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偽の知識はたまに正しい知識にまさる

 ダーク同様に立ち上がって同じ方向を眺めると、軍勢はざっと見て3千人くらい。ただ、強行軍って程ではなくて、ゆっくり近づいて来ているのが唯一の救いか。ここに到達するまではまだ時間がありそうだわ。


 ダークの不穏なセリフから察するに、魔族を狙ってきてるんだろう。


「ちっ、あいつらめ!性懲りも無くまた来やがってっ!!」

「……またって。前にもこんな大勢相手にしてたの?!」

「ここ半年は不定期であのくらいくる。前回は一か月くらい前だ。おかげでオレ様のレベルはガンガン上がってるけどな!」

「へー」


 一か月……あぁ、王城で隣国との情勢うんぬんかんぬん言って仲間1人も連れて行けなかったのは、あながち嘘ではなかったんだね。

 だとしても騎士1人くらいは仲間に預けてくれても良いとは思うけどさ?久しぶりに思い出したけど、やっぱケチだよな。呪い無効の勇者が無価値扱いなのは何とかならんのか。


 ん?軽く聞き流しかけたけど、あの人数を相手にこの子ほんとに戦ってたのか?


「ちょっと、鑑定するねー」

「は?」


 名前:チェスナット・・・

 種族:魔族(混血ヴァンパイア)

 LV:67

 称号:強欲なる掃討者

 加護:精霊の加護

 ユニークスキル:魔力操作LV3、感知LV3、精力吸収LV5、吸血LV2、HP回復LV4、拒絶LV1、強欲LV8

 スキル:闇魔法LV5、斬撃LVmax、連撃LVmax、駿足LVmax、不屈LV2、飛翔LV3、身体強化LV8

 HP:88/100

 スタミナ:52/100(+300)

 MP:54/100

 物理攻撃力:100

 物理防御力:100(+2500)

 魔法攻撃力:100(+1500)

 魔法防御力:100(+2500)

 回避力:100

 テクニカルポイント:0

 ※状態異常:弱体化


「うわぁ、これは……」


 弱い。

 状態異常にマークがついてるけど、オール100て。私よりひどいじゃん。ダークよりもレベル高いくせに、スキルと装備で何とかなってる感じだな。


 あと、名前のところが地味に省略されてるのがウケる。タップしたらちゃんと長い名前が開くけどね。さっき間違えて押して、即閉じた。


「あーーーー!お前!お前、まさか!まさか、勝手にオレ様のステータスを見てるんじゃねぇだろうな?!」

「うん。今見てるよ」

「ばかやろぉーー!最低だーー!!」


 チェスナットが叫びながら私の腕の中で短い手足をバタバタさせる。騒がしいなぁ。減るもんじゃないし良いじゃん。


 まだ全部のスキル読み終えてないけどステータス画面から意識を戻して抱えている幼児を見下ろすと、チェスナットの目が潤んでいる。


 あら、本当に嫌だったみたいだ。完全に泣いてはないけど、泣く一歩手前だ。


「いや、ごめんて。そんなに嫌がるとは思わなかった。どのくらい強いのかなって、気になったからさ。あ、ほら、スキルmaxいっぱいあって凄いね」

「うぅ、さっきステータス見ながら弱いって思ってただろ」

「うっ、それは……ごめんって」

「くそぅ、呪いもなくてこんなんじゃなきゃぁ、お前みたいな無礼な奴、今すぐ八つ裂きにしてやるのにっ!」

「ご主人に手を出すなら僕が殺しますよ」


 ダークが氷点下のような声音と視線をチェスナットに向けた。


「けっ!そんなの全然怖くねぇぜ!エルフ相手だろうと、いざとなったらこの女の精気を吸ったら良いんだからな!!」


 と、言いながら幼児が私の肩へ紅葉みたいに小さな手をかける。凄んで見せてるけど、ちっとも怖くないな。チビだし。


「ご主人、あの軍勢はコイツを狙ってると思うので、今すぐあの棺桶に入れて差し出しましょう。手柄として色々望めるかと……」


 ダークの背後に炎が見えるのは幻覚かな?魔法かな?火魔法は焚き火以外で極力使わないでって言ってるから幻覚か。

 それにしても、かなり怒ってるね、これは。


「まあまあ、ダーク、落ち着こう」

「逆に何でご主人はそんなに落ち着いていられるんですか!コイツ、今ご主人のこと……」


 ダークの背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。


「こんな小さいことで怒るなって。多分、この子が本気で精気っていうの?を吸うつもりならとっくに吸ってるじゃん?何か理由があって出来ないってことでしょ?出来ないことに対して、そんな怒ることでもないし。私が先にコイツの嫌がることをしたんだからさ」

