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目覚めた時痺れてたらちょっと怖いよね

「うーん……重たい」


 両腕の上にそれぞれ大きな聖杯を乗せられている。そしてその聖杯の中へ更に水が少しずつ足されていく。水を注いでいるのは勇者ショウ……目が笑わないニヤニヤ笑顔で重たいって言ってんのにその姿勢を崩そうとしない。


 いや、声が届いてないのか。身体は動かないし。


 ショウだけじゃない……よく見るとサンやチェスナット、ダークまでいる。背後にも続々と見たことのない人影がゾクゾクと増えていく。


 これ、そもそも何で聖杯なんか乗せてるのさ?誰が乗せた?私か?

 てか聖杯2個あったっけ?


「重たいって……」


 んー、これ夢?夢だよね?

 流石にダークは私にこんな酷いことしないっしょ?あんな風にニヤニヤ笑わないし。寧ろ私が苦しむのを見たら怒るか不機嫌になるだろうし。


 徐々に覚醒してくる意識に、現実の感覚が戻ってきた。


 でも、腕が重たいのは事実……ほんとに両腕に何か乗ってるみたいだ。


 目を開ける。


 木組の天井が見えた。黒いモヤがかかって……どこか見覚えのある景色。蝋燭の火に照らされるじゃなく天井が見えるってことは、窓からの光があるってことで、お昼頃かな?それでも眩しくないからカーテンは閉められてるみたいだ。

 昼……ってことはダークに1時間寝るって言われたけど、それ以上に寝てしまったみたいだな。まあ、ここで焦っても今更だな。


 心境を述べるなら遅刻確定時間に起きた大学生の昼下がりって感じだ。罪悪感と、いっそ焦燥感を抱かずに済んだ開放感の入り混じったあの目覚め心地……この世界でも抱くハメになるとは。


 私の複雑な心境は置いておいて、気になるのは両腕にある重石の正体だ。

 まさか本当に聖杯じゃないよね?ちょっと不安だけどまずは顔を左側へと倒す。


 わーお、天使がいる。


 長い耳が少し垂れて、私の手ですっぽり覆ってしまえそうなほど小さな頭が、私の腕……正確には腕の付け根あたりに置かれてある。

 やや上向きにくっついてるので天使の寝顔が見える。いつもの眉間の皺もない無垢な赤ちゃんの様に可愛らしい表情で、長いまつ毛を窓からの光に反射させながらスースーと小さく寝息を立てている。フードが半分脱げて緩く三つ編みにした銀色の髪が、この呼吸に合わせて小さく揺れている。


 ああ、心が洗われるー、マジで天使だー。

 可愛いのに綺麗で、綺麗だけど可愛い。この存在自体が愛おしい……もうこれずっと眺めてたい……。あーでも、こんな近いと見るだけじゃなくて、この天使をギュッて抱きしめたくなってくる〜。両腕が痺れてて動かないけどねー。


 く、逆に腕が動かないことを幸運と取るべきかもしれん。じゃないとマジで理性吹き飛んで社会的に終わるような一線を越えかねない。


 ひとまず、もう片方にも重いものが乗っているのでその正体も探るべきだろう。右側を見ようと反対側へと首を回す。


 今度はふわふわと緩くカーブした黒髪の頭が同じ様に腕の付け根に乗っている。ダークと同じくらいの年齢の少年の頭……黒髪だから日本人には親しみ深い。


 まあ何となく予想してたけどね。やっぱりお前かぁって感じ。


 左にいる天使の神々しさには劣るけど……天使と言うより小悪魔としての可愛げがあって良い。綺麗というより身近な雰囲気で、生意気な顔で八重歯がちらついてても、寝ている姿限定なら天使って言えなくもない。

プニプニほっぺが私の腕との摩擦で釣り上がって口を開けてるから涎が大量に腕に垂れてるのを除けば、嫌な気もしない。


 ……いや、やっぱちょっと汚いから拭きたい。腕が動かないから出来ないけどな。


 左側の天使はずっと起こさず愛でてたいけど、こっちの小悪魔は寧ろガシガシと頭を撫でくりまわして、起きた時のその反応を愉しみたい……まあ、出来ないんだけどさ。


「ふぅ……」


 一旦、冷静になろう、私。

 邪念を払う様に木組の天井を再度見上げた。恐らくこれが、世の人々の言う煩悩というものだろう。私は、耐えてみせる。

 

 ここは精神統一をした上で、ひとつひとつ冷静にツッコミをしていく必要がある。


 今一番気になること、それは……何でコイツら寝込んでる()の腕を枕にして寝てんの?てこと。


 普通さ、看病的な観点でいうとベッドの脇で手を握るとかじゃない?いや、実際、寝てても良いよ?でも何で一緒のベッドで横になって寝てんの?おかしくない?

