幼なじみが勇者になったらしい
はじめまして。拙い文章ですが読んでいただけるとありがたいです。
浮遊感があった。
強いていえばそれだけだ。ただ、何かが切り替わったっぽい。
ひんやりとした空気は大して変わらないんだけど、目を閉じた状態でももう一つの画面が頭に浮かんでいるからだ。
名前:ウエノ カナメ
種族:ヒト
LV:1
称号:異界からの漂流者No8802
加護:なし
ユニークスキル:鑑定LV1
スキル:なし
HP:1000/1000
スタミナ:1000/1000
MP:10/10
物理攻撃力:1000
物理防御:1000
魔法攻撃:10
魔法防御:10
回避能力:150
テクニカルポイント:100
へー、ほー。
よく分からんがイメージしてた以上にゲームっぽいね。
因みに、称号『異界からの漂流者No8802』はピカピカ光っているので意識を集中させてみる。スマホのタップの間隔でクリックすると、
《称号『異界からの漂流者No8802』はこの世界では有効ではありません。以下の称号を選択してください。『護勇者』『聖勇者』『戦勇者』『賢勇者』『勇者見習い』》
ふむふむ?頭に色々付けられた勇者と勇者見習い……?え、勇者見習いて、勇者じゃなくね?(笑)
と、ここで勇者見習い以外の項目が暗い文字になっていることに気づいた。
嫌な予感がする。
『戦勇者』をクリックしても、『聖勇者』をクリックしても反応がない……まさか。
嫌な予感は当たったようだ。
そう、『勇者見習い』のみクリック可能だった……。
選択て、1択かよ!?
あー、うん。
とりあえず、現状把握しよう。
これ大事。
まず、つい1時間ほど前私は突如行方不明になった幼馴染み、加賀見 壮太を探して心当たりの橋の下へ出向いていた。
壮太とは家が隣ということもあり、物心つく前からの仲だ。兄弟のような関係だったけど、お互い22歳になり、そろそろ大学卒業の時分の今となってはあんまり顔は合わせていなかった。
そんな中、この行方不明騒動だ。この歳になって、壮太のおばさんから泣きつかれたのだ。随分と思いつめてたらしく、それとなく相談に乗ってあげて欲しいと。
私はため息をつきながら、橋の中にある2畳程の空間へ向かう。ここは私達が幼稚園の時から足しげく通った秘密基地だった。雨風も防げるから家出の際もお世話になったものだ。
家出なんて最後にしたのは中2くらいだったはず。壮太も最後に家出騒ぎを起こしていたのは高3だった。まあ、当時は受験に嫌気がさしたんだろうけどさ、あの時は引っ張り出すのに苦労したもんさ。
今はそんなことも、もはやしない年齢になったはずなのに、あいつときたら……就活で色々あったんかもな。下宿じゃなく、私達は実家暮らしだったから確かにプレッシャーはあったはずだ。
どう言って連れて帰ろうかなぁ。
そんな風に、呑気に初夏の暖かさに目を細めながら例の秘密基地に足を踏み入れた。
結論から言うと、彼は居なかった。
残されていたのは、彼の所持品であろう鞄と広げたままにされたゲームの攻略本のようなものだけだった。
まず、間違いなくヤツはここにいたんだろう。私の読みは当たりだったということだ。トイレにでも行っているんだろうとしばらく待った。
……帰ってこない。
暇だったので、広げられた攻略本に目を落とした。変なことに、この本の表紙は白紙。ゲーム名が無い。仕方なく1ページ目から読もうと捲ったら、何の前書きも目次もなく、ただこうあった。
『ー5名の勇者が揃いし時、世界をすくう混沌とした物語が動き出すー
物理攻撃無効:ササハラ ユウキ
物理防御無効:カガミ ソウタ
魔法攻撃無効:コウノ ノゾミ
魔法防御無効:ワタナベ ショウ
呪い無効: 』
???
あいつ、自作のゲームでも作ってたのか?