「…………」


 うむ、ダークが不機嫌になった。


「ふん!オレ様だって、好みはあるからな!」

「お前はそろそろ、そのうるさい口を塞ごうか?私にだって好みはあるわ」


 なんか、この論争はサンともしたな。状況が違うけど。


「勝手に人のステータス盗み見る破廉恥な痴女、こっちから願い下げだぜ!」

「痴女って!お前意味分かって言ってんのか?もう許してやらん。このチビクソガキ!」


 黒いフワフワ髪の頭を片手で鷲掴みにして、軽〜く力を入れながら上下に動かした。


「ふぁ!?!?!?」


 どうだ、新感覚でぞゎぞゎするだろ。


 チェスナットは私の手の動きに合わせて、小さい手を握りしめて眼を見開きながらピクピクと反応する。


 赤ん坊もこれするとびっくりして泣き喚くのやめるからやってみたんだけど、魔族の幼児(クソガキ)にも通じたみたいだ。赤ん坊と同じ反応なのが可愛い。やっと静かになる。


「……でさぁ、この場で私しかこの発想してなさそうで不安だから、あえて言うんだけどね?ひとまずここはさ、逃げるしかないよね?」

「「何で?!」」


 案の定、ダークとチェスナット2人から同時に声が上がった。この2人の頭には逃走の2文字はなかったみたい。


 いや、逆に何でだよ?!あんな人数相手にまともに戦闘できると思ってんの?!んなわけないじゃん!!3,000対3て、無理があるでしょ!

 まともな神経なら即逃走だろ?!


「お前、この景色を好きな同士だから大目に見てやろうと思ってたのに!ここをアイツらに踏み躙られて、平気でいられんのか?!」

「いやいやいや、確かに心は痛むけどさ、それこれとは話が別だし!どこの誰が幼児と子供連れて数千の軍勢に立ち向かうんだよ?!三国志の趙雲か私は?!」


 しかもそこまでして守り抜く場所も義理もないのにっ!例え子供たちが居なくて、1人だとしてもこの場から逃げるわ。景色は確かに綺麗だけどさ、チェスナットほど思い入れとかないし!


「私はここで骨を埋める気はないからね。チェスナットも、本当に守りたいんだったら一旦村に帰って応援を呼んだ方が現実的じゃない?」

「それは……確かに」

「ダークは?何か反論ある?」

「あの軍勢……逃げてもすぐにその魔族の村までやって来そうですけど」

「そしたら村で迎え討てばいいよ。とりあえず、ここは遮るものが少な過ぎて袋叩きにされて終わっちゃうからね」


 馬鹿みたいに草原で闘うなんてごめんだ。

 私は初日のブラウンウルフとの戦闘で死にかけたんだぞ?真っ向から草原で戦うなんて、あんなアホらしいことはもうしたくない。


 いくらダークが強かろうと、私が物理攻撃にある程度自信があろうと、多勢に無勢だ。数の暴力はそれだけで脅威なんだから。魔族の村まで行けば対抗勢力が増えるから、まだマシになるはず。


 てか、あれ?いつの間に私は王国と敵対的な立ち位置に??私、別に王国の敵じゃなくね??


 まあ、チェスナットを狙って来てるなら一旦助けてやった手前、このまま見殺しにするのも忍びないか。簡単に予測するに、魔族は魔族なりの、王国には王国なりの主張がありそうだ。双方の詳しい事情も聞けてないし、ここで判断するには情報が少なすぎる。


 私がどっちの味方をするのかは、もう少し詳しく知った時にでも決めれば良いだろう。


 で、逃走だけど……ダークの魔法を使ってしまうと感知系スキルで察知される。ダーク曰く、軽い照明程度の魔法ならモンスターの魔力や大地の精霊?ていう力とかに紛れるから大丈夫らしいけど、土魔法の乗り物だったり風魔法だったりで長距離移動をしだすと、すぐにバレるみたいだ。


 街の時みたいに爆発に紛れるのは、だだっ広い平地だと逆効果だし、遠くにいる相手にわざわざ自分はここだと知らせてるようなものだ。


 だから夕闇が濃くなっていく中、ダークの作ってくれた小さな明かりを頼りにチビガキを脇に抱きかかえ、ダークと手を繋いで林を駆けていく。街道は即バレするから隠れるには少しマシな林の中だ。いくら足元が開けてるとはいえ走りにくい。何回か木の根っこや草の塊に足を取られかけた。