 しかも2人して、両脇から相手に渡すまいとするかのようにベッタリくっついて寝て……。


 何が悲しくてガキ2人を腕枕して、夢に出るくらい腕をクソ痺れさせた状態で目覚めなきゃいけないんだよ。過去一番の最悪な目覚めだわ。いや、見目は麗しいから、この世界来てすぐのヘルスライムに囲まれた朝よりはマシか。ここは過去二番目に最悪ということに訂正する。

 まあでも、冗談じゃなく腕の痺れがピークを超えてて全く動かせない。


 ほら、念のためステータス画面見てみたら状態異常欄に麻痺って書いてるじゃん!

 てか、こんな風に麻痺になるもんなの?たいていは麻痺する薬とか魔法でこの状態になるんじゃないの?

 何で腕枕で麻痺状態になるんだよ?!おかしいだろ、この世界!!


 そして、喫緊の問題は……この腕枕をいつまでするのかだ。


「…………」


 やっぱガキ共が起きるまで?


 散々起こしちゃいたくなる衝動を抑えてたけど、実際この天使達を無理やり叩き起こすのは忍びないんだよね。


 こいつらの穏やかに眠る目の下、ちょっとクマができてて、あんまり寝てないように見えるから。確かに私は先に寝ちゃったとはいえ昨日は夜遅くまで緊張感の続く戦闘をしてたわけだし……いや、チェスナットは寝てたんだけどね?

 まあ目の下のクマはチェスナットのが激しいから、あの後ずっと起きてた可能性もある。昨日は何度も死にかけてたし、表面に出ない疲労ってのもあるだろう。


「はぁ……起きるまで待つかぁ」


 しょうがないので麻痺しててもできる範囲で状況把握と整理をしておこう。


 まず、チェスナットだ。

 この子、最後に見た大人サイズからクソガキサイズに戻っている。吸血してデカくなったけど、一時的なものだったみたいだ。吸血って、スーパー◯リオブラザーズにあるキノコの役割かな?


 ちょうど触ってるからチェスナットを鑑定してみようかな。ざっと見たけど特に前に見たステータスから変化はない。

 すぐに鑑定結果のステータス画面から吸血スキルを見る。


 《吸血LV2:吸血行為により、一定時間スキル所持者のステータスをほんの少し向上させる。スキル使用者が幼体の場合、スキル効果継続中は成体となる。ただし、吸血過多になるとスキル使用者が気絶状態になる》


 おう。

 だいたい予想してたことを書いてくれてるね。

 吸血されてる時、これ鑑定してたら良かったな。

 そしたら途中でお前吸い過ぎじゃねって声かけ出来ただろう。吸血中、暴走してる風だったけどチェスナットはなんだかんだ反応してたし、私の言葉を聞こえてたみたいだからね。ま、時すでに遅しだけど。


 あの時HPガンガン減るわ、ダークに冷たい視線浴びせられるわ、それが終われば頭痛やら吐き気やら……それどころじゃなかったからねぇ、しょうがない。

 次からはもっと鑑定の力を使っていこう。うんうん、できる範囲でだけどな。


 それからこの場所……推察するにこの木の家、若干既視感があるし、黒いモヤもあるからチェスナットの家だろう。てことは魔族の村である。


 勇者のステータス画面にマップ表示機能があれば一発で分かるんだけどなー、そう言う機能ないの?あれば一瞬でわかるのになー。ゲームって普通はそう言う機能あるよね?

