他人が言う〇〇に似てるって、だいたい似てない
「チェスー頑張れー」
「負けんなよー!」
「ウォルナット様ー!応援してます〜」
「どっちも頑張れー」
会場のあちこちから老若男女問わず声援がとぶ。
ウォルナットさんの応援は女性の声が多いように聞こえるけど、全体的にはやっぱりチェスナット推しみたいだ。健闘を願ってウォルナットさんも応援するってスタンスのように感じる。
今は、さっきの成人の儀でチェスナットに闘うよう命令した認定を受けてからだいたい30分後。
人数も200人以上いるので場所を移動しただけって感じ。通りがかりの魔族の会話によると、ここは訓練所と呼ばれてるようで、がらんと開けた空き地に固めの土が敷かれてて……学校の運動場みたいな所だ。
この様子だと魔族達は一騎打ちの勝敗がつくまで見守るつもりらしい。
想像してたよりも殺伐としてなくて、まるで近所の運動会を応援するような雰囲気だから拍子抜けする。各々気楽に応援の声をかけながら邪魔にならない位置に座り込んで自由に飲み食いしているしね。
当の本人達は、儀式用の服装から戦闘服に着替えているところ……いや、チェスナットは着替え終わって中央で仁王立ちしてるんだけど、ウォルナットさんが更衣室みたいな小屋から出てくるのを待っている状態。
私も来る途中で重ね着してた着物を脱いで、寝起きに着ていた女性服だけになっている。
聞けばこの服、チェスナットのお母さんの遺品らしくて、無料でくれるらしい。
チェスナットってこういうとこ気前がいいよな。
正直ゴミ袋ひっくり返したようなお馴染みのあの服も限界を迎えていたから助かる。上等な物らしいからチェスナットのお母さんには申し訳ないけど、ありがたくちょうだいする。
「いやー、まさかあのウォルが、チェスナットに挑むなんてなー」
「考えもしなかったぜ。初血の相手の願いじゃなきゃ、実質実現出来なかったもんな」
「そうなの?」
つい、隣に座って雑談する魔族達に横槍してしまった。確かさっきチェスナットの家に来てたコーンと呼ばれてた人と、同じ年齢層の青年の2人だ。
「俺たち魔族は、同族の殺し合いにゃ条件があるんだよ」
出た、条件。
何でもかんでも条件付いてるな。
「それに、どんな理由があっても同族殺しは大罪だからな」
「殺しの事実が発覚すれば全員が同族殺しの敵になる」
「名賭けの闘いも、普通は同郷同士じゃ認められねーんだ」
「へー」
もともとコーンが話してた相手も加わって説明してくれた。
なんとなく不殺を謳っていたエルフと似てる。
いや、もちろん現代人の私にとっては、人殺しがダメって普通なんだけどさ。
こっちの世界、人殺しが横行してるみたいだからね。その観点でいくとワザワザそうやって種族内でルール化してるのは珍しく感じてしまう。
「どんな条件ならいいの?」
「引き継がれた長の家系が途絶える時、それから今回みたいに誓った相手が望んだ時くらいだろうな。他にあるか?」
「他は思いつかねーな。そもそも初血の相手が生き残るなんて伝説みたいなもんだったしなぁ」
「へー」
なるほど。
実質前者しか例外がないってことか。
初血の相手の願いによる今回のような闘いは、かなりレアケースってことね。
「まあでも、実際にゃ先に言った条件にも議論の余地有りだな。チェスが死んだ場合、困ってたろ」
「そうだな。だから誰かがいつか、こうしなきゃいけなかったんだろうけど」
「この形で引き継がれるなら、こっちの方がいいさ。神の子に手を下すなんて誰もできねぇだろ?」
今回の場合、チェスナットが死んでもマルローンが居る。魂がないけど一応は途絶えないから、チェスナットが村長の時点では条件を満たせない。だからと言ってマルローンに引き継がれると、半分神様扱いしてる子には手出しできないから困るってことか。
「それもこれも、アイツに勝てるならって話だけどなー」
「だよなぁ。誰が挑んでもチェスが負けるなんて想像できねー」
確かに。
戦えたとしても、勝たなきゃ意味がないよね。