奴の名前が載っているのに動揺した。確かにゲームは好きみたいだったけど、知らなかったな。それにしても、自作のゲームに自分の名前入れちゃうとか……。
そして、最後の空白部分が主人公の入る欄なんだろうけど、呪い無効とはなんぞや。
他は分かる。かく言う私もそこそこRPGは齧っている。○ラクエやFの2つ並んだ王道ゲームも一応やった。まあ一番ハマったのは○ルダの伝説なんだけどさ。
そんな経験上、攻撃無効だの魔法防御無効だのはなかなかにチートだろうことは理解出来る。けどさ、呪いってあんた……超ピンポイント。使い途が敵キャラの展開次第だけど中盤から終盤の一部くらいにしかなくね?呪い解除持ちなんて途中、イベントクリアのためにパーティ入りさせる臨時キャラなイメージだよ。ピンポイント過ぎるから結局必要な時だけパーティに加える都合の良いキャラ、強敵ばかりのクライマックスには確実に居なくなるやつ。
まあ、良いんだけどさ。
何やってんだよ壮太。あんたこんな事してるから就活決まんないんだよ、きっと。
残念な物を見てしまった。
……暇だし読み進めるけど。
次のページを捲った。
『参加の意思があるならば各ページの魔法陣に手を当て、念じたまえ』
そう大きな文字があった後に注意書きがつらつら書かれている。凝ってんなー。無駄ページかよ。てかゲームの攻略本というよりか、同人誌に近いのかもしれない。
次ページを捲った。
ざっと読むと物理攻撃無効の勇者の話だった。転移してきた勇者に王様が魔王退治の助けを請うのだけど、かなり渋っていた。でも結局承諾したらしく、大金を巻き上げて旅に出ている描写がある。まだ続きはあるらしいけど、あんまり興味ないし、読み飛ばした。
そして白紙のページ。
暫く捲ると文字のあるページが現れた。
次は壮太の話だった。
ニマニマしつつ将来奴の黒歴史になるだろう内容を読み進める。
壮太は転移してかなり動揺していた。
慌てて帰りたい旨を王に伝えるけど、勇者としての責務を果たさなければ帰れないと説得され、結局は渋々承諾の末、王に与えられた仲間と共に魔王退治の旅に出ていた。
旅先は洞窟……というかダンジョンらしい。そこで何日も籠って弱いモンスター相手に地道にレベル上げをしている描写だ。ダンジョンはしたに行くほどモンスターが強くなるらしいけど、壮太はひたすら1階部分の弱いモンスターと戦い続けている。
この時点で私は妙に彼らしさを感じ始めた。こういうゲームをする時、奴はストーリーを進めずに地道にレベリングをしてギリギリでクリアできるレベルの20くらい上まで上げてから挑むのだった。だからほぼ2撃くらいで壮太はラスボスを倒していた。
そのリアリティにちょっとだけ、私は有り得ないことを考えてしまった。この世界の話って……いやいや、んなわけないよね。
私は次のページを見る。また白紙だ。
魔法攻撃無効の人は女性。
王に助けを請われて高飛車に「じゃあ、無事に役目を果たせば私にこの国をくださる?」と言っていて、吹いた。どこの勘違い勇者だよ。てかお嬢様風の喋り方なのな。書かれている「私」も、「わたくし」て言ってそうだ。
王は冷や汗をかきながらやんわり拒否しつつ特別待遇を約束させられていた。この子はまだ旅に出ていないみたいで描写がそこで終わった。
魔法防御無効の人は、王からの願いを快く引き受けると、口八丁で大量の仲間と大金を要求していた。気づけば丸裸レベルで王は色々と約束させられて、彼は旅立っていった。詐欺師みたいだ。
そして、白紙のページ。
当然ながら、呪い無効の勇者の記述は無かった。そして白紙ページに挟まれる形で登場する魔法陣。
うーん、これ、実はマジだったりして。
私はこの歳にもなって未だにファンタジーな部分があったらしい。
ちょっとだけそんなことを考えて、でも、そんなはずないよな、と恥ずかしくなって否定した。
壮太が余りに帰ってこないので、腹でも下したのかと思いながら壮太のページをまた開いてみる。そして、本の内容が書き加えられていることに気づいて固まった。
ダンジョン内で怪我をしたらしい。怪我と言ってもか擦り傷らしいが、仲間に治癒魔法で助けてもらった旨が加わっていた。確実にさっきまで無かった記述だ。
何度触ってもこの紙はスマホのような画面では無い。いくら科学が進んでいるとは言え、この現象はおかしい。私は本を閉じると残された壮太のカバンを引っ付かんでダッシュで帰宅した。
母親に壮太と暫く家を留守にすると手紙にしたためて深呼吸する。
壮太は昔から気の弱い人間だった。
よく苛められてたし、ドジだからちょっとしたことですぐ怪我してしまう。身体が大きくなっていじめられるようなこともなくなったけど、その性格はあんまり変わらなかったらしい。ちょっと背が高くなってモテ期が到来した際、肉食女子に迫られて女性恐怖症になったり、いじめてたグループのリーダーと同じ髪型の人恐怖症だったりと、なかなかに臆病だ。怪我も何故か未だに多い。それはさっきの記述でもあったから向こうの世界でも健在らしい。
つまり、何が言いたいかっていうと、アイツを1人で訳の分からん世界に置いておくってのは例え勇者でチート持ちだとしても相当危ないってこと。そしてそれを知ってしまった私がアイツを助けに行かないなんて選択肢を持たないということ。
私は本の例のページの魔法陣に手を当てて目を閉じた。
※修正 空欄入れました。