの群れで溢れていた後方のあたり一面が焦土と化した。


魔族(アイツ)らは人間の姿をした魔物だよ。魔物は魔物として、処理しないと」


 肉の焼ける臭いが、妙に鼻にこびりついて離れなかった。

ノズたちが、やっとカナメが生きてることを知った回でした。

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