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嫌なこと

 そもそも時間が迫ってる中聖騎士攻略よりも、触れてるだけで何とかなってるチェスナットを治すために塩の湖へ優先してきた理由。それは、呪いや聖剣の制裁症状を解くことが出来れば、チェスナットと手分けして残りの聖騎士を相手にできるからだ。

 別行動、もしくは魔王化を停止してチェスナットが復活したら時間が大幅に節約出来る。多少のリスクがあろうと、その方が効率的だし犠牲もないからね。


 で、この目論見の一番の要である主人公(チェスナット)は……急いで転がっているチェスナットを確認すると、接触してないからか、腐り始めていた。剥き出しの上半身の肌がところどころ色が変わって水ぶくれみたいになってる。


「コイツ、デカくなっただけで呪い解けてないじゃん!」


 おっと、思わずツッコミをしてしまった!

 いやでもこれ、私の気持ちもわかって欲しい。


 ひょっとしてさ、あんなに吸われたけど私の血、無駄だったんじゃない?!気持ち腐るスピードが落ちてる気がするけど……これは呪いが解けかけてるのか、成長したからなのか判断つかないし。あ、でも魔王リングと腹の傷が完全に消えてるから、そっちに費やされたのか?


 しょうがないので腕に触って呪いを解除しつつ鑑定する。

 ステータス画面を確認すると聖剣の制裁対象の文字は残ってるけど、状態異常欄に重度裂傷の文字がなくなっている。代わりに気絶って書いてる……これは鑑定内容見なくてもわかるな。

 うん。心の安寧のために、私の失った血に意味はあったと信じよう。


 しっかしデカくなった上で気絶してるから、タチ悪いよなぁ。運びづらいわ。せっかくなら、初期のちびちび赤ちゃんに戻って欲しい。


「よっこいしょ」


 頭痛を我慢して、何とかふらつきつつも立ち上がり、チェスナットを肩に担ぐ。


 相手の同じ側面にある片足と片手を自分の腕で束ねる消防士の担ぎ方。これなら大人を持ち運ぶのに片手があくから便利だよね。


「ご主人、大丈夫?あの、大量に吸血された後だよね?身体の不調とかないの?」

「え?……まあ、ちょっと頭は痛いけど、大丈夫だよ」


 ダークは焦ったように心配そうな顔で私のあいた方の片手に手を重ねて見上げてくる。


「ちょっとって……頭痛だけ?本当に?」

「そんな心配すんなって。ほら、元気だから。それに、今はそんなことよりも早く行こう!時間がないや」


 状況確認は向かいながらでも出来るし、ダークの手を引いて駆け出した。


 結局、塩の湖では想定よりも時間がかかったし、状況は好転したとは言い難い。聖騎士攻略の方もおそらく悪化してるだろうから、とにかく急がないといけない。


「ダーク、聖騎士達は今どうなってるか分かる?」


 来た道を引き返し、小走りに坂道を登りながら問いかける。


「誰かさんが僕を湖に向かって投げ飛ばしたので、土魔法は完全に解けましたよ。呪い発動時のステータスだとあんなの維持できませんし、危うくずぶ濡れになるところでした」


 ちょっと嫌味っぽい言い方……可愛くないぞ。

 湖に向かって投げたのは、万一、風魔法が使えなくて着地の時にダメージが少ないようにと思ってしたんだからね……まあ私が悪いんだよ。ここは言い訳せずに謝る以外ないな。


「ごめんて」

「……だから今、聖騎士が3名解放された状態です」

「あちゃー、やっぱりか。じゃ、鎧脱がされた他の聖騎士はどうなってる?」

「それぞれ魔族が鎧を持って逃げてますね。魔族の村で会った女勇者の撹乱もあって、人間の兵士たちは右往左往してるみたい。逃げてる魔族はソイツほどじゃないけど、速いので逃げに徹してるうちは捕まりそうにないかと」


 聴きながらだいたい予想はついてた内容で、ため息が出そうになる。まあ、脱がした鎧を持って逃げてる魔族が捕まらないなら、敗者復活が無い点だけ形勢良しって感じか。


「で?もっかい、残りの聖騎士を、捕まえるのは、できそう?」


 息継ぎの合間に問いかける。なんか、早くも息切れしてきた。

 でもここで立ち止まるわけにもいかない。


 『聖騎士の結界』の完成まで15分くらいだ。アクセスした先の魔王イベントのカウントダウンがなくならないってことは、チェスナットの魔王リングは消えても、この結界が完成しちゃえば精気を吸い上げられて、魔王になるってことなんだろう。


