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魔族の子は多くをかたりき

 

「オレ様の名前は、チェスナット・マルローン・ステルトリア・ジルアート・アイシァ・テサキス・モリ・テンクラット・レフェイアル・バイラントシンダー・スグゥオルニク・シェルジ・キルギルリアス・ビレトリア……」

「ちょちょ、ま、待って!名前なっが!そんなに一気に言われても覚えられないから」


 まだ言い終わる気配がないから遮ってしまった。聞いても覚えらんないのに聞き続けるのは逆に悪いからね?

 しかも後半さっき言ってた山の名前やんけ!


「いや、途中で止めるわけにはいかねーぞ。全部聞け!ココリノット・セルファ・ペリドット・シチェルク・スイットリアング………」


 やべぇ、まだ続いてるのか。


「……魔族は先祖の名前を全部名乗るらしいです」


 ダークがつまんなそうに解説してくれた。

 と、一通り名前を言い終えたらしいチェスナット・マルローン・何たらかんたら、もとい、チェスナットがすかさず付け加えてくる。


「あと、気に入った名前も名乗るぜ」

「何だその適当さは!」


 先祖も気に入った名前も全部名乗るって、永遠に長くなるじゃんか。


「まあ、お前らは種族が違うからな。特別にオレ様の名前について解説してやるぜ!まず名前の最初が司祭の授けた名だ。2番目が最愛のやつの名前で、これは交換可能だ」

「交換可能なのかよ」


 適当さレベルがやべぇ。ずば抜けてんな。


「オレ様はまだ最愛と呼べるほどの女と出会ってねぇからな。ひとまず兄貴の名前をつけた」

「兄貴で良いの?!いや、兄貴て。せめて性別変えて母とか姉とかいるっしょ?」

「あいつらは、うるせぇからな。兄貴がいい」


 こんなクソガキにうるせぇとか言われる母と姉。……同情するわ。手を焼くんだろうなー。


 この小さな口は回る回る。


「そんで、次の名前から…………」


 申し訳ないけど、途中から聞き飽きた。

 要は、チェスナットが個人の名前って認識で良いんだよね?


 つーか、先祖全部の名前の由来言い出すの、やばくね?

 かれこれ20分くらい名前の解説してるんだけどこの子。もはや何番目が何の名前だったかすら全く覚えてないから、無意味でしかないんだが。


「ね?聞かない方が良かったでしょ」


 呆れたような気だるげな声で、ダークがぼそっと私にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。


 うっ、近い。息が耳にかかって、なんか背中の方がゾクってする。


「確かに。これは失敗した」


 異文化交流の第一歩、挨拶として自己紹介は大事だけど、こんなに長いと流石に疲れるな。


 てか。ダークの耳打ちに何とか平気なフリして返したけど、この距離感バグ、そろそろ注意した方がいいかな?他の子にこういうことしてるのとか、あまり想像したくないし。


「……つまり、魔族の名前の長さは強さの証!長ければ長いほど強いぜ!」

「何だ、その微妙な強さ主張は」


 気づかないうちに名前解説が終わってたらしい。要約してくれたけど、突っ込まずにはいられなかった。


 だいたい何で名前が長いと強くなるんだ?わけわからん。


「魔族はエルフと同じで長寿だから、先祖が少ないらしいですけど……」

「え。じゃあ今言ってた名前はほとんど先祖じゃないの?」

「八割先祖だ!」


 えっへんと胸を張る幼児。威張るところなのか。つまり、八割先祖のおこぼれみたいなもんでしょうが。


 まあ解説よく聞いてなかったけど、先祖は先祖で有名なのが何人か紛れてるらしい。それが八割の中にいるのが誇らしいのかな?