 今度ノゾミさんに会ったら聞いてみよう。


 そして、他にツッコミどころが多すぎて後回しになってしまったけど今回一番の大事なこと。

 チェスナットが生きて、呑気にここで寝てるってことは、ダークは約束通りに『聖騎士の結界』解除を本当に成功させたってことだ。


 あの10分くらいの間に何やったの?って思うけどね。真面目に全く想像つかないんだけど。


 一体どんなイベント終了を迎えたのか、システムメールの魔王フォルダで確認しようとして、消えていることに気がついた。

 正確にはアクセス先となってた部分の色が薄くなって、クリックできなくなっている。そしてサンの時みたいなスキルが完全に消えましたというメッセージもない。


「えー何か、情報ないの?」


 イベントって、こんなパッと消失するもんなのか?普通どうなったか、システムからのフォローあるよね?


 何かないかと他のシステムメールを確認したら、新しいメールが届いていた。


 《EXイベント解放中:『魔の谷クエスト』開始》


 これ、開始のとこしか押せないっぽい。

 詳細知りたいけど、クリックしたらクエスト強制受理で即開始するのかな。

 この世界の元になってるゲーム仕様知らないから、こういうの見るとどんな展開か分かんなくて不安だわ。怖いし、準備が整ってからまた見よう……。

 特に今は麻痺してるし!こんな状態で戦えないよ。


 魔王イベントに関しては、アクセス出来ないんだし、ひとまずイベント自体がなくなったとみて良いだろう。ということで暫くチェスナットに命の危険はないって認識でいいよね?


 しかも家で呑気に寝てる(2回目)し、人間たちの侵攻も気にしなくて良い、と都合よく捉えていいのかもしれない。

 実際に人間が攻め込んで来てるなら、こんなとこで油売って寝るような性格じゃないだろう。


 チェスナットの懸念事項……あとは聖剣の制裁対象さえ解除できれば言うことなしって感じかな?

 重度裂傷が無いとはいえ、自力回復が1/3しか出来ない制限ってキツイもんね。ああ、あと戦闘行為不可なんだっけ。


 まあ、今後どうするかはチェスナットやダークが起きた後、一緒に考えたら良いだろう。


「ふぅ……ま、皆んなが無事なら良かったわ」


 取り急ぎの確認と把握は終わった。

 あと気になるのはどうやって『聖騎士の結界』を解除できたかだな。これは、あとで2人に聞くしかない。


 ここで大きく深呼吸。


 ちょっと心の余裕がでてきたからか、自分の着てる服がいつもと違うことに気づいた。すごく着心地がいいと言うか……久しぶりに着たというか、何故か懐かしい手触り。


 頭を少しだけ起こして自分の服を見る。


 おお!!女性服だぁ!!!


 山賊のおっさんの服でもなければ、いつものゴミ袋服でもない……やっぱ女性用に作られてるからか?今までのと比べて格段に着心地が違うな。


 この布、素材は綿かな?ゴツゴツに固められた革やゴワゴワした麻じゃないから肌触りがいいし、軽い生地だから呼吸もしやすい。


 見るからに女性用の胸元に若干膨らみをもたせた可愛いワンピース。更にその下にズボンを履いたアオザイみたいな服装だ。

 薄い灰色の布地に何かの木かツタをモチーフにした黒と紫、白の帯状の刺繍がそれぞれ施されている。いかにも民族衣装って感じだね。


 ステータスの装備画面にも出てるので鑑定する。


 《女魔族の民族衣装(上級):女性用上位魔族の民族衣装。古に織られた軽やかなその布地は魔族の極秘製法とされ、他種族に明かされることはない。MP+1500、物理防御力+3000、魔法防御力+3500、回避力中upの効果。また、状態異常時のHP及びスタミナ回復効果1.5倍。※性別制限有》


 んん?!これ、上級って、装備品の中でもかなり良いやつじゃない?……こんなの私が着てていいのか?


 つーか、誰が着替えさせてくれたんだ?


