誰もが心の中でピコピコハンマーを抱えている!
ウォルナットさんの言葉に、ポカンとしてしまった。
声音が変わったことに加えて、言われた内容も予想してなかったからね。
えっと……何って言ってたっけ。
「闘う……って、ん?チェス……ナットと?」
私の投げかけに、目の前のウォルナットさんが無言で頷く。ツヤツヤの髪が動作に合わせて揺れた。下を向いて髪に隠されてるので表情は見えない。
まあこの人がわざわざ言うなら、ただの闘いじゃないんだろう。
「……闘いってさ、もしかして名前を賭けるやつ?」
「よくご存知で」
魔族が闘ってまで手にしたいと思ってて、景色の他に大切にしてることは知らないからね。
「一応、理由を聞いても?」
「このままだと困るから、ですね……色々と」
ウォルナットさんが眉尻をハの字に下げながら顔を上げた。声のせいか、少し男っぽい顔に見える……いや、さっきと同じ顔なのかな?なんか違和感がある。全体的に服の上からでもゴツく見えるし。
で、ひとまず見た目の違和感は追及せずに、話してる内容について思い返す。
困るって、このままだと何が困るだろうか?
初血の相手という特殊ルールがあるかも知れないけど、こっちはよく分かんないから、一旦考慮外として。
チェスナットはこの村の村長だ。
けど、私と一緒にマルローンの魂の欠片探しでここを離れることになる、はずだ。多分。本人が行きたがってたからね。
ただ、チェスナットが私に同行するなら村長交代は必要だろう。
精気の塊のせいで休戦状態になってるとはいえ、こんな不安定な状況でリーダー不在は良くない。
でも、停戦協定なんて、きっと何ヶ月も調整が要るよね。よく知らないけどさ、歴史とかニュースを見てる限りそんな感じがする。
とは言っても、私が解決するまでここで足止めを喰らうわけにもいかない。これから何をすべきか、何が出来るのか漠然としているけど。この世界にいるからには何かしら勇者として果たすべきことがあるはずだろう。
それに側から聞く限り、ウォルナットさんは本家の直系らしいから、次の村長として血筋的に申し分ないだろう。
まあ、私がこんな前向きに検討してるのは、この人が偽りなくチェスナットのことをすごく好きな人だという前提があるからなんだけど。
この目覚めてからの数時間、魔族たちの会話や本人の態度を見聞きした経験から、ウォルナットさんは本気でチェスナットと殺し合いをしたいわけじゃなく、何らかの理由があってチェスナットから先祖の名を受け取りたいはずだと推測できる。
チェスナットも、名前を賭けた勝負は条件を満たせば殺し合いにはならないって言ってたし。
と、ここまで考えると村長交代は必要だし、これと言って悪い要素はない気もする。
ただ……引っかかる。普通にチェスナットに直接申し込んだらいいんじゃないのか?
何故わざわざ私を介するのか。その理由は?
