【暁の夜Ⅰ】
「――目が、赤い!?」
驚き後ずさる俺の様子を見て、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
その瞬間、俺は無意識にその場から逃走した。
身体が勝手に動いて、ここには居てはいけない。……そう思ったから。
「……紅い眼を見られた訳じゃ、我はお主を逃がさない」
彼女はそう言いながら、明るい月を見る。
そして眼を逸らし、その場から彼の背中を追った。
背後を気にしながら、注意を払って……
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
話掛けなければ良かった、俺はそう後悔していた。
肩で上がった息を整えながら、後ろを確認する。
「(……どうやら。撒いたみたいだな)……ふぅ」
思わず安堵の息が漏れる。
さっきの赤い眼、赤い髪。灼熱の炎のような、燃えるような赤だった。
俺は、何であんな軽い気持ちで話し掛けたのか。それが分からない。
普段学校でも、あんまりクラスの奴とも話さないのに……。
「どうする、葛城月野?逃げ切ったのはいいけど……」
どうやって家まで、帰ろうか……。それが一番の難題だ。
先ほど彼女がいた公園は一本の坂道になっていて、俺の家はその坂道の上にある。
つまり、もう一度坂道を登り、もう一度公園の前を通らなければならないのだ。
「……誰が、誰から逃げ切ったのだ?」
「だから、さっきの女の子から俺が……えっ?」
突然背後から声がして、思わず答えてしまった。
だけどその声は、さっき聞いたばかりの声だった。
「おぬし~。それでは、まだ我からは逃げ切れないぞ?」
「――うわぁぁぁぁっ!!!!」
「何をそんなに驚く。お主は気づいておるのじゃろう?」
そう言って、彼女はキラリと歯を見せる。
確かにテレビとか物語の中で、いくらでも見た事はある。
だけど現実の世界に、そんなのが存在するとは思えない……けど。
「きゅうけつ、き。なのか?アンタ」
「正解じゃ。我たちの事は、ここで【怪異】というのじゃろう?」
「…………」
……あれ?さっきと違って、怖くない。
顔がはっきりと見えるし、空もいつの間にかただの夜の空だ。
さっきの赤い夜は、いったい……
「さて、お主には我の存在を知った上で、選択肢をやろう」
「へ?」
いきなりそう言われ、間の抜けた声を出してしまった。
その様子にも眼をくれず、彼女は言葉を続ける。
「一、我に血を与える。二、我に殺される。三、我を助ける。……さぁ、選べ♪」
「えっと……」
一と二って、俺多分どっちも死ぬ気がするんだけど……。
それに何だよ、助けるって!今の俺の状況の方が、助けてって感じなんだけど!
吸血鬼に話しかけて、選択肢を選ばされられる。これ、なんていうゲーム?
「――選ばないなら、我は問答無用で殺すぞ♪どうするのじゃ?」
「どうするもこうするもねぇよ!何お茶目キャラみたいに言ってるんだよ!……(でも、本当にどうしよう)」
『随分楽しそうだな、フレドリカ』
「――へっ!?」
「……ちっ、もう来よったのか……お主、逃げるぞ!」
「――えっ?!何で俺までぇぇぇ!?」
手をいきなり引っ張り、彼女は住宅街を駆ける。
屋根から屋根へ、まるで忍者のように……。
ただ、俺はまだ分からなかった。いや、気づけなかったのかもしれない。
あの選択肢が、彼女の運命をも握っている事に――