普通の好き
「…………」
そろそろいいかな……?
咄嗟に目を閉じてキスしていたから、状況が分からん。
つーか今更だけど、これが正解か分からんし、ダメだったら別の手を考えるしかないよね?全然代替案思い浮かばんけどさ。
ひとまず、身を起こして唇を離そうとした。その時、誰かの手が私の頭を押さえつける。
「んん!?」
え、え、何?離れたいんだけど?!
サンの唇に私の口がグッと食い込んで、その生暖かい感触に身体が硬直する。
ちょちょちょ!この手は誰がやってんの、キーマ?
いや、こんなことあの初心な少年がするわけないし、他の神官がやってるとか?って、んなわけないか!
「んんー!」
ちょ、そろそろ息が出来ないんだけど!!
情報が無さすぎてパニックになっている。
そうだ、目を開けよう。
パチッ
視界に鮮やかな桜の花のような薄紅色が広がる。春のような穏やかな色合いに見惚れて、それがサンの瞳の色だと気づくのにしばらくかかった。
サン……?
生きてる……いや、生き返った?
状況は全然分からんけど、手放しでその一点だけでも気づくと全身の力が抜けた。
良かった。
なんとか間に合ったみたい。
短い付き合いとはいえ、サンが死ぬと悲しいから、どうにか防げたなら頑張った甲斐がある。
この時、最初は私同様にびっくりしたように見開かれていたサンの瞳が、柔らかく細まった。
私の頭を押さえつけていた手は私の頬に移される。とはいえ、若干この指は私の顔を固定してくるから相変わらず私は動けずにいる。
なんか、不思議と力が入らないというか、身体を動かす主導権が違うところにあるような感覚。
桃色の瞳が妙に暖かく色鮮やかに映る。
この心地良い暖かさに包まれたいような、全てを委ねたくなる変な感情が湧き起こる。
ぼんやりとした頭の中で思考が引き延ばしにされる。
突然、刺すような冷たい橙色の瞳が脳裏に過ぎった。その途端に何故か思考が晴れていく感触に見舞われた。
そして何故かいけないことをしてるような、罪悪感で頭の中がいっぱいになる。
つーか、これ、私がしたくてしてるわけじゃないから。無事に目が覚めたみたいだし、人命救助成功ってことでそろそろ解放されたいんだけども。まだこの体勢でいないとダメなのかな?
そんな風に考えると、顔の距離は変わらない状態から、彼は顎を引いて唇を私の口から離した。
「カナメ」
サンの声が近い。
口から聞こえてるのかもと思えるくらい、言葉の息が唇にかかる。そして、どこか甘さの含まれた声音。
やっと平常心を取り戻そうとしていたけれど、知らない感覚に思考が飛んだ。ビクッと身体が硬直する。
え、え、何?近いんだけど!
再度パニックになりかけの私をよそに、サンが強く抱き寄せて私の頬に顔を埋めてくる。
ちゅ、と音が右耳にこびりついた。
ゔあぁぁ、ほ、ほほほ、頬に、キスされたぁ!?
「……○▲#っ!」
声にならない声がでた。
顔に火がついたみたいに熱くなる。
な、な、なんだろ、これ。こんな熱くなるほどのことじゃないかもしれないけどさ、何か、何かやばい!
さっき口付けしておいてなんだけどさ!?アレは人工呼吸の延長じゃん?相手は気絶してるし、そう言うのじゃないわけでね?!
頬とはあらゆる意味で全然違うわけよ!
も、もう、私の心臓がそろそろ限界に近い。このままよくわからない未知の世界に侵入しそうな、よく分からない感覚で脳が痺れるというか。
と、再度ダークの軽蔑したような顔が浮かんでくる。
ドクっと嫌な鼓動が走った。
もう、ムリ。
力任せに突き飛ばす寸前。見計らったかのようにサンが先に離れてくれた。
拘束がなくなったのもあって、突き飛ばすために蓄えた力の反動で弾かれたように起き上がった。バネのように筋肉が硬直してるので正座で背筋をピンと伸ばす。
顔、熱い。
何か、考えないといけないこととか、ダークに対する弁明とか、色々あるけど、何も考えられない。どうしよう。
思考停止。
サンが自力で起き上がって、私を見てクスッと笑う。
「カナメ。大丈夫、深い意味はないと知ってる」
私を見ているはずなのに、まるで届かない何かを求めて遠くを見るような表情で私の頬をそっと撫でて、その手を離した。
「ありがとう」
言われた礼は女性の声じゃない。
サンは私から離れても男のまま。
どうやら本当にあの方法で呪いが解けたみたいだ。
ここで、ポーンとお馴染みのシステム音。
《熟練度が一定値を上回りました。呪い無効LV1が呪い無効LV2になりました》
「ふーっ」
システム表示を見るためにサンから視線を逸らしてやっと、思考できる余裕が出てきた。
何にせよ、思考を読んでくれるからサンの誤解を解く必要がないのはありがたい。
それに、咄嗟に出てきたダークへの弁明って()。ダークはこの場に居ないんだから言わなきゃバレないし、弁明するような間柄でもないわけで、よくよく考えて意味わからんよな。
でも何だろ、妙に気持ちが沈むというか。
「ふぅ」
一息ついて、頭を振って切り替える。
ひとまずサンの身体の状態をザッと見るに異常は無さそうで、災難は去ったみたいだ。心の底からそれは良かったと思う。
ただ……ね、ちょっと言いたい。
どこの白雪姫だよ!?