私が、答えを出せずに戸惑っていると、突然外が騒がしくなった。
「お前ら何でここにいるんだよ!!何で勝手に戻ってきてんだ!!一体何のために俺が……ーー!!」
チェスナットの怒鳴る声が聞こえてくる。
私と接触してないから他の人には聞こえないと思うんだけどな。声を聞く限り、それにすら気づかないくらい頭に血が昇ってるようだ。
で、この怒鳴り声をかき消すくらいに、ワッと沸き立つ歓声も起きている。おっさん達ばかりなら聞こえないはずの黄色い歓声……複数人の女性の声も混じっている。
深刻な雰囲気では無さそうだけど……気になるな。
「ふふ、間に合ったみたいですねー。チェスくん、喜んでくれてるかなー」
さっきまで真剣な様子だったウォルナットさんが、元のおっとりとした可愛い声と照れた笑みをこぼしている。
片膝ついてしゃがんだままの姿勢で笑っている顔は、元の女性らしい表情だ。やっぱり、さっきと微妙に違う気がする。
「くそ!やっぱりウォルが勝手に指示したんだろ!あいつ!!ふざけやがって!!」
バンッ
声が聞こえるとすぐに、家のドアが乱暴に開けられてチェスナットが入ってきた。
流石、儀式用の服だ。
さっきまでのシンプルな服装とはかけ離れて、黒地に赤と金の刺繍がゴテゴテに入った羽織りやキラキラの飾り紐、金属のアクセサリーを身につけている。
でも、なんかちょっと昔の田舎のヤンチャなやつらの特攻服に近しいものを感じる……いや、確かに派手ではあっても、ちゃんと民族衣装なんだけど。これはチェスナットが着てるからだろうな、ヤンキーの服って印象が強い。
これでこいつの髪が金髪だったらマジのヤンキー……。
で、そんな華やかな中でも黒っぽい装いとは対照的に、顔は蒸気が出る勢いで真っ赤だ。
入ってくるや否や鋭い目つきでウォルナットを睨みつけるチェスナット。
「おいウォル!お前、何で帰るどころか女どもを呼んだんだ!!ふざけんなよ?!」
玄関を開けて開口一番怒鳴りつけた。
怒鳴られた方のウォルナットさんは、いつの間にか立ち上がってて、ニコニコ顔でいる。
…………うーん。
部外者の私が割って入るか悩ましいけど……一応言うか。
私はチェスナットに向かってコショコショ話をする時の体勢をとる。
「あのさチェス、多分あんたの声、聞こえてないと思うよ」
まあ聞こえてたとしても、顔を見る限りウォルナットさんの反応は変わらない気もするけどな。
私の言葉にチェスナットがこちらを見て、一瞬眼を開いてピクッと固まった。
そして私とは真逆の方向にグリンと首を回してそっぽを向く。
ん?何、なんかあったのか?
チェスナットの見た方向を見るけど、ただの空っぽの棚だ。
で、チェスナットは顔を棚に向けたまま、ジリジリと私のところにカニ歩きみたいににじり寄って、服の袖をチマっと摘んでくる。
何だよ、コイツの動きは?挙動不審だな。
私が心の中で思ってる間に、当の田舎のヤンキーはウォルナットにメンチを切るように顔をしかめて睨み上げている。
「何で!女どもが!!ここに来てんだよ!!」
「チェスくんが喜ぶと思ったんですよー」
にへらっと嬉しそうに笑顔で首を傾けるウォルナットさん。
これは、本気でそう思ってる顔だ。
ダークがめんどくさいって表現した意味が少しわかった。
「喜ばねーよ!ふざけんなよ、俺がせっかく……」
「えー!せっかくのチェスくんの成人式なのに、女だから参加するなってことですかー?チェスくんは、そんな酷いこと言うんですねー?!」
語尾を伸ばしながらふらっと見事によろけて、テーブルに寄りかかり、涙目になるウォルナットさん。
うん。見るからに演技なんだけど、上手い。
どっかの劇団のお芝居を見ているかのような大仰だけど華麗な動き。表情とかはお淑やかを装った、ぶりっ子系女の子……学年に1人は居るよね。
「あ?!んなこと言ってねーだろ!別にそれは好きにしろよ……じゃなくて、何回も言ったけどよ、ここはあぶ……」
「確かに危ないですよねー。ここからビレトリアまでは距離がありますのでー。今から帰るってなると、途中で夜を越すことになっちゃいますー。そんなことを女達だけにさせるなんて、うう、涙が出てきますー」
泣き真似、上手いなー。
で、チェスナットがウォルナットの作り泣き姿にたじろぐ。
「う、いや、今すぐ帰れば……」
「今すぐ帰ると朝食を抜いてきた彼女達は、何も補給出来ないで出発することになっちゃいますー。もし、途中で飢餓状態になったら……ああ、そんな危ない目に女達を晒してしまっても平気だなんて……チェスくんが、ううっ、ちょっと見ないうちに、変わっちゃいましたー……ぐすっ」
「ちげぇよ!そうは言ってねーだろ?!今日はもうダメだ!だから、明日の朝帰す!8人くらいに送らせるから……じゃぁ、ねぇ!だぁもう!この後の話じゃねぇんだよ!お前!要点を逸らすな!!」
途中で我に返ったチェスナットが再度怒りの声を上げた。イライラが蓄積されてってるのが、すごくよく分かる。
つーか、女の子たちがもう村に来ちゃってるのかー。だから、このことを知ってたさっきのおっさん達は微妙な反応してたんだねー。
しかしこれは凄いな。
ウォルナットさんのペースに乗せられて、この短いやり取りの間に女性達も成人祝いに自然と同席することになったし、サラッと今すぐ帰れって話から明日帰る形に延長された。
チェスナットの何だかんだ譲っちゃう性格を完璧に利用しちゃってるなー、このウォルナットさん、侮りがたし。
半分呆れ気味で私がウォルナットさんを見上げると、目が合ったタイミングでウィンクされた。
何で美人な人ってウィンク上手いんだろー。
どこで練習するのかな。絶対何回か鏡見て練習してないと出来ないよね?いつすんの?てか、いつしようという気が起きるの?
