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暁鬼 -アカツキ-  作者: 三城谷
9/15

【悲痛の叫び】

――十二月二十五日、午後十八時。

レギルという大鎌を持った少年から逃げ、俺は闇雲に走っていた――


居場所なんてものは分からないけど、足は止まらずあの場所へと向かう。

彼女がいるのは、あの初めて会った公園。

なんとなくそう思って、確証は無いはずなのに……。


「――フレドリカっ!!」


公園に到着して、周囲を確認して彼女の姿を探す。

この公園まで休まず走った所為で、身体全体が自分の物では無いと思えるぐらいに重たい。

歩きながら、上がった息を整える。


公園の中心には、子供が遊ぶような山形の遊具がある。

広さは無いにしても、良く近所にありそうな普通の公園だ。

その中心の遊具の上に――彼女の姿はあった。


「……フレドリカ、話があるんだ」

「…………」


彼女は俺の言葉に反応せず、ただ空を見上げていた。

初めて会った時と同じ、ただ一人で……。


「フレドリカ、レギルって奴から聞いた。お前にとって、人間界の空気は身体に毒なんだって。それで、お前がもう少しで消滅する事も――俺は!」

わらわに何の用じゃ、人間?」

「……え?」


平坦な口調で、俺の言葉を彼女は遮る。

振り返る彼女の表情は、冷たくて……さっきまでとは違う雰囲気を出していた。

まるで、別人のように――


「――どうしたんだ、フレドリカ。俺の事、忘れたのか?」

「人間のような下級生物の知り合いなど、童の記憶には存在しない。童の名は、フレドリカ・ブラックブレイド・グラン。魔界の女王にして、吸血鬼の王じゃ。下等な人間如き者を童は存在を認めん」


……ガクッ。

何故か俺は酷くショックを受けてしまった。

膝の力が抜けて、全身の力が抜けていく感覚が身体を襲う。

体力が急激に減り、眩暈までが生じる。


「身体が、重い……」

「人間よ。悪く思うなよ」


スッと彼女は俺に近付き、俺の頭を片手で鷲掴みにする。

そのまま俺は、彼女に地面に叩きつけられた――


「――っ!?」


叩きつけられた衝撃と眩暈の中、俺は彼女の顔を見た。

何で、そんなに……悲しそうな顔をしてるんだよ。

赤い瞳と冷たい表情に対して、彼女の眼には涙が浮かんでいた。


「何でお前、泣いてるんだよ」

「……?童が、泣く?そんな馬鹿な事……」


彼女は自分の目元に触れ、冷たかった表情が動揺という感情によって揺らぐ。


「な、何故、童が涙を――」


彼女は立ち上がり、俺から後ろへ下がっていく。

彼女が感じているのは、恐らく恐怖という感情。

少なくとも、俺はそう勝手に解釈した。

もし消えるのが今日だとしたら、消滅はいわゆる死だ。


「……フレドリカ、俺はお前が消えない方法を見つける」

「……黙れ……」

「でもその前にやる事が、一つだけある」

「……黙れ……」


彼女は頭を抱え、俺を睨みながらそう言葉を吐く。

それを無視して、俺は自分の意志を告げる。


「人間界の空気が毒となるのなら、人間に近付けばいい」

「……黙るのだ、つきのぉぉぉぉぉぉ!!!!」


彼女は叫んだ。大声で、大きく広がる空に向かって……。

その声に反応して、雲が大輪のように広がる。

まるで彼女の声が、その輪の中を貫通するように――


「――何だよ。覚えてるんじゃねぇか、俺の事」

「今すぐ童から離れるのじゃ、月野。満月というのは、童の中にある魔の力が暴走する期間なのじゃ。暴走する力を出し切らなければ、童は消えて無くなる。お主を傷つけたくは無いのじゃ。じゃから――」

