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孤高の戦士

「やっぱ子供だねぇ、チェスナットは」


 つるんとした氷の様な不思議な谷が続く崖の上に、胡座をかいて広大な景色を眺める。


 確かにこれは守りたくなるくらいに綺麗な光景だろうな。まだ暗いから全貌は分からないけど、至る所に焚かれた明かりが反射して幻想的な風景を作り出している。


 そんな美しく浅い谷底に、視界の端まで人だかりがある。どうやらこの兵士達は私の出身地にしている王国だけじゃなくて、他の国も含めた連合国軍のようだ。ざっと見て鎧の形状が違う兵士が3種類居る。


 本来ならこの魔王攻略に参加する勇者の3人が、これから各々あの部隊を預かって行動していくんだろうけど……私はそれに対して反対の立場としてスタート地点に立っている。


 今は幸い、ノゾミさんの協力もあってあの中に居るのはもう1人参加しているはずの勇者のみ……でも、それらしい影は見当たらないな。まあ視力そこまで良くないからわからないけど。


 で、その3000の兵士の中で一際先頭に立つ無駄に豪奢な金色の騎士の鎧。そのオッサンは、ここに軍隊が到着するやいなや、馬上で延々と逆賊チェスナットの悪行というのを並べ立てている。でも、どこからどこまでが真実かは非常に怪しい。チェスナットがやりそうにない、数千人規模の虐殺、放火や強盗被害、要人襲撃まで多岐にわたってこと細かに言及しているのだ。多分……やってないよな?


 話によると聖騎士の鎧はあんなテカテカの金色じゃないらしいから、あのオッサンは、普通のお偉いさんってやつだろう。


 確かにあんなのが聖騎士様って言うんなら世も末だ。顔を見てすぐわかるほどの嫌悪感が襲ってくる。あれは脱税云々だけじゃなくて、色々やっちゃいけないことやってる顔である。ノズたちとはまた違ったヤバい系だ。


 まあひとまず、大人として未来ある若者にしっかりアドバイスしてやらないと。


「……思いっきり嘘つきの顔じゃねぇか。あんな大人と約束したって意味ねーよ。守る気なんてさらさらなさそうな顔してる。流石にすぐ見て気づけ」

「そんなの、どうやって見分けんだ?!分かるわけねー」


 私の言葉にチェスナットが苦虫を噛み潰したような顔になる。

 どうやらあの野郎が本当にチェスナットに偽の示談の話を持ち込んだらしい。適当に当たりをつけて言ってみたけど当たるもんだな。


 チェスナットは一カ月前に襲撃された後、どうやらあのクソ野郎(オッサン)に、村長(むらおさ)(あかし)である先祖の名前を他の人へ継承せずに死ねば、死亡を確認次第、魔族と環境の保護をしてもらえるという、いかにも怪しい甘言をかけられていたらしい。


 ノゾミさんが魔王攻略の話をした後に、こちらへ向かいながらチェスナットが教えてくれた。聞いてた話と違うって感じで。


 さて、ノゾミさんから聞いたこの魔王攻略イベント。

 聞けば聞くだけ反吐が出るクソイベントだ。


 このイベントに参加した勇者は、戦闘開始の合図『聖騎士の結界』の展開がされた後、与えられた兵士を上手く利用して魔族を追い込み漁のように待ち受けて、片っ端からHP半分以下(プラス)状態異常をかけて回るらしい。魔族を殺してしまうと魔王が強化されるのでダメなんだと。

 状態異常で一定時間いた魔族は周囲の兵達に拘束され、光魔法で保護をかけられる。


 そうして制限時間……『聖騎士の結界』が完成する時間いっぱい魔族を保護して回る。難易度高めの戦闘がある割にレベルの上がらないイベントだから人によっては好き嫌いの分かれるものらしい。

 だけど、1人だけどうしても捕まらない魔族が居る。それがチェスナット。呪いを受けて腐った肉体を持ってしても半分魔王化しながら高速で動き回り、兵士を着実に減らしていくんだと。