「あいつ強すぎるからなー。俺ぁ勝てる気がしねぇ。だから今回の条件は、思いついたとしても俺なら挑戦する気も起きなかったな」
「違いねぇ」
コーンの言葉にもう1人の魔族が首肯しながら返す。
「ウォルのやつは、戦場に行ったことねーから知らねぇのかもな」
「いやいや、あいつがそんな無策には思えねぇぞ?」
「それもそうだな。知恵は働くやつだからなー」
そうだよねぇ。この闘いに誘導した以上、ウォルナットさんはチェスナットに本気で勝つつもりでいるはずだ。
確か、チェスナットが名賭けの闘いについて説明した時、だいたい奪われる側の相手は死ぬって言ってた。勝つまでするってことは、どっちかが死ぬ可能性が高い……。チェスナットに死んでほしくないのはもちろんだし、ウォルナットさんに死んでほしいわけでもない。
やっぱり私、やらかしちゃったよなぁ。マジでこの闘いでどっちが死んでも心のダメージがでかいんだけど。
「なに暗い顔してんだ?」
ビールコップのようなものを両手に2個持ってきた魔族のおっさんが話しかけてきた。チェスナットの家で目を潤ませてた年長者っぽいおじさんだ。
「いや、まあ私のせいで闘うことになっちゃったから……」
「あぁ、まあ、あの流れはしょうがねぇよな。あの言い方は、チェスのヤローが悪いだろ」
あ、やっぱ私悪くないよね?
そこはちょっと味方になってくれてホッとするわ。
魔族の常識が違うんだと思ったけど、そう言うわけでもないのか。少しだけ気が晴れる。
「一緒に戦ったなら、仲間に決まってるだろ。だがな、チェス坊は……まぁなんだ、昔ちょっとあったんだ。許してやってくれ」
ふむ。
このおっさんがこう言うってことは、何かあったんだろうなってのは、分かった。
「チェス坊があんな風になっちまったのは俺たちのせいだからな。もうちっと言葉を選べるようになりゃ良いんだが……俺らの気づかねぇうちにも、色んなもんを抱えこんで、どんどん線引きしちまったんだろう」
「線引きか」
確かにあの反応は、意図的に線を引いて壁を作ってる感じだった。
「命が関係するから心配だろうが、もうこうなっちまったら誰も止められねぇ。これでも飲んで明るく見守ろうや」
一つ私に差し出してくる。
あ、これ最初から私用だったんかな。
「ありがとうございます」
中身は……やっぱり真っ赤な液体が入っている。魔族って赤い飲み物しか口にしないのか??おっさんはコップを手渡した後、私の足元にどっかりと座り込んだ。
……ここで焦ってもしょうがないか。最悪、危なくなれば怠惰スキルで間に入って食い止めればいい話だ。
おっさんの隣に同じように座って、渡された液体を鑑定してみる。
《ブラックホークの生き血:魔族の嗜好品。服用後5分間、物理攻撃力が中upする代わり回避力が小downする。連続服用の際は1時間のディレイタイムが必要。ただし、摂取過多になると気絶状態になる※魔族限定》
ヒトの私が飲んでも毒はなさそうだ。けど、これも飲み過ぎると魔族は気絶するんだな、マジで生き血って魔族にとって酒ポジじゃん。
一口飲んでみると、ウォッカのような味がして、喉がカッと熱くなった。
お酒っぽいけど、酔いそうにない。不思議な飲み物だ。
隣でゴクっと飲んだおっさんは早速顔を赤らめてる……魔族はこれで酔うみたいだ。羨ましい。
「ご主人、無理して飲まない方が良いよ?」
ダークが戻って来て後ろから声をかけてくる。しばらく見かけなかったけど、どこ行ってたんだろ。コップの中身に若干青い顔になっている。
そして当然という感じでおっさんと私の間に無理やり入り込んできて座り込む。
「うん、まあ無理はしてないから大丈夫。これも体に毒じゃなさそうだし。鑑定だと、味はちょっとお酒ぽいけど、ヒトは酔わないみたいだね」
「……そう」
ダークは簡潔に答えると、視線を逸らして私が飲む姿を見ないようにしている。
よっぽど血が苦手なんだなー。
「エルフの坊主、そういやお前さんの名前を聞いてなかったな。あの土魔法の塔はお前さんがしてくれたんだろ?礼が言いてぇ」