「それで?俺に困ってる奴を見逃せって?」

「そうじゃ。お主は人間で、童は吸血鬼じゃ。お主には、関係の無い話だろう?」


胸を抑えて、彼女は俺にそう話す。

今でも多分、暴走する力とやらを抑えているのだろう。

じゃあちょっと、そんな彼女にお説教と行きますか。


「確かに関係無いかもな」

「――ならっ!!」

「だが断る!!」

「……ほえ?」


………………。


高らかにポーズを決め、俺は羞恥心も無くして叫んだ。

沈黙が多少傷ついたが、まぁ気にするのはやめとこう。


「……ゴホン。関係無いかどうかは正直どうでもいい。お前は魔界とやらの生活が嫌で、この人間界へ来たんだろう?だったら、たった一日二日で消えるなんて言うのは、俺が許さない。魔界ではどうだか知らないけど、人間界には上手い食い物や楽しい事だってある。時にそれが、もしかしたら大きな不安要素になるかもしれない。でもな、フレドリカ」

「あ、はい」

「俺はお前にまだ消えて欲しくない。平凡な日常を送っていた俺でも、過去に罪を背負っている俺でも、何か役に立てるかもって思った。自分勝手かもだけど、俺はお前の役に立ちたい」

「――っっ!!」

「お前がここで生き残る方法だけど、試したい事がある」


……すー、はー……。

息を整え、自分の緊張を解こうとする。

吸血鬼に向かって、こんな事を言うのは命知らずって思われるかもな。


「……俺の血を吸え、フレドリカ」


俺は意を決して、彼女へそう言った。


=================================


「――俺の血を吸え、フレドリカ」


関わりの少ない彼は、童にそう言った。

それがどういう意味なのか。どんな意思表示なのか。

彼は恐らく、何も知らないだろう。


「……な、なな、なななにを……」

「だから俺の血を吸えって。吸血鬼とやらは眷属けんぞくって奴を作って、下僕か何かにするという話を聞いた事がある。あくまでも、俺の浅い知識だ。だけど眷属を作り、俺の血だけを吸えば――」


彼は言う。見た事の無い、優しい笑顔で……。


「――ここに居られるかもだろ」


血を吸う事で、確かに童はここに居られるだろう。

だが一度吸ってしまえば、この者の血だけでこの暴走は収まるだろうか?


「お主は、それで良いのか?」

「男に二言は無いよ。それにお前にも、ここを気に入って欲しいからな」

「…………お前は馬鹿じゃな…………」

「あ?何か言った?」

「何でも無い。では月野、お主の血をもらうぞ」

「……おう」


彼は首元を出して、童は彼に抱かれるように向かい合う。

か、かかかか、顔が近い。動悸が収まらない。

あ~~、ドクンドクンと鬱陶うっとうしい!!早く収まらんかっ!


「……はぁ……はむ」


――ドクンッ!!


彼の血を吸った瞬間、身体の鼓動が一気に跳ね上がる。

これが吸血鬼の契約。こんなに温かいモノ、なんじゃな。

童は知った。自分が感じるこの感情は、恋という事に――



――バーンッ!!!!!!!


「……う……」

「……つき、の……」


ポタポタ、と彼から赤い滴が地面へと落ちる。

手を広がる滴は、まるで細い川のように流れ落ちる。

童ではなく、彼から流れている事まではっきり分かる程に――


「……あ、ああ、あああああああああああああああああああああっ!!」


彼女の叫び共に、周囲が赤い色に染まっていく。

自然も、家も、空も、月も……世界が真っ赤に染まっていく。


『やれやれ、人間の血を吸ってしまっては……貴方を殺すしかありませんね』


背後から彼の胸だけを撃ち抜く事が出来るのは、童の記憶には奴しか知らない。

振り返る先には、その人物が不吉な笑みを浮かべて立っていた。



……彼をゆっくり寝かせ、彼女は立ち上がる。

その人物を睨み、彼女は悲痛を耐えて叫んだ。

ただ一言、簡潔に――


「――殺すっっ!!!」

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