 あくまでもゲームイベント上では、勇者たちには絶対捕まることがないらしい、いわゆるお邪魔キャラだ。


 それでも、最後の最後まで戦い、逃げ切った魔族を襲うのは、『聖騎士の結界』による破滅だ。


『聖騎士の結界』は、聖騎士7人によって展開される大規模結界らしい。完成すると指定範囲一帯の精気……魔物も魔族も関係なく、その力の根源を吸い上げるとのこと。

 この結界の完成時点で保護のない魔族は、精気が枯渇して餓死する。そして勇者たちは魔王との戦闘へ……という流れらしい。


「でもさぁ、その結界範囲からいったん逃げてしまえばいいんじゃないの?確かに広いかもしれないけどさ、逃げれないこともないでしょ」


 シンプルな疑問を聞いてみた時のことを思い出す。


 どうやらこの結界、たいそうな準備を必要とするらしく、世界に10人しかいない聖騎士を今日の為に7人も投入するという。そんな大掛かりな結界がずっと維持されるわけがない。


「『聖騎士の結界』は、精気を跡形もなく消し去るんです。一度枯れた精気は、結界が解けても二度と戻らない……魔物どころか、どんな動物も生まれない死の土地に変わり果てます」


 ん?それ、果ての森と似てるね。

 あそこ、全然生き物いなかったもんな。またあんな風にタンパク質に飢える日々を送るかと思うと、嫌だわ。


 何にせよ、魔族にとって『聖騎士の結界』は事実上の死刑ってことだ。例え兵士に保護をされたとしても、彼らの愛する土地が変わり果てていく様をただ見ることしかできないのは、いったいどれほどの生き地獄なんだろうか。


「くそっ!あいつらめ、いくら塩がほしいからって、なんて事考えやがる!」

「あら、最初から目当ては塩ではありませんわよ?もちろん副産物として、しばらくお金に不自由しなくなりますけれど」

「じゃあ何だよ、何が目的なんだ?」

「勇者側の狙いは塩の湖に眠るいくつかの貴重な宝物(アイテム)ですわ。でも、国の方々が欲しいのは捕えた魔族の方なんじゃないかしら」

「……何で?」


 一応聞いておく。でもなんか、きな臭いなぁ。


「このイベントでは、捕まえた魔族の人数が多いほど、塩の湖の利権を勇者に与えてくれますわ。そして残りの利権の大部分は、今回のイベントに参加しなかった勇者に送られます。代わりに魔族のかたがたは、今回参戦した兵士たちの国に連行されていきますの。ゲームをしている時は捕虜だからと特に不思議じゃありませんでしたが、これほどの人員を動かしておいて、塩の湖の利権のほとんどを勇者に譲るなんて、少しおかしいですわよね?それに……」

「それに?」

「ファーバルカプのエピがそうじゃないと説明つきませんもの〜!」


 くねくねしだした。やめてくれ。


「ファー……なんだ?」

「エピ?」


 2人とも、困った様にこっちを見てくるな。

 私も困ってるんだから。


 色々難ありだけど、私はそのカップリングとやらを強要してこないなら腐女子は普通に偏見なく話せる。なんやかんや交友関係は広い方だからね、友達には腐女子もドルオタも何人もいる。彼女たちと話す時のコツはそう、深く考えてはいけない。そして、決して否定してはいけない。


 幸いなことにノゾミさんは同担拒否とか別の組み合わせ推し拒否派の人ではないし、ただただ自分の欲望に忠実な人だった。あとは腐女子ワードさえ空気を読んで控えてくれたら申し分なく、普通に友達になれるのにな……。


 ふっ、余計なことまで思い出してしまった。


 まあそんなことはどうでもいいや。きっと今頃はノゾミさんは作戦通り、動いてくれていることだろうし。


 生ぬるい風が、この谷を渡って私たちの立つ崖上まで届く。


「ちっ、あの野郎言いたいだけ言いやがって。あの勇者がネタバラシしてくんなきゃ気づけねぇぜ」


 チェスナットが痺れを切らして眼下の男に小さい声で悪態を吐く。


 てかあのオッサン、まだしゃべってるのか、長いな。


「まあ、最初は悪そーな顔かどうかで判断すればいいんじゃない?あんたなら元気なうちは、だいたい見分けられるっしょ」


 子供にとっての年月と大人の時間は長さが違う。チェスナットは大人が考えるよりも、何倍も長い体感時間を戦って過ごしてきただろうし、村長なんて責任あることまでしてるんだから……流石に疲れるでしょう。


