【死神?のレギル】
――赤い月というのは、見た事あるだろうか?
俺は見た事がある。現実には不釣合いなモノは、いくらでもこの世に存在している。
それを俺は知っている。それを物語るのは、彼女を見てもらえれば分かるだろう。
非現実の存在は、彼女自身で説明が恐らく付けられると期待しよう。
「――フレドリカ、ドコまで飛ぶんだ?」
「今は夕刻じゃからの、その辺に降りればお主はテレビとやらに映るのではないか?」
「どうしてテレビをお前が知ってるんだよ」
「我がここへ来たのは、お主と出会う二週間前じゃ。散歩している時、人がやたら多い所で見たぞ」
「人が多い所か、商店街か。この辺で多いとしたらそこしか無いな」
「――じゃろうな。この街は、海に囲まれておるしの。所でお主――」
昨日の会った公園まで来て、彼女は飛行移動を止めた。
正直、飛行移動が終わって……ホッとした俺がいるけど。
「――お主は人間じゃが、我の事についてどう思う?」
「いきなりだな、お前。……うーん、お前の事、かぁ……」
腕を組んで、脳内思考をフル回転させる。
初めて会った時は、背景の赤い月や赤く光る瞳に驚いたけど。
「……なんていうか意外と普通だよな、お前って」
「我が、普通?」
「だってお前、吸血鬼っていう部分を抜いたら人間とあんまり変らないなぁって思って。最初見た時は、怖いとか思ったけど。まだ知らない事だらけで、あまり知った事は言えないけど。俺はお前、嫌いじゃないよ」
「…………」
じーっと眺められてる事に気づいて、俺は彼女から目を逸らす。
今逸らす直前、彼女の頬が少し赤くなっていた事はきっと気のせいだろう。
「……はは、確かに一日二日でお主が我の事を理解するのは、難しいじゃろうな。じゃがお主――」
「何だよ?」
「礼を言うぞ、葛城月野」
「お、おう」
『――話は終わったか、フレドリカ・ブラックブレイド・グラン』
「「――っ!?」」
突然の声により、俺と彼女の距離が一瞬で開く。
だが声の主は、何故か一発で分かってしまった俺がいるのは何故だ。
「……げっ、さっきの大鎌の奴。あれで斬られたら、完璧に死ぬだろうな」
「ああ、大丈夫じゃよ。奴はああ見えて、何かと因縁を付けて我に挑戦してくるのじゃから……大した事はないぞ?」
『――なっ!?』
咄嗟に漏れた声により、彼女はレギルへとニヤリと口角を上げる。
その表情を見て、レギルの顔が青ざめる。
「……月野、聞いてはくれまいか?」
「何だ?」
「あそこにいるレギルという鎌を持った少年なのじゃが……実はああ見えて、寂しがり屋なのじゃよ」
『おい、やめろ!オレの過去を掘り下げるな!』
「あ、ちょっとシェイドさんだっけ?ちょっともう少し聞きたいから、そこの大鎌の寂しがり屋の子を抑えてくれません?」
『はい、良いでしょう♪』
『――なっ!?ちょっと待て、シェイド!オマエ、人間の味方をするのか!?オマエ!』
『あ~いえいえ。何か面白そうな事が聞けそうなので、つい』
ガシッと首を締め付けて、シェイドはレギルを抑え付ける。
その様子を見て、ちょっと面白いと思ったのは……黙っておこう。
なんか殺す殺すってゴモゴモ聞こえるし……。
「ちなみに言うとじゃな?奴は寝る時、我の世界で流行っているヌイグルミを抱いていつも寝ていたぞ」
「マジか。意外と乙女なのか?けどアイツ、男……だよな?」
「そうじゃ。小さい頃は、奴は可愛げがあったのじゃがのう」
「意外と怖くないのか――」
――ガシャン!!!!
「――な?」
金属音が響いて、目の前にキランと光るモノが飛んできた。
どうやら鎌を投げて、彼女と俺の間に投げたようだった。
……って――
「――死ぬかと思った……」
「あ~、ちょっと奴を弄りすぎたのう。すまん月野、逃げた方が良いぞ」
「へ?」
『……殺す。絶対殺す。オレの秘密を知った奴は、一人残らず殺す。とりあえずそこの人間から、斬り刻んでバラバラにしてやる』
あ~。凄い炎のようなモノが、彼の背中にオーラとして見えるんですが……。
これはアレだな、いわゆる死亡フラグな話題だった訳で――
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―――――
――約一時間後、午後十六時三十分。
裏路地を走り回り、レギルの鎌を紙一重で回避して、体力が徐々に消耗していく。
そろそろ本当に……体力の限界が……
『おい、もう逃げるのは終了か?意外と呆気ないな』
「冗談じゃないな、俺は一応アイツを助けてやると決めている」
『ただの人間が、アイツのような化物を助ける?ハハ!笑わせるな』
「化物?確かに吸血鬼だけど、彼女はそれ以外は普通の人間と変らないだろ!」
『吸血鬼以外はただの人間?オマエそれ、本気で言ってるのか?そんな事を思ってるなら尚更、オマエは殺しておくべきだな。アイツはもうすぐ消えるから、関係を失くしておかないとな』
「待て!それ、どういう意味だ」
『あ?どれの事だ?』
「フレドリカが消えるって、どういう意味だ!って聞いてるんだよ!」
俺の大きな声が、狭い裏路地で響き渡る。
それを聞いたレギルは、顔に手を当ててニヤリと不気味な笑顔を作り出す。
『ハハハハ、マジか。何も知らないんだなぁ、オマエ』
「何が可笑しいんだよ」
『いや~、お気楽な奴だなって思ってな。アイツの置かれてる状況が、全く知らないのに助けるとか言ってるとか――』
――シュッ!!!!!