 1人あたり5分……それは流石に無理があるけど、また3人を土魔法で捕まえることができれば他の魔族が動いてくれるはずだ。捕まえさえすれば、まだ望みはある。


 私の期待に反してダークは数秒押し黙ったあと、首を横に振った。


「……ダメです。警戒されてます。1名はすごい速さで移動しているのでほぼ不可能。残り2名も似たように警戒しつつ動いてて、同じことをしようとすると気取られますね」

「3人は、同じとこに、いるの?」

「いえ、バラバラに動いてます。なので余計に厳しいかと」

「そっ、か」


 確かにこの土魔法で閉じ込める作戦は、相手が動いてないのが前提だった。ただでさえ遠隔操作だから発動に時間がかかるのに、警戒体勢で隙がないなら完全に閉じ込めるのは無理そうだ。


 せめてチェスナットが目覚めれば、手分けして聖騎士を相手にできるだろうけど……。


 ここでダークがタイミング良くチェスナットを見て、顎で示す。


「……叩いたら起きるんじゃないですか」

「こら。人を、壊れた、テレビ、みたいに、言うんじゃ、ない」


 ダークも同じ思考だったみたいだけど、言い方が辛辣なんだよなぁ。

 息継ぎしながらの私のツッコミに、ダークは「テレビ?」と小さく呟いて耳慣れないワードに困惑の表情を浮かべた。

 あ、異世界(こっち)にテレビないんだったか。


 それにしても、坂道の駆け足とはいえ、息が上がり過ぎだわ。私って体力ないなー。スタミナは無駄にあるはずなのに……。日本にいた時はまだもうちょい体力あったぞ?結構走ってたもん。こっちの世界でもランニングした方がいいのかな?


 それにしても、残り3名の聖騎士を一気に相手にして無事に鎧を剥がし切る方法なんて無さそうなんだけど。これ、マジ無理ゲーじゃね?


「諦めたく、ないん、だけどなぁ」


 思わず弱音を吐きたくなってくる。

 息切れ以上に、頭痛と吐き気と眩暈の症状が徐々に強くなってきてるし、身体が重たい。まあこの重さの半分以上はチェスナット(誰かさん)のせいなんだけど。


 それでもチェスナットはこれまでずっと大切なもののために戦ってきた勇敢な子だ。置いていけない。


 そしてどうにかして、この子が目覚めた時に悲しい思いをしなくて済むようにしたい。ましてや、魔王になんか、なって欲しくない。


「ひとつ……案はあるんですけど」

「え、すご、走り、ながらは……ちょ、私に、は、無理」

「ご主人、さっきから息切れしすぎじゃない?大丈夫……?」


 なんとか崖上まで駆け上がると、身体中の力が抜けて、グシャっと倒れ込んだ。地面に手をついて何とか身体を支えたけど、気を抜くと完全にぶっ倒れそうだわ。


 それに対してダークは息もあがってない。結構走ったのに、この差は何だ?!子供は風の子ってガチなんだな。いや、私が体力ないだけか?


「ご主人!!やっぱり無理してたんでしょ?!」

「はぁ、はぁ、これ、きつ、何で!ゲホッ」


 息継ぎの合間に何とか言葉を挟むけど、上がった息がなかなか戻らない。肺が爆発しそう!思わず咳き込む。


 空気、吸えてるよね?酸素薄いんだけど!


 ステータス確認をしてみたらスタミナが残り10しかない。いつの間にそんな減ったんだよ?!さっきまで徐々に減ってはいたけど半分以上あったっしょ?!メーターの壊れた古いガソリン車かよ!!


 他に異常はないか目を通そうとして、回避力が0になって点滅しているのが目に入る。

 え、0……て何?嘘だぁ、能力系統のステータスも変化するの?確かにチェスナットは弱体化されてたけどさあ?あれって特殊な種族だからでしょ??

 そして更に下を見ると状態異常の欄に『貧血』の文字。


 貧血とかあんのかよ!


 いい加減ツッコミ疲れしてきたけど詳細鑑定をする。


 《貧血:重度裂傷が長時間続く、又は吸血スキル持ち魔物及び魔族によって過剰に血液を損失した状態。行動が大幅に制限され、回避力が0になる》


 ほう…………で、対処法は?


