儀式って、リハーサルした方がいいよ
そろそろ式も終盤かな。
綺麗に晴れ渡った青空の下、たった数日の準備期間とは思えないほど飾り立てられた広場には魔族の人たち総出で式の進行を見守っている。
和やかに順調に進められるこの儀式とは対照的に私の胸中は穏やかじゃない。私が空気読まない人間だったならこの場で問い詰めているレベルだ。一刻も早く確認しておきたいことがあるんだけど……。
この際、私たちがチェスナットの家から出た時にあがった不自然などよめきも、つい先ほど儀式の途中でついた私を馬鹿にしてるとしか思えない微妙な加護も些末なことだ。本当に。
もはやこれらは私に直接危害がない点で言えば気になる程度だからスルーで良い。
そう、この成人の儀……私の知ってる、とあるものに似ているのである。
現状私はジッとしとくだけでいいって言われたので、広場の中央にある椅子に人形のように座ったまま待機している。
つい先ほど、この懸念に気づいたことを振り返ろうか。むしろ別の案も出て冷静になるかも知れないからね。
この成人式、私はぶっちゃけ暇だった。まあ、当事者と言ってもメインはチェスナットだから観客みたいなもんだし。それは良い。
魔族の成人式ってこんな感じなんだなーと、ぼんやり他人事として眺めていた。
私の成人式は、明け方に美容院に行って振袖着るのめんどくさかったなーて記憶だ。
しかも、そんな気合い入れて出席したものの、式自体は市長さんや初めて見た偉いらしい人たちがペラペラ長いこと喋ってたなーって程度。内容に関する記憶はほぼゼロだ。
あれってさ、成人式の会場で小学校から高校までの顔馴染みに会うのがメインイベントだよな。仲の良い友達とまではいかなかった元クラスメイト達の変化が知れて面白いよね。で、お偉いさん達の話聞くのは正直無駄な時間だった。
当然ながら今見ている魔族の成人の儀は、ぼんやりと覚えている私の成人式なんかと全く違う。
確かに違うんだけど……見たことはあるんだよ、これ。別の儀式に近いというか……既視感がある。
こういうのあるよね、何だっけ。と思い出すために周囲を見渡してみた。
綺麗な白い花で飾られた庭園のような広場、観客もとい魔族達は私とチェスナットが目立つように控えめながらも正装と伺える独特の民族衣装。
そして目の前にいる司祭らしきお爺さん魔族。
衆目の前に主役の男女が並んで、その2人の正面には司祭、傍に証人役のウォルナットさんと続く。
そんな会場で厳かに主役が一生の誓いを捧げる……。
そう、お気づきだろうか?この構図、結婚式に似てるんだよ!
なんだー、結婚式かー、スッキリしたー!てなったのは一瞬だ。
気づいたんだよ。この場合、私とチェスナットが結婚する形だってことに。いや!違うと信じたい。
信じたいんだけども、考え始めるともうこれ、結婚式にしか見えないんだよ。
ピアスを付けられたのが指輪交換で、その後に私の頬にチェスナットの頭をくっつけられたのも、誓いのキス的なポジションに捉えられなくもない。あの動作にどんな意味があるか、全く分からないけどさ。
これほんとに成人式なんだよね?
成人式で合ってるんだよね?!
やっぱもう一回考えても結婚式にしか見えなかったわ!
多少強引でも、この場でチェスナットに問いただそうか?あーでも余所者の私が、儀式をぶち壊しにするわけにもいかない。
結果的に、ソワソワしつつ終わるのを待つ。
「ーーもそもそ、もそ」
「誓う」
「もそそーーもそ」
「誓う」
しかも、さっきからこの司祭が何言ってるか分かんないんだよ!
これが余計に私を不安にさせているとも言う。
チェスナット、本当にこれ聞き取って言ってるか?ちょっと食い気味で言ってるし、適当に誓う誓うて言ってない?詐欺に遭ってない?大丈夫?
私が混乱してる間にも儀式は次の段階に進んだようだ。チェスナットより小さめの魔族の子がとてとてと花の輪っかを持ってきてしゃがんだチェスナットの頭から首元へかけてあげた。
こういうの結婚式でありそうだな……て、さっきから答え合わせさせられてる気分。
どうでも良いから早く終われぇ!