瞬時に近寄り、首元に鎌の刃部分が当てられる。
微かに刺さり、ツーっと血が出ているのが分かる。
『――ふざけるのも大概にしろよ、オマエ。アイツが置かれてる状況、特別に教えてやるよ』
「――ぐっ!?」
『こっちの世界の空気は、オレらの世界とは少し違ってな?身体へと循環する空気の中には、毒が混ざるようになっているんだよ』
「毒、だと」
『そうだ、それも体力が徐々に消耗されていくから疲労と勘違いされる。最終的に毒が循環し、広がった瞬間……オレたちは消滅する。様々な一族がいる中で、対応策も多数ある。種族によって、解毒方法が異なるんだよ』
「……じゃあお前らも」
『ああ、オレの場合はもう少し平気だ。オレの場合は、人間の魂だ。オレは死神の悪魔だからな、だからこれからオマエの魂を頂く』
「人間界から戻れば、フレドリカは消えなくて済むのか?」
『あ?』
「答えろ」
『ああ、そうだ。だが帰っても無駄だ。奴はもう、戻っても死ぬ』
「……じゃああいつは、帰っても意味ないのか……」
『――そう言っている。オマエには関係無いだろう。たかが人間のオマエには』
確かにただの人間の俺には、関係ないかもしれない。
でもそれでも、ここにいても死。帰っても死ぬなんて事は、納得なんて出来るかよ!
――ダン、ガシ、ドン!!
レギルの胸倉を掴み、背負い投げの要領で投げ飛ばす。
彼は驚きと戸惑いにより、地面に身体を打ち付けられる。
『――て、テメェ!――むぐっ!?』
俺は彼の口元を手で覆う。思いっきり掴み、マウントポジションの状態になる。
打ち付けられた衝撃で、鎌は彼の手元から離れている。
体力が限界のはずだが、何故か妙に動けていた。
「……関係無いとか、関係無い」
『――?』
「人間とか化物とか関係無い。俺は困ってる奴を放って置ける程、人でなしでは無いんでね。お前らの姫様は、俺が全力で助けてやるよ」
手を離し、彼の眼を見て俺は言った。
彼の眼には、どう映っているのだろうか?
馬乗りしている状態を解き、その場から全力で走る。
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――馬鹿な人間。
素直にそう思った。人間なんて、全員オレ達のような存在に恐れ、忌み嫌うと思っていた。
なのに何故アイツは、同じように扱う。
オレには分からない。人間には、ああいうのがいるのか。
『おやおや、レギル。貴方、こんな所で何故寝ているのですか?』
『ああ、ちょっと人間が不思議でな』
『ほう、それはどういう事ですかな?君も、彼女と同様……我々を裏切る、と?』
『それは無いな。少し気になっただけだ。それよりオマエこそ、こんな所で何をしている?』
何をしているのか?という疑問は、コイツには無粋な質問か。
オレにはシェイドが、何を考えてるのか。何も分からない。
『ええ、私は少々……彼女に負けまして』
『アイツに挑んだのか?……ハ、命知らずだな。要らない命なら、オレがもらってやろうか?』
『それは本気、ですか?』
ぐいっと身体を曲げて、顔が間近へと接近する。
正直、不気味だ――
『――いや、やっぱ遠慮しとく』
『そういえば彼は、どうしましたか?』
『ああ、さっき走っていった。オレを地面に叩き付けたのは、アイツだ』
『……という事は、彼女の元へ向かった。という事ですか?』
『だろうな。どうする、シェイド?』
眼鏡を直して、シェイドは何かを考える。
数秒後、ニヤリと殴りたくなる笑みを浮かべて口を開いた。
『放って置きましょうか。どの道、彼女はもうすぐ消失します。私は先にあちらへ帰るので、貴方は彼らの顛末でも、見届けて下さい。魂を狩り取るかは、お任せしますよ』
スッと姿を消し、シェイドの気配がその場から消える。
オレは立ち上がり、鎌を肩に掛けて移動を開始する。
移動していなければ、恐らく最初の公園にいるだろう。
そう思いながら、オレは人間界の家々を飛び移る。
『見届けてやるよ。オマエの助ける方法ってのを――』
飛び移って移動するオレの頭上には、もう既に月が昇っていた。
今夜は満月。
奴は知っているのだろうか?
吸血鬼にとって、満月は危険という事に――