 村の中に女性は見当たらなかったはずだけどな……ダークはこういうの奥手だからしないはずだし、チェスナットは不器用だから、寝てる相手にこんな女物を着替えさせられないはず。消去法で魔族のおっさん……?だとしたらちょっと嫌なんだけど。


 まあ良いや。


 ひとまずステータス画面で自分の能力値を確認する。


 名前:ウエノ カナメ

 種族:ヒト

 LV:31

 称号:狂戦士

 加護: 泉恵の体

 ユニークスキル:鑑定LV4、呪い無効LV2、挑発LV2、怠惰LV5、怒気LV5、威圧LV3

 スキル:殴打LV5、不屈LV5、解体LV2、味覚耐性LV3、痛覚耐性LV3、危機感知LV4、歌唱LV6、休息LV4、投擲LV2、運LV1、隠蔽LV1、搾取LV1、肉体強化LV5、斬撃LV1、槍撃LV1、打撃LV4、連撃LV3

 HP:4123/7008

 スタミナ:8132/8132

 MP:1520/20+1500

 物理攻撃力:20583

 物理防御力:3801(+3000)

 魔法攻撃力:23

 魔法防御力:19(+3500)

 回避力:687(+344)※137に弱体化

 テクニカルポイント:3000

 ※状態異常:麻痺、中度貧血


 あれ?

 冷静に自分のステータスをよく見ると、レベルが何故か10近く上がってる。確か私、レベル22だった気がする。いつの間にこんなレベル上がるくらい経験値が入ったの?


「んぁ?うーん……何だよカナメ……起きたなら、起こせよな」


 小悪魔の方が先に起きたみたいだ。目を擦りながら頭を起こした。


「おはよ。やっと起きたね」


 右腕が軽くなると同時に、よだれのかかった部分を雑に拭いてくれる。深緑の瞳がまだ少し夢現(ゆめうつつ)なのか、とろんとして私を映している。


「本当に貧血症状が顔に出ねーんだな」


 ぼそっと言いながらチェスナットが再度眠そうに欠伸する。


 で、腕に重みはなくなったとはいえ、痺れはすぐに取れない。

 あぁ、これは、あれだな。あれがくる。あの痺れが取れる直前のビリビリだ。痛みとかよりもあれが一番キツいんだよなぁ……。まだきてないけど既にそれを思うと憂鬱だわ。

 正座の後とかね、誰しも経験があると思う。あれ嫌なんだよねー。


「てか、何であんたら私の腕を枕にして寝てたのさ」


 ダークはまだしも、チェスナットはベタベタするのは苦手派だと思ってた。呪い解くだけなら手を繋ぐとか服を持つのみで充分だから、腕枕みたいにベッタリくっつくように寝てるのはちょっと意外だったんだよね。


 聞かれたチェスナットもだいぶ覚醒してきたみたいで、いつもの生意気な顔で苦虫を食べたような表情を浮かべた。


「……言っとくけどよ、オレ様は好きでやってたわけじゃねぇぞ?意味があってこうしてたんだからな。でもダークが勝手に対抗して似たように寝てただけだ。そいつの方は無意味だからな?」


 ビシッとチェスナットが膨れ(つら)になってダークの方を指差す。この表情だとちょっとプクっとした頬が際立つな。めっちゃプニプニだし、触りたい。腕動かないけど。


「意味がある……って、どんな?」

「…………」


 ん?何か言いにくそうにしてるな。


 てか、腕の重みが取れたのに痺れが取れる気配が全然ないわ。


 あ、そう言えば確か鞄に麻痺治しの葉っぱがあったはず。状態異常として処理されてるなら効くよね。


「チェス、ちょっと話遮って悪いんだけどさ、私の鞄から麻痺治しの葉っぱ取ってくんない?」

「あ?……カバンならあるぜ。麻痺治し……何でだ?」


 疑問符を浮かべながらもサッとベッドを飛び降りて、近くの壁にかけられてた私の鞄を一瞬で取って戻ってくると、中を見ながらゴソゴソと漁った。


「いや、あんたらの頭がさ、ずっと乗ってたせいで両腕痺れて麻痺状態なんだわ」

「えっ!」


 ここで左側の天使から声が上がって重みが消えた。


 おお、これで両腕解放だ。動かんけど。


 それにしてもこの反応速度、ダークは寝たふりしてたのかな?

