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暁鬼 -アカツキ-  作者: 三城谷
10/15

【眷属の覚醒】

――わらわは知った。

人間の中には、い奴がおる事を……。


その者がおれば、童の人生が変ったかもしれぬのに……

――奴はそれを奪った!

敵だ、敵だ、敵だ!


「――あああああああああああああ!!!!」


真っ赤になった空に、彼女の叫びが響き渡る。

真空は揺れ、木々はざわめく。

狂おしく、嘆くように……


「――殺す!お主は許さんぞっ!」

『おやおや、姫がご乱心のようだ。こうなっては、何があっても魔界は私を咎めないでしょう。それでは――』


――バンバン!!

シェイドは二発の銃弾を放ち、即座に戦闘態勢に移行した。

帽子を抑え、彼女の胸と頭に狙いを定める。


「…………」

『――殺してしまおうと思いましたが。そう簡単には、行かないかもですね』


放たれた銃弾は、彼女は軽々と避ける。

そして獣のように、両手両足を地面に付けて着地した。まるで猫のように。


『厄介なお姫様ですね。大人しくしてもらえませんか?』

「……ぐるるるる……」


彼女は喉を鳴らし、我を失っているようにシェイドへ飛び掛る。

シェイドはその行動を察知し、再び距離を取る。

一歩進めば、再びもう一歩。常に距離を開けている。

戦闘行為において、恐らくは常等手段だろう。

だがこの場合は、シェイドはあるミスをしていた。


――彼女は『彼の血を吸っている』その警戒を外にしていた。

ただの人間の血、ただそう思っていたのだ。


「――っ!?」


ドクン、と彼女の鼓動が跳ね上がる。

吸った彼の血が、ようやく身体に循環したのだ。

吸血鬼にとって、血は最低限必要なもの。だが戦闘行為に対しても、それは不可欠でもある。

血を吸う事によって、通常よりも遥かに順応性が増すのだ。

その理由――


『――クッ!?』

「――っ!!……ゴフッ」


彼女の一撃が、シェイドの脇腹へ炸裂する。

そのまま身体が横に飛び、口から血が逆流する。


『(な、何て威力……まさかこれ程とは。骨が二、いえ三本ですか)不味いですねぇ、これは』

「……ふぅ、ようやく我の自我が戻ってきたぞ――さて、お主。素直に身を引け」


彼女の眼に光が浮かび上がり、先ほどまで無かった冷静さを取り戻す。

だがまだ彼女は危ない状況。一度浮かび上がってしまった殺意は、抑えるのは彼女でもギリギリだ。

恐らく、立って話すだけで精一杯だろう。


『また甘い事を。ここで私を逃がせば、彼の命を粗末にしますよ?』

戯言ざれごとを言うでない。お主はそう見えて、ただの痩せ我慢なのじゃろう?」

『……さぁ、どうでしょう?貴方は私の事を、甘く見過ぎなのでは?』

「身を引かぬと言うならば、お主は死ぬだけだ」

『そうかも――知れませんねっ!!』


――バンッ!!!!

シェイドは上体を起き上がらせ、不意を突くように彼女へと銃弾を放つ。

だがそれを彼女は、避けるが……


『(ニヤリ)良いのですか?それを避けて……』

「――っ!?」


シェイドの言葉を確認するように、彼女は背後へ振り向く。

銃弾は彼の方へと放たれていた。

それは現実。だが彼女の眼には、全てがスローモーションのような世界へと変る。

彼女は身をひるがえし、彼の元へと足を急がせる。

だが自我を取り戻したはずの身体は、全くその行動を良しとはしなかった。


「(どうした?動くのじゃ!動いてくれ!でなければ、我のもらった光が完全に消えてしまう!)」

『無駄ですよ、もう間に合いませんよ』


シェイドは銃の弾を換え、空間の移動を計る。

入れ換えた弾は、人間界と魔界を移動する為の銃弾。

それがあれば、シェイドは魔界へ帰る事が出来る。そして傷を治す事が出来る。


「――残念だけど。俺には当たらない、これは現実だ」

『――っ!?』

「――あっ!?」


ふと聞こえた声に、シェイドは目を見開く。

声の主は起き上がり、赤い眼でシェイドを睨む。

目の前にある、銃弾が何かにはばまれているかのように空中で止まっていた。


「――月野っ!!」

『――そんな、バカなッ!?有り得ない!有り得ない有り得ない有り得ない!』


彼女は歓喜の声を上げる中、背後では顔を抑え何度もシェイドは叫んだ。

その叫びは疑問の叫びではない。シェイドは初めて感じたのだ。

赤く光る、彼の瞳を見て――


「フレドリカ……ここは俺がやる。何でか分からないけど、今なら勝てる気がする」

「お主、傷が…(ない?治っている?これではまるで――)」


彼は一歩ずつ、シェイドへ近付く。

シェイドはその彼に向かって、闇雲に銃弾を放った。だが――


銃弾はまた、彼の目の前に壁があるみたいに封殺される。


『……るな……来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁぁ』

「もう撃たない方がいい。その銃弾は、特別な銃弾なんだろう?何故だかは分からないけど、俺の眼には違うように見える。色が違う。今なら、はっきり分かる――」

「(――我と同じ吸血鬼、もしくはそれ以上の回復力じゃぞ)」

『やめろ、来るな!た、助けてくれ、私は上の命令で動いていただけだ!』

「だからフレドリカに銃を向け、何度も傷を付けたのか?」


シェイドの言葉を確認しながら、彼は近くにいる彼女の姿を確かめる。

その小さな身体には、若干の銃弾をギリギリに避けた傷があった。

彼女は理性は失っていても、銃弾を避ける事は出来ていた。

だがギリギリで、所々に傷があった。腕や足、そして頬にも――


「……覚悟は出来てるか?シェイドとやら……」

『ま、待て!そうだ!取引だ。私を魔界へ帰せば、上の者達に彼女を追跡しないよう言い聞かそう!そして君にも手を出させない!そうだ、そうすれば、お互いに』

「――黙れよ、下郎」


シェイドの言葉を否定し、静かに彼はそう呟いた。

そのまま上体あを起こしている彼へ向かって、手を突き出した。

その手はシェイドの胸を貫き、その瞬間に彼はシェイドの耳へ口を近づけた。


「……彼女を傷つければ、全員殺す……」

『…………』


シェイドの姿が消えてゆき、最期には彼の手だけがそこに残った。

そして彼は、ゆっくりと立ち上がり彼女へ近付いた。


「……お主、一体……何者じゃ?」

「何言ってるんだ?俺は俺だ。それ以上でも、それ以下でも無いよ」

「――っ!?」


彼は近付いて、彼女へ手を伸ばす。

彼女は恐怖を感じ、勢い良く目をつぶる。

だが――


「……(?)ひゃ!?つ、月野?」

「……すー、すー、すー」


倒れかけた彼を抱き、彼女は一瞬動揺する。

だが寝息を立てた瞬間、緊張が一気に通常運転へと戻っていく。

抑えていた別の自我も、気づけば元に戻っていた。


葛城かつらぎ月野つきの。お主は一体……」


そう言って、彼女は疑問と安堵の間を彷徨った。

真っ赤になった空は、いつの間にか元の空へと戻っていた。


そして、そのまま聖なる夜は終わって行った――。

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