ウィンタースポーツって何であんなに他のスポーツと違うの
崖から飛び降りて、早速後悔した。
正直言って、上から見て斜面が緩いから油断してましたよ、はい。
「どぅわっ?!うわわ、え、ちょ!?これ!止まんないー!!」
想定以上に地面がツルッツルだった!!
スケートリンクみたいに靴裏が滑ってどんどん加速するんだけど、これ!やばいって!
チェスナットも魔族の奴らも、一体こんなツルツル斜面をどうやって駆け降りてたんだよ?!スキルか?装備か?
とにかくアイススケートすらまともにやったことない私には無理だわ!
修学旅行でスキーに行ったくらいだぞ?!しかも、そのスキーの経験も役に立ちそうにないツルツル感!
運動神経にはそこそこ自信あったけどさ、流石にウィンタースポーツは無理があるって。スキーだって、子鹿のような私の脇を4歳くらいの子がスイスイと滑っていくのを見て、あ、これ向いてないなって実感したくらいだよ?
「ご、ご主人っ!前、前!」
延々と続く足元の地面のツルツルを見ながら、これ止まるの無理じゃねって諦め始めていたら、左脇に俵を持つようにして抱えているダークが注意してきた。
視線を上げて前を見ると目線の先には大岩が……。騎士やら魔族やらは聖騎士の閉じ込められた石の塔に集中しているみたいで悲しいことに私と岩とを遮るものは何もない。
まだ向こうの岩も対岸の壁を降ってきているところだから、距離自体はある。でも、方向的にぶつかるのは時間の問題だねぇ。
このツルツル床、一度滑り始めると加速も相まって体重移動程度で進行方向を変えられそうにない。履いてる靴の関係だろうね。てか例え方向変えられたとしても私のスケート技術じゃ無理だろうけどさ。
「これは、ヤバい……」
「くっ、上限がきて魔法操作が出来ない……」
魔法発動に上限とかあったんだ。初耳だわ。
まあでも、同じ系統とは言え7個も同時に魔法操作なんて、そもそも頭おかしいよな。
「ご主人、土魔法の塔を一つ解除していいなら僕が対処出来ます」
「いや、それはダメ!」
なんと言っても誉高い聖騎士なんて名乗る奴らだ。
個人の戦力としてもさぞかし上位の戦闘力だろう。そんな奴が、たとえ1人でも野に放たれたら何が起きるか分からない。
そんな奴らを魔法でずっと拘束してられるダークがいかにヤバいかわかるけど、一度逃せば次は通用しないはずだ。
今回聖騎士を捕まえられたのは、ひとえに魔族が土魔法を使わないという常識から油断をしていたおかげだからね。聖騎士だって馬鹿じゃない。2度目はなかなか捕まってくれないだろう。
それに、『聖騎士の結界』は森の知識によると、一度発動を開始したら聖騎士が1人範囲内に存在しているだけでも結界自体は完成するらしい。先ほどシステムメールで聖騎士の結界が発動したと連絡があったし、着実に聖騎士全員の鎧を剥がして無効化する必要がある。
それにしても、1人でも残ってたら良いなんて、何ともゆるゆる条件の厄介な結界だわ。
ということで全く予断を許さない状況である。このまま捕獲した状態でないと最悪の結末を迎え兼ねない。
「私が何とかする!そのまま維持してて」
「え、でも……」
「ギリギリまでやってみるよ。どうにもなんなかったら、その時はダーク、頼んだ」
「この状態で何を……」
ダークが何か食い下がってるけど後回しだ。
ひとまず、このツルツルを何とかしよう。
打撃スキルを適当に起動し、身体に赤いエフェクトを纏う。この状態ならある程度防御面でも身体強化されてるし、最悪岩にぶつかっても多少のダメージで済みそうだ。
まあ、おとなしくぶつかるつもりはないけど。
ちょうど今降っている斜面をスキージャンプの要領で一度しゃがみ、更に加速させた。
「よっこいっ!」
斜面が終わってなだらかな平面になる直前で掛け声を出して飛び上がり、空中で一回転。
「せっと!!」
滑走した勢いと回転の威力を乗せて、『攻撃対象:地面』に向かって踵落としをしてみた。
ドゴォッバキバキッパリーーーンッ
大きな地響きとガラスが割れたような音が重なると、私の踵を中心にして床一面に亀裂が入り、滑走が止まった。
「えぇ……」
ダークが若干引き気味の声を上げているのを聞き流しながら、向かってくる大岩に構えた。
右手を弓引くように後ろに大きく引き、更に身体ごと前に押し出すようにしてジャストタイミングで大岩に拳を当てた。
ドパァッガガガガガッガガガッバキバキッ
砕けた岩の破片が対岸のツルツル面に撃ち込まれていった。
「ふぅー、なんとかなった」
「魔力脈で硬化した鋼床と魔石岩を、砕いた……」
小脇に抱えた少年が、信じられないというように声を漏らす。
でもさ、ダークよ。
いつも私が相手しているダークの土人形のが大変だよ?強度も大して変わらないし。あと口割りの箱が今のところ一番硬かったよ?