と、考えてるうちに、ウォルナットさんがチェスナットの居る側とは反対側の私の肩に手を載せて耳打ちしてくる。
「カナメさん、色々疑問に思うかも知れませんが、きっと後悔させません。チェスくんと魔族のために……ご一考くださいね」
耳元でそう告げてスッと身を引いた。
「では!私も着替えないといけませんので、自分の家に戻りますねー。チェスくんお話なら式の終わった後にしましょうー」
「おい、ウォル!まだ俺の話が終わってねぇ!!」
ウォルナットさんが私に耳打ちしてる間もきゃんきゃん吠えていたチェスナットの言葉をスルーしながら、片手を振りニコニコ顔で出ていくウォルナットさん。
「くっそ!アイツ、俺の言うこと全っ然聞いてねぇ!!」
拳を握りしめて歯軋りするチェスナット。
「ねぇ、チェス、ちょっと聞きたいんだけどさぁ……」
「あ?!今はそれどころじゃねぇ!オレ様は忙しいんだよ!」
「いや、でも、ウォルナットさん出てっちゃったし」
「カナメがさっさと立たねーから、追いかけられねーんだろ!!いつまで呑気に座ってんだよ!お前に触ってねーと声がアイツに聞こえねーだろ」
「え、そう言う?!分かるわけないっしょ」
「言われなくても分かれよ!」
「分かるかーい!」
全然私を急かしてる動作なかったよね?!
それをどうやって察しろと?流石に分からんだろ。コイツわがままが過ぎるぞ!
まあ、しょうがないから立とうとする……けど。
「わっとと」
この服、マジで身動き取りにくいんだよな。
状態異常はいつの間にか軽度貧血になってるとはいえ、回避力は低いままだ。更にこの、後から着せられた服のせいで回避力大幅にダウンしてんだよなー。今、私の回避力は8しかない……。
で、よろけたところをチェスナットが背中に片手を回して支えてくれたんだけど、すぐに舌打ちが聞こえてくる。
「急に立とうとすんな!あぶねーだろ!」
「いや、あんたが立てって言ったんやろがぃ!こっちは貧血なのにこんな重たい服まで着せられてるっつーのに!」
流石にこれには我慢できずに私もツッコミ入れますわ。
いくら気が長くなったとはいえ、今のは理不尽過ぎる!
「…………は?まだ貧血治ってねーのかよ」
「軽度貧血になったから、治ってきてはいるけどね」
「そうかよ……もういい、座れ」
急に怒り全開モードから通常運転の生意気モードに戻って、チェスナットがムスッとしながらも両手で抱えるように椅子の方に誘導してくる。
いや、まあ、そんな丁寧にされなくても大丈夫なんだけど。せっかくなのでされるがままに座った。
「……で?何を聞きてーんだよ」
「ああ、えっと。ウォルナットさんて男なの?」
「アイツは、直系だからどっちでもねー。両性具有だ」
「ん?!マジで」
両性具有とか居るの?神様以外で初めて聞いたわ。
これって、サンの呪いとはまた別なんだよな?生き物としてどっちにもなれるってことだよね?すごくない?
