呪いの穢れ
「ごめん!恋人との邪魔したいとかじゃ、全然ないんだケドね!あの塊が危なそうな気がして!」
なんか勘違いをキーマはしているらしい。
でも訂正に時間がかかりそうでめんどくさい。とりあえず置いておこう。
キーマの指し示す先を見ると、黒いモヤの塊が浮いている。
「あれは?」
目を細めて詳細を見ようとするけど、焦点がずらされるというか、ボヤけて見える。
「カナメとその獣人がイチャイチャしてたら、そいつの身体から滲み出てきたんだよ。……さっきから徐々に大きくなってて。嫌な気配がするでしょ」
「イチャイチャ言うなし。イチャイチャとかしてねーし」
人命救助!
そこは流石に訂正するよ?
で、確かによく見るとサンの身体から湯気みたいに薄黒いモヤが発生してて、数メートル先に浮いている塊の所へ集まっている。
黒い塊はぼこぼこと波打ちながら、徐々に濃くなり人間の等身大に近づいていく。
何か正体不明の浮遊物体ばっか出てくるんだけど、この異世界。どーなってんのよ。
ただ、あれは明らかに危険な敵意があるように感じる。
《あれは、穢れだよ》
「けがれ?」
頭にあの無機質な声が響くとチラチラ小さな煌めきが視界に入った。
あの欠片まだいたのね。ちょっと小さくなった気がするけど。
さっきは、このキラキラのおかげでサンを助けられたんだよね。ということは白い光が私の味方で、あっちの黒いモヤモヤが敵かな。
《一時的にサンから離れているけれど、呪いの穢れはまた元に戻ろうとするはず》
「えっ!あれ、サンの呪いなの?!」
女になる呪いが、こんなドス黒いモヤモヤの正体?
《禁忌の呪いは完全に消えないんだよ。あの穢れが消滅して、初めて解除されるはず……》
はず、って。
ここまで知った風な口調だったくせに。
肝心なところでぼかした言い方をする。急に疑わしくなったって言うか、信用して良いのか?
「あれがニャーの呪い……?カナメは誰かと話してるのか?」
サンにもキラキラの声は聞こえてないみたいだ。
まあ、今はそんなことはどうでも良い。
あの穢れっていうモヤ……けっこう強い。
そして、恐らく私と相性がかなり悪い。
いかにも物理攻撃の効かない見た目と、魔法攻撃を繰り出しそうな雰囲気。見るからに実体じゃないもんな。
相性の悪さは気合いじゃどうにもならんよなー。
ポケットの中の怪物でも、ゴーストタイプ厄介だったもんねー。カクトウとかノーマルタイプ好きだったけど、『こうかはないみたいだ』って表記に、何度そうだったwてなったことか。あの時の絶望感て半端ないんだよな。
つか、今私HP700だしやばい……て、ん?
あれ?いつの間にか回復してる。
名前:ウエノ カナメ
種族:ヒト
LV:20
称号:狂戦士
加護: 泉恵の体
ユニークスキル:鑑定LV4、呪い無効LV2、挑発LV2、怠惰LV2、怒気LV5、威圧LV3
スキル:殴打LV5、不屈LV5、解体LV2、味覚耐性LV3、痛覚耐性LV2、危機感知LV4、歌唱LV4、休息LV2、投擲LV2、運LV1、隠蔽LV1、搾取LV1、肉体強化LV4、斬撃LV1、槍撃LV1、打撃LV4、連撃LV3
HP:4123/4335
スタミナ:2832/7132
MP:16/18
物理攻撃力:19581
物理防御力:2811
魔法攻撃力:16
魔法防御力:13
回避力:546
テクニカルポイント:1800
ステータス画面を確認すると、勝手に共有スキルを介してHP急速回復が使用中になっている。
ダークが戦闘中だと困るはず……ところが、停止しようとすると弾かれた。
《拒絶スキルが発動されました。ディレイタイムに移行します。ディレイタイム中に同様の操作は出来ません》
え、拒絶スキル?ダークがやってんの?
そして、HPが完全に回復するとステータスから、さっきの不思議な痕跡が綺麗に消え去った。
さて、あの穢れはどうやって消すのだろう。
サンの時みたいにヒントがあるはずと、さっきのキラキラを探すけど、見当たらない。
「え、え?」
見渡しても何も無い。
「カナメ、きょろきょろしてる場合じゃないよ、どうするの?」
「闘うのか?」
キーマとサンがそれぞれ問いかけてくる。
……マジか。ここまできてあのキラキラ、私ら放置して消えたんか。
攻略法教えてくれんのかい!教えてくれる流れだったじゃん?!期待してたのに裏切られたわ!!
