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街道に落ちたものは拾っちゃダメでした

 私たちは北西に向かう街道を歩いている。塩の湖なるものがあるらしく、行ってみようと言い出してはや3日。あと3日かかるらしい。

 正直こんな遠いならやめとけば良かった。だけど言い出した手前、やっぱ止めるとは言えないでいる。


 正直、カフカで塩の値段が高いのが気になっていたのもある。ユシララもカフカほどじゃないにしろ、塩を買うのに結構な額を要求されたもんな。

 そんなに希少なのが不思議なくらい広く綺麗に整備された街道だ。モンスターすら出ないのに、一体何が問題なのだろう。


 確かにこの3日、街道を進む馬車どころか旅人すら見かけないけど。


「ご主人、僕、謝らないといけないことがあるんだ」

「ん?何?いきなり」


 横を見るとダークの気まずそうな申し訳なさそうな顔がある。


「あの…….ご主人が欲しがってた勇者の聖剣、他の勇者から取ってこれなかった」

「へ?他の勇者からって……は?」

「油断した隙に盗ってこようとしたんだけど、その人、ずっと聖剣の柄から手を離さなくて……」

「いやいやいやいや」


 思わず立ち止まって額を抑えた。


 何やらかそうとしてたんだ、コイツは。てか、勇者居たのか、あの街に。

 他の勇者は私より遥かに良い性能の称号を持っているし、魔法も使える。勇者同士協力こそすれ、勇者に喧嘩売るなんて……悪いことしかないよ。しかもダークは呪い持ちの堕天者。勇者と接触を図ること自体危険だわ。

 あの勘違い男、物理攻撃無効の勇者ユウキみたいなやつが他にもいるかもしれないし。


 つーか、ヒトから装備を奪うなんてとんでもないこと、いったいどこで学んだよ……て、私か。私が思いっきり盗賊から追い剥ぎしてたわ。

 くっ、善悪の区別もつかない子の前で紛らわしいことするなってことか!


 これは、怒るに怒れないし注意するのもお門違いだ。私は私で間違ったことしてないもんね。


「ごめんダーク、言葉が足りなかったって言うか。そんなことしなくて良いよ」

「でも……」


 めっちゃしょんぼりしてる。全然しなくて良いのに。


「大丈夫。それに、正直勇者が既に持ってる聖剣は要らないかなって……強いて言うならエルフの里の聖剣が欲しいっていうか」

「なるほど。エルフのところにあった聖剣を、奪うんですね」

「…………まあ、そんな感じ」


 くっ、上手く訂正できねぇ。

 間違ってはないんだよ。レーンボルトファミリーが実質奪ってるから、取り返すって言葉が正しいかも知れないけど、私が持ってたわけじゃないしな。


 でも、言い方がね、ダメじゃん?


「実はその聖剣、エルフの里からレーンボルトファミリーが盗んだみたいだからさぁ」

「ん?盗んだってどこで知ったの?」

「ダークが箱に入れられた時あったでしょ。あの時にレーンボルトの奴らが来て、私らに聖剣盗まれたって濡れ衣着せようとしててさ」

「…………へぇ」


 あの時は困ったなー。なんとか切り抜けたけどさ。ノズ達怒ってるだろうなー。いや、死んだって報告してたんだっけ。でもま、リフリィぼこぼこにしたし、レーンボルトにも私の生存がバレてるよね。真面目に殺されそうだわ。