 まあ可愛い天使の顔を拝めたので、私としてはどっちでも良いんだけどさ。


「ご主人、腕枕で麻痺状態になったの?」

「う、うん」

「そんなの聞いたことないよ……普通はそんなこと……拘束具を使ったわけでもないし」

「いや、うん。実は私も聞いたことないわ。私もビックリよ」

「……お前って結構貧弱なんだなー」


 私とダークが話してるところにチェスナットが割って入って、寝っ転がる私の口元に吊るすようにして麻痺治しの葉を垂らした。

 片頬をつきながら「これだろ?」と一応確認してくる。


「さんきゅ」


 垂らされた葉っぱにパクッと噛みついて咀嚼する。おかげでなんとか麻痺状態から解放されて起き上がれた。痺れが取れる時のあのビリビリも感じなくて済んだ。割と本気でよかった。


 それにしても、初めて貧弱って言われたわ。

 日本にいた時でさえ言われたことないから、ちょっと不服だ。これでもスタミナも物理防御力もある方なんだけどなぁ。


「で?腕枕って何の意味があったの?」


 大した理由も無さそうだけど、聞いてる途中だったし一応気になるので聞いてみる。


「…………あれ……あの、オレ様が、その……お前の血を、吸っただろ?」

「うん」


 歯切れ悪くチェスナットがぶつぶつと小さい声で言う。

 事実なので頷いておく。


「…………」


 おい、そこで黙るんかい。


「うん。で?」


 なかなか言わないので続きを促す。


「お前の血がオレ様の身体にあるからよぉ……その、くっついてると体内魔力が戻るっつー話があって……」

「へー、そうなんだ?」


 そんなことあるの?と思ったところで、すかさず反論が横から飛んでくる。


「いえ、そんなの聞いたことありませんよ。人体に蓄えられた恵みはスキル以外で移動することなんてありません。ただの迷信!誤った民間療法です!」


 起き上がった私の腕をギュッと抱えながら、ダークが怪訝な表情を浮かべている。

 ああ、やっぱダークって眉間に皺がよってても天使だわ……でももったいないからのばしておこう。空いた方の手でダークの眉間のシワを親指でぐりぐりと擦っておく。


「ふん、オレ様だって、んなの怪しいって知ってんだよ!でもあいつがやれって言うし!そんなに言うなら、ダークもオレ様じゃなくてあいつに向かって言えよな!」


 ああ、怪しい民間療法だって自覚あるから言いにくそうにしてたってことか……。


「ん?あいつ?」


 誰のこと?と聞き返そうとした所で部屋のドアが開いた。


「あらあらあらー!遂にお目覚めになりましたのねー」


 黄緑色の瞳をした黒髪長身スレンダーなお姉さんが入ってきた。私の着てる服と似たような民族衣装を身につけている。この村に女性居たんだ、気づかなかったな。てことはあのお姉さんが私を着替えさせてくれたのかもしれない。それなら一安心だ。


 で、その女性が入ってくると同時にチェスナットとダークがビクッと身体を硬直させた。

 ん?危険な感じはしないけど……何で若干怯えてるんだ?


「……えっと、誰……ですか?」

「はじめましてぇ、ウォルナットと申しますー!うちの愚兄がお世話になりましたようでー」


 ちょっと口調が良いとこのお姉さん……いやお母さんに近いかもしれない。おっとりとした雰囲気で、それでいて電話に出た時のような、よそ行きの高い調子で語尾を伸ばしている。

 いや、これはアパレル系お姉さんって言う方が正しいか?


「なんでも、緊急事態にも関わらず、時も場所も弁えず、空気も読まずに暴走した、アホで、この上なく愚かな、兄へ初血(しょけつ)の提供をしてくださったとかー」


 う、うん。なんかグサグサと言葉の針がチェスナットに刺さっていってるな。

 柔らかい口調なのに言ってることド直球で厳しいからチェスナットがうっと言葉を詰まらせてる。


 でも、気になるワードがあったので聞いてみる。


「しょけつ?」

「魔族が初めて人間の血を飲むことですー。普通は飲み過ぎて死なせちゃうんですけどー、それを生き残るなんて、本当にあなたは凄いですー。しかもその相手が女性だなんて、愚兄には勿体無いほどの幸運ですー!」


 若草色に近い黄緑の両眼には尊敬と感謝の念が映り、パチパチと手を叩きながら心底嬉しそうに笑顔を作った。


 あー、やっぱりあれ、吸血された相手って死ぬやつだったんだ。まあ、急速回復と回復薬でなんとか繋いでたけど減る勢いがヤバかったもんな。その後は結局貧血でダウンしたし。