横に割って入られたけど嫌な顔も見せず、カラッとした態度の魔族のおっさんが、ダークに話しかけた。
「……ダークです」
ダークは視線も合わさず何でもないようにサラッと答えてるけど、私にとってはドキドキものですよ。
うー……名前を、早く変えてあげたい。
「ダーク?すげぇ名だな。呼び名か?」
ただ、まあ、そこはチェスナットと同じ大雑把な性格の魔族、特に偏見のような嫌悪の表情は浮かべなかった。戸惑っているって表現が適切だろうか。
「まあ良い。呼び名なら、俺ぁアセビっつーんだ。本当はもうちっと長いけどよ、お前らは覚えるの大変だろうからな」
おお、この魔族のおっさんは理解があるな。
「カナメもダークも、先の戦いじゃ世話んなった。あんな災害の起きた後でも、ダークは魔法で聖騎士を捕まえて鎧まで剥がしきってくれたらしいじゃねぇか。ありがとう」
そうなんだ?
そう言えばその顛末は詳しく聞けてなかったけど、精気の塊が表に出ても動じずに聖騎士を捕まえたってことなのかな。
「どんな事情があったかは知らねーが、チェス坊を助けて、俺たちの故郷の危機を救ってくれたのはお前らだ。この村の魔族は皆、感謝している。いつでも俺たち魔族は、カナメとダークの味方だから頼ってくれ」
言葉と共に差し出された大きな手をダークは視線すらよこさずスルーしてるので、代わりに私が握手しておく。
あんまりな態度だから一瞬ヒヤッとしたけど、アセビのおっさんはダークの反応に「流石エルフだ」って小さく呟いて苦笑いをしている程度。セーフだな。
この世界のエルフの立ち位置を垣間見た気がする。こう言う挨拶をスルーしがちなんだね。シーダーさんは良いやつだったけどなぁ。その他のエルフはあんま関わる機会がなかったから実際のところどんな集団なのか分からない。
あんまり良くないから、後でダークに人類のあいさつの基本をちゃんと教育せねば……。
「おお、そういやエルフにゃ、飲みもんはアレのが良いな。おーい、トトナヅの実を持ってきてくんねーか」
近くにいた別の魔族にそう言って注文すると、数秒でココナッツみたいな両手で抱えるほど大きな木の実が持ってこられる。ボウリングの球くらいの大きさだ。
アセビのおっさんは慣れた手つきでその実に小さく傷をつけ、太めのストローみたいな枝を刺した。
「ほら、これなら飲めるだろ」
「……ありがとうございます」
明らかに口だけの感情のこもらない声でダークが木の実を受け取った。
棒読みの感謝の言葉……相手によっちゃキレられるぞ、ダークよ。まあ、感謝してるだけ良しとするけどさ。こう言う年頃ってあるし、アセビのおっさんも嫌な顔してないしな。
そう考えながら私が多めに見てやっていると、一口ちうと吸うダークの眼が輝いた。
この反応……美味しかったみたいだね。
ギュッと木の実を抱えてストローから口を離さなくなった。
吸い上げた液体をちょっと頬に溜めてから飲み込んでるらしく、ぷくっと膨れるほっぺが愛し過ぎる。あー、小動物みたいで可愛いー。
私と同じように、アセビのおっさんもダークの反応を見て幼い子供に接する時のような優しい目を向けている。
「はは、気に入ったみてぇだな!」
「…………この実、僕は知らないんですけど。森に生えて無いんですか?」
数秒間堪能したダークが、不思議そうな顔をしてストローから口を離して尋ねた。オレンジの瞳に初めてアセビの姿が映される。
意外だ、ダークの知らない木の実があるらしい。
「そうだ。これは塩の湖だけで採れるからな。あそこは森じゃねえからエルフも知らねえだろうさ。大地の種別が荒野だからな」
「……なるほど」
「へー」
荒野で生える木の実なのか。私の知るココナッツの生態とは違うのかもしれない。
そう聞くと、ダークの知識は森限定なんだなぁとわかるね。森の知識がほぼ万能だから不便はなかったけど。
「ダーク、お前さんはもう成人はしたのか?」
チウチウ吸いながらコクリと頷くダーク。
そうなのか!