まあ、そんなことは今はどうでもよくて。
進むべき方向を睨んでダッシュする。
さっきの亀裂のおかげで床面が滑りにくくなった。全力疾走とまではいかないけど、河原の小石を踏みながら走ってる感じに近い。
「ダーク、あっち、チェスがいるところを感知して共有出来る?私、黒いって事くらいしか分かんなくてさ。何が起きてるか知りたい」
「……やってみます」
今まで魔法を分類するための感知しか共有したことないけど、ダークは音とか他のことも感知してるはずだもんね。
すると、走りながら不思議な感覚が湧いてくる。
自分が今走っているのとは別の感覚……音と視界が別枠で重なった。並行した夢の世界と現実の世界の境が曖昧になる感じで、少し気持ち悪い。
なんかこれ、長く続けると良くない気がするけど……今は非常事態だからしかたないか。
そう考えている間に、チェスナット(と思しき包帯少年)が地面に転がったのが分かる。
「うぐっう……」
「聖騎士を閉じ込めるなんて大技、誰が考えついて実行したの?あれは僕でもひとつずつ壊すのに骨が折れそうだし……それが7つ同時発動なんて凄い魔力操作だよね?魔族にそんなことできる子が居たなんてさ、ビックリだよ」
チェスナットに話しかけながら、ゆっくりと近づいてくる若い男……聞いたことない声だ。
「これまでにない新しいイベント展開だから期待してたんだよ?でもさ、きみにはガッカリだなぁ。一定間隔で同じ方向に向かってたら、どんなに速くても捕まえるのは簡単だよね。そう思わないかい?」
感知だから顔の細部まで見れないけど、なんとなく勇者かなって読み取れる。
私がまだ会ったことない勇者……魔法防御無効の勇者か?確か、ショウって名前だった。
「くっ」
「おっと、まだ逃げようとしてる。じっとしてないとダメじゃないか」
そう言いながら無造作にチェスナットの腹に向かって剣を投げつける。
「あがぁっぐっ」
投げた剣がチェスナットの背に命中し、再び地面に倒れた。
「っ!チェスっ!!」
今すぐにその場に行きたい。
けど、元の身体の感覚によると目算でまだあと数百メートルは離れている。地面のヒビもだんだん減ってきて足場が悪い。全力疾走できないのも良くないな。
もう一回砕くか?
焦っている間にも男の声が共有を通して感知される。
「はぁ、君さ、やっぱり脆いよねぇ。マルローンとは違う……禁忌の器としては不適格だよ。物理防御力以前に、こんなにすぐ腐っちゃってさ。ちゃんと制限時間いっぱい死を拒絶しないと。ほら、今回は特に形勢は君たち寄りだから、仲間の魔族がたくさん死んじゃうよ?」
「くっ、お、お前らなんかに、殺されて、たまるか」
「あはは、何を言ってるのか分からないなー。それとも、ただ呻いてるだけ?声が聞こえない呪いって、可哀想だね」
チェスナットの元へゆったりと落ち着き払って近づいてくる勇者。
「そう言えば聖剣はね、ここの硬い鋼床でも関係なく突き刺せるんだよ。試してみようか」
発言内容とは裏腹に明るい言い回しに、言葉の処理が追いつかない。意味を噛み砕いているうちにチェスナットの背に刺さっている剣の柄に両手を被せ、足元に転がるチェスナットの身体へとさらに深く突き刺した。
「ぐぁああっ!」
チェスナットを中心にして数百メートルがバキバキと音を立てて地面にヒビが入る。
「はぁ、可哀想だね。君は本来ならもっと早い段階で死ねたんだ。君たちを見捨てたお兄さんを恨んだ方がいいよ」
言いながら、柄の上に置いた手の甲に自分の顎をのせて退屈そうに見下ろす。
この勇者、正真正銘のサイコパスだわ。ユウキが可愛く見える。何で人を刺しといてそんなに平気でいられるのか。
「勇者2人が定位置にいないし、聖騎士が軒並み捕まったから新しい展開だと期待したのにさ。結局、変わらなかったなぁ……残念。あ、そうだ。弟魔王は脚があると面倒だからさ、死ぬ前に切っちゃうね」
「うぐっ」
チェスナットの腰あたりを片足で押しながら聖剣を引き抜いた。
そして持ち上げたその剣先が脚の方へとずらされていく。
そこへ、風が吹いた。
風に乗った小さな赤い粒が、ぱちぱちと音を立てて火の粉のように舞い、粉々になった鏡の谷の欠片に映り込む。
チェスナットを踏みつける勇者が、その気配の元へ顔だけで振り返った。
切れ長の眼に、薄い三日月のような眉、どこか退屈そうな曇った表情をしている。
「その子を、返してもらおうか?」
「……あぁ、君が改編者だね」
「どうも。呪い無効の勇者だよ」
私は静かに共有の感知を解除し、ダークを背負う。
この勇者は、化け物級に強そうだ。