「はぁはぁ、はぁはぁ、きつっっ!!!」


 流石に丘を二つ超えたところでギブアップした。


「い、一旦!一旦、休憩しよ!!」


 何とかそう言って、地面に転げるように倒れた。


 やっべぇ、この走り方、スタミナがガンガン減る。

 想像以上にこの微妙な態勢で丘を走り抜けるのはキツいわ。


 これ、二児の母になった気分だ。まだ結婚すらしてないし、そんな歳じゃないんだけどさ。親1人で2人の子供連れてる光景って日本でも結構見かけてたけど、凄さがわかってなかったわ。

 同級生には2人くらい既に二児の母居るけど、まさかこんなハードモードとは思わなかった。あの人ら凄いわ。


 おっと、現実逃避してる場合じゃない。このままだと軍勢の方が先に村に着いてしまいかねない。そうなるとチェスナットの行き場がなくなって面倒くさい。


 それに、甘いかもしれないけど、可能なら双方の命に関わる事態になる前に、二つの勢力の仲裁をしたい所だ。


「村まであとどのくらい?」

「街道から逸れて遠回りしてるからな。あと三つ丘を越えて川を渡ったところだ。暗くても安心しろ、その川には橋がある」

「あー、うん、ありがとー。安心したわー」


 棒読みになった私はおかしくないはずだ。つい、地面に手をついて絶望ポーズを取りたくなる。思ったより、村が遠い!


 現実的に考えて、この2人を連れてそこまで走るの無理だわ。スタミナも半分しかないし。


 危険性高まるけど、ダークの魔法の力を借りるか?


 いや、相手は大勢いるし見るからに臨戦態勢だった。彼らの能力や状況を詳しく知らないのに大きな魔法を発動したら確実に警戒された上に攻撃対象にされる。下手すれば魔族の村からも勘違いされて攻められかねない。どっちかと戦闘になるどころか最悪板挟みになる。


 でも、もうちょい速く走れる良い方法ないかな?


 この2人を同時に触れた状態で走るってのが、ネックだ。変な態勢になってスタミナ消費を加速させてるんだよね。


 ダークは呪いが解けたらスタミナの余裕があるけど、手を離した瞬間にオールステータス1桁になるから、ぶっ倒れてしまう。それならオール100のチェスナットの方がまだ望みがあるか。


「ねぇ、チェス、あんた、何か食べ物あげるからさ、自力で走れない?」

「……は?お前、今、もしかしてオレ様を呼んだのか?!」


 倒れ込んだ勢いで手を離したから、若干どろっとし始めたチェスナットが声を荒げた。


「せめて、一番目の名前くらいしっかり呼べよ!」

「息、上がってるときにさ、呼ぶには、ちょっと長いよ」

「オレ様の名前を省略するなんて失礼な奴だな!!こんな失礼な奴、初めて会ったぞ!」

「悪かったね。私もあんたみたいな態度のでかい、偉そうな奴に初めて会ったよ」


 ダークも大胆な方だけど、大胆と態度がでかいはちょっと違う。


「ち、口の回る奴め!お前だって太々しいくせに……」


 と、ぶつくさ言いながらも、よちよち寄って来て私の手をしっかり握った。

 ふむ。これがツンデレってやつか。なかなか面白い。


「で?話戻すけどあんた、食べ物あげたら自力で走れる?」

「……へっ。これで走れると思うか?こんな足じゃ駿足スキル条件からも外れてるぜ」


 鼻で笑いながら手を広げて偉そうに言うなよ。

 ムカつくんだわ、その顔。チビじゃなかったら殴ってるわ。


 ただ、確かにコイツのちっこい足元を見ると、容易に想像できる。じゃあ一体どうやって駿足スキルがレベルmaxになったんだよ、って突っ込んでる暇はないか。


「せめて飛翔スキルは?使えないの?」

「呪いがあるのにか?この小さい羽なんて、お前から離れたらすぐドロドロに解けちまうぜ!」


 いや、だから何でお前はそんなに明るく元気に自信満々なんだよ。言ってること、自分にとって最悪の状態だからな?


