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クロくて淡いモモイロの記憶

 お、落ち着こう。


 死んだにしては私自身の意識がはっきりしすぎているからね、死後の世界とか知らんけどさ!ままま、まだ死んでない可能性のが高いから!おお、おおお落ち着くんだ、私!


 深呼吸。


 ふぅ。うん、だいぶ落ち着いてきた。

 前に最大ペナルティ状態になった時は寝てる時みたいに意識そのものがなかった。

 だから、可能性としては、今回はあの時とは全く別の状態異常になっているのかもしれない。つーか、ステータス画面見れない状態異常て……よく考えたら元々住んでた日本じゃそれが普通だったわ。


 てことは私元の世界に戻ってる?いや、そんなわけないか。でもまあ、ここがさっきまで居た世界かと言われると怪しいな。


 ひとまず、身体の感覚はあるので暗闇の中を手探りに歩いてみる。


 足元は、不思議と講堂にあった机や椅子も、瓦礫もない。地面が少しぷよぷよしてる気がするけど、平らで、歩けなくもない。

 何となく生き物的なのを踏みつけているような気もするけど、きっとそんな気がするだけ。そこは深く考えまい。ワンチャンあの肉塊モンスターの身体の中もありえるからねぇ。


 お。壁らしきものに触った……って、おえ!?


「これ……人の肌っぽい!きも!」


 慌てて手を引いた。

 けど、気づいた。


 私、一応喋れるみたいだ。自分で発した声も問題なく聞こえた。ということは、今のところ視覚以外は正常だと分かる。で、感覚があるってことは、やっぱ死んでないってことになるよね。いやぁ、モンスターの身体の中説濃厚だな……なんか嫌だな……キモいし。


「どうなってんだろ、これ」


 一旦引いた手を、再度壁をツンツン突いて確かめてみる。


 ぷにぷにの生温かい人の肌の感触……かと思えばちょっと右にずれた方は柔らかさの違うガサガサな……それでも人肌みたいだ。


「……こっちは猫の毛みたいにふわふわしてんな。ぬぬ?!こ、これは……良い筋肉してんな!この硬さ、適当に鍛えてもこうはならんぞ」


 壁伝いに進むごとに違う壁の感触を確かめては、口に出してツッコミながら進む。


 いや、ほんとはこんな得体の知れない壁触りたくないんだけどね?

 流石に真っ暗過ぎるからね、正気でいれるように無理やり思考してるんだよ?良い筋肉の壁からなかなか手が離せないのは気のせいだよ?


 と、ふざけながらも進んでいるうちに……


「ぐすっ、うぅ、ぐす」


 啜り泣く子供の声が徐々に聞こえてきた。


 ーーあんなの野放しにせず、隔離してくれよ

 ーーその気持ち悪い眼でこっちを見るな!

 ーー早く死ねよ、クズめ!

 ーーまだダメだったんだと。さっさと死ねば良いのに


 唐突にザワザワと複数の男女の声が降ってきた。


「何だ?この胸くそ悪い言動は」


 ひとまず、声のする方へ壁伝いに向かってみる。


 小さな5,6歳くらいの子が体育座りでうずくまって泣いている。頭には猫耳。獣人の子供か。


 ん?真っ黒なのに何で見えるんだ。

 ひとまず、近づいてみる。


 その子との距離が1メートルくらいまで近づいた。目を凝らすと、薄らその少年の姿に白色の縁取りがされている。


 ……幼いけど、見覚えのある顔立ち。


「サン?」


 呼びかけるとピクッと肩が反応して顔を上げた。それでも、横顔だ。私の方を見ているわけじゃなさそうだ。

 涙と思わしきものが白い筋になって頬を伝っている。それ以外の顔の部位は真っ黒に塗りつぶされていて、詳細な表情が分からない。


「何で泣いーー」


「ずっと泣いてるの?」


 何で泣いてるのって問いかけようとした。

 けれども私の声に被せて、元気な女の子の声が横から重なった。


 声のした方を見てみると、そこだけ黒い世界から切り取られた窓のように色付いている。


 その中にも、私の隣の子と同じ背格好のサンみたいな獣人の子どもが、同じように座り込んで啜り泣いている。

 白いけれど桜のような淡い桃色が混じった髪……サンの髪色だ。


 その幼いサンの隣にさっきの声の主と思わしき、黒髪のふんわりカーブの入った少女が並んでしゃがんでいる。この子の耳は、三角に軽く尖ってて、それこそガチの猫耳だ!って形をしている。