でも、私の知ってる成人とは多分違うんだろうな。
魔族とエルフは体の構造的に似てるらしいし、今回のチェスナットみたいに成体になった時点で成人っていうのかも……ん?
「いや待って、ダークも血を吸うの?!」
「は?」
私の言葉に、ストローを外して冷たい視線を向けてくるダークさん。
冷たい態度で違うってわからせてこないでほしい。その目、怖いって。
「そんなわけないでしょう」
「そ、そうよね、そんなわけないよね。良かった」
少しだけホッとする。
「がははは、魔族とエルフはよく似てるが一緒じゃねぇ。特にエルフは一緒にされるとこんな感じで怒るから言動には気をつけた方がいいぜ」
「別に、怒ってません」
「そうかそうか」
言いながらアセビのおっさんがワシワシとダークの頭をフード越しに撫でた。
手の力が強すぎるのか、ダークの首がカクカクと揺らされる。
まあでもされてるダーク本人は満更でもなさそうな表情だ。意外とワシワシ撫でられるの好きなのかもね。本気で嫌なら拒絶してるだろうし。
でもこれ、されてる最中に私の腕に咄嗟に触ってくるってことは、そこそこダメージがあるのか?
あ、触れてしまった時に感染の呪いが発動しないためかもしれない。
「成人したなら、坊主はあと何回だ?」
一頻り撫で終えたおっさんは、ぐびっとコップを煽った。
「2回です」
「おお、じゃあ、あとちょっとじゃねーか」
「でも、なかなか機会が無いです……」
そう言ってチラッと私の方を一瞥してくる。
ん?なに?なんの回数?
「確かに、この人にゃ期待できねーだろうな!もっとメソメソしたやつを見つけねーと」
メソメソしたやつ?何の話?
確かに私はメソメソとは程遠いけども。
「いえ……ご主人が良いんです」
私の手に重ねられたダークの手の力が、一際強くなる。
少しだけ心臓が跳ねた。
ん?いや、会話の内容は全くわからんけどね、手を握られてちょっと驚いたのかな、私。ダークが手を繋いでくるのはいつものことなんだけど……自分で自分がよく分からない。
「気長に待ちます。特にエルフは魔族と違って害もないですし」
そう言ってダークは、再度ストローに口をつけて、チェスナット達の方を見た。
「そうか。確かに誰でも良いってわけじゃねーよな。俺たちだってそうさ。……そうでありたかった」
アセビのおっさんは、言い終わらないうちから同じように視線をチェスナットの方へ向けたけど、更に遠くを見ているようだ。まるで叶わなかった夢を思い出すかのような、虚ろな表情。
「……チェスは、運が良かったなぁ」
そう言って何かを飲み下すように生き血の入ったコップを再度煽った。
「ねぇダーク、何を待つの?」
「…………」
話についていけないから聞いてみたんだけど、無視された。代わりに私の肩に頭を預け、手をしっかり繋いでくる。
……これは、話してくれない時の反応だなぁ。
と、思ってると私の周囲が唐突に暗くなった。
見上げてみたらチェスナットが無言で何か言いたそうに見下ろしている。
「あ……チェス、怪我しないようにね」
私のせいで戦うことになったし、罪悪感が半端ないけど、ひとまず声かけをしてみる。
すると、チェスナットが眉間に皺を寄せて無言のままポンと私の頭に両手を乗せてきた。
ん?何?
と思ったのも束の間で、ぐわしぐわしと頭を掻き混ぜられる。
「わ、え、ちょ、なに?!」
微妙に痛いし!
一頻り頭を掻き混ぜ終えると、私の肩にポンと叩くように片手を置いてウォルナットさんを振り返った。
「ウォル!こっちは準備できたぜ」
は?