「本家は元祖の性質が濃いから、どっちにもなれるぜ。だから直系て言われるんだ。で、他の魔族は男だとヴァンパイア、女だとサキュバスの性質が強くなる。ちょうど外に女もいるから、見てみりゃ違いが分かる……くそ!」
説明しながら、さっきの怒りを思い出したみたいだ。近くのテーブルの上で拳を再度握り直す。
「まあ、他所モンの私が言うのも何だけど。今はすぐに危険に晒されるわけじゃないし、来ちゃったもんはしょうがないんじゃない?カッカしてないで、一旦落ち着いたら?」
ギリッと食いしばったチェスナットが私の方に振り向いて睨んでくる。
この家に入ってきてからようやく目が合った翠の瞳の強い光が、刺すように私を映した。
あ。これは……火に油注いだかもな。
「んなこと、お前に……っ!」
何が分かるんだ!って続きそうだった。
けど、何故かチェスナットは言葉を途中で飲み込んだ。
そして何かに耐えるように深緑の眼を閉じ、片手の拳の甲で覆って、歯を食いしばった。
「分かるわけねーよな。あーもう!お前のその格好……イラつく!」
吐き捨てるようにチェスナットがそう言い直すと、部屋の奥へ向かってズカズカと歩いていき、ドアを乱暴にバタンと閉めた。
もしかして、今のって、八つ当たりか?
なんか、思春期+反抗期男子の親になった気分だ。ここまで一方的に好き勝手言われると、一周まわって冷静になるな。
で、失礼過ぎる捨て台詞を言われたんだけどさ、そんなに私って今、変な格好になってるの?鏡ないから、どんな姿か分からないんだよなー。
と、内心オロオロしてるうちにやっとダークが戻ってきた。体調良くなったかと思ったけど、相変わらず顔色が芳しくないな。
それでも、私を見てパチリと2回ほど瞬きしながら硬直する。
「ご主人、ですか?」
「え?うん……え。私そんな確認されるくらい変な格好になってる?」
ダークは首を振りながら早足で寄ってきて、手を繋いできた。あ、少し顔色が戻ってきたかな。
「似合ってると思いますよ。普段と違いすぎて、一瞬誰か分からなかっただけで」
「え。そんな違う?!」
「うん。髪型が特に……」
オレンジの瞳を私の頭に向けた後、再度私と視線を合わせ、フッと表情を柔らかくする。
「とても綺麗だよ」
「……ありがと」
う、心臓がやられる。
綺麗って言うダークのが綺麗なんだよ!!
今の顔は美しすぎて永久保存したかった!この点に関して言うなら、スクショしたいって言ってたノゾミさんの気持ちが分かるわ。
「ところで、ご主人も目覚めたことだし、僕はあの魔族を殴っても良いんですよね?」
「……覚えてたか」
ワンチャン5日前なら忘れてるかなって思ってたのに!
「それさ、もうちょっと待ってくれる?今殴ったら、空気読んでなさ過ぎるし……」
ハレの姿にたんこぶ作らせるのは流石に可哀想だよ。
「オレ様は別に良いぜ、理由はもう聞いて納得してるからな」
いつの間にか隣の部屋から出てきたチェスナットがダークに答えた。
さっきのテンションで抵抗してくるかと思ったのに、思いの外対応が萎らしいな。
「……なんて言ってますか?」
あ。私に触れててもダークは聞こえてないのか。
「理由は納得してるから、殴って良いって」
「…………そんな風に返されると、僕の我儘みたいになるじゃないですか。ムカつきます」
今度はダークがムスッとする。
殴りたいのか殴りたくないのか、どっちやねん。
このガキどもは……2人してワガママ言って不機嫌になるのが流行ってんのか?子供って皆んなそうなの?私にどう扱えと?
内心ツッコミ入れながら呆れてると、チェスナットがズンズン近づいてきて、突然私の頭を抱えるように抱きついた。
「は?!なに」
なんでこの流れでいきなりハグ?
「すぐ済むから我慢しろ」
「ん?」
抱きつかれた状態で、私の右耳に何かが触れたかと思うと、パチンと音がした。
「いっっったっ!!!」
何にも構えてない所を、突然右耳に痛みが走った。HPが10減る。いや待て。この痛み、10じゃなくない?!
