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ノズ⑦

本編よりちょっと前の場面です

「おい!気ぃ抜くな。最後までトドメをしっかり刺せ!」

「くっ!」

「おらぁ!!」


 俺の注意の声に、ポフォとタダンが反応するように連携を取りつつ魔物の最後の一匹へ連撃を喰らわした。


 ガァァアッ


 断末魔の叫びが辺りに響き、地面で(こと)切れた。


「はぁ、はぁ、やっと、ひと段落かぁ。きっちぃなぁ」


 タダンが珍しく弱音を吐いた。


 まあ、分からなくもねーがな。


 交代で就寝とはいえこの3日間、まともに寝れちゃいねぇ。それに起きてる間はそこそこ強い魔物と戦闘か、あの化け物の相手をするんだからな。

 こんなに長時間、神経をすり減らす任務もなかなか()ぇ。


 何処から湧いてくるのか分かんねぇが、この辺り一帯の魔物を完全に狩り尽くすこの任務……ヤツの行動範囲の広さを考えると本来ならもう少し先までやる必要がある。


 だが、想定よりも進捗状況は芳しくないのが実情だ。


「おい!へばってる場合じゃねぇぞ。あの狼煙、ガンゾとディリアスの隊は大物の魔物相手に手間取ってるらしい。アイツらは替われねぇから、順番繰り上げで俺らがフィントと交替してやらねぇといけねぇ」


 足元に転がる鳥型魔物を蹴散らし、フィントの居る街道の方面に向かう。


「いやー、言いにくいけどよ。俺ぁバレるだぜ?今朝がた戦ったばっかだからよぉ。流石に覚えられてるから次は即死だ」

「……俺も。交替したの、数時間前だからね」


 並んで走るタダンとポフォがそれぞれ困った表情を浮かべて告げてくる。


「…………ちっ、そうだろうな」


 俺だって今日の夜明けに戦ったばかりだ。だがもう、弾切れ状態だ。


 ヤツが降参した人間を見逃すのは一回だけ。


 しかしそれを騙し騙し、なんとかこれまで繋いできた。この作戦が決行されて、やっと3日が経つ。

 ヤツが最後にいつ補給したか次第だが……予定通りならあと数時間粘ると限界がくるはずだ。


 これまでの地獄の3日を思うと任務が達成出来るまで、あと少しだ。そう、あと少し……あの化け物の足止めをする必要がある。それでもその、あと少し(・・・・)の時間を稼ぐには、何人の命が飛ぶのか。


 言っちゃ悪いが、明らかに人手が足りねぇ。この任務に動員したのは50人。


 レーンボルトファミリーで言うこの人数での作戦は、多い方だ。……周辺の魔物掃討の任務だけならまだ良い。でもあの化け物相手に、この人数じゃ無理がある。降参が効くっつってもあの化け物相手じゃあ、無傷じゃすまねぇ。当然、足止め役の数も尻すぼみだ。


 魔物狩りの疲労も相まって、他の隊の仲間にゃ再起不能者が続々と出始めている。

 50人いた人員も、今じゃ実働できているのはたったの15人程度だ。


 せめてもう10人……別働隊の奴らの応援が来れば大きく違ったはずだ。元々ユシララにいた連中が合流してくる予定だったが、どうやら大損害を被ったらしい。


 伝達によると、何者かに当該任務責任者のリフリィが重症を負わされ治療中。更に隊長(リフリィ)不在下で魔王誕生を見張っていた他の組員は謎の爆破に巻き込まれ数人死亡、生き残った者も再起不能の重体らしい。


 リフリィに関しては近くに組員が待機していたにも関わらず、周りの奴らが気づかないほどに大した戦闘音も無くやられたと聞く。あまりに戦闘音が無いため、仲間が不審に思い駆けつけた時には、既に四肢を折られ瀕死の状態で倒れていたらしい。

 あのリフリィが、手も足も出せずにやられただなんて全く想像がつかねぇ。


 いったい、誰がそんなことをやってのけたのか。


 諜報員が嘘をついてるとしか思えなかったが、ここに奴らがまだ来ねぇのを見るに、どうやら真実だったらしい。


 まあ来ないもんを惜しんでも仕方がないが、問題は今俺達の置かれたこの状況だ。


 俺達の隊が大して大怪我を負ってねぇのは勇者とパーティを組んだおかげで能力値が底上げされたことが多分にある。だがあの化け物を前にして言うなら、ただ運が良かっただけだ。