「こらチェス!私の頭かき混ぜるのは準備じゃなかっただろ!」
「俺が提示するか?」
「私がしますよー」
おい、スルーすんな。
のんびりしたウォルナットさんの返事を聞きながら、チェスナットの若干腐りかけていた腕の皮膚が治っていくのが目に入った。
ああ、チェスナットが私のところにきたのは呪いを解除するためだったのか。
それにしても、髪をぐっちゃぐちゃにされたのは何だったのか。よく分からん。
せっかくダークに綺麗って言われたからそのままにしてたのに。後でまたウォルナットさんにやってもらおうかな。
心の中で文句言いつつ、四方八方に立ってる髪を手櫛で撫で付けておく。
「提示って?」
「名懸けの闘いは血を捧げて、誓いを互いに刻むんだ。その血を捧げる役目だな。闘いに均衡をつける提示もするからそう呼ぶんだ」
ウォルナットさんの方を見ていて反応しなかったチェスナットの代わりに、アセビのおっさんが疑問に答えてくれた。
「闘いに、均衡?」
普通に闘うわけじゃないのか?
「俺たち魔族は殺し合いがしてぇわけじゃねぇ。そしてサシ勝負、特に名賭けの場合は公平さを重要視するんだ。誓いを捧げる大地と神の前には平等っつー精神で闘う。だから力の差がある格上は、ハンデをつける」
「えぇ……なんでわざわざ……」
「それが自分のためでもあり、相手のためでもあるから、としか言えねぇなぁ。そう言うもんなんだ」
言語化されても理解が難しいわ。
歴然としてあった技量差をなくすってことは、それって寧ろ闘いが泥沼化されて完璧な殺し合いになるってことじゃん……。そんなのが大事だなんて、よく分かんないな。
アセビの解説を聞いてる間に、ウォルナットさんがサクッと手を刺して血を地面に滴らせて何か言葉を発している。
どーでもいいけど魔族ってすぐ自傷行為するよな。あれ痛そうだよ?よく躊躇いなくサクサク刺せるよね、私は無理だわ。
「俺の方が格上だから、5秒ルールくらいにしとくか?」
チェスナットの投げかけに、ウォルナットさんは笑顔のままうーんと悩むように顎に血だらけの手を当てた。
「5秒ルールって?」
「5秒毎にチェスナットが行動停止するってやつだな」
アセビのおっさんが答えてくれる。
「え。それ、かなり不利じゃん。大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫だからチェスは言ってんだろうがな。よくあるルールだ。行動停止っつっても攻撃しないだけで防御はするからな。もっと格下相手なら3秒ルールになる」
「ふーん……」
チェスナット大丈夫かぁ?余裕ぶっこいて痛い目みない?
ソワソワと私がチェスナットを見遣るけど、本人は涼しい顔でウォルナットさんを見ている。
ぱっと見は先ほどの成人の儀ほどキレてなさそうだけど、殺気立ってる空気は伝わってくる。
さっきから私の言葉に返す余裕がない程度には、どこか張り詰めているし、チェスナットが触れた肩がピリつく。
「ねぇ、これもう一個ありませんか?」
この空気をオールスルーしてみせるダークは平常運転だ。隣にいるアセビさんにもう一個木の実をせがんでる。
「……まあ、そうしてもらえるなら、お願いしますー。でも、チェスくんは呪いもありますし、戦闘中は解呪しにカナメさんのところにいかないって条件だけでも結構ですよー」
その返しに周囲の方が慌てるように騒ついた。
「んなの、実質条件ねーじゃねぇか。やけに自信たっぷりだな」
後ろにいた魔族へダークのためにもう一個注文し終えたアセビさんが、怪訝な顔で言葉を発した。
「なめやがって……後悔すんなよ」
チェスナットが額に青筋をたてながらそう呟くと、私の肩から手を離してウォルナットさんの方に歩いていった。
うーん、チェス、ちゃんと冷静?