 こうして並ぶと分かるけど、サンの耳は、ちょっと丸いんだねぇ。

 そう言えばサンは何回か自分は獅子って言い張ってたな。


「そんなに泣いてたら、お目目が溶けて池に流れていっちゃうよ?」


 少女がサンの顔を覗き込みながら言った。


「ぐす、うぅ、こんな目、要らない。この目で見ると、皆んな、嫌いって言う」

「え?そんなに綺麗なのに?」

 ーーもったいないよ、せっかく春の花みたいなのにさ


「ぐす、でも俺この目で、君の心が読めちゃうんだよ?」

「読めるなら話が早いさぁ。さっき言った時の私の気持ち、分かったんでしょ」

「……うん」

「それに、相手がされて嬉しいことが分かるなんて、うらやましいさー。わっちなんて、いっつも母様(かかさま)に怒られるんさ。お客様の気持ちに気づけてないー!って。ほら見て、こんな顔するんさ」


 少女が自分の目を指で吊り上げて見せる。

 サンは、まだ目を擦りつつも、その顔を見て少し口角をあげた。

 それでもすぐに表情が曇る。


「でも、俺から何かされても皆んな喜ばないよ」

「じゃ、わっちが喜んであげるさ!……んー、待ってね、今何して欲しいか考えてみるから」

 ーー何がいいかなぁ。


 ここで何となく察した。

 これは、サンの幼い頃の記憶なんだ。で、この女の子が、サンの言ってたお姉さんか。血は繋がってないんだな。


 と、言うか……先に言うこと言っとかないと。


「ねぇ。これ、見ないといけない?」


 隣の子に問いかけた。けど、この子は無反応。まだ白い涙を流し続けながらこの窓の様な空間を見続けている。


 人の記憶を覗くなんて悪趣味なこと、したくないんだけどな。自分がされて嫌なことはしない主義に反する。


「はぁ。ま、しゃーないか」


 本人が是非見て欲しいってことなら見るけどさ。他に出口らしきものも真っ暗で見当たらないし。

 唯一見えるこの映像や、隣の子に出口への手がかりが隠れてるかもしれない。


 黒い少年の隣に胡座をかいて一緒に眺める。


 それにしても絵になる風景だ。

 綺麗な青空に、それを映した空色の池、岸辺には鮮やかな緑が生えて、池の真ん中にある祠が白く陽光を反射している。


 今更だけどこれ、私が溺れた池じゃん。

 でもあの時はこんなのどかな風景に思えなかったぞ。岸辺は土が剥き出しだったし、池の水も濁っててもっと殺風景だった。何よりあの祠、あんな白くなかったし。


 観光地あるあるを思い出す……映像で見てきれいだから行ってみたら、天気が悪かったり季節が違ったりで、詐欺じゃん!て何回なったことか……。

 そのレベルで風景が違う。せっかくなら、こんな景色が見たかったなー。この池の中だったら喜んで泳ぐわ。


 まあ、風景に気になるところはあれど、何やかんや見目麗しい少年少女が笑顔を見せて過ごす世界は微笑ましい。

 サンを罵倒する声がたまに聞こえてくるけど、少女の支えで心が強くなっているみたいだ。どんどん池の前で泣く姿が減っていった。


「姉貴!いつも俺を蹴っていじめてくる衛兵がいるでしょ?」

「あの衛兵ジャックのこと?あの人意地悪だから皆んなからも嫌われてるんさ」

「姉貴の言ってた通り、アイツが居眠りしてる時に足をこっそり持ち上げてたら、新しい称号がついたよ!!」

「すごい!!役職付きの人間に同じこと続けてると称号もらえるって、ほんとだったの?!」


 ほー、わりと有用な情報じゃん、覚えておこう。


「それで?何ていう称号なの?」

「『衛兵倒しの少年』!!」

「強そうー!」


 なんじゃそら!倒し……ていうか、聞くからに倒してすらねーけどいいのか?どうでも良いけどさ、もっと捻りないのか?