 私じゃない普通のステータスの子だったら本当に死んでただろうね。


「しかし!こんな愚兄でも、このご時世で無事成人を迎えられたかと思うと、いち家族として本当に申し訳ないと抱きつつも、同時に、感謝しかありませんー!本当にカナメさん、ありがとうございましたぁー」


 成人?よく分かんないけど、チェスナットは誕生日が近かったのか。


「……お前、何でまだいるんだよ?成人の儀なんてお前がいなくても良いからオレ様が寝てる間に帰れって言っただろ。あっちにも影響あるかもしれねーんだから、早く帰れよ!」

「もうもうもう!私はそんな薄情者じゃないんだからー!チェスくんが成人する時は戻ってきて、一緒にお祝いするって言ったでしょー?まだお祝いもろくにしてないのに帰れないよー!!」

「良いから帰れってぇー!お前いるとめんどくせぇし、うるせー!」


 なんか、はたから見ると学校に迎えに来た過保護な親とその子供って感じの応酬だ。居たなぁ、クラスメイトの手前ちょっと恥ずかしがる男子。

 ちょっと微笑ましい。


「それはそうと、カナメさん、ご気分はいかがですかー?チェスくんのお祝いのためにも、早く元気になってもらわないといけませんからねー。スープが出来るまではチェスくんとくっついててくださいー!」

「あ、う、お?」


 聞くだけ聞いといて答えも聞かず、マイペースに弾丸トークをかますウォルナットさん。ぱたぱたと手際良く部屋のカーテンと窓を開けて、ベッドのそばにあった手桶を回収しながら話しかけてくる。

 くっついてると体内魔力が回復するっていう迷信を推し進めてたのは、この人みたいだな。


「……スープ?」

「滋養強壮に良い魔族の特別スープですー。今、色々あってばたついてますけどー、一族総出で作ってるところですからー。これを食べると貧血なんてすぐ治りますよー!まずはすぐに温かいお湯と飲み水をお持ちしますのでー、スープが出来るまではご安静にー!」

「え?え、あ……はい」


 ぱたぱたと部屋から出ていこうとして、振り返る。


「チェスくん!早く、くっつく!」

「っ!」


 キッと目つきを変えるウォルナットさん。モルモットみたいなつぶらな瞳から一瞬でゴル◯13のような目つきに変わった。


 え、え、何あれ、同一人物??


 睨まれたチェスナットが、サッと瞬間的に私の片腕を抱えてみせる。


 ん?これ私を盾に隠れてない?いや、確かにあの人怖いけどさ?私を盾にしないで欲しい、私も怖い!


 ウォルナットさんが出ていくと、シーンと静まりかえって、まるで台風がさったあとのようになる。マジで嵐だった。


 特に最後の歴戦の将軍みたいな貫禄をもつあの顔は何だったのか……いきなり顔の造形変わってたよな?幻覚か?


「ねぇ、チェス、あんた確か肉親はマルローンしか居ないって言ってなかった?」

「あいつは血縁の家族じゃねぇよ」

「え?でも、愚兄って……妹さんじゃないの?」

「ステルトリアの結婚相手の、兄弟の子供」

「お、おう?なるほどね」


 つまり義理の妹ってところか。確かに限りなく他人に近いし、血縁関係じゃないね。それにしては近しい間柄に見えたけど。


 それからチェスナットを兄と呼ぶにしては、身体はウォルナットさんの方がはるかに大人だったな。全体的に大きかった。背も高いけど、脚も腕も細くはなくて寧ろちょっと逞しめだ。それでもタッパはあるから普通のスレンダー女子をそのまま比率を変えずに2倍にしましたって感じかな。だからこそ、斜め上から見下ろすさっきの顔の貫禄がえぐかったんだけど。