大丈夫じゃなさそうなんだよなー。ウォルナットさんの掌の上で転がされてる感が否めないよ。
「ダーク、どう思う?」
「この木の実の種が欲しいです。どうにか改良して森で育てたいなって思ってるところです」
いや、そっちの話じゃないんだが。
よっぽど気に入ったらしい。
「ね、一口ちょうだい」
「はい」
ダークが向けてくれたストローを吸うと、ココナツミルクとサトウキビとヨーグルトを足して割ったような、限界まで甘いどろっとした液体が口の中に入ってきた。少し酸味も効いててヤク◯トに近いかも知れないな。
「甘っ!あっま!甘いけど確かに、美味しいね」
「ご主人もっといる?」
いい子だ、お気に入りのくせに丸ごと渡そうとしてくれる。こういうところは情操教育の必要性を感じさせないんだけどなぁ。
何がいけないんだろ。基本はできてるはずなのに、ちょっとズレる時があるよねぇ。
「ん、あぁ、いや、私はこっちを飲むからいいよ。ありがとう」
子供から物を取るつもりはないし、一口ならいいけど沢山飲むには甘過ぎる。
そういやダークってよく甘い実を食べてるな。本人自覚なさそうだけど、かなり甘党だよね。
私は甘いものも嫌いじゃないけど、どちらかというと、いま手に持ってるウォッカっぽい生き血の方が飲みやすい。ちびちびと甘くなった口内のお口直しに飲むけど、酔わないのがもったいないところだ。
あー、本物の酒飲みてぇ。
「にしても、チェスは何で私の髪ぐちゃぐちゃにしたんだ?」
「似てたからじゃねーか?」
私の疑問にアセビのおっさんが答えてくれた。
「俺らも実はお前さんが成人の儀に現れた時、似てたから驚いたんだ」
ああ、あの不自然などよめきのことか。
「誰に?」
「ステルトリア……チェス坊の姉さんに似てんだよ」
「へー」
まあ、魔族は髪黒いしな。
こういう、誰々さんに似てる発言、本気にしちゃいけない。特におっさんの似てるって言葉は宇宙一信用ならない。
おっさん達はきっと、目が二つあれば人間で、髪型でしか把握してないはずだ。時々男か女かの区別すらも怪しい感じで似てる発言してくるからな。
事実、髪型変える前に部屋に入って来た魔族のおっさん達は何も私に対して反応を見せなかったし。あの様子だとチェスナットも然りだろう。だから、顔は似てないけど、髪型が似てたってことだと解釈しておく。
「さあ、いよいよ始まるぜ」
始まっちゃうのか。
チェスナットのことだ、私には見えないスピードで動くんだろうなー。
「ダーク、感知共有してくれない?」
いざとなったら横槍しなきゃいけないし。
「多分、3秒くらいで終わると思うよ」
え?そうなの?
疑問符を浮かべてるうちにダークが感知している内容が共有された。
私が見ているものとは別の感覚……ダークの見えている視界と、何かよく分からないけど力の流れみたいなオーラが分かる。多分このオーラが魔力ってやつだ。
ちょうど感知が共有された直後、チェスナットがすっと身体を若干屈ませた。
「っ!」
次のコンマ1秒後にはその場から消え、数メートル先にいたウォルナットさんに襲いかかっていた。ウォルナットさんが正面で構えた剣でチェスナットの攻撃を三度弾く。
カ!カキンッガカッ!
金属の当たる音が遅れて耳に届いた。
はっっっやっ!怠惰スキル起動してなかったらダークの研ぎ澄まされた感知スキルでも追いつかないじゃん!
で、三撃目の弾かれた反動を利用してウォルナットさんの真上に飛び上がるチェスナット。後ろに回ってウォルナットさんに攻撃するのか?
チェスナットが着地し、ウォルナットさんの背中を横薙ぎに再度切り込もうと踏み出した、その時ーー。
「なっ?!」
ズルッベシャッ!
チェスナットが見事に滑って転けた。直ぐに起きあがろうとしたところで、静かにチェスナットの喉元に剣先が突きつけられた。
「はい、私の勝ちですねー」
まるで最初からそうなると分かっていたように、いつもの間延びした声が勝利を宣言した。
「「「…………」」」
あまりの結末に、周囲は私も含め、ただ呆然とする。ただ一人、冷めた視線でジュースを啜るダークを除いて。