「ダーク、私、状態、異常の、貧血、らしい、けど、これ、どう、やって、治る、かな?!ゲホゲホッ」

「?!やっぱり!しかも貧血……軽度も中度もついてない貧血ってこと?そんな状態で動いたんですか!!?というか、どうやって走れてたんですか」

「どう、やって、治……けほっ、薬は?けほけほっ」

「ご主人、一旦黙って」


 はい、黙ります。


 逆らえない圧のある注意の言葉を投げかけながら、ダークはキョロキョロと辺りを見渡す。

 そしてテキパキとチェスナットを私の肩から下ろし、代わりに私をダークの小さい肩に担いで立ち上がった。ダークとの身長差もあって完全には乗り切れない。実際には背中に半分寄りかかって支えてもらいながら歩く感じだ。


 向かう方向は、この辺で比較的平らなところ。

 ひとまずこの状態異常が落ち着くまで休憩する必要がありそうなので、はやる気持ちはあるけれど大人しく従う。


「……その魔族、置いてきたら良かったのに。重たいでしょ」


 私はダークに寄りかかりながらも、反対側の手でチェスナットの二の腕あたりを持って引きずっている。


 もう一回抱えようにも、力が入らないんだからしょうがない。何とか腕は掴んでるけど、これもいつ取り落とすか分かんないくらいギリギリだ。


「いや。でも置いてきたら腐っちゃうじゃん?それから、ちょいちょいツッコミたかったんだけど、人をゴミとか道具みたいに扱っちゃいけないよ?」

「…………」


 こらこら、この反応……沈黙は肯定と捉えるからね?マジで心の中で人をゴミ扱いしてたの?

 これは、情操教育を真面目にしないといけないんじゃなかろうか。牛乳だけじゃ改善しないかも知れない。


「で?貧血用の薬とか木の実とか、ないの?」

「あのね、一応注意するけど何でも薬や魔法で解決するわけじゃないからね」

「え、貧血治す薬って、ないの?!」

「少なくとも僕は聞いたことありません」


 ダークに担がれて半分以上自分で動いてないからか、呼吸は何とか元に戻ってくる。休息スキルも発動しててスタミナが多少回復してくる。


「マジかよ。鉄分を多く含んだ実とかさ、血液増強薬とか、ありそうじゃない?何か方法ないの?」

「もしかして、何でも薬で治ると思ってるの?」

「え、マジで治んないの?!」

「……その考えのままじゃ、ご主人はいつか薬物依存症になりそうだね」


 こらこら、人をヤクチュウみたいに言うな。


「言っておくけど、薬はあくまで戦闘時の補助だからね?一時的に体内魔力を利用して状態異常を治してるに過ぎないんだ。さっき飲んでた回復薬、途中から吸収されずにお腹に溜まってたんじゃないですか?」

「え、うん。確かにお腹がタプタプになったね……でも無理やり飲んでたけど」

「その時点で言ってください!はぁ、何で無理やり飲んでるんですか!」


 ここで深めのため息をつきながら、私の腕を肩から外した。やりとりしてる間に見晴らしのいい崖の端……平らなところに辿り着いてる。


 そして無言で私の両肩を掴んで、平らな地面に座るように促してくる。逆らえない圧があるので、大人しく正座になる。


 座り込むと、橙の瞳が真剣に私の顔を観察するように色々な角度から見つめた。なんか、病院で医者の診察受けてるときみたいで、ちょっと緊張する。


「回復薬や麻痺治しの薬物類は、口に入ると体内魔力を使って消化される仕組みです。普段、体内魔力は血液に宿って身体を巡ってて、血を失えば比例して体内魔力も減少していくの。そして今のご主人は血を大量に提供したから、血と一緒に体内魔力が欠乏していて、余剰分の回復薬は吸収されずにお腹に溜まっていくんだ」


 つまり、体内魔力を利用して薬は身体を回復させるけど、それが効かなくなり始めるってこと?いや、効いてるけど、お腹が膨れて体が回復薬を受け付けなくなるのか。


「状態異常の貧血はその体内魔力欠乏の指標になる。きっと、随分初期に『軽度貧血』や『中度貧血』の状態異常が表示されてたはずだよ?貧血症状は普通は青白くなったり、やつれたりする……けど、ご主人は顔に出てないから全然分からないね。せめて顔に出てたら強制的に辞めさせたのに」