「それでは、この場を代表しまして私が此度の成人の後見を努めます。病めるときも、呪いを受けようとも、死を受け入れるその時まで全うするためにその誓約を刻印せよ」
これは横に控えていたウォルナットさんの言葉だ。
今は長い髪をギュッと結い上げていて、涼しげな切れ長の目で私たちを見下ろしている。格好は中性的な服装だけど、男らしさが際立つ顔立ちだ。
言葉は結婚式風だけど、逆にちゃんと聞き取れる言葉に安堵してしまう。
で、言い終わると一歩前に出てくる。ウォルナットさんの手には鉄の塊のような短剣がある。儀式用にしては少し武骨にも見える剣だ。
チェスナットが無言で片膝をついた体勢のまま、恭しく受け取ると、流れるようにサクッと自分の左の掌に深々と突き刺した。剣先が貫通して手の甲までいっている。
「えっ……ちょ、え、大丈夫?!」
まさかここで自傷行為をするなんて予想してなかったから、思わず立ち上がってしまった。
私の声かけに、視線のみで静止させる緑の眼は、何でもないと言わんばかりに不敵な色を残している。
そして、剣を突き立てたままチェスナットが口を開ける。
「汝の血に応え、我が命を三度望みの代価として捧げる。望みを叶えし時まで我が力が汝に属することを誓う。大いなる景色を懐く精霊よ、創世の三柱に名を連ねる我らが祖、ニゲラの元へこの誓約を届け給へ」
チェスナットがぼたぼたと血を地面に滴らせながら滔々と祝詞のような言葉を述べた。
よくそんな長いセリフを噛まずにスラスラ言えるなぁ。なんて、近所の子のお遊戯会を見ている気分で眺めていると、地面に滴ったチェスナットの血が巻き戻しのように地面から浮かび上がり、チェスナットの右手に吸い込まれた。
そして、右手の甲には見覚えのある赤い紋が浮かび上がる…………待ってこれ、嫌な予感がする。
「まさか、これって……」
ピキーンと頭に響くシステム音。
この音、一度だけ聞いたことがある。
あー……どうやら嫌な予感が的中したようだ。
《隷属化した者がいます。各項目にチェックを入れてください》
だぁぁぁあ!やっぱりか!!
このシステム、チェスナットを奴隷扱いしてるじゃん!
隷属者一覧、ダークの下にチェスナットの名前が表示されてしまったよ……。
ただ、パッと出てきた項目チェック欄は、ダークの時とは違って無いに等しい。チェック欄にあるのは空白の欄が三つのみ……自由記述形式になっていて、それ以外には何も操作できない。
一応、ダメ押しの確認として隷属者欄からチェスナットのステータスにアクセスしてみる。
名前:チェスナット・・・・
種族:魔族(混血ヴァンパイア)
LV:67
称号:強欲なる掃討者
加護:精霊の加護、魔族の誓約
ユニークスキル:魔力操作LV3、感知LV3、精力吸収LV5、吸血LV2、HP回復LV4、拒絶LV1、強欲LV8
スキル:闇魔法LV5、斬撃LVmax、連撃LVmax、駿足LVmax、不屈LV2、飛翔LV3、身体強化LV8
HP:1573/6252
スタミナ:2450/2150(+300)
MP:958/958
物理攻撃力:11500
物理防御力:502(+2500)
魔法攻撃力:3012(+1500)
魔法防御力:890(+2500)
回避力:31580
テクニカルポイント:0
ああ、流石にダークと同じ隷属加護の表記ではなかった。
良かった……ん?良くないか。違いがよくわからん。
そして、聖剣の制裁対象の文字が消えている。
あ、よく見ると薄く残っている。一時的に制裁対象から外れているみたいだ。
勇者に隷属したからかな。
確かに聖剣の持ち主(予定)の仲間なのに、制裁対象は矛盾してるもんね……?