 でも、そうか。呪いさえ解ければちょいマシになるってことだ。

 これはなるべく言いたくはなかったけど、背に腹はかえられない。


「よし。じゃあ、チェス、私とキスしよう」

「「は?!」」


 ダークとチェスナットが同時に眼を見開いてこっちを見てくる。


「はーーーあ?!?!いきなり何を言い出しやがる?!ガチで痴女じゃねぇか!!!」


 チェスナットが私から手を離してずざっと後ずさって、腐っていく。言うだけ言いおわるとすぐに手を繋ぎに戻って来た。

 無駄に動くやつだな。リアクション命の芸人みたいだ。


「いや、痴女じゃねーし!これには深い事情があってだね?」

「ご主人……何でそんな……こんな相手に、何てこと言ってるんですか!」


 ダークの顔が真っ赤になっている。


「いやだから、前例があってね?上級の呪いでもキスしたら呪いが完全に解けたんだよ。だから試してみようかなって」


 まあ、わんちゃん穢れとの戦いがあるかもしれないけど。ダークが居るから心強いし。


「そうなのか?!」

「な、な、そんな。まさかそれって、サンと……?嘘だ……」


 緑の目がキラキラと輝くチェスナットとは対照的に、ダークが真っ赤になって口元を自分の手の甲で隠して言葉を失っている。


 うぅ、こんな風に暴露することになるとは。ちょっと……いやかなり恥ずかしい。


 なんだかんだユシララを出てこの3日間、何回かダークにこのことを言おうとしたんだけど、憚られてたんだよね。


 だって、言ってしまったらダークと試しにキスする流れになりかねないし……いや、十中八九そう言う話になる。ダーク相手にキスなんてと思うと、なかなか心の準備が出来なかった。一歩間違えると犯罪者になるし。


「……よし。しかたがねぇ!非常事態だからな!喜べ、オレ様が特別に、お前がキスするのを許可してやる!」

「お前ほんと偉そうだな。一応、そっちが頼む側の立場だろ」


 思わずツッコミを入れる。


 ダークに対しては割と大きな子どもだから心の準備が要るけど、チェスナットは正直言って赤ちゃん寄りだ。赤ちゃんにキスとかお安いご用である。犯罪臭もしないし、なんの心の準備も要らない。だから言ってみたんだけど……。


「だ、ダメ!!ダメです!!ご主人、そんな奴と試しにするくらいなら、まず僕と……僕としてください」


 真っ赤になって硬直していたダークが復活したみたいで、割り込んできた。最後の方は声が小さくて震えてるから、心の中では嫌なんだろうなーて感じがする。


 最近懐いてくれてると思ったけど、やっぱり嫌だよねぇ。


 若干傷つくけど、嫌がりつつも、そう言ってくるよなぁとは予想していた。

 ダークも完全に呪いが解けるなら解きたいだろうからね。


「ダーク。本当に呪いが解けるかは、まだ分からないんだよ。ひとまず試しに、この赤ちゃ……じゃない、チェスナットとするから。呪いが解除されるのを確認できたら、その後ダークにキスする。ちゃんと約束するから、それでいいかな」


 私は一体、何を言わされてるんだ?自分で言ってて恥ずかしいんだけど。


「嫌です!だって……だって、そもそも試しにだとかそんなの、女性がやるのは危険ですよ!」


 ダークは耳まで真っ赤になっている。


 ん?なんか微妙にズレた反応だ。性別関係ある?


「危険?何で?」

「いや、だって……その、……キス、したら、子どもが、……子どもができちゃうじゃないですか!!」

「「………………」」


 しーーーん。

 私もチェスナットも3秒くらい固まった。


「「ぷっ!」」


 そして同時に吹き出す。


「ぶぁははははは!さすが、さすがエルフ!!笑かしてくれるぜ!!ギャハハ」


 チェスナットがお腹を抱えて転げ回った。

 本当コイツ、態度と笑い方がチンピラだよな。


 でも、流石に私も吹き出して笑ってしまった。


「キスで子どもができてたら今頃大森林がエルフだらけになってるぜ!!!ぎゃはは、そんなんだから、お前らエルフは長寿で強ぇくせに増えねぇんだよ!あー、バカらしー!」

「魔族だって、エルフと大して変わらない人口じゃないか」


 ダークも私たちの反応を見て、さっきの発言が間違えていると認識したようだ。困惑しつつも言い返して、私の背中にちょっと隠れた。


「一緒にすんな!オレ様たちは別の種族と戦争(ドンパチ)やり合ってんだからよ!しかし、ひひひ、エルフって……ぷっ」


 やっぱ他の種族と折り合い悪いんだね、魔族って。

 それにしても、このガキはほんとチビのくせにガラ悪い笑い方するよな。もうちょい上品に笑うと可愛げがあるのに。


「こらチェスナット、笑いすぎ」

「ふ、お前だって、くく、笑ってんじゃねぇか」


 いや、つい笑っちゃったけどさ。それはしょうがないじゃん?