 思い詰めたような表情で呟く。


「え。じゃ、その体内魔力……貧血ってどうやって治すのさ」

「……でください」

「え?」


 両肩に置かれたダークの手にグッと力が入る。


「休んで!ください!吸われた分の血液……体内魔力が回復するまで、絶対!動いちゃいけません!普通だと一歩も動けなくなるんですよ!何で動けてるんですか!」

「いや、そんなこと聞かれても……」


 眉間の皺が一層深く刻まれる。


「防衛本能が壊れてるとしか思えない……無理やり動き続けると、また前みたいに意識が戻らなくなりますよ」

「え、ほんと?それはないでしょ……」


 だってMPの方は満タンだよ??前回と違うじゃん。


 肩を支えるダークの両手の力に変化はなく、表情も真剣そのもの。


 ……ガチなのね。まあこんな場面で冗談言うわけないか。


 それにしても貧血で動いちゃダメだとか、魔法だなんだと非科学的現象オンパレードな異世界とは思えない原始的治療法なんだが。


「いや、でもさ?ぐずぐずしてたら聖騎士が……」

「3回です」

「ん?」


 私の言葉を遮って、よく分からない回数を告げられた。


「今日、ご主人は3回、僕の嫌がることをした」

「え?!」


 な、なにそれ。

 そんなにした?!

 いやそれより、数えてたこと自体が地味に恐怖なんだけど。


 1回は分かる、投げ飛ばしたやつでしょ?


 で、他の2回は?

 くっ、覚えがない……いや、正確には思い当たる節が多過ぎて、どれがカウントされてんのか分からない。


 朝起きるのをいつもより長めにゴネたことか?いや、昼飯の時ダークの髪を三つ編みにするって強引にフード脱がしたことかも。あの時、割と嫌がってたし。確かにこれで3回分だわ。


 いや、待てよ。たった今無理やり貧血で走って倒れて迷惑かけたから、これもカウント対象?でもそれを言うなら、傷ができたら即治療って言われてて、忘れたのも入るよね。というか、チェスナットに会ってからダークはコンスタントに不機嫌だったし、どこで地雷踏んでてもおかしくない。


 どうしよう、確実に3回以上ある。これ、何が嫌なことだったか聞くのも薮蛇だわ。


「だから、僕も今からご主人の嫌がることを3つする。良いよね?」

「うっ……」


 可愛い笑顔でおねだりしてこないで欲しい。斜めに傾けた首の角度が絶妙なんだわ。ちょっと姿勢を低くして上目遣い寄りなのも可愛さを増大させている。


 でもこれ、騙されないぞ。可愛すぎてつい許しそうになるけど、その言葉でOK出すはずないよね?!ギリギリ残った私の理性が警鐘を鳴らす。


「いや、いやいや、良くないよ!私の嫌がることって何すんのか分かんないし!それより時間がないから早く聖騎士を捕まえないと……」

「聖騎士は僕が捕まえます」

「え?でもさっき、無理って」

「考えがあります。予想ではほぼ確実に聖騎士を時間内に捕まえて『聖騎士の結界』解除に成功する。でもそのためには、3回ご主人の嫌なことをする。……ご主人が許可してくれるなら実行できます」

「な、なるほど?」


 つまり、手段を選ばず目的を果たすけど良いかってことだろうか。しかもその手段が私の嫌なことだと。


「それ、危険じゃない?」

「……ご主人は安全です」

「いや、私って言うよりダークがだよ!怪我したりしない?危ないことしてほしくないな」


 その言葉にダークがパチっと一回瞬きする。眉間の皺も消えた。そしてすぐに困ったように微笑む。


貴女(あなた)は、すぐそんなことを言うけど……それはこっちのセリフだって分かる?ちょっとは僕の気持ち、分かってくれた?」


 ああ、そうか。

 ダークにとっても私は同じように怪我してほしくない対象だったのか。それは確かに、ダークの怒りも心配も、分からなくはない。まあ、分かってはいたけど後回しにしてたって言う方が正確だけどさ。


「うん、ごめん。気をつける。でも、ダークが危険な目に遭うなら、尚更私の嫌がることをするって話は拒否するよ。私はダークのことが大切で大好きなんだからね?」

「……ふふ」


 私の言葉にダークは、くすぐったそうに笑うと、溶け出しそうなハチミツのように甘く輝くような瞳を向けた。そしてゆっくりと肩を寄せてハグしてきた。

 爽やかな花のような香りが鼻腔を刺激する。ダークっていつもこの匂いがする。ある晴れた秋に嗅いだ記憶のある香り。


「僕もご主人も、安全です。……魔族も。だから、任せて」


 落ち着いた声で囁く言葉は耳下を優しく撫でるように届けられた。こうして私の頬とダークの頬が触れ合うと、何故か安心できるような心地になる。


 ダークも魔族も安全な『聖騎士の結界』を解除する方法……パッと聞こえはいいけど、尚更何をするのかが読めない。普通はこういう甘い言葉って、裏があるからもっと注意深く聞くほうがいい。