 まあいくら元気でも見極められないような化け物もいるけどね。


「確かによく見たら嫌な顔してるぜ……ったくよぉ、だいたい何だ?今言われた罪状は。シトレンの放火?ドワーフのタクタ王の襲撃?ユシララの爆破?何でオレ様がやってもねぇことまで言われなきゃいけねーんだ。んなことする意味も暇もねーっつーのによ、納得いかねーぜ!」


 うん、すまん。1つは私たちの罪だわ。

 仲間を守る心優しいチェスならきっと許してくれるだろう。……絶対言わないけど。


 ダークと視線を交わらせ、この件は黙ってやり過ごそうと頷くだけで確認し合う。人間って、いざとなると目で会話出来るのすごいよな。


「まあいいや。どうせ何言っても意味ねぇし。んなことより、あの作戦に変更はねぇか?」

「うん、ない。ダーク、最終確認だけど、いける?」

「はい。気配はあるので、特定し次第すぐに実行出来るかと」

「……ふん。じゃあ、行ってくるか」


 首と関節をパキパキ鳴らしてチェスナットが立ち上がった。


「聞け!この景色をぶち壊そうとする愚かな兵士達、塩の湖も含めて、ここはオレ様の愛する大切な景色、故郷だ。お前らが勝手に決めつけてくるどんな罪があろうと関係ねぇ!!ここはオレ様の守る土地!お前らの好きにはさせねぇ!!」


 一瞬、()ぎる静寂。そして……


「何だ?何を言ったんだ?」

「……聞こえなかったぞ」


 仲間の方からも声が上がる。


「ぶふっ!あ……ごめ、つい。抑えられなかった。チェス、お前、今呪いかかってるから。今の言葉、みんなに聞こえてないよ」


 やばい、笑うとこじゃないのに不意打ちでつい吹き出してしまった。ダークもプルプル横隔膜を痙攣させている。私に触れてたから聞こえたんだろうね。


 崖の方を振り向いたままチェスナットがプルプル震えてる。


 あらぁ、恥ずかしがってる……耳が赤いね。


 私も立ち上がってチェスナットの肩に手を置いた。


「えーと、もっかい言う?これなら聞こえるよ」

「……言わねぇ」

「あそう。もったいない。結構かっこよかったのに」

「ニヤニヤしながら言うな!くっそー。出鼻くじかれて、やる気がでねぇ」


 チェスナットが嫌そうな顔してだらんと肩を落とす。


「返事を聞かせてもらおう!我々はチェスナットどのの身柄さえ確保できれば魔族に関与しないと言っている」


 先ほどから口上を述べている偉そうなオッサンが声をあげてくる。チェスナットが死ねばなんてワードを控えてる時点でほんとに怪しい奴だな。他の魔族が黙ってないのを完璧に把握している。


 ……結界の範囲指定まであと5分くらいか。

 呆れたもんだ。これで聖騎士の結界ができるまでの時間稼ぎをしてるんだからな。

 どうせ投降しない者は全員皆殺しの予定だろうに。


 チェスナットが鼻で笑う。

 下からの真っ赤な炎に照らし出され、不適な笑顔と共にキラリと光る瞳は、さながら先ほどの全ての罪を行ってても不思議じゃない極悪非道のヴァンパイアだ。

 まあ、罪の一つのユシララ爆破をしたのは私たちだけど。


「悪いが気が変わった!オレ様が特別にお前らと遊んでやるから覚悟しやがれ」

「何をっ!」


 偉そうなオッサンの返事を待たずに、チェスナットが背後の魔族に片手をあげて合図を出した。


 すると、崖上に並べられた大岩が次々と落とされていく。

 この鏡の谷は、斜面がツヤツヤだからか、転がった大岩は対面の崖まで上がると、再度降りてくる無限振り子状態になる。大岩が足されるたびに下からの喧騒が激しくなった。


 何を思ったのか、チェスナットが私に背を向けたまま不意に肩に置いていた私の手を避ける。チェスナットの表情はよく見えない。


「どした?」

「兄貴と同じで3年間戦ってきた。でも、違う……親父が死んだのは3年前だった」


 ああ、なるほど。

 これは私以外の誰にも聞かせたくないんだろう。そして、チェスナットが何を言いたいのかが分かった。


 あのマルローンが動いていた世界では、確か一カ月前に亡くなったと言っていたはず。それが引っかかってたみたいだ。


 マルローンの魂が砕けていない世界が、実際のところどうだったのか、私は知らない。でも、一つ、確実なことがある。


「それは現実じゃない。今を見ろ、比べる意味がない」

「でも」

「じゃあチェス、あんたが戦場に立ち始めてからの3年間、後悔したり反省したりは一回もなかったか?」

「は?!そんなの、いくらでもあるに決まってんだろ!」


 チェスナットがこっちを向いて睨みつけてくる。決して赦せないことがあったかのように。


「だろうね。それが、そっちが現実だよ。その後悔と反省が、今そこに立ってるあんたの力だ。過去のあんたよりも強い自信があるなら、他の何とも比べる必要なんてない。違う?」