 どんなに強くなろうが、あんな化け物とまともにやり合うなんざ出来ねぇ。


 だから顔を覚えられてるうちは、戦っちゃいけねぇんだが……。


 いくらヤツが「ヒト」の顔を見分けるのが下手だとしても、流石にまだ1日の範囲だと俺ら3人の顔は覚えてるだろうな。


 変装は……バレるか。

 相手はヒトの器官とはかけ離れた魔族だ、顔の形だけで判断してるとは思えねえ。下手な変装じゃ、遅かれ早かれ大した時間稼ぎにもならずにバレるのが関の山だろう。


「ここから先は、誰から死ぬかの段階か。くそが」


 あの化け物の2度目の相手をするとなると、死は免れないだろう。


 だが、俺から死んだとして、その後はどうなる?

 まだ魔物も全部狩りきれてねぇ……このままだとヤツが餌にありついちまうじゃねぇか。

 そうなったら、作戦自体が破産する。


「お困りですかぁー?」


 ここで場違いに間延びした呑気な声がかかった。

 この聞き覚えのある声……。思わず立ち止まった。


 振り向くと勇者ショウが、お決まりの作り笑いを浮かべて手を振っている。


「げ。お前何でこんなとこにいるんでぇ」

「ふふ。そろそろ、ここに魔王が誕生しそうな気がしてね。来ちゃった」

「…………」


 間違っちゃいねぇが、俺がそれに答えるわけにもいかねぇ。


「でも、ちょっと着くのが早かったみたいだねー。暇だから散歩してたんだけど、元仲間さん達の決死の表情が見えたので、困ってるならお手伝いしようかと思ってね」


 これは……少しばかりグレーだが、幸運だと捉えるべきだろうか。この勇者の強さは折り紙付きだ。


「……じゃあ、ちょいと勇者さんにはこの辺り一帯の魔物狩りを頼まれてもらおうか。報酬なら(かしら)が弾んでくれるぜ」

「魔物狩り?そんなことで良いのかい?」

「ああ」

「僕はてっきり、あっちの子の相手をお願いされるかと思ったよ」

「っ!」


 思わずゴクリと喉を鳴らしかけた。

 怪しい奴だと思ってたが、一体何処まで知ってるんだ。


 確かにこの勇者なら、あの化け物相手でも渡り合えるだろう。時間稼ぎならもってこいだ。だが、コイツが勇者であるが故に計画失敗のリスクと隣り合わせでもある。

 堕天化したヤツに、あの聖剣を突き立てられようもんなら、レーンボルトファミリーの目指すことの真逆になっちまう。魔王になるまでは勇者と堕天者を絶対に接触させないのが俺達最大のルールだ。


 特にこの勇者は、何を考えているか読めねぇから、極力作戦の核に触れさせるわけにはいかねぇ。


「いや、……アレは俺たちの獲物だ。横取りは勘弁願うぜ」

「ふふ、そうなんだ?まあ僕も魔王の方にしか興味ないから良いよ。この辺の魔物を全部始末したら良いんだね?」

「ああ、頼む」


 じゃあ俺たちは行く、と歩を進めようとしたところで再度ショウから声がかかった。


「ねえ、またパーティ組もうよ。別行動でも良いからさ。パーティ組んでるとステータス画面が見れるから、君らが危なくなったら助けに行ってあげられるよ?」

「……あ、ああ、それは願ったりだが……」


 つい、あの大森林での経験が頭を()ぎる。あれは、究極の地獄の綱渡りだった。エルフにバレると即死レベルで済まされない、本気の戦争に発展する事案ばかりだった。


 あの数日で経験値とレベルは爆発的に上がった。だがその間、俺たちは戦ったというより実質逃げまくったと表現する方が近い。スキルや称号も増えたが、あんな経験はもう勘弁願いてぇ。


