勘違いってのはされる側は面倒くさい
少し遅くなりました。
さて。
ゴージャスで際どい服装をした熟女さんが目の前に座しております。長いブロンド風の髪色が黒い服に映えて、近寄り難さを主張している。コーディネートのコンセプトは悪魔美人の演出と言ったところだろうか。熟女さんといっても色気と同等に鋭い目元と隙のない振る舞いから只者ではないのが見て取れる。
はい、ジバルに着いたのはつい20分前。ここに座ったのは5分前。何という早わざ。
そして熟女さんは、私の後ろに立っているノズやフィントから事情説明を受けている。ここまででご理解いただけるでしょう、この人が、ノズ達の頭さん。奴隷商様です。私のイメージと違ったわ。
奴隷商て、ノズ達の強化版の暑苦しい恐ろしい雰囲気のオッサンがやってるんだと想像してたんだけどなー。
で、私は世帯無さにブラウンウルフから分捕ってきた5本の棍棒で手遊びしている。
だってフィント達、助けた私をベタ褒めしてきてるんすわ。照れるよね。
ん?
遊んでいた5本のうち1本の棍棒が他と違うのが分かった。見た目は一緒なんだけどさ、手の感触というか、雰囲気というか、目に見えない何かが違う。鑑定するかな?
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
くそ、厄日か?全然鑑定成功しない。
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
「で?そなたは何故丸腰で大森林なぞを目指しておるのじゃ」
おお、何かかっこいい喋り方だな。
とりあえず鑑定を止めて話しかけてきた熟女さんを見た。
「ええ、フィントさん方にも言いましたが私は薬草が好きなもので、大森林にはまだ見ぬ特別な薬草があると聞きましたので……」
「それは私も気になる話じゃ、大森林は確かに不思議な力を持つ草木で溢れておるが、薬草の話は初耳じゃ。情報元はどこなんじゃ?」
うっ、知らんがな。
作ってる話だからね、私も知らないすわ。
「王都の酒場で冒険者のパーティから聞きました。私や相手も酔ってたので信ぴょう性は低いですけど。どうせ私はつい最近、家を飛び出してきた身ですから、お金が持つ範囲でちょっと行ってみようと思ったんです」
これで大丈夫かな?
うーん、でも旅路を急ぎたい理由付がちょっと薄いなぁ。
「ほう。物好きなものじゃ、じゃが面白い。その特別な薬草とやら、本当に見つけて来たら言い値で買い取ってやろう。して、そなたはどの様にして、素手でブラウンウルフを倒すほどのステータスやスキルを取得したのじゃ?」
え、そっち聞く?
確かに裏専門店の爺さん曰くLV50相当のHPだからね?スタミナとかも割と大きいから最近家出してきた人間がそんな鍛えてるの不自然だよねー。
「それは、私実は最近知ったのですがHPが尋常じゃなくでかいという突然変異だったみたいなんです」
「ほう、どのくらいあるのじゃ」
バレない嘘をつく基本は、真実と混ぜること。これ重要です。実際HPでかい訳だしね、ここは素直に本当のことを言うのが吉だ。
「今はちょっと怪我してるから2000代ですけど、満タンで3000代あります」
「何じゃと?!」
ここまで余裕の顔して質問してきていた熟女さんは目を見開いた。そしてマジマジと私の体つきを観察しだす。
「ほんとかよ……」
「いや、こいつなら有り得る」
後ろからも呟きが聞こえてくる。
やっぱり3000代て結構でかいんだねー。実際の値だから、自信満々に頷いておく。
「ですので、HPを武器にタイマン勝負に持ち込んで殴っていくうちに殴打スキルと連打スキルをゲットしました。今はそれを駆使して何とかブラウンウルフくらいなら倒せる感じですね」
「ほんとかよ……」
「いや、こいつなら有り得る」
「…………ふ、ふふ。あっはっはっはっはっは!!」
熟女は暫く言葉を失った様にポカンとしていたけど、含み笑いしだして唐突に大声で笑い出した。
「そなたの論が正しいとするなら、恐らくそなたの物理攻撃力も突然変異じゃろう。ブラウンウルフはただHPが高いだけじゃどうにもならんぞ」
一頻り笑い飛ばすと、熟女さんは愉快そうにそう告げた。
あ、そうなんだ?物理攻撃力も高いとか、私なかなかやるじゃん。私は自分を自分で褒めた。
けど、さっきまで笑っていた熟女は眉間に皺が入る。
「バカにしおって。嘘も大概にせんか」
ヒヤリと落とされたナイフのような言葉に私はゾクッと背筋が凍った。
薬草のことバレた?いやいや、話の流れ的にはそっちじゃない。てことは、今のHPの話が嘘だと思われた?