チェスナットも気づいたみたいで、翼をグッと広げ、腕を軽く持ち上げて動作確認をした。
ふむ、これでHPの回復制限もなくなったし、戦闘行為も出来そうだね。旅をするにしても、ここに残るにしても、これはチェスナットにとって朗報だろう。
「誓約は成された。それでは初血の相手であるカナメ殿に第一の望みを公表していただく。皆、心して聴け」
「…………は?」
私は声の主であるウォルナットさんを慌てて振り返った。
願い事っていつでもどこでも良いんじゃなかったの?!もしかして、嘘つかれた?!
「あの、願いはいつ言っても良いって聞いたので考えてなかったんですけど」
ここは素直に軽く片手を挙げて発言してみる。
実際何も知らされてなかったに等しいから、考えてない。
「なんでも良いから早く言え。お前の一つ目の願いをこの場の魔族が聞き届けたらこの儀が終わる。お前が何も言わねーと儀式が終わらねー」
コソッとチェスナットが立ち上がって言ってくる。
何偉そうに言ってきてるんだ、このガキは。
「ねぇ、チェスナット。私、さっきあんたに正座までさせて忠告したよね?ホウレンソウが大事って。こんな大事なことは前もって言ってくれないと」
そこでパチリと緑の眼が瞬きする。
「お前にとっては大事じゃねーだろ」
は?なにそれ?
ああ、ホウレンソウが私に関することだけだと思ったのね。まあ確かに私の伝え方にも問題はあったかも知れない。
「でも、あんたにとっては大事なことでしょうが!仲間なんだから私も知っておくべきに決まってる」
「オレ様とお前が、いつ仲間になったんだよ」
Oh……マジか、そこからか。そんなこと言うか。
心底不思議そうな顔しやがって。
仲間だと思ってたのは私だけだと?じゃあ私が怪我した時の心配そうな顔はなんだったんだ?あれは呪い解除器の状態が心配だったって?…………納得できるな。くそ。このクソガキめ。
そんな仲間とも思ってないような相手に自分の命を懸けて望みを叶えるつもりだとか、どんな神経してるんだよ魔族。感覚違いすぎて理解が及ばねーわ。
だいたい、望みってどんなものを望みって認定するのかすら知らないんだけど!
正直分からないことのが多いこの望み制度、ひとまずは当たり障りないことを言ってみるか。
「……じゃあ、前もって大事なことを言うってのを第一の望みにする」
「それはダメだ」
チェスナットが即答してきた。
「は?なんでダメなの?」
「それはオレ様の命に値しないからな」
「命に、値しない……?」
つまり、どう言うことだ?
命懸けに相当することを望みとして言わないといけないってことか?
でも何がこの子の命に値するかなんて、他人の私が推し量れるものか?誰が裁量を決めてんの?
正直、混乱中だ。
頼みの綱である解説役のダーク君は、ちょっと離れたところにいるから頼れない。今から呼び寄せようかなぁ。
ダークの方をチラッと見ると、適当な家の屋根に腰掛けて、つまんなさそうに脚をぶらぶらさせていた。こちらを見下ろしてくる表情は無表情だけど、どこか冷めた大人びたもの。
うーん、あの顔は消極的な雰囲気がするなー。
一応、目でヘルプミーを呼びかけてみる。
と、ダークが無表情のまま顎をしゃくりながら、ウォルナットさんとチェスナットを片手で順々に指差した。
あれは……ウォルナットさんの言ってたチェスナットとの対戦のことを意味してる?
出来ればそのことはもっと冷静に考えて、チェスナットに相談してから実行したかったんだけどな。
「…………じゃ、これはまだ一案だけど、ウォルナットさんとチェスナットが名前を賭けて対戦する、とかは?」
「…………」
チェスナットが一瞬意外そうな表情を浮かべて固まった。
そしてウォルナットさんを振り返って睨む。
「ウォルお前、また余計なことしたな?」
「私はチェスくんと魔族のためにしてるんですけどねー」
困ったような笑顔が、ちょっとだけわざとらしく感じる。
「ちっ、嘘吐きやがって!お前が俺や魔族のために動いたことなんか、一度もねーだろぅが!」
え。そうなの?