「あれ、嫌なのかい?知ってるかもしれないけど、勇者補正が入るから普通にレベルアップするより強くなるんだよ?せっかくこれから魔物をいっぱい狩るんだから、ついでに経験値お裾分けしてあげようかと思ったのになー」


 一応確認のためにポフォとタダンを一瞥するが、俺と似たような心境を顔に出してやがる。きっとフィントも同じ顔をするだろうな。


 嫌とはいえねぇが、気持ちとしては極力拒否したい。


 まあ、勇者と同行出来るんなら次の任務がよりスムーズになる。頭がここに居たなら問答無用で「(やれ)」の一言だ。これは間違いねぇ。


「……じゃあ、頼む」


 渋々言葉に出すと、ショウがニコッと微笑んで手を差し出し、俺は考える間も無くその手を取った。


 俺達のパーティに、ショウが加わった。


「ふむ、この場にいないフィントさん、スタミナ値が100切ってるね。限界みたいだから急いで行ってあげたほうが良いよ」

「ち!やっぱりか!いそがねぇと」

「あ、ノズさん、死にそうになったら僕を呼んでおくれよ?まだ君たちには色々としてもらいたいこともあるから……僕としては生きてて欲しいんだよね。じゃ、頑張ってねー」


 ブンブンと笑顔で手を振るショウに、俺はため息が出そうになる。なんて空気の読めない顔だ。

 俺達は公園で別れを告げるガキじゃねぇんだぞ、と言ってやりてぇ。


 勇者の形だけ無邪気な見送りに背を向け、急いでフィントの元へと駆けた。



 ドンッ


 街道沿いに広けた場所に着くと同時に、地面に叩きつけられる音が響いた。


「くっ、こ、降参、だ!」

「ああ?なんだよ、お前もか?……ちっ」


 ちょうどフィントが地面に伏して降参を宣言したところだった。

 そのフィントの横に、フワリと翼を動かし降り立つ黒い悪魔。


 ヤツが煩わしそうに前髪を掻き上げた。


「なら、お前の名を言って誓え。オレ様に二度目はねぇ、次はその名(・・・)を懸けろ」

「……ふ、フィントだ。誓う」

「フィントだな…………ん?なんか聞いたことがあるな。お前、本当にオレ様と初めて戦ったか?」


 馬鹿フィントめ!偽名を使えって言ったのによ……。

 思わず額を抑えた。


「に、似た名前がよくあるからな!それで聞いた覚えがあるんじゃねぇか?お、俺の兄貴はファントだし、弟にフェントとフォントもいる」

「……ふーん、そうか。お前、兄弟いんだな。仲は良いのか?」

「あ、ああ、まぁ仲は良いぜ。この装備は兄ぃが作ったんでぃ」

「え、お前の兄貴装備作れんのか?!すげえなぁ!!……へー、頑丈に出来てるじゃねぇか」

「へへ、そうだろ。街じゃ名の通った腕のいい職人だぜ」

「……弟の方は?」

「弟達は今は行商しててなかなか会えねーな。でもたまに手紙がくるぜ。まあ天気だ飯だとかのしょうもねぇことが書かれてるだけだがよ」

「……行商って、色んなとこに行くやつか?」

「ああ。国を跨いで移動して、物を売ったり買ったりするんでぃ」

「……なー、それ、どんな国に行くんだ?ここよりずっと寒いとこもあんだろ?格好とかどうすんだ?」


 ヤツがフィントのそばに座り込んだ。


 ……思いの外、話が弾んでやがる。

 まあ俺たちが請け負うのは足止めと時間稼ぎだ。話すだけで済むならそっちの方が良い。


 危うく何回か戦ったことがバレそうだったが、相手がフィントを超えるバカで助かった。

 フィントが前に戦ったのは昨日だったが……本気であの魔族、ヒトの顔を覚えねぇんだな。


「……よし、じゃあオレ様はそろそろ行くけどよ。お前、兄弟いるんならもう闘いに来んなよ。死んだらそいつらが悲しむぞ」

「ああ、出来るならそうしてぇな」

「……はぁ。何やってんだろうな、俺もお前も」


 ため息吐きながらも一頻り話し終えるとそう告げて、ひょいと立ち上がる。そしてフィントを見下ろして腕組みしてふんぞり返った。


「今回はサシ勝負に免じて見逃してやるだけだ。次は殺す」


 立ち上がったとしても大柄なフィントの座った姿勢と少ししか変わらない。街のヤンチャなクソガキが粋がる様子とよく似た顔つきだ。