 さっきの解説で何ちゃら戦争で何かしたとか言ってたのを何回か聞いた気がする。ほとんど聞き流してたけど。


 まあ何にせよ、こういう感じでご先祖を大事にしてるのって、クソ生意気な子供なほど、ギャップがあって可愛いよな。

 癖っ毛のこの黒髪をワシワシと撫でたくなる。


「ところで、そこのエルフの名前は本当にダークか?」


 翡翠の瞳がダークを見据えた。キラッと輝く冷たい宝石みたいだ。


 ドキッとする。

 サンの時みたいに、また痛いこと言われそう……。あー、あの時のサンの軽蔑剥き出しの表情が何回か夢に出たんだよなー。


 軽蔑されるとさ、割と傷つくんだよ?

 まあ正直、このガキに何か言われてもあんま響かんけどな。


 と、私が構えてる隙に、ダークは私に触れてる頬を少し強めにギュッと押しつけて、答えた。


「そうだけど」

「マジか……かっけぇな!!オレ様も呪われてるから、その名前が欲しいぜ!!」


 え、(かる)っ!?かっこいいの??呪われた子みたいな意味らしいけど大丈夫なの??

 本気で羨ましそうな顔してるけども!!


 ああ、あれか、厨二病的なやつか?


「絶対あげない」


 そしてダークはとりつく島もない。即答している。


「ちぇ……エルフは強ぇからなー」


 強さ関係あるの?


 よく分からんがチェスナットがいじけるようにプニプニした頬を膨らませる。


 やばい。あの頬むぎゅってしてぇ。


「カナメは……なんか、微妙だからいらねぇ」

「わざわざ要らないなら言うな。無駄に傷つくからっ」


 前言撤回。マジで憎たらしいわ、このクソガキ。

 微妙て。ひどくね?!