これは、もしかして私、ミスリードしてる?
私がチェスナットからウォルナットさんへ視線を移すと、傷ついたような顔が視界に入る。
「だが、お前のふっかけたその喧嘩、買ってやる。そろそろ俺の方もお前の好き放題やる態度に限界だったから良い機会だぜ。カナメ、その願いを行使しろ!名懸けの闘いはオレ様の命に相当する」
燃えるような深緑の瞳をギラつかせながら口角を上げて宣言してくる。
「いや、ダメじゃないかな?ねぇこれ、チェスが危険じゃない?」
ウォルナットさんは一見無害な良い人そうだったけど、チェスナットの言葉や反応を鑑みるに私の勘違いだった気もする。
一旦冷静に状況整理したいけど、チェスナットは頭に血が昇ってる状態で、あまり話をしてくれる気配がない。この展開が想定内としたらウォルナットさんはチェスナットに勝つ算段もつけた上でこの闘いに持ち込んでいる気がしてならない。
「カナメさんー、大丈夫ですよー。安心してくださいー」
コソッと私たちに聞こえる声量でそう言って、笑いかけてくるウォルナットさん。さっき浮かべていた傷ついたような表情はいつの間にか消えている。
「少しだけ誤解を与えることを言ってしまったことは謝りますー。でも、私がチェスくんを好きなのは本当ですしー、もちろんチェスくんを殺す気もありませんー。万が一戦闘でチェスくんが死ぬようならー、私も死を選びますー。約束しますよー」
いやいや、そんな約束されても安心できないんだわ。
私の願いのせいで2人とも死ぬ可能性あるとか、責任が重大だからね?
のんびりとした調子でえらい内容を言ってくるもんだ。
「じゃあ、チェス、私が2人とも死なないように闘うことを願ったらどうなる?」
「それは名懸けの闘いにならねーし、価値がねぇ。条件から外れる」
「……そうなんだ?」
これ、一番の問題は、私がチェスナットの命に値する条件ってのを知らないことだよな。でも、ゆっくり教えてもらえる雰囲気でもない。
「早くしろよカナメ。お前はオレ様達が死のうが関係ないだろ」
「あんたねぇ……さっきからそれ、地味にムカついてんだけど」
「あ?」
不審な顔して見上げてくるチェスナット。
「死んでどうでも良いやつなんかのために、3000人以上敵に回す作戦に協力するわけないでしょうが!私はあんたが勇者にやられてる時、多少の危険を冒してでも助けたし!その後もなんとか魔族を助ける方法がないか必死だったって言うのに!死んでも関係ないとか、その言い草はなくない?!」
「それはお前も景色を好きだからじゃねーのか?あの時はオレ様が動けるようになった方が戦闘に有利だろ」
んなわけねーだろうが!
いや、確かにその算段もあるにはあったけど、根底が違う!大前提が違うんだよ!
言い返してやりたいところだけど、心の底からそう思ってそうな反応で、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「私はこうやって話して、ある程度気安い仲になった相手が目の前で死ぬとか、それが誰であっても嫌なんだよ」
「…………なんだそれ。自己満足じゃねーか」
自己満足?
自己満足か、そうだな。
確かにそうだけどさ。
「死んだらもう話せないじゃん!寂しいでしょ」
「…………」
翠の瞳が少しだけ翳る。
「仲間でもない人間が死んだって、寂しくなんかねーだろ」
何でだろうか、あと一歩のところで通じてない。どんなに打っても響かない壁がある。
チェスナットと言葉を重ねるごとに、モヤモヤとしたものが胸に溜まっていく。
あー、もう、これダメだ。感情に任せちゃいけないって頭ではわかってるのに。
仲間じゃない発言の時から内心かなり苛立っている。
「……だったらもう知らない。ウォルナットと闘うなり、好きにしな」
私の言葉に呼応するようにピコーンと音が鳴る。
《隷属者チェスナットに魔族ウォルナットと誓約の闘いを行うよう命じました。以降決着がつくまで変更は不可》
……う、命じてない……のに。
やっぱちょっと、良くなかったよな……。
後悔は先に立たずだった。