 だって普段頭が良くて冷静なのに、そんな子から大真面目にキスで子どもができるとか言われてみ?破壊力やばいって。このくらいの年齢でサンタクロース信じてる子と同レベルだわ。


 まあ、ここはひとまず大人として訂正はしておこう。今は本当に呪いが解けるかの実験をしたいだけだし。


「ダーク、キスくらいじゃ子供は出来ない」

「えぇ……でも、それじゃあどうやって……」

「そうだぜ!キスじゃできねぇ!流石に祈らねぇとダメだ」


 ん?


「……祈る?」

「おう!夫婦で一晩一緒に祈ると一角獣が赤ん坊を運んでくるんだぜ!母ちゃんが言ってた!!」

「おぅ、うん、そうだ……ぶふっ」


 ダメだ、吹き出すのを堪えられなかった。慌てて口を押さえたけど、遅かった。

 散々ダークを笑っといて、コイツも同じ穴の(むじな)じゃんか!!

 

「それは変ですよ、大森林に一角獣はいないのに」


 眉間に皺を作りながらダークが真面目に返答している。


「知らねーよ、いねぇからエルフは少ないんじゃねぇか」

「……でも魔族だって言うほど増えてないじゃないですか。ヒトと揉め出したのも今に始まったことじゃないし」

「そりゃあ、祈る奴が少ねぇから仕方ねぇ!」

「ふっ……く」


 ダメだ、手で押さえても笑いのツボが襲ってくる。横隔膜がひくついて肩が震えるわ。


 しかし……祈りね。

 まあ、あながち間違っちゃいないのが、お母さんナイスだね。

 幼児に伝えるにはちょうど良い教育だわ。ダークもまだ子どもだし、その程度で充分ではある。それにしても……。


「いや、あのさ。ダークは森の知識でその辺のことは分かるんじゃないの?」


 森の知識でだいたい何でも検索できるくせに、性知識が欠如し過ぎてるとは思う。いくらなんでもキスで子供が出来るとか。


「森の知識が教えてくれるのは森を維持する知識です。……エルフや人類の繁栄に関する詳しいものはなくて……草花は触れるだけで雌雄が交わって子が出来るから、エルフも同じ構造だと思うけど……」

「あぁ。なるほど……」


 森の知識は草花関係に限ってて万能じゃないのか。確かに草花を参考にすると無理があるよな。動物の方に目が行かないのがエルフらしい所なのかもしれない。


「てかよぉ、カナメはもしかして、どうやって子どもができるか本当のところを知ってんのか?」

「確かに、さっきからチェスナットの言葉にもちょっと吹き出してますよね。僕らの知識が間違えてるみたいに……」

「いや、気のせいじゃない?祈るってのは間違ってないと思うし?」

「間違いじゃないってことは、正しくはないってことですね」

「祈るだけじゃねぇのか?」

「…………」


 やめろ、そんな好奇心満々の目を向けてくるな。マジで困る。

 先生じゃあるまいし、ここで保健の授業とか出来るわけないだろ。てか、恥ずかしすぎるわ!


 あぁ、ここにサンがいたら、それとなくいい感じの言葉を選んで収めてくれるだろうに。

 現実逃避したくなる。


「うん、その話はまた今度にしよう!時間がないし!もう少し君らが大人になってから!」

「「えー」」


 何とか誤魔化した。不平の声は気にしない。


「で、今は急いでるし、キスしても子どもはできないから安心してよ、ダーク。赤ちゃん相手に試すだけだから」

「……うぅ、それでも、嫌ですけど……あとで僕……いや、何でもないです」


 もごもごとダークが口籠る。

 だぁ、もう、あんま時間ないのに。


「いいよね?」


 念押しでダークに迫った。

 正直ダークからの許可ってあんま必要ないんだけどさ、後からツベコベ言われるのは避けたい。


「一回、だけなら……」


 よし。ダークは自分がするわけでもないのに相変わらず嫌そうだけど、繋ぐ手をギュッと握りながら同意してくれた。


 チェスナットからは既に許可をもらってるから、後はするだけだ。


「ああ?!赤ちゃん??誰が赤ちゃんだって?!お前、いったいオレ様を何だと……むぐっ!!」


 口喧(くちやかま)しく動いていた小さな口を、勢い任せに塞いだ。

この3人だとブレーキ役がいない

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