 だが、この小さなクソガキは、その見てくれに反してすこぶる強い。


「で?そこのお前らは、何?オレ様はいい加減そろそろメシにしたいんだけどよ」


 めんどくさそうに欠伸をしながら、その魔族はこちらを流し見した。

 あの化け物でも、3日前に比べりゃ少しは眠そうな顔をしてやがるか。三徹したにしちゃあ、ピンピンし過ぎてるが。


「あ、兄貴!」

「はあ?!アレがお前の兄弟か?!全然似てねぇ!……いや、大きさは……同じくれぇだから、似てる、か……?」


 魔族のガキがビックリした顔して俺達とフィントを交互に見比べ、真剣に悩む表情を浮かべた。


「……いや、そうじゃねぇ。血は繋がってねぇが義理の兄弟ってやつだ」


 あまりに素直な反応だから、つい訂正を入れちまう。


「あ?……血が繋がってないのに兄弟っつーもんがあんのか?」

「義兄弟って奴だぜ。血は繋がってなくても苦楽を共にするんだ」

「……へー、そんなもんがあんのか」


 フィントの説明に、ぱたぱたと後ろの羽を動かしながら興味深そうに俺達を交互に眺めてくる。


「……つーか、お前ら見覚えあるぜ。今朝と、午前中に戦ったよな?またやんのか?」


 魔族が無表情で手に持つ短剣をくるりと回した。


 あぁ、やっぱりまだ覚えてたか……。


「やるんなら、誓った通り今回は見逃してやんねぇ。殺し合いだ。それでも、朝やられて夕方来るその根性は認めてやるぜ」


 瞬時に数十メートルの距離を移動し、俺の目の前にヤツが立つ。悪魔ってもんが居るなら、コイツのことだろうな。


 短剣の剣先が、俺の首元へ静かに向けられている。


「……選べよ。この場でオレ様の餌になるか、その名を賭けるかだ」

「……俺の名前を賭ける」

「じゃあ、名乗れ」


 真っ直ぐ俺を睨み上げる翠の瞳。

 その目は強者のみが宿す落ち着いた豪胆さで満ちている。


 サシとはいえ何十人……いや何周かしたから何百人を相手に戦いぬき、それでもなお崩れない大胆不敵な笑みと強欲なその姿勢。


 ああ、何故かカナメと被る。

 最後に見た、体内の魔力が体表面で可視化できるほどに凝縮された光を放つあの力……脅威そのものを体現してみせるほどの実力がありながら、咎人なんかを庇いその命を散らしたあの眼と同じ……自分の理を貫かんとする眼。


 この眼を見ると、自分もそっち側の人間になりたくなっちまう。


 こんなくだらねぇ、何が起きるかわからねぇ闘いに、本名を言うなんて馬鹿げている。頭では分かってんだ。

 それでも、つい、口が動いちまった。


「…………ノズ・レイドだ」


 深緑の瞳が嬉しそうに弧を描き、首元に向いていた剣先が再度回転した。そしてその剣先は悪魔(ヤツ)自らの掌を刺した。


 ポタポタと血が地面に滴り、吸い込まれていく。


「お前はその名を、オレ様は誇り(景色)を賭ける」


 魔族のガキが言い終わると、滴った血が赤く光りながら地面から浮き上がる。そして宙に浮いた光は俺とヤツの手へ吸い込まれるように移動し、手の甲に赤い模様が刻みこまれた。


「魔族の誓いだ。条件を満たすまで模様は発動しねーから安心しろ。身体にも害はねぇ」

「……これが」


 奴隷契約紋の元になったっつー、術か。

 ヤツが無造作にその紋の入った手を振ると、模様が薄くなって消えていく。


「因みに偽名だったらこの時点で模様が報せるから分かるぜ。偽名を騙るクソ野郎ならこの場で即刻お前の喉を裂いてたが……ノズ・レイド、オレ様を前に本名を名乗るなんて気に入ったぜ。オレ様が勝ったら四十七番目の名に加えてやる、ありがたく思え」


 ニヤッと下から見上げてくるその表情は、悪魔というより邪神に近い不気味な笑みだ。


 チラッとでもカナメを重ねたなんて、一緒にすんなとキレられるな。まあ、アイツはもう死んじまったが。


 だがどうやらアイツを浮かべて本名を言ったことで、俺は命拾いしたみてぇだな。まあいつまで保つか怪しい風前の灯みてぇな命だが。


 瞬きの間に、ヤツは俺から数メートル離れた。


 何か仕掛けるつもりか?

