【暁の空Ⅱ】
――浜ヶ丘島。
俺達の住むその島には、この世の中にはいないはずのモノが存在している。
いや、本当は昔に存在していたのかもしれない。
都市伝説や神話、数々の歴史なんかにも、吸血鬼という単語は見え隠れしている。
俺の隣にいる彼女が、その話題の産物な訳で……。
「おいフレドリカ。何でお前まで学校に来ようとしてる?」
「我が学校とやらに興味があるからじゃ。まぁ安心しろ、お主には迷惑は掛けんよ。敷地内を少し見物するだけじゃよ」
「お前がその姿は目立つし、何よりお前を一人で学校内をウロウロさせて堪るかよ。その選択の方が、俺にとっては迷惑だ」
「では我が行く意味が無くなるではないか!」
「だから元からねぇって!!皆無だよ!」
通学路の中でも、人通りの少ない場所を通っておいて良かった。
ここからなら、彼女の姿を見られずに済む。
――フレドリカ・ブラックブレイド・グラン。
それが彼女の本名であり、吸血鬼としての彼女だ。
朱色に近い赤い髪が腰まで伸びているし、瞳も真っ赤。
身長は俺より少し低く、百五十ちょっとぐらいだろう。
見た目は可愛い方だと思うから、彼女が学校内で目撃されれば……恐らくは注目の的だろう。
吸血鬼だというのにもかかわらず、こうして彼女は朝っぱらから外に出ている。
でもそれでも、彼女は本当に吸血鬼なんだよな……あの時の夜、俺は見た訳だし。
――あの赤く燃えていた、暁の空の日に――
「……さて、どうするか……」
程よくして、人通りの少ない道が途切れ学校の裏まで辿り着いた。
そして俺は今、ある難問を抱えていた。
「フレドリカ、どうしてそんな頬を赤くして悶えているんだ?」
裏まで到着はしたものの、途中から彼女が急に様子がおかしくなっていたのだ。
まぁこの状態になるのは、俺は初めてじゃないから慣れているけど……。
まさか学校の近くで、こうなるとは思わなかった。
「つ、月野……だ、ダメじゃ、もう、我慢できぬ……」
「ダメだ、我慢してくれないと俺が困る。場所を考えてくれないか、というより場所を急いで変えるぞ」
俺は彼女の手を引き、人が来なさそうな路地へ入る。
制服のボタンを外して、彼女に見せる。
「早くしてくれ。人に見られたら困るのはお互い様だ……」
「わ、分かった……はむ」
さて、想像をして頂くとしよう。
人気の無い路地、しゃがみ込む男女。
そして俺は制服を肌蹴させ、彼女は首元に口を付けている状態だ。
半分……いや半分とは言わず、もう傍から見られたら終わりの状況だ。
「(……とりあえずは……大丈夫か)」
周囲を確認して、そんな事を考える。
こうして気を張らなければ、俺は井戸端会議の話題になってしまうだろう。
どうしてこうなったんだろうなぁ……。
空が青く澄んでいて、雲がゆっくり流れている景色を見て考える。
――半年前。
十二月二十四日、時刻はもうすぐで日付が変わろうとしていた夜。
近くのコンビニに夜食を買いに行っていた際、俺は彼女と出会った。
夜中の公園で、夜の空を眺める彼女は……素直に綺麗だと思えた。
「あの、風邪引きますよ?それにそこ滑るので、危ないですよ?」
俺は親切心で、という訳ではなかったけど興味本位で彼女に話しかけていた。
気がついたら、無意識に話しかけていたのだ。
今思えば、雪少し降る中立ち尽くす彼女に……魅了されていたのかもしれない。
「ああ、心配は無用じゃ。じゃがお主、少々運が悪かったのう。我に話しかけさえしなければ……」
「――っ!?」
俺は興味本位で話し掛けた事、この時は自分を恨み後悔した。
振り返る彼女は、少し口角上げて俺を見た。
その時、俺は見たのだ。
彼女の瞳と夜中であるはずの空が、赤く燃えていたのを……。