「…………」


 チェスナットは無言で、視線を落とした。でも……


「ふっ」


 ちゃんと伝わってくれたようだ。チェスナットは再度不敵に笑って拳を水平に持ち上げた。

 私もチェスナットの拳に自分の拳を合わせる。


「さっきのは忘れてくれ」

「いいよ、私は忘れっぽいからね。それじゃ、10秒毎にこの笛を吹く。必ず戻っておいで。そしてなるべく……」

「殺さない様に手足を狙う、だろ?」

「そう。私が協力する最低条件だからね。そのあとは任せて」

「ああ頼んだぜ?カナメ」


 私から手を離すと、まるで玄関から出ていくかのように気楽なステップで崖から飛び降りた。


「いやー、さすがチェスナットが連れ込むだけあって、肝が座ってんな!」

「ちげぇねぇ!あのチェス坊が頼んだなんてセリフを言うとはよ!?」

「俺は天地がひっくり返ったってないと思ってたぜ」


 大岩を落とし尽くした魔族達が私の周りに集まってくる。この谷に到着した時はあんまり興味ない様に見えたけど、チェスナットがいる手前、気になっても近寄れないでいたらしい。こいつら、私らに無関心なふりしてさっきの会話にも耳をそばだててたんだな。


「それにしても、いい面構えじゃねぇか。戦士としても強そうだな、おまえさん」

「あれでこんな良いお嬢さんをつれてくるなんてよ、チェスナットは目ざといなー」

「度胸と強さを兼ね備えた別嬪さんじゃねぇか」

「いやいや、流石に、言い過ぎでしょ」


 はははーん、私を褒めても何も出ないぞ?

 てか魔族だと私の評価高いの何でだ。いっそ私は気づいてないだけで魔族なんじゃなかろうか。


「ご主人、真に受けちゃってる……」


 呆れた様な声でダークがなんか言ってるけど聞こえなーい。


 照れつつも、チェスナットに向けて呪いの伝達笛を吹く。するとほぼ同時に私の拳をサッと何かが触って消えていく。


 ほんとに速いんだな。ガチで見えないじゃん。こりゃ確かに捕えるどころか物理攻撃すら無理だわ。


「いや、真面目によ。チェス坊に限っては人にものを頼むなんて一生ないと思ってたぜ」

「俺は村の中でもうチェスナットを見かけることもねぇと思ってたぜ」

「ちげぇねぇ。死んだ親父さんの後を継いで戦地に行ってから、ずっと村に帰らなかったからな」


 チェスナットはお父さんが死んでから戦場に行き出したのか。じゃあお兄さんと比べようがないじゃん、アホだなぁ。


 笛を吹く。


「3年帰ってないてこと?戦場に出てからずっと?」

「まあ、最初の数日はちゃんと村に帰ってきてたぜ」

「でも……当時街道を見張ってた奴が1人死んでからは帰らなくなっちまった」

「そいつも合わせて、アイツが長になって死んだ魔族は3人だけだがな」

「俺たちが一緒にチェス坊と戦場で戦えたのは、最初の1年だけだぜ。寂しいがな」


 3人……壮絶な戦闘を繰り広げてると思ったから少ない様に感じるけど。そんで、1年だけ一緒にってどういうことだよ?