「な……!いっ!!何……?!」
耳を抑えようと身動きを取ろうとするけど、ギュッとハグされた状態で上半身が固定されてて振り解けない。
戸惑っていると、傷口と思わしき痛みの走った所に、覚えのある生温かい湿った感触が触れて、吸われる音が聞こえてくる。慣れない耳の感触に、カアッと顔が熱くなった。
「んん?!」
ちょぉい、コイツ、もしかして今、耳に傷つけて血を吸ってる?!
もう血は吸わないんじゃなかったんか?!てかなんで耳?!首じゃないの?!
慌て過ぎて口頭に出てくる前に、頭の中でツッコミが大渋滞している。
「ぺっ!暴れんな。もう終わったから、しばらくその耳触んなよ」
「はっ!?なに……??」
身体を離し、チェスナットが先程吸い取ったと思しき私の血を布に吐き出しながら告げてきた。
「お前の耳、ピアス開けてねーだろ。儀式でいきなり刺して、アイツらの前で血を流すわけにいかねーからな」
「…………は?」
5秒くらいたっぷり時間をとって考える。
何?じゃあ今、あの痛みって、ピアスの穴を勝手にあけられたってことか?
私がこの大学に上がってからの4年間、開けよう開けようと思いつつも、怖くてなかなか勇気が湧かなかったピアスの穴を……あけた?
「それならそうと先に言わんかい!普通は本人に許可もらってからやるよね?!何でいきなりやるのさ?!」
下手したらトラウマになるぞ?!いや、既になりかけてるんだけど?
ハグ恐怖症になるぞ?!
「……なんか、言ったら、反応めんどくさそうだったから」
太々しくも何を当然のことをと言わんばかりの表情に、ぷつんと私の心の中にある堪忍袋の緒が切れた。
ガッとチェスナットの顎を片手で掴んで力を入れる。
「このクソガキっ!もう赦さん!渾身のデコピンを喰らわしてやる!ダーク抑えろ!」
「はい」
私の指示にノリノリでチェスナットを羽交締めしてみせるダーク。
「は?!ダーク、お前には昨日言っただろ?!お前、良いって言ってたじゃねーか!」
「あ?!ダークもグルかよ!?どういうことか、きっちり説明してもらおうか……」
確かにダークがこの一連のチェスナットの行動に無反応だったのは違和感があった。
片手でチェスナットの顎を掴みつつ、もう片方でダークの胸ぐらを引き寄せる。
「違うよご主人!ちゃんと僕がいない間に言ってるんだと思ってて!……」
「……ツベコベ言わねーで、まずは2人ともそこに正座しろ!」
2人を木の床に正座させ、腕組みしつつ見下ろした。
「私の問いだけに正確に答えなさい。分かったら返事」
「……はい」
「なんでお前偉そうなんだよ」
その言葉そっくりそのまま返すぞ、チェスナットよ。
チェスナットは何が悪いのかまったく納得してないっていう不満げな顔で、ダークはダークで不本意そうな表情だ。
チェスナットの態度にイラつくのを何とか耐えながらガキ共に事情聴取した結果、どうやら成人の儀式でチェスナットが身につけているピアスを一つ私に渡す行程があるらしい。
で、このピアス、精霊の涙と呼ばれる貴重な魔石で作られたものとのこと。
確認のためにチェスナットのピアスの鑑定結果を見る。
《精霊の涙(ピアスver.):最上級魔石の装飾品。その石には古代の精霊が宿っており、身につけたものへ、ランダムにその恩恵を与える》
ランダムって……私はくじ運ないんだけど。具体的にどんな恩恵かあんのか不明だ。チェスナットは加護をもらってるから、こんな感じなのかなと想像するけど……。
《『精霊の加護』:精霊の理を解し、その恵を受けしものへ贈られる加護。スキルの熟練度が特大up》
確かにスキルの熟練度が上がるのは嬉しいよな。
ダークが甘んじて私への攻撃(と言うほどではないけど)を受け入れるくらいには、この精霊の涙という魔石は良いものらしい。