 でも、それすらも放棄したくなるような、得体の知れない安心感……。


 まあそもそも、乗るか反るかの2択みたいにされてるけど、実質私に選択の余地はない。貧血(この)状態じゃ聖騎士1人も捕まえられないし、足を引っ張ってしまう。結局最後まで足掻(あが)き倒すならダークに頼ることになるだろう。


 迷いたいところだけど、結局はこの提案を了承するしかない。

 せめてチェスナットが目覚めてくれたら良いんだけど、まだその気配もないし。


「……その話、乗った」


 私の答えに身体が離れた。

 ダークがにっこりと笑っている。久しぶりに見た満面の笑み。相変わらず、眩しいくらい綺麗で、不思議で……惑わされそうだ。思わず目を細めてしまう。


「じゃあ、まずは僕の脚に頭を置いて横になってください」

「……え?」

「ご主人が嫌がることの一つ目です」

「え、あ……うん?嫌なこと?」


 まあ、確かに嫌がってる風にはしたけど、別に膝枕は嫌じゃないんだけど。寧ろ寝心地良すぎて好きだ。ただ、私が社会的に終わらないか心配って言うか……。

 てかこれを私が嫌がることの1回に入れちゃって良いの?


 戸惑いつつも、言われた通りにダークに膝枕してもらって横になる。


 ダークの太ももの、適度な高さと硬さ……あー、久しぶりだけどすごく落ち着く。これだけで頭痛が和らいだような気さえしてくるわ。長く息を吐き出した。


「……2つ目は?」

「この木の実を一粒鑑定しないで食べてください」

「えぇ……それは……」


 ダークの手にはいつの間にかラズベリーの様な紫色の実がある。鑑定できない様に手渡してくれなさそうだ。

 鑑定しないで食べるのか……得体が知れないから嫌だな。確かにこれは嫌なこと換算できるかも。

 ダークには前科があるからなぁ。辛かったらやだな。


「辛くないから、大丈夫」


 ダークって、たまに地味に私の心読んでくるよね。読心スキル持ってないよね?疑わしいんだけど。


「どんな木の実か聞いても良い?」

「1時間くらい寝てしまう効果があります」

「えー、嫌だな……」


 寝ちゃったら、色々とダメじゃん。残り時間もあと10分くらいしかないのにさ。


「体内魔力の回復に一番良いのは寝ることだよ。残りの一回分は、ご主人が寝た後に実行しますので、早く寝てください」

「えぇ……せめて何するのか寝る前に教えてよ」


 膝元から見上げると、ダークがイタズラっけのある笑みで口元に人差し指を立てた。この景色、写真で撮れないかな……可愛いと綺麗が混在してるわ。キラキラしてて眩しい。ずっと見てたい。