「……つまり?」

「最後の1人はチェスナットが攻撃した拍子に巻き込まれた事故だった」

「……足手まといになっちまうんだよ。俺たちの実力じゃあ、一緒に戦えねぇんだ」


 哀しげに魔族の男が言葉を搾り出した。周りの男たちも似たよう顔をしてる。


「…………」


 無言で笛を吹く。


 何だか、お兄さんの動いている世界の雰囲気とは違うと思うんだけど。チェスナットはちゃんとそれに気づいてんのかな。


「アイツだけがずっと戦ってんだ。俺たちはいつでも死ねるが、アイツはいつも1人で何でも済ましちまう。景色のために戦うって言っても、これくらいのことしかよこしちゃくれねぇ」


 崖を転がる大岩の音が遠くに聞こえる。


「神の子の弟だけどよ、俺たちにとっちゃアイツが……チェスナットが神の子だ」


 肩をすくめる筋肉隆々のマッチョが言う。

 この濃い緑の入った髪……この特徴は、バルサムって言ったか?ノゾミさん一推しの魔族……。後で別働の件を話しとかないとな。


「だからせめて、チェスナットの家やマルローンのお世話をしてた……ってこと?」

「……それでもチェスナットは帰ってこねぇから頓着しねぇけどな。俺らに出来るのはそれくらいしかねぇ」

「ふーん」


 適当に相槌をうちながら笛を吹いた。


「だがよ、俺は最後は神の子と共に死ぬ。それがせめてもの恩返しだ」

「ああ。村にはもう戦士しかいねえ。他はみんなビレトリアに移住した。守るものはこの景色と、先祖の名を継ぐチェスナットくらいだ。もしその騎士の結界ってのが展開したって騎士なんかに投降するもんか。自決してでもこの景色と共に散るつもりだ」

「俺たちはいつだって、アイツと臨終する覚悟は出来てるんだ」

「…………」


 笛を吹く。


 何だろうな。やりきれない。


 チェスナットが必死に戦って、自分の時間を犠牲にして、命を賭してでも守ろうとした魔族(こいつ)らは、その犠牲の上に立つ自分の命を軽んじる。


 鏡のように、自分が大切にしないものを自分の大事な人もまた、大切にしてくれないのかもしれない。


 それとも、この世界は本当に命より重いものが多いのか。だとしたら、何て救われない酷い世界なんだろうな?


 眼下に広がる赤い篝火が、鏡の谷に反射して一面燃え盛る炎のようだ。チェスナットにやられた兵士の叫び声がこだましてくる。


「ちっ」


 頭痛が走って思わず舌打ちする。


「……ダーク、全部見つけた?」

「はい。いつでも」

「さすがだね」


 崖下を見つめるダークの瞳が、篝火を受けて真っ赤に光る。1人も逃すまいと瞬きすらしないその目は味方だからこそ頼もしい。敵になったらと思うとゾッとするね。


 笛を吹く。

 チェスナットと、ダークに向けて。


 ドォォオオンッゴゴゴゴッ


 突如響き渡った地響き。


 さあ、私たちの作戦の始まりだ。


「何だ?!」

「地割れかっ?」

「いや、違う!あれは……柱?!」


 一瞬で7本の柱が天に向かって突き立てられた。

 柱の中心にはそれぞれ聖騎士の鎧である白金が光り、檻のようにして閉じ込められている。


 私は深く、息を吐き出した。


「お前らさぁ、黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがって。その(ざま)じゃ、景色のために戦う戦士じゃなくて、ただ守られてピーピー文句垂れるだけの赤ん坊じゃねぇか。いい大人が、子どもを犠牲にして、ただのうのうと村で過ごしてただけだろ?」

「なん?!」


 笛を吹く。


「そうやって守られておいて、何を言うかと思えば一緒に死ぬのがチェスナットへの恩返し?はっ、臨終だの何だの生産性低いこと言ってんじゃねぇよ!そんなことしてチェスが喜ぶわけねーだろ!ばあか!」

「な、なんだと?!」

「俺たちはただ足手まといに……」


 笛を吹く。


「チェスナットの足手まとい?ふん、そんなの、てめぇらの無い脳みそ振り絞ってカバーしやがれ。ガキ1人に戦わせて、何が神の子だ?!ふざけやがって!!チェスナットはね、あの馬鹿騎士どもに騙されて、馬鹿正直に信じてさ、今日、たった1人で死ぬつもりだったんだ」

「………………チェス坊がか?」

「あいつ、何でそんな」

「そんなの決まってる。他でもない、お前らの無事を奴らと約束したためだ!お前らが、もう誰1人、この景色のために死なないように!!」


 シンと静まった崖上に、谷底からの喧騒が這い上ってくる。


 笛を吹く。

 こころなしか、少し強めに拳がぶつかった。


「まあ、喜べよ。そんなアホなお前らに朗報だ。聖騎士の結界は後数分で展開するけど、完成まではあと1時間ある。聖騎士の結界は加護によるから聖騎士の装備で全て決まるらしい。ダーク(この子)の魔法で、それぞれの柱に奴らを閉じ込めた」