 さっきの間合いの方がヤツには有利だったはずだが。


「オレ様の方が格上だからな。3秒ルールだ。3秒間隔でオレ様は止まってやる」

「はっ、ありがてぇ」

「隣の仲間も使って良いぜ。フィントもな。兄弟っつーくらいなら、一緒に闘うんだろ?命の保証はしねぇがな」

「……良いのか?そんなに余裕ぶっこいててよ」

「いい加減オレ様もこの時間稼ぎみてぇな闘いには、うんざりしてんだよ。お前らグルなんだろ?何が狙いか知らねーが、オレ様が気づかねーとでも思ってんのか?」

「…………」


 気づいといて、何故馬鹿正直にコイツは付き合ってたんだ。

 まあ、俺たちが聞く義理もねぇか。


「その代わり、栄誉あるオレ様の名になるんだ。すぐ死ぬなよ」


 低い声で言い終わると同時に、ユラッとヤツの影が揺れ、その姿が消えた。


 シュッ


 ほぼ経験測で初撃をかわす。

 飛び退き様に剣を抜いて相手の短剣を弾いた。だが、すぐに次の手がくる。


「くっ!」

「おらぁ!」


 ポフォとタダンが、それぞれ両脇から俺を襲う影へと渾身の斬撃を浴びせた。

 それでもやはり、空振りする。


「どこだ?!」

「上だ!」


 見上げた時には頭上にあった気配はすでに残像になっていた。


 嫌な予感がして振り向くと、音もなくヤツは背後に立っている。

 その姿を視界に捉えた瞬間、すぐに補助スキルの堅牢を作動させた。


 キィンッ


 0.1秒でも動作が遅れていれば、首が飛んでいた。


 《堅牢LV5:毎秒スタミナ10を消費し、物理防御力中up、致命傷判定される攻撃を自動的に防御する》


 スタミナ消費が激しいが、このスキルを使い続けるしかない。惜しんでる場合じゃねぇ。全てを出し切るつもりでやらねぇと、一瞬で死ぬ。


 しかしこの堅牢スキルも完璧じゃない。致命傷以外は防いじゃくれねぇからな。

 続け様に飛んでくる斬撃を皮一枚でかわした。裁ききれなかった剣筋が、少しずつ削るように俺の身体にかすり傷を残していく。


 キン!カッ!ガカッ!キィンッ


 息継ぎどころか、瞬きの隙もねぇ。眼を閉じれば、一瞬で死ぬ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 怒涛の連続攻撃が止んだ。

 数十歩先にヤツが短剣を下げて立つ。

 ……3秒か。


「ちっ、なんて長え3秒だ」


 今のが、3日3晩ろくに寝ず、飲み食いもしねぇで戦い続けたヤツの攻撃か?

 何が眠そうだ、何が限界が近いだ。そんな考え、気のせいでしかねぇ。コイツはガキの見た目をしただけの、本物の化け物だ。


 規格外(咎人)じゃねぇはずだが……魔族はこんなのばっかりか?