「はぁ、事情は分かった。けど、私の話なのに、私抜きで勝手に話を進めないで欲しい。チェスもさっき勝手に女の人達が帰ってきたの怒ってたでしょ?勝手に決められて勝手なことされて。嫌だったでしょ?私も同じ気持ちだ、分かる?」
「…………一緒にすんなよ」
ブスッと口答えしてくる。
ほんっとコイツ可愛くねーな。
「あ?もしかして君は今の自分の立場分かってない?ウォルナットさんに聞いたんだけど、私ってさぁ、この後あんたに何でもお願いが出来るんだよね?」
「っ!」
ビクッと反応すると、目に見えて緑の眼が焦りを映した。
「それってさー?弱体化状態で裸で逆立ちしながら一生を過ごせって言われても、チェスナットは抵抗出来ないってことだよねー?」
「は……?お前……本気か?」
チェスナットが真剣に蒼い顔で冷や汗をかく。
本気なわけないでしょーが。そんなに真面目に受け取らないで欲しい。叱ってる立場なのに申し訳なくなるでしょーが。
まあ、冗談が通じる奴じゃないか。
「とにかく、私抜きで私のことを勝手に決めるのは禁止。何事もホウレンソウが大事なのは常識だからね!オーケー?」
「「ホウレンソウ……?」」
ダークとチェスナットがハモリながら同時に同じ方向に首を傾ける。
この子ら、こう言うところは年相応で可愛いんだよなぁ。なんか、怒る気がドンドン失せて、ただただ、ため息をつきたくなってくる。
「報告、連絡、相談は大人のマナーってこと。頭文字を取って、ホウレンソウ!」
「なるほど。ご主人がいつも無視してるやつだよね」
「うっ」
ダークがグサっと刺してくる。
「確かに無視しがちだけどさ。私の場合、時間がない時限定だからね?それ以外はちゃんとしてるでしょ?」
「でも、ご主人だって守ってません」
「カナメも守ってねーのにオレ様に押し付けるのかよ」
思わぬブーイングにあってしまった。数秒考える。
「……分かった!私も極力守る!だから3人ともお互いに気をつけよう。これでいい?」
「「はぁい」」
2人の不満が少し混じった気のない返事に、ふぅと一息ついた。
私、このガキ2人連れて旅なんて、出来るんだろうか。不安でしかねぇ。
で、話もひと段落したので右耳を触ってみる。
何故か血は止まってるみたいで、手に血がつかない。てか、今更だけど痛みもヒリつきもない。
「傷は治ってるぜ。魔族の唾液は噛み傷の範囲なら傷跡も無く止血出来るからな。お前が本気で嫌なら今刺してる棒を取って、もっかい舐めたら穴も消せるぞ」
そう言いながらチェスナットが自慢げな顔で口を開け、舌を出して見せる。
魔族の唾液……なんか回復薬みたいだな。
魔族って見た目は人間に近いけど、構造がヒトと違い過ぎるよなぁ。虫入りのスープ食べちゃうし……まあ私も食ったんだけど、冷静に考えると胃もたれしてくるな。
つーか、チェスナットこいつ、さっき私の血を一旦吸って吐き出してたね。
普通はセーブできなくなるくらい美味しいんだよね?血の味しか分からなくなるとか、次がどんどん欲しくなるとか聞いたのに……魔族のおっさんやウォルナットさんの言ってた吸血する時の描写と、かなり違う気がする。
ひょっとして、チェスナットが正気を保てるくらいに私の血って恐ろしく不味い?最近タバコあんま吸ってないけど、一応ニコチン含まれてるせいかな?
まあ別にそれはそれで悪くはないけどさ……なんか、複雑な気持ちになる。
「あ、そう言えばチェス、ウォルナットさんがさっき……」
あんたと闘いたいって言ってたんだけど、どうする?と続けようとしたところで、玄関先のドアが叩かれ儀式の準備が終了した旨が告げられた。
それに合わせてチェスナットがピクリと緊張するように表情を硬くしたので、私は言いかけのまま区切ってしまった。
……今すぐの話じゃないし、儀式の後に言えば良いか。
どうせならカナメが寝てる間にピアス開けしてあげたら良いのに。チェスナットの卑怯センサー「寝てる相手に何かするのは卑怯だからやらねー!」に引っかかってしまった。