「それじゃあ、アレは……?」

「チェスが大勢を相手してる間に、あの柱の元に行け!お前らの大切な景色と誇りを奪おうとする愚者どもの鎧を、今すぐ全て引き剥がせ!魔族の戦士なら、自身の恩は、力で示せ!!」

「「「う、うおおおおおお!」」」


 魔族の戦士はピンときたらしい。

 私にキレる前にその矛先を崖下に向けてくれたようで、雄叫びをあげながら駆け降りて行った。


 言いたいこと言って、ノリで煽ったけど、なんとかなったな。そしてスッキリ。

 さっきの頭痛もだいぶ良くなった。


「ご主人、今のは魔族にしか通用しないから気をつけてね」

「やっぱり?」

「……ヒヤヒヤした」


 ふぅと小さくため息をつく隣の賢い男の子は、たった今駆け降りて行った魔族達を見つめている。アレだけの土魔法を維持しておいて涼しい顔なのは意味がわからないな。でも、やっぱり負担はかかってるみたいでMPが急速回復スキルを持ってしても微量にマイナス消費していっている。


 光の当たり具合だろうけど、先ほどよりも随分と穏やかな表情をダークが浮かべている。


「魔族ってほんと、先祖のことを長々と自慢して、情に厚くて仲間思いのくせに、単純で不器用だ。大きな子供の集団ですよね」

「ダークてさ、ほんとストレートに貶すよね」

「ふふ、褒めてますよ。見ていて嫌になるくらいに……」


 笛を吹きながら流し見すると、まるで懐かしむような表情が見える。ふと、思いあたった。


 ダークはチェスナットが魔族と分かると最初からどんな種族か知ってるように接してきた。

 名前を聞こうとすれば止めてきて、先祖の名前を全部言うことだったり、魔族はこうだとうんざりしてみせたり。村の場所だって夜の視界が悪い中、詳しく聞いてないくせに知っていた。


 初めは森の知識だと思ってたけど……それが万能じゃないと知った今、少し違和感がある。


「ひょっとして、ダークはここの魔族に何回か会ったことあるの?」


 いや、会ったことはないか。

 誰もダークのことを久しぶりなんて声かけてないし。


「……分からないんです。知っている気がするけど、何も覚えてない。でも、今みたいに言葉が自然と浮いてくるんです」

「……呪いのせいかな?」

「そうかもしれません」


 確か、言語不理解の呪い……エルフ語以外の言語の記憶が消去される呪いがあった。


「でも……」とダークが続ける。


「僕は忘れたくない記憶は拒絶で引き留められます。今忘れてるってことは、きっとその程度でしかないものなんです」

「…………」


 少し考えて、隣に立つダークの頭へ手を置いて撫でる。


「ダーク、忘れることはいいことだよ。その忘れた分は、忘れてもいいくらい心穏やかに過ごしたってことだからね。その場合、拒絶できないくらい暖かい思い出だったってことでしょ?」

「僕は……」

「あ、やべ。笛吹くの忘れてた」


 ぴーと吹くけど拳に手が当たらない。


「チェスー!!」


 呼びかけてもう一度吹く。


「どこだ!?もどれー!!」


 確かに10秒は過ぎたけど、だいぶ余裕(マージン)を取って設定していたはずだ。実際は包帯巻き巻き状態のおかげで30秒くらい経ってもある程度動ける。


 笛を吹くのは遅れたとはいえ15秒程度なはずなのに。

 何度も笛を吹くけど、身体に掠りもしない。


「ダーク!チェスナットはどこにいるか分かる?」

「今、感知で探してます!」


 私も崖下を見るけど、そこまで視力も良くないから探せない。立っている兵の数は、さっきの半分くらいか。


「あそこ!中央の柱近くにいます」

「っ!」


 視線を送ると、黒いモヤの塊が見えた。


 全身の毛が逆だつようだ。

 その姿を確認するなり、すぐにダークを抱えて崖から飛び降りた。

お読みくださってありがとうございます。

クリスマス頃にまた投稿出来たら……良いなぁ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話がめっちゃ進んで嬉しいし、チェスナットみたいなまっすぐなキャラめっちゃすき
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