これは判断が難しい。
「私には分かる。その強さを持ち、敢えて丸腰で旅するということは、他国の間者以外におらぬ。安心せよ、私は商売さえ出来れば国がどうなろうとも知ったことではないのでな。通報する様な無粋なことはせん。部下を助けてもらったのなら尚更じゃ。近々この国が大森林への不穏な行動を起こしておることについて、調査しに来たのであろ?一応情報を流してやっても良いが?」
????
何か予想の斜め上の勘違いされとるーーー!!
間者?知りませんがな!!
情報……は欲しい。だから、まあ、敢えて否定せずに話を進めてみる。こうなりゃダメ元だ。
つーか、勝手に相手がそう決めつけてきてんだもん。私悪くないよ?
「私が間者かどうかについてはノーコメントです。何の情報か分からないのに飛びつくつもりは無いですし」
「ほっほっほっほ、そりゃそうじゃの。ノズ」
「はい」
「例の資料を」
「すぐに」
ノズが部屋から出ていった。
何の資料だろう?
私はとりあえずポーカーフェイスを崩さないことに務めてみる。だって、この状況よく分かんないもん。
もう、早く解放してよー。
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
待ってる間、沈黙が続いている。言っちゃえば暇なので棍棒の鑑定連打している状態だ。
てかマジでこの棍棒何なんだよ。全然鑑定成功しないし!
他の棍棒を試しに鑑定してみる。
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に成功しました》
あ、早い。3回目で成功した。
《棍棒:戦闘時、使用する際に物理攻撃力+5の効果》
やっぱり物理攻撃力上げてくれるんだね。
で?このちょっと違う雰囲気の棍棒は何なんだ?
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
《鑑定に失敗しました》
むがー!!何故成功しないんじゃーい!!
「お待たせしました」
ちっ、ノズ来たじゃん。
私は鑑定が成功しない棍棒にかなりイライラしてきている。
「つい1年ほど前の大森林騒動は記憶に新しいがの、その後、すぐに大森林、いや、ここはエルフと言ったが正確じゃの。すぐにエルフは国の体制を立て直した。あれ程の騒動を起こしておいて、じゃ」
大森林騒動から知らない私は、ポカンとするけど、でかい何か大層なことがあったのは把握した。
「その騒動の後、何らかの関与があったってことは明確ですよね」
何となく雰囲気で合わせて言ってみた。
私は、人の話の前後を聞いてなくても、相槌打つのが得意な方だ。
熟女さんはしたり顔で目を細めながら、ニヤリと笑う。手に持つ紙をこれみよがしに机に置いて細い指でつつく。
「部下の恩人じゃ、安くはするが、タダとはいかんぞ」
なるほどねー、その情報があの紙に書かれてる。でもここからは課金しろと。そういうわけですか。
「じゃ、私はここで失礼しますね」
確かに私がちゃんとした間者だったら、ここから交渉に移るんだろう。
でも残念ながら私は勇者だし。そして、無一文だし(笑)交渉する権利もないわけだよ。
諦めは肝心、そして去る時は潔く。
それが私の美学だ。
踵を返して部屋から出るためドアを開けた。
「そ、そなた、情報が欲しくはないのか?!ここにはこの国の……」
「私がもし仮に、あなたの思ってる様な間者だとしたら、通りがかりで得られる情報が欲しくてわざわざ出向くわけ無いですよね。情報収集係なら、もっと交渉の上手い奴がやる筈です」
「別の目的があると?」
この難しい問答、そろそろ面倒くさい。というか後がなくなって来てる気がする。
だって私、早く剣見つけて帰りたい。壮太に会わなきゃだし。こんなことして時間潰したくないわけだよ。
てかこの熟女さんの名前、私知らないんだよね。
「お頭さん、私はあなたの名前を知らない。私達、会ってからのこの1時間、名乗りあってすらいませんよね。それはいいんです、特に気にしません。ただ、私は名乗りあってから相手を助けるなんてことはしないです。私は襲われてる知らない人の知らない部下たちを助けた。見返りは貰いました。ならば私はもうここにいる意味は無いでしょう、さようなら」
そう言って私は部屋から出た。私の後から追いかけてくる者はいなかった。
※修正 空欄作ったのとちょい加筆