第-1460日
連絡してあった時間になり、私は計算機の前で通話を起動した。1, 2秒の間に荒い画像の表示が埋められ、従兄弟の顔になった。
「やぁ、アキ兄。式には呼んでよ」
「まだ言うか、ヒロ」
まったく、6年間からかわれっぱなしだ。
ディスプレイの向こうでは従兄弟が笑っていた。
「ごめん。それで? まぁ、マサ兄から聞いてることで想像できるけど。臨床?」
「あぁ。動物から」
「動物ならそっちでもできるんじゃないの?」
「面倒くさい」
ディスプレイの端から、ディレクトリを選択した。
「まぁ、面倒くさいというより、一貫して臨床をやってもらった方がいいかと思ってね。データを全部送る。結構多いが、メディアの余裕はあるかな」
「大丈夫じゃないかな」
選択したディレクトリを通話ウィンドウに落とす。転送が始まった。
「シミュレーションでは問題ないが」
「どの臓器?」
転送されているデータの量を見ているのだろう、ヒロの目が大きくなった。
「全部」
「それでマサ兄は『あの馬鹿、できるからってやればいいってもんじゃない』って言ってたのか」
ヒロはそう言って笑った。
「俺も言われたよ」
私も笑いながら答えた。
「だけど、全部ってのはどうやって?」
「結構早い時期に方向を変えたんだ。フルスクラッチで書くのは止めた。基本的には対象のゲノムと環境をデコードして、こっちの媒体でのエンコードを出力することにした。ただのトランスレータだな」
「幹細胞を使う方が簡単だったんじゃないの?」
「かもな。でも、それは嫌いだ」
転送しているデータが一部見えるようになったのだろう。向こうで何やら操作している様子が見えた。
「ゲノムってことは、捨てる部分もあるわけ?」
「あぁ」
向こうではまた何やら操作をしていた。
「マサ兄が言ってたけど、脳は?」
「それも送っている。そのうち見えるだろう」
「可能性として聞くんだけど」
そこでヒロはまた何やら操作した。
「脳すべての構築は可能?」
「外部との接続のための組織が一つ。こっちは仕方ないから結構書いた。もう一つは損傷部位の代替が目的だから、組織を構成するために外からの誘導が必要だぞ」
「あぁ、それだと全部はきついか。それはわざとなのかな?」
「それも必要か?」
「見れるなら見たいな」
私は別のディレクトリを選び、通話ウィンドウに落した。
「そこ関係の転送を始めた。多少はわざとかな。言ったとおり、接続が目的なのが一つ、代替が目的なのが一つ。後者は失なわれたネットワークをうまいこと再構築しないと。そのためには外部からの誘導がある方が早いし、どっちみち必要だろう」
「接続は自律的に構成されるわけ?」
「あぁ」
またヒロは何やら操作をし、しばらく向こうのディスプレイを眺めていた。
「簡単なドキュメントを開いてみたけど。なら、どの臓器の代替の方にも自律的な構成の機能は隠れてるとしてもある、それかその媒体のエンコードに出力できるんだよね? それで0から脳として培養したら?」
私は指で机を叩いた。
「鍵をかけておいた方がいいとは思うんだが。対象の組織が少しなりとも必要というだけじゃ弱いかな」
「可能っていうことだね」
向こうではまた何やら操作をしていた。
「やっぱり。シミュレーションでは可能だったんだ。その方がいいと思うな。売る人が出たら? 脳が構築されると知って売る人はいないかもしれないけど、どこかで適当に手に入れたものから構築する人はいるかもしれない」
私はまた机を指で叩いた。
「接続にせよ、どの臓器の代替にせよ、どっちみち自己組織化のコードが必要なんだ。代替を考えると、ゲノム由来のものより強いやつが。脳の組織の代替でも、外部から誘導すると言っても何もかも誘導するのは現実的じゃない。自己組織化を使う必要はあるんだが」
「コードの自滅コードを入れておくとか」
「それだと再建する組織の規模に依存するかもな。誘導の信号に何かを乗せる方がいいかもしれない。その信号がある間は、自己組織化が有効になるように。その後でコード自体の自滅か」
向こうでまた操作をしていた。目の動きから、何かを読んでいるのだろうと思えた。
「クラックの可能性は?」
「どうしても残る。ゲノムが解析できているんだ。その気になれば、これくらいならどうにでも」
「そうすると、そこはマサ兄やハルの領分かな」
さて、マサ兄が言ったとおりだ。「できるからってやればいいってものじゃない」。
「そっちにだけ任せるというのも……」
そこまでを言った。
「どうかだよね。これ、そっちのDNA様物質で0から個体も作れるよね。面倒だからやらないだろうけど。幹細胞やらクローンやらの方が手っ取り早い。とりあえず、ともかく問題なのは脳の培養への対策だね。まぁ、こっちからタカにも話してみるよ。あっちから何か出てくるかもしれない」
「あぁ、頼む」
ヒロはそこで笑った。
「早く、式に呼んでよ」
「爺さんになったころにな」
私は軽く手を振って答えた。
〔初出 Nov 20, 2015 〕