【最悪な鬼ごっこ】
――十二月二十五日、午後十六時三十分。
午後までの授業が終わり、学生達は帰路につく。
ある者は補修を受ける者、ある者は部活動に勤しむ者、ある者はアルバイトへ行く者。
ある者は……何者から逃げる者。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
『――ははっ!逃がすかよっ!!!』
「――ちょっ、まっ!!??」
――カラン、カラン。
道端に転がっていた空き缶が目の前へと飛んでくる。そのまま転がり、壁の方へと転がるのだが……。
凄まじい切れ味で、真っ二つになっている。
空き缶を潰さずに綺麗な断面図となっているのを見て、俺は恐怖に溺れる。
「(……絶対、当たったら死ぬな。これ……)」
『――オラよっっ!!!』
「――っ!?」
地面を滑るように風が刃となって、俺の真横を通り過ぎた。
背後から伸びる影を見て、俺は背後の人物を見た。
白い服で身を纏い、顔の半分を隠している少年。
そして一番に目立つのは、夕陽に反射してギラリと光る切先。
三日月のようなカーブを描いているその刃物は、その少年より大きな鎌の存在に俺は目を疑った。
「――はは……これ……絶対死ぬ奴だ、俺」
どうしてこうなったのだろうか。全ては約一時間前に遡る。
――約一時間前の午後十五時三十分。
午後のホームルームが終わり、礼をした途端に俺は走って家へと帰宅した。
そこまでは全然問題は無かったのだが、俺の部屋に着いてある人物がそこにはいたのだ。
帽子を被っていて、眼鏡を掛けている長髪の男。
その時の俺は、自分自身を制御出来なかった。何故なら――
――彼女が足元で、血を流していたからだ。
「――オマエェェェェっっっ!!!!!」
その辺にあった金属バットで、男へと殴りかかる。
こんな物が相手へ届くかなんてたかが知れている。だけど俺は、頭に血が上る程許せなかった。
「――お主、止めろっ!!」
『……ほう。姫様が自らの手で止めて頂けるとは、光栄で御座います。このシェイド、深く感謝致します。もう少しで――殺してしまう所でした』
「――っ!?」
……ヤバイ。今の目は不味かった。絶対に殺す気はあった、という冷たい眼をしていた。
だけど恐怖以前に問題があるとすれば、俺は自分を嫌いになりそうだ。
彼女を傷つけた相手を殴れず、その血まみれの彼女に助けられるというのは情けない。
「……シェイド、我から手を引け。そしてこの者を殺すでない」
『何故でしょうか?彼は人間です。我々にとっては敵です。そもそも貴方は、我々の女王なのです。貴方の独断行動により、我々の世界は混乱に陥っておるのですよ?貴方の不在がどれほど――』
「――黙れ、下郎」
俺の手元にあった金属バットで、彼女はシェイドと名乗る男を外へ吹き飛ばした。
……ていうか、俺の部屋の壁が今……一部無くなりました。
「――お主らは我を拘束しているに過ぎないであろうが。我はそれを許せんよ。我だけならまだ良い、じゃがな――」
『(これは、速いですね。ですが、それだけですね)』
「――お主らの作った制度が、我は気に食わないっ!」
彼女は金属バットを振り下ろす。その瞬間に衝撃が周囲に広がり、彼女と彼の姿が見えなくなる。
……やった、のか?ちなみに今、電柱一本がお亡くなりになりました……。
『いやいや、流石姫様ですね。まさか衝撃と同時に魔力を組み込むとは、その所為でほら。服が多少、台無しですね。では私から、貴方たちへ提案を致しましょう』
「提案、じゃと?」
『そこにいる彼と姫様と私と彼のタッグで、鬼ごっこをしましょう』
「……は?鬼ごっこ?」
思わず間の抜けた声で、俺は聞き返してしまった。