 背後確認を怠らないようにしよう。


 一方ダークは、何か考え事をしてるようで押し黙ってしまった。


「ん?棺桶?」


 再び歩き出したところで、数メートル先、少し開けた原っぱの中央……この路の真ん中に棺桶がポツンとあった。


 いやいやいや。こんな路のど真ん中に棺桶はおかしいだろ。


 きっと夜中に見たらホラーだ。

 幸い今はお昼間の3時過ぎくらい。全然怖くない。


「もしかしてモンスター?」

「……吹き飛ばしますか?」

「いや、ダメでしょ。本物の棺桶だったら罰当たるよ」


 そっと近づいてみる。


「ふんふふーん♪ふーんふふんふん♪」


 棺桶から小さな鼻歌が聞こえてきた。


 ますます訳がわからん。

 一応話しかけてみる。


「もしもし?誰か中にいるんですか?」

「え?!………………」


 しーん。


 棺桶からビックリしたような声が聞こえて、鼻歌が止まった。


「もしもーし、さっき鼻歌を歌ってましたよね?」


 コンコンッ


 棺桶に耳を近づけて、ノックする。


「鼻歌?」


 横でダークが不審そうに呟いた。


「はーー??何で聞こえてんだ?!聞こえねぇはずなのに!」


 中から、幼稚園児みたいな子供の声がした。言葉遣いは悪いな。


「え、普通に聞こえるけど」

「え?!今も聞こえるのか?!すげー!!」


 いまいち話が噛み合わない。


「なに?かくれんぼでもしてんの?」

「いや、隠れてるわけじゃねぇよ」

「まあ、確かに。隠れてないね。路の真ん中だし」

「ご主人、誰と話してるの?」

「え、聞こえない?」


 ダークが不安そうにコクリと頷く。長い耳が若干垂れ気味だ。


「ねぇ、連れはあんたの声聞こえないみたいなんだけど、何か理由あるのかな」

「普通聞こえねーよ、お前が変なだけ」

「変て。初対面で失礼な」


 ムッとすること言うな、この棺桶。


「ご主人を不快にさせてるならコレ消しましょうか?」

「ダークはややこしくなるから、黙っててくれるかな」


 早速片手に風を起こそうとしてるのを、急いで手を重ねて防ぐ。こうやるとダークは私に怪我させないように魔法を消してくれる。


 ふう。ダークてほんと短気だわ。気をつけないと。


「消してくれても良いけどな。どうせあとちょっとで消えるところだ」

「まるでもう少しで死ぬみたいなこと言うね」

「おう!もうちょっとで死ぬとこだ」

「んん??」


 死ぬなんてワードを出しておきながら、声がめっちゃ明るいな、こいつ。


「何で死ぬの?」

「聞きたいのは理由か?原因か?」

「一応、両方」

「理由は俺が選んだから。原因は身体が腐るから」

「何で選んだの?」

「……お前たちは南東から来たんだろ?」

「うん、塩の湖を目指してるよ」

「じゃ、塩の湖まで向かう方向を基準に右を見ろ」


 言われた通りに見てみる。


 ダークは本当に聞こえてないみたいで、無反応だ。代わりにちょっとでも異変があると棺桶を攻撃出来るように私達の頭上に風の球が出来ている。


 あれ、強力なんだよなぁ。文字通り棺桶くらいなら微塵切りになって吹き飛ぶだろう。


 確かに棺桶の正体が意味不明だし、敵の可能性もあるから止めずにいる。


「言われた通りに見たよ」

「正面に見える山がビレトリア山、その隣の三角山がキルギルリアス山、その手前の山がシェルジ山だ」

「ふむ」


 それぞれ言われた山は、アルプスの山並みに近く、頂上付近に雪が積もっている。尾根と谷のクッキリした山脈は、遠目に美しい。写真とかにして飾れそうだ。


「その左側には塩の湖ほど大きくねぇけど、雪解け水のよく澄んだ淡水湖があって、そこから良質な聖水がとれる。その水が川になって流れて塩の湖を潤してんだ」

「へー」

「良い景色だろ」

「うん、綺麗な景色だね」


 そう、綺麗だ。


 実はダークの土魔法で馬なり馬車なり作れるんだけど、景色を楽しみたいのもあって、あえて徒歩を選んでいる。


 あとは魔法発動は数分ならいいけど、数時間単位になると神経がすごくすり減るみたい。こんなに魔法系統の能力値が高いダークでも、長時間使い続けると表情が険しくなる。だから、本音はダークに負担をかけたくない。でもこれはダークに言うと絶対無理して魔法を使おうとするから内緒だ。