 結構この名前、好きとまでは言わないけど気に入ってるのに。


「てゆーか、何でそんなのいちいち聞いてくるのさ?名乗りたいなら勝手にくっつけて名乗ればいいじゃん」

「はぁー、分かってねぇな」


 極小の小さい両手を挙げてやれやれって格好をして見せる。


 コイツ、表情がうぜぇ。今この場で放り投げたろかな。


 内心イラッとしたけど、何とか耐える。


 うん、子どもだからな、ギリ許してやる。


「何でもすぐに名乗れるわけじゃねぇ。オレ様たち魔族が名乗れるのは、先祖と出身地。そして持ち主から許可をとるか、奪った名前だ」

「……奪った名前?」


 不穏なフレーズだな。


「名前を賭けて勝負して、勝ったら奪えるんだぜ」

「へぇ、賭けか」

「だいたいは命懸けだぜ」

「それは賭けじゃなくて決闘だね?」

「いや、条件が整えば死ぬまではいかねぇ。あと複数相手でもいいから、ただの戦闘だな」

「なるほど。死ぬほどじゃないけど、闘う感じね」


 だから強さの証か。


「奪われた方はどうなんの?」

「ステータスからその名前が消えるぜ。まあ、オレ様たちに名前を奪われる時には、だいたいのやつらは死んでるけどな」

「死ぬのは困るねー」


 結構荒くれ者なのか、魔族って。一種の盗賊みたいじゃん。

 これは、他種族から嫌われそうな感じするな。


 でも、名前を奪う……ね。


 ふむ。ダークの名前を変えた方がいいと思ってた所だけど、そんな方法があるのか。何かに使えそう。

 詳しく聞きたいところだけど、まずはこのチビの力量を知っておく方がいいだろう。


「じゃあ、チェスナットは魔族の中で強い方?」


 まあ、名前の八割が先祖って聞いちゃったから弱そうだけどね。

 幼児だし、正直強そうには見えない。偉そうではあるが。


「強さはかっこよさが備わってこそだぜ?適当に何でも名前にくっつけたりしねぇ!」


 何だその美的感覚。

 ちょっとよく分からないんだけど。


「……先祖と兄貴の名前以外だと、オレ様のお眼鏡にかなうくらいの名前を持った奴は3人だな。そこそこ気に入ったから付けた」

「つまり名前にしたくなるくらい強い相手を倒した数が少ないってことだから、弱いよね」


 バッサリ切り捨てたな、ダークよ。

 幼児相手でも同じ子供だからか、容赦ないな。


「オレ様は弱くねぇ!あとちょっとでもう1人の名前も奪えたんだぜ!でも……」


 そこでブスッとチェスナットの顔が曇った。


「昨日は精気を吸う時間がなかったんだ。だから、こんな身体で戦う羽目になっちまって……咄嗟に禁忌スキルが発動して呪いが……」

「禁忌スキル……」


 ダークが訝しがりながら私から離れて、チェスナット側にしゃがみこんだ。

 魔族の子は私が片膝の上に乗せて抱えているから、私と向かい合う形だ。


「何だよ?なんかまだ文句あるのか?」


 ちびっ子チェスナットが怪訝な顔をして見せる。ガンつけるって表現の方が正しそうだな。マジでチビガキのくせに仕草がチンピラだわ。


 一方、ダークは頭のてっぺんからつま先までジロジロと無遠慮に観察していく。


「……ひょっとして、強欲?」

「何でオレ様のスキルを知ってる?!」

「でも、この役目は咎人のはずじゃ……何故君が強欲スキルを使用してるんですか?」


 意味深に呟いたあと、再度真剣な顔で問い詰めるダーク。


「強欲スキルはオレ様の村、みんな持ってるぜ!ただ極力発動させないだけだ。呪いがつくからな!」


 そうなのか。

 禁忌スキルのくせに扱い軽いな。

 狸寝入りしてたら手に入った怠惰スキルと近しいものを感じる。


 まあ見るからにコイツ、強欲と相性よさそうな性格してるよね。魔族が全体的にこんな感じの性格なのかもしれない。


「でも……ここ、恐らく魔王が誕生する土地ですよね?何故咎人じゃない君がここに?」


 んん?どういうこと?

 ついていけてないけど、ひとまず成り行きを見守ろう。


「はあ?魔王?何を言ってんだ?オレ様はオレ様の都合でここにいるだけだぞ」

「でも、あの棺桶の中で死のうとしてましたよね?」


 ダークが指差した先は原っぱの真ん中、棺桶がまだあるところだ。

 ここは少し棺桶から離れた木陰にいる。

 実はダークにびしょ濡れにされた後、乾かす意味も込めて木のある所まで移動したのだ。


「ああ、そうだな。もう少しで死んだな」

「心残りは?」

「は?何だ?いきなり」

「心残りなく死のうとしてましたか?」


 何の話をしてるんだろう?

 心残りなく死ぬ人間なんてどれほどだろう。私なんて心残りがありすぎる。

 大概は死ぬ間際でだって生きてやりたいことが一つ以上あるはずだ。……たまに死にたい理由が多い奴もいるだろうけどさ。


 明らかにこのヤンチャな5歳児は生きたい理由がある気がする。


「オレ様を舐めるなよ!言っただろ、この景色の中で死ねるなら本望だ!」


 翠の強い色がダークを睨みつけた。


 ちびっ子のくせに、やけに貫禄があるよな、この5歳児。言ってることも5歳児が到底口にするような言葉じゃないし。


 それにしても、コイツには本当に心残りがなかったみたいだ。こんなに明るく元気な奴なのに。なんか、意外だね。


「では、この景色を壊す輩が来たら?君はおそらくずっと、ここでこの景色を……この先の湖を守ってたんですよね?」

「っ!…………それは、そうだが。オレ様は……ただ……」


 魔族の子、もといチェスナットが口籠もる。


 なるほど、なんとなく読めてきた。

 塩の供給が少ない原因は、この子かこの子の一族なのかもしれない。


 この街道で人の往来を堰き止めて、ここから先の景色を守っていたのだろう。そのせいで王国側は塩の需要と供給のバランスが崩れた。


 ダークが、チェスナットから視線を外して私達が来た道……ユシララの方角を睨んで立ち上がった。クリーム色のローブがフワリと風を纏う。


「あなたは、ご主人と出会わなければ魔王になってた」

「「え?」」


 私とチェスナット、両方から驚きの声が漏れた。


 遠くを睨む夕焼け色のダークの瞳に、数千の軍団が映り込む。


「アレは、君を魔王にさせる部隊です」


 久しぶりに、勢いよく危機感知の音が頭に響いた。

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