くっ、こんなことなら最初から期待しない方が良かったぜ。アレだ、もう仲間以外何も信用できねぇ。
まあもともとそういう性分だったけどさ、今改めて決意しておく。
さて。
何だったか、モヤモヤへの対処か。そんなもの最初から答えは決まってる。考えるまでもない。
「逃げよう」
「「え」」
意外そうな2人の声が重なった。
ん?なに?私が戦うって言うと思ってたの?
ナイナイ。
私は戦闘狂じゃないんだから、そんなアホなスポコン精神は持ち合わせてない。
称号は狂戦士だけど。一か八かの命懸けの戦いなんて、まっぴらごめんだよ。
「あれは勝てそうにない。だから逃げる」
そもそもサンを探していて、見つけて助けたので目的は達成している。私がここに居る理由はそれ以上でも以下でもない。
だったらさっさと逃げて、この穢れってのが周りに危害を及ぼしそうならギルドなり何なりに伝えて終了だ。
「でも、アレが外に出ちゃうと被害が出てしまうかもしれないよ?」
キーマが不安そうに私と黒いモヤとで視線を泳がせた。
「んなの私の仕事じゃないし、知ったこっちゃないわ。ここを脱出したら避難するように大声で呼びかけりゃいーし。それでも近づくバカのことまでは知らん」
勇者の仕事って、魔王討伐なんでしょ?これ魔王じゃないし。
それに、勇者は市民を守れなんて聞いてないし。
餅は餅屋。この黒いモヤは魔法を使える冒険者に処理してもらうに限る。
キーマは魔法を使えるけど、破壊力というよりは浅めの範囲攻撃+麻痺って感じだったし、何より槍使いの申し子のくせに槍を持ってない。
私は魔法耐性もないし、サンに至っては読心スキル以外分かんないし、多分弱い。
「ぐっ、カナメに比べられるとニャーは確かに弱いけど……」
何かぶつぶつと拗ねたようにサンが抗議してくる。
「拗ねんなって、事実でしょ」
と、ここまでナイナイづくしのこのパーティーに、何も出来ることは無いわけよ。
もちろん力に余裕があるなら、人助けもやぶさかじゃ無い。でも生きるか死ぬかを片手間にしたいなんて私は思わないね。
困ってる人は助けなさいと教えられて育ったけど、今困ってるの私の方だし。
「よって、キーマは先頭、次がサン、私が後ろ。急いで脱出しよう!ダッシュ!」
「……分かった」
「ニャーは最初から逃げるって意見だ」
2人は、各々別のところで文句が有りそうだけど、なんやかんや従ってくれた。
私の指示通りの隊列で足元に転がる狂信者達を避けながら、扉へと駆け上がる。
キーマが扉から出た。
サンもたどり着く。
私もあと少しで扉に着くという時、片足が何かに引っ張られて転けた。
振り向くと私の足に人の手が何本も絡まりついている。
ゔうぇぇえ、キモ!
絡まりついてるのは4本の人間の腕だ。
それぞれ普通じゃありえないような変な角度から伸びてきている。腕の先は一つに繋がっていて、この腕……もう人間のものじゃないみたいだ。人間だったものの腕、って言うのが正確かな。根本部分が異形の姿の黒い塊。
さっきまで山積みにされていた黒衣の人々が、ぐちゃぐちゃに黒い塊となってくっついていた。
代わりに黒いモヤモヤが見当たらない。
あの穢れってやつが、くっつけてんのか?
急いで振り払おうと脚を振るけど全然離れる気配がない。むしろ引っ張る力がどんどん強くなって、引き摺り込まれそうになる。
「ふんぐっ」
思い切り力を込めて、脚を引く。
うぎゃぁぁあ!
何人もの男とも女とも判別がつかないような重なった耳障りな叫び声が上がった。石壁に反射して耳を塞ぎたくなるほどの大音声で反響する。
でも嫌なことばかりじゃ無い。私の足に絡まりついていた4本の腕が本体から引きちぎられて、ふっと軽くなった。
幸い、なぜか分からないけど血は飛び出なかった。代わりに腕が私の足を掴んだままビチビチと別の生き物のようにのたうつ。
「おぇぇ、気持ち悪ぅぅ!」
脚についた腕を急いで引き剥がして、即捨てる。
「カナメ!」
サンが部屋の中へ戻ってくると、私に向かって手を伸ばしてきた。
「バカ!なに戻ってきてんのさ!」
呪いはサンから出てきたんだから、サンが一番狙われるだろ!
「カナメに助けられたんだから、今度はニャーが助けないといけないだろ」
「そんな決まりないから気にしないで良いっつーの」
悪態を吐きつつもせっかくなので手を借りながら立ち上がって、扉へ向かって走る。
講堂の外まであと数歩の距離まできた時。
バタンッ
突然扉が再度閉まった。
「な!?うそぉ?!開け!」
ガンガンと叩くけれど、びくともしない。
「カナメ!」
扉の向こうからキーマの声が聞こえる。
あちらもドンドンと叩いているみたいだ。
一体どんな構造だよ!勝手に開いたり閉じたりして!
