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壮太⑥

本編より少し前、カナメが牢屋で目覚める前の時間です。

 キーマがいなくなった。


 ギルドを去った後、先にクレマさんの所へ赴いてパーティに加えた。ここはゲームと同様に事情を説明したらすぐに分かってくれた。


 クレマさんのビジュアルは既に知ってたけどさ、目の前に猫耳獣人の花魁が現れるとやっぱり緊張するね。

 身のこなしが上品と言うか、エロいというか……胸元も結構開いてて、目のやり場に困る。


 ただ、直接会って分かるけど本当にこの人は戦闘に不向きなんだなぁと改めて感じた。


 ステータスも、魔法はもちろん使えないし、攻撃スキルもない。見るからに戦闘向きじゃないんだよな。


 唯一使えるとしたら魅了スキルだけど、これヘイト用だからHPとスタミナ、耐性スキル必須なのに、クレマさんには何一つ揃ってないから実質無意味。


 戦力にならない人をパーティに加えると経験値的にも、連携をとる上でも良くないんだけどね。

 救える命を見捨てるのは流石に俺には出来そうになかった。


 ギルドで時間のロスがあったから、規定のイベント発生時間よりも遅くなって既に襲われている可能性もあったけど、幸いクレマさんを襲う敵はまだ現れていなかった。


 あとはキーマと合流すれば、本格的にカオスのアジトに乗り込むだけ。


 カオスのアジトである地下に行くには、一旦街の外郭に行かないといけない。

 方向的にはクレマさんのいた街の中心部から宿を中継して遠ざかるような位置にあたる。最適な道順を組みたてながら宿に向かっているところで、緊急事態が発生した。


 突然、キーマに渡していたアイテムの『臨時の腕輪』の救難信号が頭に響いてきたのだ。


 慌てて音の発生地に向かうと、特に争った形跡もなく整然とキーマに頼んでいた買い出しの荷物、そして何故かキーマの着ていた装備が一式置かれていた。


「これは、もしかして、使い方を間違って認識した?」

「キーマったら……そうみたいですね。何か勘違いをしているようです」


 チェリンが冷静に相槌をうってくる。


 いやぁ、嘘だろ。

 まさか装備もつけずに丸裸で何かの事件に巻き込まれたの?考えられないよ。


 今まで買って渡してきた市場に出回っているものよりも遥かに性能のいい装備を、いったい何のための装備だと思ってるんだ?


「あーもう、ちゃんと言ってたのにな。全然伝わってないじゃん。これ」


 頭を抱えたくなる。

 しばらく一緒にいたけど、いまいち伝わらないんだよなぁ。何でだろ?

 価値観が違うというどころの話じゃない。


 何で自分の身を守ろうとしないかなぁ?


 どことなく幼馴染に似てると思ってたけどさ、さすがに(カナメ)はこんな謙虚なことしないから思いもよらなかった。


 アイツは利用できるものは基本的に何でも利用するし。無意識のうちにキーマもアイツの行動原理と同じだと思いこんでしまってた。

 今更だけど、キーマとカナメは違ったんだな。


「って、今更気づいても遅いよなぁ。どうしよう」

「あれだけ言ってたのに、キーマったら、またソウタ様にご迷惑をおかけして!」


 大聖堂ノーターは街の中心部に位置するから、直線距離でいくと5分程しかかからない。

 でも地上と地下の間には秘密の隠し通路で繋がっているので、部外者である勇者がこの段階で通ることは出来ない。

 少し離れた水道橋から入り、地下水道を辿っていくのが一番早い正規の攻略ルートだ。最短でも2時間はかかってしまう。


 当然ながら道中護衛との戦闘があることを考えたら、聖遺物の暴走阻止まであまり時間がない。


 キーマの救出もしたいけど……あまりにも情報が無さすぎる。


 救いなのはパーティ画面にキーマが表示されていることだ。そして、この辺りで誘拐されたとしたら、敵対組織と誘拐犯が被っている可能性が極めて高いということ。


 死んでいたり、状態異常になったりすると表示されるからね。今のところ、HPは少し減っているみたいだけど、命に関わる怪我ではないと見てとれる。


 この場所とタイミング的にカオスかクレマを襲う謎の組織の二つに一つ。どちらも俺の攻略対象だから辿り着く場所は同じだ……と、信じたい。


 というか、ギルドでのエルフの子の騒動といい、キーマの行方不明の件といい、今まで散々やってきたどのルートとも違う。

 ちょっと本来の魔王イベントどころじゃないんだけど、大丈夫かなぁ?!


