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無知性の凱歌: オリジナル  作者: 宮沢弘
第一章: 始まりと終わり
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第-3570日

 神経接続マップはもらえた。

 まだ後でのことだが、これを稼働させるのは大変そうだ。やはり必要なところだけを稼働させる方向が妥当かもしれない。偏微分やらなにやらについては、GPUやらなにやらのグリッドで結構いけるだろうが、全体を稼働させるとなると難しい。いや、それはリアルタイム性を求めているからかもしれない。

 リアルタイム性を求めないという方向もある。しかし、会話ができたら面白いとも思う。

 生で偏微分やらなにやらを計算する方向が正統だとは思うが、手を抜く方向もあるかもしれない。どうせ偏微分のあたりで、すでに原子や分子を一個ずつ計算するわけではないのだ。もっと手を抜けるだろう。

 古くはパーセプトロンやニューラルネットワークは、手を抜き過ぎだが。スパインや分泌を無視しすぎていた。いやそもそも考慮していなかった。

 とは言え、カラム構造あたりは、細胞単位で稼働させる必要もないだろう。カラム構造として機能すればいいのではないかと思う。同じようなことは脳のあちこちに言える。いや、それだとニューラルネットワークと同じくらいいろいろと捨てることになるだろうか。計算と、試してみる必要があるかもしれない。

 それにしても、タカ君が言うには、マップは特定の個人のものではないらしい。ヒトゲノム・プロジェクトでもそうだったのだから、そんなものかもしれない。だが、だとすると、このマップは誰の脳であって、あるいは全体を稼働させたら誰になるのだろう。

 それとも、私個人のマップを作ってもらうことを考えた方がいいのだろうか。それが稼働したら、どうなるだろう。面白そうだ。

 だが、これは案外面倒な話かもしれない。再従兄弟のマサ兄にわかるかどうかは知らないが、法律やら人権云々について一応聞いておいた方がいいのかもしれない。何かの結論が出るまでは、全体を稼働させるのは待つ方がいいかもしれない。どっちにしろ、部分を稼働させるだけでも手間がかかるが。


 * * * *


 私は左耳に着けているヘッドセットに触った。

「コール、マサ兄」

 発信音の後、通話が繋がった。

「マサ兄、アキだけど」

「結婚決まった?」

「その話はいいから」

「ユウちゃんが結婚して、残ってるのアキだけだろ」

 結婚式でもずいぶんからかわれたが。まだネタにするのかとも思う。

「今度そっちに行くときに話すよ」

「本当だな?」

「あぁ、まぁ」

 本気とは受け取っていないのだろう。笑い声が聞こえた。

「それで?」

「タカ君から脳神経細胞の接続マップをもらってさ」

「出来たってな」

 そこでマサ兄は言葉を区切った。

「何を言いたいのかわかった気がする。ナノマシンとか臓器はしばらく放っておくのか?」

「そっちはそっちで。それでなんだけど、そのマップを全体として稼働させたら、問題が起こるかな?」

「やっぱりそれか。どこに落ち着くにせよ、問題しか起こらないだろうな」

「そうだろうね」

 しばらく返事はなかった。

「アキは、たぶん一定の権利が発生するように落ち着いて欲しいんだろ?」

「そうだね」

「その議論はこっちでできるが。他に気になっていることは?」

「そうだとすると、マップを稼働させているプログラムを止める時も問題になったりするのかな?」

 またしばらく返事はなかった。

「それが簡単にできるようになるのかどうかも、アキは気になるわけだな?」

「気になる。むしろ、簡単にできるようだと気に入らない」

「いずれは人工知能でも問題になることだろうが」

 そこでまたしばらく言葉が切れた。

「ハルとかにも話してみよう。あくまで確認だが、すぐに動くわけじゃないだろうな?」

「それは無理。結構若い人にも頼もうと思っている」

「ならいい」

「それと」

 通話が切られるかと思い、言葉を次いだ。

「脳と外部を接続できればとも思っているんだけど」

「接続って、どんな?」

「見てわかる電極はなしで、頭の中にある文章やプログラムを、ほいっと転写できたらっていうくらい」

 向こうから、コツコツという机を叩いていると思える音が聞こえた。

「アキ、例えばだが、脳が損傷した場合の部分的な、極めて部分的な機能を外部に出すこともできるな?」

「その方法が可能になれば、その方法なりに。電極が出てるよりいいと思うけどな」

 またコツコツという音が聞こえた。

「その場合、さっきお前が言ってた、マップを稼働させるプログラムを止めるようなことが可能になるだろ?」

「そうなるかもしれない」

「あるいは、臓器として脳に埋込む方向もありうるな」

 コツコツという音が続いていた。

「そうかもね」

「アキ、臓器を代替していく場合、最後の線はどこになる?」

「やっぱり脳かな。いや、脳を全部、まぁ全部じゃなくてもかなりを代替しようとかは考えていない」

「だが、脳の機能を脳以外が担う。人間の範囲はどこになる?」

「人工網膜とかもう作られたことがあるわけだし」

「知っている。その人はどうなった?」

 結局はプロジェクトの終了や、あるいは年齢によって打ち切られていた。

「永続させないといけないっていうことかな。でもそれは他の臓器を代替する場合も同じだと思うけど」

「医療ベースに乗せるところまでいかないとな。だが、そうなるまでにやはり問題しか起きないな」

 まだコツコツという音が聞こえていた。

「何年かかる?」

 そう言われて、試しに概算した。だが、これと言えるような期間は出てこなかった。

「いや、わからないな。終らないかもしれないし」

「終らないでくれることを祈りたい気分だな。まぁ、止めておけというわけじゃない。何年でこっちが準備しないといけないかを聞きたかったんだ」

「連絡はするようにするよ」

「そうしてくれ。それでいいか?」

「わかった」

 そして通話は切れた。


 * * * *


 考えていたより面倒なことになるのかもしれない。

 脳と外部の接続ができれば、脳が損傷しても、その部分の機能を外で計算させることもありえるだろう。では、その計算を誰かが止めることは認められるだろうか。それなら、代替組織を埋め込んでしまう方がいいようにも思う。

 代替組織の信頼性の問題もあるだろう。開腹と開頭のどちらが負担になるのだろう。いや、どちらにせよ負担になる。そうそう開けない方がいい。それだけの代替組織を作らないといけないわけだ。

 でも面白そうだからなぁ。

 こっちは、若い人に手伝ってもらうにしても、様子を見たり相談には乗れるだろう。

 伯父が、いずれ膨大な計算能力が使えるようになるし、使わざるを得なくなると言っていた。それを聞いて、ついでに計算機についても勉強しておいてよかったと思う。ナノマシンの設計においても、やはり使っていた。

 「ついで」というなら、私にとっては何が本命で、何が「ついで」なのだろう。自分でもそのあたりがわからない。全部が本命だし、全部がついでだ。一旦捨てたが、学部を出てから、修士、博士でついでに回収した分野も多い。面白いから。

 こういう話で「面白い」という表現を使うのは、世間からしたら不謹慎なのだろうか? 真面目であらねばならない。真摯であらねばならない。どうもピンとこない。面白いのだし、面白いのだから真面目であるし真摯である。面白いを抜いて、真面目で真摯であるという感覚はどうもわからない。



〔初出 Nov 20, 2015 〕


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