 相変わらずこの世界のシステムはおざなりだな。

 

 でもま、この称号集め、子供達にとって恰好の遊びになりそうだな。私が子どもだったら確実にやってるわ。


「すごいね!!ユニークスキルあった?」

「うん、『怪力スキル』を取得したよ!!」

「わあ!センジュ様と同じスキルさ!!カッコいい!!」


 これだけサンと話してて、この女の子の心の声が殆ど聞こえないところを見るに、裏表のない良い子なんだろう。


 てか、サンがやけに怪力スキル推しだったのって、コレか。良い思い出だったんだね。


 サンが怪力スキルの話をする時の得意げなあの顔を思い返してると、少しニヤける。


 私がニヤけてる間にもコロコロと画面が変わり、次には桃色の花が映った。

 私の溺れかけたあの池の周りの植木に、桜の様な薄桃色の花が咲いている。池にも反射して、花びらも地表面を覆っているから、その色一色って感じ。それこそ、サンの瞳の色に近いな。


 あれ?せっかく良い景色なのに、またサンが泣いてる。

 コイツ泣き虫だなー。やっとあんまり泣かない様になってきてたくせに。壮太かよ。


 そこへ女の子がたたたっと駆け寄ってくる。


「サン!あんなに言ったのに、目が溶けちゃったさ!?」

「え?!」

「見てほら、大変さ!池にサンの目の色がついちゃってる!」

「うぅぅ、違うよぉ、ぐすっ、変なこと、言わないで」

「もう。今日はずっと泣いてるつもりさ?このままお別れしたら私、サンの泣いた顔だけ覚えちゃうさ!」

 ーー最後はサンが笑ってる顔見たいのに!


 別れ?最後?あぁ、そう言えばサンは別の村に移動してたんだっけ。引越しか……いや、そんな甘い話じゃないかもしれない。ちょっと、うん、かなり不穏な感じがする。


 今まで簡易的とはいえ聞かされてきた言葉たち……『堕天者は忌むべき存在』、『禁忌』、『咎人』、『魔王になるために育てられた』どれを取ってもこれから良くないことが起きそうである。


「ごめん、姉貴。俺だって、笑ってお別れしたいのに……でも、もう、姉貴に会えないって思うと、悲しくて、涙が……うぅ、ぐすっ」

「わっちが、また会いに行くさ!絶対、絶対行くから!」

「ほんと?でも、会えないって、皆……」

「皆んなが会えなくても、わっちは行く!こないだも商いの馬車に隠れて一緒にユシララの外に出たさ?ああやってこっそり行くさ!だから、だから……うぅ」

 ーーこれで最後のお別れなんて、絶対嫌……。でもサンが泣くのは本当のお別れみたいで、もっと嫌!


「うわーーーん」


 ついに女の子が大声をあげて泣き始めた。

 サンがびっくりした顔をして、急いで自分の涙を拭いて少女の背中を摩りながら覗き込む。


「泣かないで。ごめん、ごめんよ。俺が泣いてたから泣かせちゃったよね、ごめんね」

「うぅー、サンとずっと一緒がいい」

「俺も、一緒にいたい……でも……」


 サンの瞳にもまた涙が溜まってくる。それでも、グッと堪えて、サンは強めに眼を袖で擦る。


「姉貴、別のこと、考えようよ」

「うぅ、別のこと?」

「姉貴が好きなもの教えて」

「うぅん、わっちの好きな……猫が好き」


 んん?こ、これは……察した。


「じゃ、俺、姉貴の猫になる。そしたら、姉貴は俺のお世話をしないといけないから、ずっと一緒にいるよね」

「うん、うん。絶対お世話しに行く」

「約束したからね、今日から俺、自分のことニャーって言うね!姉貴は僕のお世話しにくるの、忘れないでね!!」

「うん、わっちの猫、絶対忘れないさ!サンも猫も大好きだもん」


 何だその発想。

 5歳児って、純粋だけど、怖えわ。獣人だから感覚が違うのか?文化みたいな?


 心の中で盛大にツッコミを入れていると、唐突に画面が真っ暗になった。


「こいつの眼を隠せよ!心を読むんだろ、気持ち悪くて萎えるぜ」「ほら、早く済ませろよ」「それより手を縛れ!抵抗してきやがって鬱陶しい」


 乱暴な男たちの野太い声が、暗闇の中で私の耳に届く。心臓を掴まれたような嫌な動悸が身体の中を走った。

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