表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無知性の凱歌: オリジナル  作者: 宮沢弘
第二章: 人権正規化法
9/19

第-912日

 こちらの研究所に移って、11ヶ月ほどが過ぎた。自宅のアパートは契約したままだが、こちらの寮で暮している。良く言えばこのキャンパスで暮しているだけだし、悪く言えば外出ができない。

 だが、それは問題ではない。問題は、進捗をどう胡麻化すかだ。補助脳、代替器官のではなく、ウィルスのコーディングの方のだ。補助脳と代替器官については、ヒロに渡したものでほとんど問題は起きなかった。少しばかり、内分泌のフィードバックについての修正が必要だったが、その程度だった。これについても、少しばかり時間をかせいだ。とは言え、限界があった。そして、技術は完成した。

 マサ兄やハルたちが何やらやっているというニュースは読んでいた。だが、状況は良くなかった。7/8人権の存在を認め、それを可能な限り1/1人権を行使できる状態に近付ける。それには何の異論もない。問題は、1/1を越える身体能力と脳だった。財力と権力に対して、誰が1/1に正規化したいと思うだろう。

 あるいは、地位という一言で言ってもいい。それは人間が、知性の証しとして構築した体制であり、社会システムであると考えられている。果たしてそうだろうか。動物の社会を観察すれば事は済む。そこにあるものを、人間は明文化し、あるいは明文化しないままに今に至っているだけだ。地位を求める動機はどこから来ているだろう。人はそれを収入と説明するかもしれない。では、同じ職場で同じ収入の場合を考えてみたらどうだろう。結局、人間もまた、組織の規模によらず、αたろうと願う動物なのだ。いや、動物はαたろうと諦める個体もいる。だが、人間はどうだ。規模によらず、αであろうと望む。

 では、地位を持つ者の脳が仮に1/1を越えていたとして、それを1/1に正規化した時に、彼らが持つ財力や権力はどのように行使されるだろう。

 もちろん、補助脳のコードを改訂し、思考の多くを、あるいは少なくない部分を外部からの入力に変えることもできる。さて、考え所ではある。6/7人権、あるいは言ってしまえば脳の高次機能における障碍を補助することに異論はない。視覚障碍を持つ人が視覚を獲得したら、あるいは改めて獲得したら、その人の認識は変わるだろう。だが、それは獲得であり、おそらくはその人はやはりその人だろう。だが、9/8を1/1にしたら、それは奪うことになる。「こうあれ」と外部の何かが命ずることになる。それは、嫌いだ。それとも、人間は法にせよ秩序にせよ、「こうあれ」と命じられることを望む、あるいは命じられなければ社会が崩壊してしまう動物なのだろうか。

 今日のことで特記しておかなければならないことがある。人権正規化法が法制化された。施行は293日後であった。もちろん、当初は障碍への補助だ。義務でもない。だが、8/9人権という概念を受け入れたわけだ。そして、それは既に9/8人権の概念に繋がっており、その動きもある。9/8を手放すだろうか。人間の欲を基準にすれば、手放さないだろう。それではあっても、2/3と3/2の差は縮まる。1/1と3/2になるのだから。だが、人間にとっての正しさという概念は危ういものである。1/1であることが正しいと認識されたなら、それが正しいのだ。

 思うに、人間は脳機能についての1/1を越えるものは認めない。本能的なものですらあるのだろう。そうでなければ、中世ヨーロッパの暗黒時代や文革に人々は熱狂し、それを受け入れただろうか。あるいは、科学について魔法として受け入れるだろうか。科学はもはや、あるいはそもそもの始めから、人々の認識の外にあった。そしていつも出てくる言葉だ。「人間の役に立つものか?」

 役立つわけがない。それは人間の認識の外にあるのだ。ただ、こう言うこともできる。神は人間の役に立つのか。もちろん、役に立つ。「神の思し召し」がすべてを説明する。その意味においては、同じように科学も役に立つ。

 科学はそのような認識を、強く言うなら拒否する。では、人々は? 1/1を越えるものは神の思し召しであり、人間の所業ではない。それが人々の認識だろう。

 であるなら、3/2を1/1にしようとする動きは抑えられるはずもない。

 ウィルスのコードができたとしても、それを出力する方法はないように思う。だが、データを残しておくことに意味はあるだろう。それが役に立つのが50年後か、100年後かはわからないが。


〔初出 Nov 29, 2015 〕


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