「それも含めて、ご主人の嫌がることだから、教えられません」

「……本当に『聖騎士の結界』を解除できるんだよね?残りの1回分の私の嫌がることで?」

「はい」

「ダークも私も魔族も、安全な方法で?」


 ダークが、木の実を持ってない方の手で私の頭をゆっくり撫でつけながら頷いた。


 あーなんかこれ、瞼が重くなってくる。でも、まだ寝られない。


「……ご主人は僕のこと、あんまり信用してくれてないんだね」


 あ、寝まいと顔を顰めたのを信用してないって取られちゃったか。

 長いまつ毛が寂しそうに視線を落としてくる。


「あ、いや、違うよ?そういうことじゃなくて、何か、都合の良い話すぎて不安というかさ……目が覚めると魔族が全滅してそうで嫌だなって」


 私の髪を撫でていた手が、チェスナットに噛まれた部分をなぞった。心配しているのか、嫌悪しているのか、怒っているのか判断のつかない表情。


 触ってくる手が少しくすぐったい気がするけど、眠気で感覚が鈍化してるのかも。抵抗感が薄い。寧ろもっと撫でられていたいような……あまり突き詰めたくない感情が湧く。


「そう……。じゃぁ、ご主人が目覚めるとき、貴女(あなた)は誰1人死なずに平和を取り戻したあの魔族の村の、ベッドの上だと約束する。これでどう?」


 首を触る手が私の髪へと戻される。ゆっくりと撫でつけるその動作に、どこか懐かしい気配がする。


「ご主人も僕も、魔族も無事。そこに転がってる役立たずも一緒にあの村へ連れ帰ります」

「こらこら、チェスナットが傷つくから。前半頑張ってたんだし、あんま厳しいこと言わないようにね」

「……でも、二発は殴りますからね」

「それ、私が目覚めてからにしてね」


 あ、不満そう。顔が曇った。


「……ちょっと嫌だけど、ご主人が言うなら、それは守ります。残りの嫌なことは1回分しかありませんし」


 あ、その回数は律儀に守るんだ?

 まあでも、ここまで言うなら、しょうがないか。任せても良いのかも知れない。


 ダークの柔らかな手が私の眼の上に被された。手の隙間から月明かりが見える。


「安心して、休んで」


 実はさっきから眠気が限界に近い。木の実なんか食べなくてもぐっすり寝れそうなんだけどさ、食えと言われたので大人しく口に入れられた木の実を咀嚼して飲み込み、目を閉じた。


 よく熟れた柿のような甘い味。


 目を閉じれば、すぐに真っ暗な世界が瞼の裏に広がる。遠くに聞こえる地響きは現実なのか、すでに夢の中なのか。その判別もつかないほどの闇に、意識が溶けていった。




 鏡の谷に生温(なまぬる)い風が通り抜けた。大量の血の香りを乗せて。

 (あけぼの)の白い光が差し込み、かつて篝火だった木屑から火の粉がパチパチと音を立てて飛ぶ。その火の粉はまだ夜の陰を映す谷底の地獄を微かに照らしては消えていく。闇に隠されていた惨状は、時を待たずして昇りゆく陽光と共にいずれ白日の下に晒されるだろう。


「……ユメの実は最低8時間、睡眠中の周囲の気配を遮断する。だから、どんな騒音にも起きることなく、ぐっすり眠れる」


 寝返りをうって自分の胴に顔を寄せる主人は、この深い眠りからまだ暫くは醒めそうにない。ユメの実の効果が切れたとしても体内魔力が枯渇していたなら、きっと1日は眠り続けるだろう。いくら女神の加護を受けて、無尽蔵に近い精気と体内魔力を持つとはいえ、回復には時間がかかるはず。


 新たに近づいてきた空を飛ぶ形態の魔物を一瞥し、無詠唱で両断する。自分と主人、その側に横になる魔族を含めた3人の周囲には夥しい量の魔物の死骸が重なり、たった今現れた魔物もその一部と化した。


「コレを知ったらご主人は怒るよね……いや、優しすぎるから、哀しむのかな。……まだ、貴女(あなた)に嫌われたくないんだけどな」


 サラサラと風でなぞるように、深く長い眠りについた主人の髪を手で軽やかに()かす。


「これはご主人が選択したけど、貴女(あなた)の招いた結果じゃない。全部僕がしたこと。僕が悪いんだから」


 主人の手を取り、その甲に唇を落とす。


「僕の罪を、どうか貴女(あなた)は背負わないで。コレを知っても、哀しまないで欲しい……ごめんね、ご主人」


 それでも、約束したことは真実だ。『聖騎士の結界』は無事解除され、自分達も魔族も死んでいない。あとは主人と魔族の族長を連れて魔族の村に帰るだけで、主人との約束は完遂する。

 ただ、あえて言わなかったことがあるだけだ。


 こんな自分を大切だ大好きだと言って、守ってくれる主人の嫌がること。その3回分は、実は言葉に出して言ったこととは別のことだった。


 嘘をつくこと。最大のリスクを言わずに騙すこと。そして……誰かをこうやって見殺しにすること。


 視線を変えて崖下を見下ろす橙色の瞳が、紅い光に反射した。まるでこの世の全てを破壊する魔王のように、冷たい光を湛えて。


「コレをすると『ヒト』は大量に死んじゃうなんて、ご主人にはとても言えなかった……貴女(あなた)はこんなの、絶対許してくれないから。あとは何とかしてね、勇者様たち?」


 嘲笑うかのように口角を上げ、吐き捨てるように呟いた。

ダークの嫌なこと3つ、魔族編が始まってから3回言ってるからすぐ見つかります。気になったら探してみてください。


余談ですがマジって死語らしいです……マジか。

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