「主の御心に謝意を。我らが神は、魔王の誕生を望まれておる」
背後から幾人も重なった声が聞こえる。
つーか、まだ魔王の儀式諦めてないんか。やべーな。あんな異形の姿になっても変な思想に変わりないわけね。辟易するわ。
扉を背にして黒い塊と向かい合う。
あの塊、動き自体は鈍い。
私たちと大元の黒い塊との距離は7、8メートル程度ある。だからまだ私も臨戦態勢という訳ではない。
途中に転がっている人間を吸収しつつ近づいているから、こっちに来る速度がお遅いのかなと観察しながら分析した。
「キーマ!ひとまず外に出て、冒険者なり元の仲間なり、強そうな人を見つけて連れてきて!それまでこっちはこっちで粘ってみる」
「そんな!俺にメンバーを置いて逃げろっていうの!?そんなの無理に決まってるでしょ?」
泣きそうなキーマの言葉に、一瞬迷う。
確かに私もキーマの立場なら仲間を置いてさっさと行くなんて断固拒否だろう。
でも、ここは強要すべきところだ。このままキーマが居ても、互いに干渉出来ないんだから、何の希望も無く全滅する。
…………あまり実行したくなかったけど、やるしかないかな。
パーティ画面を開いて、キーマをパーティから外すを選択。
《キーマがパーティメンバーから外されました。交換イベントを終了します。報酬を算出中》
「な、何をするんだ!?カナメ!!」
キーマが気付いたみたいで、バンッと強く向こう側で扉を叩く音がする。
「このままだと全滅するでしょうが!キーマだけでも脱出して!」
「でも!俺はお前を……」
えーい、しつこい。今は一刻一秒が惜しい。
「私はあんたを仲間から外したんじゃないから勘違いすんな!本当に仲間だと思ってくれてるんなら、役目を全うして助けに戻って来い!」
キーマの言葉に被せるように怒鳴りつけた。
「……絶対、絶対生きててよ?!俺が戻るまで、待っててよ!」
そう言い残して、キーマの気配が消えていった。
《報酬が精算されました。カナメからの報酬対価は支払い済みで確定となります。以降の報酬変更は不可》
何やらシステムが忙しなく表示される。
報酬対価って、山賊の服かよ。
まあ、あげるつもりで渡したから良いけども。無料入手アイテムのおっさんのお下がりでいいのか?彼が有能だった分、申し訳なくなるんだけど。
ま、今更どうしようもないか。切り替えるしかない。
さて、どんどん膨れていく塊を見つめる。
どうやら講堂に居た黒い集団の全員を飲み込み終えたようだ。塊は講堂の天井スレスレの高さまで膨らんでいる。3メートルくらいあんじゃね。
黒い塊のあらゆる部分から黒服の人たちの頭や手足が突き出して、呻き声がかすかに聞こえる。
そして、モゾモゾと蠢く輪郭とは対称的に真ん中部分に大人くらいの背丈の巨大な赤色の眼が1つ現れた。まぶたはなくて、真っ赤な瞳が、黒や肌色の輪郭に覆われている。
あれ、ガチのモンスターじゃん。
人間を吸収した分、実体化してて物理攻撃は効きそうだけど。はたしてアレ……本体の穢れってやつにはダメージ与えられるのかな?
こういうボス戦って2段階戦がありえるもんなー。あのゲームでの絶望感を現実で後から味わうより、先に2段階戦闘を想定しておいた方がいいだろうね。
とは言っても備えられるものなんか、心構えくらいしかないけどね。
「でもひとまず、殴るか」
2段階戦を想定するとしたら、どの程度のスキルを起動させるかが悩ましい。
なんかスタミナは知らんうちに結構減ってるからなー。あんま余裕がない。
悩みつつも両手を組んで軽くぽきっと鳴らした時、サンが呼びかけてきた。
「カナメ、お願いがある」
「ん?」
言われなくても守るつもりだったけど、他にあるんかな?
一応視線は敵に向けたまま耳を傾ける。
「ニャーにもう一度口付けしてくれないか」
パチンッ!
あ、やべ。
考えるより先に手が出てしまった。無意識のうちに、ノールックで隣のサンのほっぺを平手打ちしちゃった。
慌ててサンの方を向くと、私の手の形に真っ赤に色づいたほっぺ。打たれた衝撃をいなせずに地面に倒れ込む姿が。
パタリ。
サンは地面に沈んでいった。
白目で気絶しとる……そんな強く叩いてないよ?多分。
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