 こんな化け物相手に死闘なんざ、ごめん被りたい。これまではまだ降参すれば済むという余裕があった。

 だが、今は正真正銘の死闘……いや、この力量差じゃあ、ただの蹂躙だ。


 今の3秒でスタミナが合計50減った。

 俺のスタミナ値がだいたい1000ある。単純計算であと20回……だがそう簡単にはいかねーだろう。幸い致命症もないからHPは減ってねぇが……ギリギリだ。いつ集中が切れて致命傷を受けても不思議じゃねぇ。順調に致命傷を避けきれたとして、希望的観測で10分強足止め出来るってところか。


 はは、笑っちまうぜ。命を賭して稼げる時間がたったの10分かよ。


 手に持つ剣を、強く握り込んだ。




 夕焼け空が視界いっぱいに広がった。

 上がり切った息が自分のものか、隣に転がる仲間のものかも判別がつかねぇ。脇に刺された傷にはさっき手持ち最後の回復薬をかけたが、HPもあと80くらいか。

 体感10分だが、実際どのくらい粘れたのかわからねぇな。


「……お前ぇら、今更だけど何でオレ様と闘ってたんだ?」


 赤焼けの空に黒い影が落ちてくる。

 喉元に剣先を突きつけて、覗き込むように俺を見つめる影。少し力を入れるだけで俺の命は呆気なく簡単に奪えるだろう態勢だ。


「……なんだ?答えたって、お前にゃぁ、関係ねぇだろ」

「そう言うってことは、塩の湖の利権じゃねーんだよな。国の寄越してくる兵隊とは闘い方が違ぇし」

「だったら何だ。トドメは刺さねーでいてくれんのか?」

「いや、お前の名は貰うから、トドメは刺す」


 凪いだ瞳が冷たく俺を見下ろす。宣言通りに、俺を見逃すつもりはないらしい。


 け、俺はここまでってことか。

 ここまで完膚なきまでにやられたんなら、いっそ清々しい。俺みてぇな悪党にゃ良過ぎるくらいの死に方だ。


「……オレ様にその名を譲るお前が最期に()うなら、仲間は逃してやっても良い」


 翠の眼が、スッと細くなる。

 散々俺たちを掌の上で転がしたさっきまでの悪魔とは思えねぇほど人間味のある表情を浮かべた。己の中にある躊躇いを隠し切れねぇ、惜しむような青二歳の顔。


 ああ、コイツはカナメじゃねぇ。カナメと対面した時の俺じゃねぇか。


 出会う奴は敵ばかり、殺さなきゃ殺される世界に身を置いちまった、そんな愚か者のくせに、自分のその手に何処か染まってないところでもあるんじゃねぇかって錯覚している、あの時の俺だ。

