第-3572日
ここでの研究を始めるにあたって、少しばかりまとめておく。
要素技術は存在している。それは学んだことでもあり、また幾分かは私も貢献したと思う。つまり、ナノマシンは存在している。自律活動も、あるいは外部との通信による制御も可能だ。高性能になる余地はまだまだある。
だが、私はその次を目指そうと思う。ナノマシンを基礎とした、組織の構成を。
幹細胞などによる組織の構成や再築も目指されている。だが、そこに私は疑問を感じる。
クローンの倫理が疑問を呈した。クローンで生まれた個体は、何者なのか。クローンの組織を移植に使うことは許されるのか。
それは魂の座の問題となる。
次に考えられたのが、大脳を持たないクローンであった。これは別の問題も提起した。技術的な問題であった。そのような培養は可能なのか。そして、魂の座の問題も残っている。その座が脳であるならば、それを奪うことは認められることなのか。
三つめに考えられたのが、幹細胞からの組織の培養だった。
このように見ると、倫理の問題は解決へと向いているように見えるかもしれない。
だが、私はどうもそうは思えない。この流れは、生れる者が持っているはずのものを奪っているのではないか。幹細胞からの培養であれば、そもそも個体は生まれない。選択的に制御し、組織のみの培養だ。だが、その幹細胞から生まれ出づる可能性があった者は、どこに消えたのか。
それは私の倫理に反している。幸い、私はナノマシン技術についてそれなりの知識と技術を持っている。そこから何を目指すかは、簡単な話だ。ナノマシンにより組織を構成し、代替すればいい。問題はナノマシン間での、ある種の通信だ。化学物質によるものであれ、電気的なものであれ。組織を構成し、組織として機能するようにするだけの話だ。
課題もまた簡単だ。要は組織を構成し、組織として機能し、必要な通信を行なうための制御を行なう方法だ。
課題自体は簡単だが、それを実現する方法となると、少しばかり簡単ではない。つまりは、細胞環境を人工的に構築する必要がある。ナノマシンにも用いているものではあるが、つまりはDNA様物質を構築し、またそれが機能する細胞環境の構築が必要だ。まぁ何桁か計算の量が増えそうだ。面倒だが。
そして、人体との親和性も課題だろう。拒否反応が出るのでは意味がない。また、表現によってはセキュリティも課題となるだろう。つまり、奪われて簡単に移植できるようでは、問題が起こりかねない。本来の移植者は拒否反応を起こさず、他の者においては免疫が反応してくれるのが、おそらくは便利なのだろう。そして、そこを検討するには、サンプルとなる細胞が必要だ。本来の移植者から奪う細胞は、最小限としたい。そうでなければ、結局、生まれ出づる者から、何かを奪うことになるだろうから。だが、面接の担当者が言っていたことがヒントになった。ちょっとばかり私の口腔からでも犠牲になってもらえばいい。
課題自体は簡単だ。ただ、このような課題であるに過ぎない。
過程において、もし、倫理規定によって引き返せない状態になったら? もう一人私が生まれるのだろうか? いや、それは私ではないというだけだ。そうなったら、それはそれで面白い。それは私とその人の問題だ。他人が口を出す問題ではない。
だが、そうなると面倒なのは確かだろう。想像しただけで面倒そうだ。できるだけ前もって、解析と設計、そしてシミュレーションを行なっておこう。あぁ、面倒臭い。頭の中にあるプログラムをそのまま計算機に転写できればいいのに。ついでだ。そっちも考えてみよう。理想としては、ついでにそういう機能を持つ組織を構成できれば、少しは楽だろう。従兄弟のタカ君から、脳細胞の接続マップを送ってもらおう。この前やはり従兄弟のユウちゃんの結婚式で会った時に、出来上がったと言っていた。もらえるものなのかとも思うが、聞いてみるだけは聞いてみよう。
それを構築するには、脳の活動のシミュレーションも必要だろうか? そうなると、そのシミュレーションには意識は宿るのだろうか? 作れたら聞いてみよう。意識が宿るのだとしたら、そういう組織のシミュレーションに協力してもらうのも、脳へのインプラントと同様に問題なのだろうか。説得して納得してもらえたなら、かまわないのだろうか。面倒臭いと書いたが、何だか面白そうだ。
ついでに書いておく追記みたいなもの:
面接で家のことを聞かれたが。曾祖父の一人の家督、いや家督もだがそれ以外のいろいろな活動やら研究やらは再従兄弟の一人が引き継いでいるようなものだ。法律関連の研究をしている。あまり生々しい話でもなく、思想のようなものをある意味では正統的に引き継いでいるのはその再従兄弟だ。
それも直接引き継いだというわけでもなく叔父の一人が社会学あたりをやっていて、その叔父経由ということだ。
従兄弟は従兄弟で、母方からの医者の系譜を継いでいる。それについては、少しばかりそっちから圧力みたいなものもあったらしい。何代めかの御典医も勤めた家らしいし。
面接の担当者から言われたことだが、まぁ言われてみれば変な親族かもしれない。
皆、好き勝手にやっているだけだが、何かの影響を上の代から下の代は受けている。
そんなものだろうと思っていただけだったが。そういうわけでもないのかもしれない。まぁ、世間一般としては。
でも世間一般というものを意識する必要があるとも思えない。上に書いた倫理の話もだが、当てにできるものではないのだから。
〔初出 Nov 19, 2015 〕