 まあ精気不足で赤ちゃんになったり、血を飲んだら大きくなったりするような魔族相手に見た目で年齢の判断をするのは難しいか。


 と、ここでダークが軽く服を引っ張る。


「さっきの魔族、嫌いじゃないけど、すごーーーく面倒くさいから、気をつけて」

「ん?うん、分かった」


 コソコソとよく分からないアドバイスをくれた。

 ダークが嫌いじゃないって言うなんて珍しい。どんな人なのかちょっと気になるな。


「それにしてもご主人、今、状態異常はどうなってますか?」

「あー、麻痺は治ったけど……貧血だったのが中度貧血になったよ。寝てる間にちょっとは回復したっぽいね」

「はぁ?あんなに寝て、まだ中度貧血かよ?全然治ってねぇじゃねぇか」


 ウォルナットさんが出ていくとすぐに手を離したチェスナットは、ベッドの上であぐらをかいて偉そうにふんぞりかえっている。

 いや、何でナチュラルにベッドに上がり込んできてんだよ、このガキは。


 てか貧血になった原因お前だからな?もっと申し訳なさそうにしろよ。


「……ご主人何か食べたいものとかして欲しいこと言ってください。魔族でも何でも()ってきます」

「あ?なんだとコラ」

「いやいや、ダークよ。私は魔物でも悪魔でもないんだからね?人間は食べないからね?」


 サラッと怖いこと言わないで欲しい。カニバリズムは勘弁願いたい。


 呆れつつもキレかけのチェスナットの額を抑えて、宥めておく。


 それにしても、ご飯か。不思議と体の調子は悪くないんだよね。頭痛も吐き気もなくなってるし。


「実は寝起きだからか、お腹はあんま減ってないんだよね。まあなんか食べたほうがいいだろうけど、スープってのを持ってきてくれるらしいし、それを待とうかな。せっかく作ってくれてるみたいだし」

「……そうですか」

「で、今は、ひとまず寝てる間に何があったかを知りたいかな」


 私の言葉に2人ともピクッと反応した。


 正確にはダーク自身は全く反応してないけど、それが逆に変に空気がひりつく感じを作り出す。

 これは何か隠し事がある子のかもす雰囲気だ。


 一方チェスナットは、難しい表情を浮かべ、押し黙る。困ったような、悩んでいるような表情。


 やっぱりこの2人、意図的にこの話題を避けてたな。

 普通、魔族の全滅がかかる戦争だったんだから、こっちから聞かずとも真っ先にあの後何があったか言ってくるだろうに……。


「……『聖騎士の結界』は解除できたんでしょ?だからチェスナットや魔族は無事って認識でいるけど、合ってる?」


 すぐ傍に居るダークを見る。ダークは私の腕を抱えたまま、肩に頭を乗せてきている位置なので、あまり表情が見えない。


「……それはご主人との約束だからね。ちゃんと対処して、解除出来たよ。ちょっと不測の事態が起きたけど」

「不測の事態?」

「ご主人は悪くないよ、きっとアレはあの勇者……聖剣のせいだろうから」

「ん?聖剣のせい……って、何が?」

「今頃は、各国から対策用の兵団と冒険者の傭兵団が結成されて、アレの対応をしてるだろうし、ほぼ確実に勇者も出動するはずだから、心配要らないよ」

「んんん?勇者?いや、だから、何が?てか、各国……冒険者団って、そんな規模の兵団とか傭兵団て半日で結成出来るもんなの?」


 ここでチェスナットが、はぁと詰めていた息を吐き出した。


「ダークお前それじゃ、通じねぇだろ。カナメが混乱してるじゃねぇか」


 はい、混乱してます。


 ダークは本来説明が上手だ。なのにこんな話し方をするなんて、寧ろ教える気がないように感じる。

 普段はこんな喋り方しないから、なんか違和感があるんだよなー。しかも、ダークは嘘や誤魔化しが上手だし、本気で隠す気ならもっと上手く隠すだろう。サラッと流れるように嘘をついて違和感すら与えないはずだ。


 てことは、隠す気はないけど、部分的に何かを庇っているのか、それともこの違和感でもっと大きな部分に気付かせないようにしてるのか……。考えすぎか?


 まあ表面上だけで汲み取ると、まるで私に責任はないってことだけを残して他は遮断したいような言い回しだ。


「まずカナメ、お前は5日間寝てたぜ」

「えっ、5日?!」

「そして5日前の晩、あの谷にいた人間どもは、ほぼ全滅した。報告によるとあの場にいた連中で生き残った人間は、勇者と、元聖騎士の周りにいた十数人だけだぜ」


 (しら)されたのは、数千人の死だった。

次回は別視点。来週までには……多分。

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