 ひとまずチェリンと手分けして置かれていた装備をアイテムボックスに収納して、視線をあげる。

 すると、クリーム色の塊が地面に転がっていた。


「ん?あれ、なんか見覚えがあるんだけど気のせいかな」

「……そうですね。嫌な予感がします」

「え、嫌な予感なの?!」


 これはどうしたものかな。


 チェリンの予感というのは危機感知に近い。

 危機感知スキルは限られたキャラにしか取得出来ないけど、チェリンはスキルがなくてもそれに近いことが出来る。


 このゲームの新しく登場したキャラに対して、予感という言葉で判断を下してくれるのだ。

 特にこの能力、サブストーリーのミニクエストクリアにチェリンは欠かせないんだよね。


 実はブレイクトリチェリー内では、一時的にパーティに加えても裏切るキャラが一定数居る。裏切ると言っても、逃走するのがほとんどだから、臆病な俺には割と納得出来るんだけど。

 逃走するキャラはチェリンが「良くない予感がします」の時だ。


「嫌な予感がします」は、基本的に勇者の敵になると予想される相手に対して出てくる言葉だ。カオスやダフォファミリー、謎の組織の一員だったりする。


 でも、いくら敵になるにしても、目の前で倒れてる子どもを見過ごすのは気が引ける。


 あのクリーム色の塊、きっとさっきのエルフの子だよね?


 確かにギルドで揉めていたのを仲裁した時、一瞬鋭い目つきで睨まれたけど、それ以降は普通の態度だったはず。敵対っていうより、警戒って言葉の方が近い印象だった。


 そろりとエルフに近づいて声をかけてみる。


「ねぇ。君、さっきの子だよね?大丈夫?」

「…………」


 ピクっとフードからはみ出てる耳が動いたけど、うつ伏せに倒れていて、それ以外の反応は見て取れない。


 ひとまず傍に膝をついて仰向けにさせた。


 橙色の瞳が苦しそうに細められて、眉間に皺を寄せている。


 外傷はないように見えるけど、これは普通の状態じゃない。


 もしかして内蔵に攻撃を受けたのかもしれない。急に動かしちゃいけなかったかな。


「何があったの?」

「……ご、ごほっ……」

「ご?」

「しゅ……じ、んが……居なくて」


 シュージン?

 聞き覚えのない名前だけど、この子の仲間が居なくなったのかな。


「俺のパーティメンバーも1人、(さら)われたみたいなんだ。何か知ってる?」


 ひょっとしたらキーマが拐われた時に、この子も居合わせたかもしれない。

 救難信号が出てから、まだそんなに時間は経っていないはずだ。この子が何か知ってたら助かる。


「……宿に、いなくて、聞き込みしながら、探してて。そしたら、魔力感知でこのあたりに、闇魔法の発動した形跡があって。急いで来たら、スタミナが、0になって……」

「えー……」


 ただのスタミナ切れかー!!緊張して損した。


 エルフってこんな体力貧弱だったっけ?!

 子供だから?子供のエルフって、そもそもストーリーに全く出てこないし、パーティメンバーなんて以ての外だったから、ステータス分かんないんだけど?