 それでも、俺はこんなに甘くはなれねぇが。


「今更、善人ヅラか?……俺だけで済むんなら安いもんだが、そいつぁ無理だろうなぁ」


 前までも、そこそこ仲は良かったが、大森林からだろうか、俺達には一種の絆が出来ちまった。目に見えないが、誰か1人じゃ切ることのない厄介で危なっかしい、確かな絆だ。


「そうだな。俺は兄貴の次に殺してくれ」

「何言ってんだ、俺から、先にやれ」

「名乗らないと殺してくれないなら、俺はポフォだ。まずは俺からやってくれ」

「…………」


 ヤツが、近くの野郎どもに視線を向けて押し黙る。


「……な、一緒に殺さねーと、めんどくせぇぞ」


 俺が死ねば、そこに倒れた奴らもゾンビのように最期まで這い寄り、この化け物に殺されることを選ぶだろう。


 ……この任務は、失敗だ。

 それとも別の仲間が次に犠牲になって繋ぐのか。わからねぇが、俺は終わりだ。


 それでも、自分の最期を迎えるこの瞬間でさえ、あの崖から落ちたカナメの姿が忘れられねぇ。


「……お前みてぇに、自由になら、……自由に速く飛べる強さがあんなら、どんなに気分がいいだろうな」


 カナメをあそこで救えたんだろうか。

 任務も全部無かったことにして、あの地点にその羽を持って戻れるなら、俺は今度こそ動けるだろうか。


「は?どこ見て言ってんだ。オレ様の、どこが自由なんだよ」


 これでもかと顔を顰める魔族は、心底不機嫌そうだ。


「…………」


 それもそうか。

 コイツは、あんなに(はや)く動くがこの街道が見える位置から先へ行くことはない。

 その前提があるからこそ、この作戦が効く。


 こんな自由な環境で、コイツほど不自由な人間もなかなかいねぇ。


 次々と襲ってくる相手と闘い漬けのくせに1度目は見逃し、最期の瞬間でさえ、こうやって敵である俺のトドメも刺さず話しかけてくる。


 コイツは一体、何がしてぇんだか。


 殺しをしたくないっつーのとは違う。裏で生きてきたから分かるが、コイツは生きるために他者を殺すことを自然と理解している。


 じゃあ何故、こうやって俺に対する殺しを躊躇って見せるのか。


「……お前ぇ、寂しいのか?」


 翠の眼が驚いたように見開かれると、パッと立ち上がり、飛び退いた。


 グサッ


 先ほどまでヤツの立っていたところには、深々と剣が刺さっている。


「もう、危なくなったら呼んでって言ったのに。念の為に来てみて良かったよ」


 馴染みのある、場にそぐわない間延びしたあの声が、こちらへ向かう足音ともに聞こえてきた。


「神聖な闘いに横槍しやがって……てめぇ、強いな」

「まあね。でも、僕らが闘うのはちょっと早いみたいだ」

「あ?なんだと?て、……うぅっ!」


 魔族が反発の声を上げかけた瞬間、パシュッと音が鳴った。


 俺は咄嗟に起き上がり、ヤツを見る。

 夕闇の深まった薄暗い景色でも、その姿を捉えられた。ヤツの影が、小さくなっている。


「今だ!」


 考えるよりも先に身体を動かし、声をあげていた。

 満身創痍だが、この瞬間を逃すわけにゃいかねぇ。タダンとポフォ、フィントもその言葉に起き上がった。だが、俺が一番速くヤツの元に辿り着きそうだ。


 最強種とされるエルフと対を為し、個としてはそれ以上の強さを誇る化け物、魔族。だが、魔族であるが故の唯一の弱点……飢餓による弱体化。この瞬間を狙っていた。


「悪いな、坊主。俺はトドメを躊躇ったりしねぇんだ」


 振り上げた剣を容赦なく小さな頭へと振り下ろした。


 瞬間、俺のステータスから全てのスキルが消えた。


 ガキッギギッ!


「くっ」


 剣が振り下ろされると同時に硬い感触が伝わる。


 寸での所を小さくなったヤツが短剣で受け止めていた。短剣だがヤツの今のサイズだと両手でやっと持ち上げられる程度の大きさだ。普通じゃあ軽く弾き飛ばされるほどの衝撃だったはずだが……。