何でこれからバトルとか何かありそうな雰囲気だったのが、鬼ごっこになるんだよ。
――ていうか急に一人現れたけど、アイツはいつからいたんだ。
なんかデカイ鎌みたいの持ってるし、死神みたいだな。
『ルールは簡単です。ここ人間界で幼少期の者達が行っている、ゲームとやらです。ですが、我々の世界では少しルールが異なりますので簡単に説明致しましょう。まずはそこにいる君、名前は?』
「……葛城、月野」
『では葛城さん、貴方がまず人間界の鬼ごっこのルールをお伝え下さい?』
「(何で俺が……)えっと、じゃんけんで負けた奴が鬼となって追う側、勝った奴が逃げる側。そして鬼が逃げる奴にタッチしたら、そいつが鬼となって追いかけるっていうエンドレスゲームだな」
『宜しい。では我々の世界での鬼ごっことは少し異なる部分を説明致しましょう』
両手を広げたり、身振り手振りしながら何かのマジシャンのように話す。
ちょっと、動きがうるさくて俺は苦手だな。それよりも――
「フレドリカ。あいつらは何なんだ?」
「ああ、我の世界での特殊部隊じゃ」
「特殊、部隊?」
「我の世界では様々な種類の者達が存在している。その中で人間という者はいない。眼鏡を掛けている方はシェイド・フラウニル、奴は殺し屋じゃよ」
「こ、殺し屋!?」
「そして奴の隣にいるのが、レギルじゃ。奴も殺し屋で、暗殺を得意とする者じゃ」
「ちょっと待ってくれ!そんな奴らがいる世界の鬼ごっこって、嫌な予感しかしないんだけど!」
『ルールを説明致します。我々の世界では二人一組で行われる、少数のゲームです。ルールは実に簡単です!捕獲されたら死ぬ、実に分かりやすいゲームだろう?人間』
ニヤリ、と不気味な笑みでシェイドは俺を見る。
そして彼は言葉を続けた。
『今回は特別ルールです。特定の狙いを決めておきましょう。姫様の組は我々から彼を護りきる。そして我々は制限時間内にその人間を殺します。その人間の首が地面に落ちたら、我々の勝ちで宜しいですね?』
「(嫌な予感的中じゃねぇか!!)それ俺、確実に死ぬ奴じゃん!」
「……安心しろ、お主」
「いやいや安心できねぇからね!」
彼女は手を握り、俺の眼を見る。そのまま引き寄せて、耳元で呟いた。
「――お主は、我が護ってやる」
『制限時間は朝陽の出現です。それでは、鬼ごっこ開始です』
「――行くぞ、月野!」
――ドン。
足元がぐらついて、身体が宙に浮いていく。
手を引っ張られ、真下の地面が遠くなって……
「――ちょっ!高い、高いですフレドリカさん!?」
「ん、今は我慢しろ。ゲームはもう始まっておるのじゃぞ?気を抜いたら、追いつかれるぞ。死にたいのか、お主」
「あ、いえ……我慢します……」
「なら出来るだけ、遠くへ行くぞ」
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彼らの姿が見えなくなり、鎌を持ったレギルが立ち上がる。
『行くのですか?レギル』
『オマエが勝手に始めたゲームだが、さっきのルールなら殺しても良いって事だろ?』
『まぁ、そういう事になりますね。私の方で、上へは報告しときましょう』
『――先に行くぞ』
レギルは姿を消したが、タンタンと足音だけが遠くなる。
やがて音は聞こえなくなり、その場から離れた事を確認する。
『では私は報告致しましょう。レギルに追われてしまっては、死は免れません。何故なら彼は、死神……悪魔の一族なのですから――』
こうして俺たちの鬼ごっこは始まった。
制限時間は明日の日の出まで。
捕まったら死ぬ。逃げ切ったら生きる。生き物という概念からすれば、弱肉強食の世界とも言える。
俺は今、ライオンに追われる気分が分かった気がする――