 エルフ自体がなかなか仲間になってくれないレアキャラだ。

 運良くパーティメンバーに出来るにしても、出会えるのは終盤だし、大人だもんなぁ。仲間になった時点である程度レベルもステータスも高いから即戦力だったけど。


 魔力関連のステータスとMPの成長率は勇者並みだったはず。確かに物理面はネックだった気もするな……いや、いくら個体差あるにしても、さすがに体力無さすぎでしょ。

 ただの街中で走ってるだけでスタミナ切れ起こすなんてさ。一体どんなスピードで走ったらなるんだよ。


 まあ、スタミナ切れは何か食べたら治るから……装備袋から適当にリンゴみたいな木の実を取り出して、エルフの子の口元に当ててあげる。


「はい。ただのスタミナ切れなら食べたら治るよ」

「…………」


 シャリシャリと咀嚼音が聞こえてきた。


 闇魔法……ね。それならカオスの仕業で確定かな。イベントの行き先と一致してて助かる。


 それにしても、困ったなぁ。

 何も状況が好転してない。戦闘で欠かせないヘイト役のキーマが居なくなって、貧弱エルフが増えた。こっちは既に非戦闘員のクレマさんも居るのに。


 エルフ……エルフかぁ……こんな序盤で出会うと思わなかったから何も用意してないんだよねぇ。


 エルフはこの世界の最強種だ。


 こんな体力貧弱でも集中して鍛え(レベリングし)たら強くなるだろうし、子供の姿ってことは、まだかなり成長すると思うんだよねぇ。

 エルフの成人のきっかけが何かに書いてあったはずだけど……何だっけな、あまり重要じゃないと思っててサッと眺めただけだから思い出せない。


 まあ単純に、エルフは種族として能力値お化けだから、どんなエルフでも仲間に出来るなら仲間にしたい。


 でもまだ条件クリアしてないからパーティに加えられないんだよなぁ。

 てかこれ、ギルドでこの子が獣人に絡まれてる時も思ったけどさ。勿体ないよなぁ。


 ただ、チェリンの予感を参考にしちゃうと微妙だ。敵になるっていうこの予感を無視して無理やり仲間にすると、肝心な戦いのときに重要なアイテム持って逃げられちゃったり、酷い時は戦闘になる……。

 そして装備とともに二度と戻ってこない……あれ、嫌だったなぁ。


 と、色々と考えてる間にエルフ君が自力で起き上がった。動けるようになったみたいだ。


「……ありがとうございました」

「あ、うん」


 ギルドの時もそうだったけど、あまり嬉しくなさそうに礼を言うよね、この子。

 顔が渋いよ。せっかくキレイな顔してるのに。


 ニコッと笑ったらかなり可愛いと思うのになぁ。男の子だと分かってても、ちょっとドキドキする。


 さっきの仲裁の時もこんな感じで形式的なお礼だった。若干距離があるというか。

 今まで勇者様ウェルカムな雰囲気を浴びてきたから、こんな反応されるのはちょっと新鮮だ。


 さて、どうしたものかな。

 このままこの子を置いていくのは正直勿体ない。


 チェリンの予感は懸念材料ではあるけど、確定事項ではないし、出来ることなら仲間にしたい。


 異種族をパーティに加えるためには、その種族の要求(ミニクエスト)を一定数クリアする必要がある。ついでにこなせるなら、その分エルフをパーティに加えやすくなるし、この子をそのままパーティに加えられるならそうしたい。


「あのさ、その、シュジンさん?を探してるならさ、途中まででも一緒に行かない?」

「え」


 エルフ君は、意外そうな顔でポカンと口を開ける。


「ほら、僕のパーティの子も居なくなったんだ。きっとタイミング的には同じ組織に拐われてると思うんだよ。でも、これから探しに行くにあたって、出来れば人手が欲しいんだ。君、スタミナないみたいだけど、魔法なら使えるよね?エルフだし」

「……魔法は、少しなら、大丈夫です」

「少しかぁ」


 エルフなのに、謙遜してるのかな?

 それとも本当に能力値あんまり高くない子?


 レベルとかステータスが見れたら話が早いんだけど、肌と肌で触らないと鑑定スキルは使えない。でも、この子は顔以外のパーツを全部布で覆ってて、直接触れそうにないんだよな。

 無理やり触ろうとすると噛みつきそうなくらい警戒されてるし。


 そしてパーティメンバーにも条件を満たせていなくて画面に出てこない。


 能力値読み取れないのは不便だなぁ。


「ちょっと事情があってね、こちらのクレマさんを守りながら戦闘しないといけないんだ。僕とチェリンでメインの戦闘はするからさ、この人を守る担当をして欲しいんだけど、出来そう?」

「敵はモンスターですか?」

「いや、ヒトだよ。闇魔法を使う組織と物理攻撃を仕掛けてくる組織が居るんだ。防御に徹してくれるだけで助かるんだけど」

「…………」


 眉間の皺は変わらないけど、困ったように眉尻が下がっている。悩んでいるみたいだ。


「シュジンさんを見つけるまでで良いからさ、お願い出来るかな?」

「……守るくらいなら、出来そうです」


 橙の瞳に緊張と警戒がまだ見て取れるけれど、こくりと頷いてくれた。


 やった!エルフが実質仲間になった!

 ゲームだと絶対有り得ない展開なだけにちょっと嬉しい。


「よし、決まり。僕はさっきも言ったけど、ソウタ。よろしくね」

「…………」


 差し出した俺の手を見つめるだけで、無言で返される。


 あれ、握手しながら自己紹介の流れだったよね?名乗ってくれないのかな。


「あの、名前は?」

「…………言いたくないです。好きに呼んでください」


 えー。

 なにこの子、ガード高すぎじゃない?エルフってこれが普通なの?