 ……これは、俺のスキルの堅牢か。どうやら噂に聞く強欲スキルが発動したらしい。


 副産物とはいえ、これで第二段階の任務が、達成された。


「くそっ!」


 小さい影が悪態を吐きながら後方に跳ぶ。だが、その方向はフィントが居る。


「口に触れるな!吸われるぞ」

「わかってら!」


 難なくその巨体で幼児化した魔族のガキを羽交(はが)い締めにし、すかさずポフォが近寄りヤツの手から短剣を奪い取る。


 肩で息をしながらも、心持ち大きく息を吐き出した。

 これでほぼ完全に制圧し、天下の化け物も無力化したと言っていい。


「くそ、この!離せぇっ!」


 バタバタと短い手足と羽を動かし身を捩るが、先程までの動きとは雲泥の差だ。人間の赤子にしては多少力が強いだろうが、スキルがなくとも簡単に抑え込める程度だろう。


 幸い、俺らのスキルにゃ縄抜け系統のものが無い。

 強欲スキルで何人かのスキルが一時的に奪われちまっただろうが、武器なしの今のアイツにゃ使えねえものばかりだろう。


「……はぁ〜、死ぬところだったぜ」


 額の汗を腕で拭った。べっとりと身体を覆う汗が、夕風に冷まされていく。

 これまでも死にかけてきたが、今日は過去一番に死にかけたと言っていいだろうな。勇者が来なけりゃやられてた。正しく首の皮一枚で繋がった。


「ショウ、助かった」


 ショウを振り返って礼を言っておく。

 当の本人は邪魔するつもりがないという意思表示なのか、少し離れた場所でいつもの貼り付けたような笑顔で手を振って応えるのみだ。


「さて、と。……あとは、コイツの処理か」


 腰に手を当て小さくなった悪魔野郎に向き直る。


 ヤツは観念したのか、急に大人しくなっていた。


 小さくなっても尚、俺を睨みあげてくるその眼には諦めの色は無いようだが……。


「……殺すなら殺せ。その代わり、お前は道連れにしてやる」


 子犬に噛みつかれる直前みてぇだ。

 凄んで見せても流石に幼児にゃ脅威を感じねぇぜ。


「悪いな。俺は最初からお前を殺すつもりは全くねーんだ」


 タダンに目配せし、近くに隠していた棺桶を持って来させる。


「ああ?!何だそれは?おい!賭けはどうするつもりだ?!戦わねーなら条件から外れちまうぞ!」

「条件なんか知ったこっちゃねぇさ。まあお前、自分がくたばればっつー取り決めをどっかのお偉いさんとしてんだろ?」

「!!……何でお前がそのことを知ってやがる!」

「塩の湖の利権なんて、表に出る(もん)は邪魔でしかねぇ。俺は要らねーよ。賭けなんか、ハナから成立してねえ」


 ガキの頭を上から抑え付け棺桶に押し込めた。握れば砕けそうな程の小さな頭が反発するように持ち上がり、俺を睨み上げる。


「は?!じゃあ、お前ら、一体何のために……」


 言いかけのガキの言葉を遮って、すぐ様手を離し棺桶に蓋をする。


「おい!ノズ・レイド!どういうつもりだ!!」

「…………」


 息を止めているような心地だ。一気にやってしまわねぇと、心が揺らぎそうになる。


 杭を打ちつけ、確実に開かないよう固定する。


 ガンガンと内側から暴れる音が聞こえるが、この棺桶も杭もちょっとやそっとじゃ壊れない闇魔法耐性に特化した黒色ミスリル製だ。


 一通りやることも終わり、未だに棺桶の中で暴れ続ける諦めの悪い悪魔を見下ろした。


 このままここに放置して去れば、今回の任務は完了だ。

 散々苦労した割にゃ、終わりは呆気ないもんだ。


 ようやく、止めていた息をゆっくり吐き出した。


「なあ、今更だが俺も聞きてぇことがある。お前こそ、何で1人で闘ってたんだ」

「あ?言ったところで、お前にオレ様の何がわかんだよ!」

「……わからねぇだろうな」


 これは、聞いた俺が馬鹿だったな。


 何故サシの闘いなら1回目の降参を受け入れるのか。

 何故名を賭けた勝負を己の飢えより優先するのか。

 何故自らの危機を迎えるこの瞬間ですら、誰1人仲間を呼ぼうとしないのか。


 何人もの奴隷を売り、堕天者や咎人どもの苦しみもがく場面を何度もこの眼にしてきたが、コイツが一番理解出来ねぇ。


 このガキは何のために闘ってきた?

 何の見返りも期待できないこの土地に命を賭け、誰1人助けに駆けつけない仲間を守り続け、いったいコイツは何を得た?


 自分の守りたいもんは、互いに利益があって、積み重ねた時間だけ気持ちが強くなるんじゃねぇのか。コイツはたった1人きり、何にもないこの場所で何を積み重ねたんだ。


 奴隷でも咎人でも何でもねぇ、どこにでも行けるはずのコイツが、何に縛られてるのか、俺には全然わからねぇ。


 何でこんなくだらねえやり口で、あんなに強いヤツが、こんなに簡単に死を迎えやがる?


 全てが分からねぇ。


 闘った相手(俺達)に敬意を示したコイツを、何度も化け物、悪魔と心の中で罵ったが、こんな下衆な作戦でガキ1人を棺桶に押し込めて、死ぬまで放置する俺の方がよほど化け物だろう。


 成功したとはいえ、これほど胸糞悪い任務はカナメの時以来か。

 いっそさっき、躊躇わず殺してくれれば良かったんだ。何で俺なんかが生き残り、コイツが死ななきゃならねぇ。


 相変わらずこの世界は、狂ってやがる。


「……さっき殺すのを待ってくれたお前に、俺から出来るアドバイスだ。寂しかったら鼻唄でも歌ってみろ。少しは気が紛れるぜ」


 返事の代わりに内側を蹴飛ばす音を聞きながら、その場を後にする。


 あとは明日、残りの魔族を回収するだけだ。

久しぶりのノズ視点でした。近いうちに後半も。

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