 実際に街道から見える景色は綺麗なので、私の言った理由にダークも納得してくれている。


「こんな綺麗な景色の中で死ねるなら本望だ」

「そう。でも何で死ぬのを選んだのか理由になってないね?生きて眺め続けた方がいいじゃん」

「……身体が腐ってるから」

「腐ってるって……回復薬で治せばいいんじゃね」


 ひとまず棺桶を開けようと繋ぎ目に手をかける。


「わ!わー!まさか、お前開けようとしてるのか!?」

「うん、だって助けられるなら助けようかなって」

「助かんねーよ!治らねーから!やめろよ!開けたら……」

「え、ご主人、何を……」


 バキッ!ぱかっ


 案外簡単に開いた。区割りの箱のイメージでいたから拍子抜けだ。


 と、開けた瞬間にとんでもない臭気が鼻腔を襲う。


「う、くさ!」

「だから言っただろ!腐ってるって!!」

「いや、腐るのレベル高すぎ」


 棺桶の中は原形の想像がつかないドロドロの塊である。薄緑色と赤紫色の液体が滲み出たヘドロだった。


 とりあえず回復薬を鞄から取り出す。


「口、どこ?」

「助かんねーって言ってるだろ!人の話を聞けよ」


 こんな明確に言葉を喋っといて口がないとかあり得るか?


「とりあえず、ぶっかけるか」


 パシャリ


「…………」

「どう?治った?」

「気持ちスッキリした」

「おう。効果はあったってこと?」

「ない」


 ないんかーい!

 く、回復薬高いのにー。


 心で盛大に突っ込む。


「ダーク、水魔法でこの子洗おう。どこに口があるか分からないや」


 せめて直接飲ませると変化があるはずだ。ダークに指示を出しながら腕を捲ってヘドロに腕を突っ込む。


「いいって!治らねーから!これ、呪……い……だ、から……あれ?」


 私が腕を突っ込むと同時に、ヘドロがちびっ子の形に戻っていった。

 臭いはきついままだけど、腕の中に深緑の瞳に黒髪をした幼児が現れた。年齢的に4、5歳くらいか。


「…………」


 しばらく、誰も何も発さない沈黙。


「ひとまず不衛生だから洗って。ダーク」

「はい」


 がぼがぼっ


 ダークは容赦なく水魔法を私と幼児にぶっかけた。



「いやぁ、まさか解呪スキル持ちと出会うなんて思わねーぜ。想定外に生きながらえちまった。褒めて遣わす」


 そう言いながら私の膝の上でふんぞり返り、小さな腕と足をそれぞれ組んでみせた。手足が短すぎて組み切れてないけど。


 偉そうだな、このクソガキは。


 このガキ……普通のヒトの種族じゃないことは見た目から何となくわかった。


 病的なほど真っ白な肌、ダークほど長くないけど、瞳と同じ緑色のピアスをした耳が尖ってる。そして話すたびにチラつく八重歯。背中には小さいけれど黒い翼が生えていた。これで眼が赤かったら元の世界でよく聞くヴァンパイアみたいだ。でももしコイツがヴァンパイアなら陽の光に浴びると死ぬだろうし……。


 で、本来ならこんなクソ生意気なガキを抱えてやるいわれはないんだけど。ダークに声が聞こえないのも身体が腐るのも上級の呪いみたいで、手を離すと復活するんだよなー。だから、一応こんな生意気な態度でも事情くらいは聞いてやろうと情けをかけて触れた手を離さずにいる。


 ダークはと言うと、私を後ろから抱きしめる形で私の肩越しに顔を覗き込ませて、このガキを睨んでいる。


 どうでも良いがダーク、距離近くね?柔らかいほっぺが触れてるんだが。


「……ご主人、何で手を離さないんですか?こいつ、魔族ですよ」

「なるほど、魔族っていう種族か。んー、ひとまず話でもしようかなって。どうせ、今日はそろそろ泊まる場所を探す時間だしさ」

「ふん、なりそこないエルフよりは、女の方が物分かり良いじゃねぇか。オレ様の機嫌を損ねたら困るのはお前たちの方だぜ?」


 いや、ほんと何でこのチビガキはこんなに偉そうなんだ?

 さっきまで腐って死にかけてたくせに。鼻歌唄ってたけど。謎が過ぎる。


「とりあえず私はカナメ、こっちはダーク。あんたの名前は?」

「ご、ご主人、それは……」


 何故かダークが慌てて止めようとした。

 理由はすぐに分かった。自己紹介は挨拶の基本。それでも生まれて初めて、この質問をしたことを失敗したと思った。


新キャラ登場回でした

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