いや、眠りの森の美女か?呪い解けたら男になるって誰得なんだよ!
つーかこれ、私が女だから辛うじて見た目はどうあれ体裁を保てるけどさ、呪い無効の勇者が男だったらどうなんの?!
男同士でキスしたら呪い解けるの?!
今まで散々突っ込んできたけど、これはとんだ欠陥システム過ぎる。
え、もしかしてこれって魔王が誕生しそうになるたびにするとかじゃないよね?とんだビッ○じゃん。無理なんですけど?!
とんでもないけど、有り得なくもない予想に悪寒が走る。死亡フラグよりきついじゃん。頭を抱えたくなる。
ダメだ。流石にこれは心折れるぞ。
「……その。ニャーは、お前じゃなければ呪いは解けなかったと思う」
ん?私の思考に対する話?
サンが遠慮がちに……いや、照れてる?ように顔を赤らめて言ってくる。
いや、やめてよ。
さっきのことを忘れようとしてたのに、そんな顔されたら、感覚がぶり返すじゃん!
「……お前はニャーのこと好きだろ?」
「は?何言ってんの?」
熱くなりかけた頭が急降下する。
顔が熱くなるのも、鼓動が速くなるのも、恥ずかしいからであって、好きとかじゃないってのは分かる。
ちょっと、この勘違い野郎、一旦殴ろうかな。
一本一本の指を丁寧に折りまげゆっくりと拳を握る私に、慌てて両手を振って静止のジェスチャーをするサン。
「違う違う!そういう意味の……その、恋愛の好きじゃない!ほら、お前の……その、普通の!」
普通の好きって何だ?
眉を寄せる。
その様子に更に慌てた顔して、私の握りかけていた方の手首を掴んでくる。
そして複雑な表情を浮かべながら私の手に視線を移した。
「ほら、ニャーをこんなになっても身体を張って助けてくれるくらいの、好き、てことだ!」
つられて私も自分の手を見て、気づいた。
わお、全然意識してなかった。
最初に弾かれた際に付いていた黒い煤はないけれど、裂傷と火傷で手が血で真っ赤だ。
見るからに痛々しい傷が指の先から肘にかけて出来ている。今は出血は止まって軽く固まっているみたいだけど。
回復薬も飲んでないのに治りかけてる?
痛みは痛覚耐性で、もともと感じにくいけど。知らないうちにこんな怪我をしてたなんて、耐性系スキルってちょっと怖いな。
まぁでも、サンの言わんとすることは分かった。それなら、確かに私はサンのことも好きだ。気兼ねなく話せる所も、良い感じにダークとも話してる所も良いと思う。
てかさ、サンって色々端折る言い方してくるから分かりにくいよねー。最初からそう言えよなーっての宿屋でもあったしさ。
心読めるくせに言葉足らずっていうか。
いや、心読めるから言葉足らずなのか?
「……カナメも大概だと思う」
「何でよ、私は的確にちゃんと発言してるでしょうが」
「発言と言うより、カナメは全然人の言うこと聞かない。ニャーが必死に逃げろって言ったのに、逃げないし」
「助けたのに悪口言われる今の私の心境、わかる?」
「ニャーの気持ちもわかってくれ」
唇を尖らせて反論するサン。じとっとしたサンの桃色の瞳が、本気で心配の色を灯しているのは分かった。
掴まれてない方の手で、片頬をぽりぽりと掻いて上を見る。
気持ちの理解は出来るけどさ。目の前で殺されかけの仲間がいて、置いてくわけにはいかないじゃんか。
ただ、この口論は正直不毛だ。
どっちも譲らないし、行き着く先が見えないから。あんま掘り下げたくはない。
「あのさ!あれ、そろそろ危険だと思うんだよね」
唐突に後ろから、キーマの緊迫感のある声が割って入った。
カナメ、魅了されかけるの回でした。