「じゃぁ、えっと、エルフ君?」

「……はい」


 今、微妙な顔したな。

 悪かったね、ネーミングセンスとかないんだよ。


 で、クレマさん、チェリン含め、これからの計画を手短に話した。


「このまま教会の下には直接行けないから、一旦街の端にある水道橋まで皆でダッシュするよ。クレマさん、平気かな?」

「わっちは基礎体力だけはありんす。これでも獣人の端くれなさかいに」


 独特の抑揚のある話し方のあと、すっと、着物の裾をたぐってみせる。確かに細身だけど筋肉がしっかりあるみたいだ。


「それは良かった。よし、じゃあ、時間もあまりないし、そろそろ行こう!」

「はい!」

「分かりんした」


 チェリンとクレマはしっかり頷いてくれる。


 あとはエルフ君か。

 視線を向けると、言いにくそうな顔をして手をモゾモゾと動かしている。


 なんだろ、ここに来てやっぱり辞めるって話かな。


「あの……ぶ、してくれませんか」

「え?ごめん何て言ったの?」


 声が小さくて聞き取れなかった。


「おんぶ、してくれません、か。その、多分、スタミナ切れ、するので……」

「お、う、うん。いいよ」


 何この子、可愛いんだけど。

 鼻血出そうになった。


 必要に迫られて言ってるのは分かるんだけどね?確かに割と距離があるし、いつ戦闘になってもおかしくない状況でスタミナ切れをされたら困る。


 でも、挙動と言動が可愛過ぎて全部吹っ飛ぶよ。


 震え声で嫌そうな顔して、恥ずかしそうにモジモジしてるのとか結構くるものがある。

 相手男の子なのにさ、危うく変な扉を開きそうになるよ。


 俺が口元を手の甲で隠しながら内心悶絶してると、エルフ君は俺の顔を見て、恥ずかしそうにしてた表情からちょっと不思議そうな顔へ変化した。


 あ、つい、見つめ過ぎたかな。


 誤魔化すように急いでエルフ君をおんぶして、水道橋へ向かって走っていく。道中は、これからの攻略へと思いを馳せる。


 うーん、そういえば何か足りないと思えば、魔王イベントが始まってるはずなのに、昨日の花火以降その兆候が無い。


 ゲームだとそろそろ、BGMにノイズが入ったり、画面が霞むように揺れたり、魔王誕生までのカウントダウンのようなシステムメッセージが届いたりする。


 あれはゲームだったからなのかな。今のところ全くその様子がない。メッセージくらいは届いてもいいはずだけど。


 にしても、魔王討伐ストーリーでここまで状況が整ってないのは初めてだな。


 打ち合わせに勇者が1人足りなくて、メインパーティメンバーが1人居なくなって、非戦闘員のクレマを連れて、見覚えのない体力貧弱エルフを半仲間に加えて……って。

 ゲームの正規イベントから大幅に乖離してきてるよね。現実はゲームほど簡単じゃないってのは知ってるけどさ、ほどほどにして欲しいよなぁ。


 唯一の救いは、謎の組織からの攻撃が今のところないことか。


 それでも散々な状態に変わりない。


 この先、聖遺物の暴走を止めるのも、キーマを救い出すのも、そして魔王を討伐するのも、俺がやらなければいけない。

 出来るかどうかじゃなくて、やるしかない。

 そのための覚悟をしてきたつもりだ。


 それなのに。ふと、足が止まりそうになる。今すぐ引き返して逃げ出したくなる。俺にしかできないことだらけなのに、自分の弱さが憎い。


 ああ、アイツみたいな強さが欲しい。


 こんな時、あの幼なじみなら鼻歌でも歌って、プレッシャーなんて気にも留めないんだろう。

 今はその真似でもしながら、気を紛らわそうか。


 祈るような気持ちで彼女のフリをする。あの強さが、俺に備わるように。


「……少し、似てる」


 ポツリと後頭部から呟きが聞こえた。


「え?」


聞き返した所で、ポーンとシステム音が鳴る。


《魔王誕生まであと2時間です。イベント進行度15%》


ようやくお決まりの魔王イベントのメッセージが届いた。いよいよ最初の魔王討伐が目前なのだと確信した。

長いお盆休みでした。

続きはまだ執筆中ですので、今しばらく期待せずにお待ちくださいませ。

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