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無知性の凱歌: オリジナル  作者: 宮沢弘
第一章: 始まりと終わり
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第-3655日

 私は、研究所の面接を受けた。

 これまでの、そして主には学位論文のプレゼンをし、担当者からのオフェンスに対してディフェンスを行なった。

「こんなところかな」

 担当者はそう言い、書類に顔を移した。

「では」

 そう言い、私はスレートのダウン処理を始めた。

「可能でしたら、早めに結果を教えていただけますか? 他にも内定があって、返事を急ぎたいので」

「あぁ。どこからか聞いてもいいかな?」

「K大学からですが」

 担当者は書類をめくった。

「そっちもここも、君の連絡先からずいぶん離れているけど?」

「あぁ、それは気にしないので」

「仕事だから?」

「いや、そうじゃなくて。地元とかに縛られるのは意味がないと家の方でも言うので」

 そこで担当者は書類から顔を上げた。

「それは、ここにずっと勤めるつもりもないということ?」

「そうですね。そんなものでしょう?」

 スリープしたスレートと、開いていた書類をまとめ、鞄に納めながら答えた。

「そう。ところで、聞いておきたいことがあるんだけど」

 担当者は別の書類を取った。

「はい」

「君の家系なんだけどね」

「はぁ」

 隠しているわけでもなく、その気になればすぐにわかるものだ。今時、そんなことを調べるのは珍しいかもしれないが。祖父の仕事でも聞いてくるのかと思った。祖父が、ほんの少し零したことを思い出す限り、それは簡単なはずだった。

「何代か見たけど、何人か病気で亡くなっているね」

「まぁ、それはそうじゃないですか?」

「君の大叔母や大伯父にあたる人の病気って何だったのかな。調べてもわからなくて」

 本当のことを言っていいものか、思案した。

「結核だと聞いていますが」

 担当者はまた書類をめくった。

「当時だと、結核は記録されるんじゃなかったっけ?」

 そこは、面倒だが。いや、言うだけなら簡単なのだが。

「曾祖父が、圧力をかけたと聞いています」

「あぁ。なるほど。それも可能だったのかな。うん」

 担当者は書類を置いた。

「するとね、何代か遡っても、遺伝由来のもので亡くなった方はいないようだけど」

 聞いている限りに遡って思い出してみた。

「そう言えばそうですね」

 祖父の仕事が、汚点というわけではない。ただ、一般には受けがよくないだろうというだけだった。家系と言われた時に蘇えったのは祖父のことだった。だが、祖父のことではないように思えた。

「君は自分のDNAを解析対象にしようと思ったことは?」

「それはありませんでしたね」

 担当者が何を聞きたいのかがわからなくなっていた。

「それと」担当者が言葉を続けた。「曾祖父の一人と大伯父にあたる人たちが、明治から大正のあたりで、自由民権運動やらなにやらに関わっていたようだけど」

「そうみたいですね」

 調べてあるなら、否定してもしかたがない。

「それと祖父の片方が特別高等警察をやっていたらしいけど」

「えぇ」

 来たと思った。

「そのあたり、うーん、確執みたいなものはなかったのかな」

「確執ですか?」

「うん」

「確執と言えそうなものは聞いていませんが」

 そこで一つ思い出した。

「曾祖父が祖父に、仕事について訊ねたくらいのことしか聞いていません」

「どんなことを?」

 もう昔の、ずっと昔のことだ。

「特別高等警察についての話はご存知だと思いますが」

 担当者はうなずいた。

「対象について調べられていることも噂にすら上らないのがいいと。それと……」

「それと?」

 そう促した。

「対象の家族へのケアを行なっていたと」

「ケア?」

「えぇ。噂になってしまった場合であるとか、対象が、えーと、逮捕された場合に残された家族に対してなど」

「と言うと?」

「逃れる場所や職を紹介していたとは聞いています」

「君の祖父から?」

「いえ」

 祖父はそこについても厳格な人だった。そういうことは何も、ほとんど何も言っていなかった。

「祖父が亡くなってから、祖母に手紙があり。それで曾祖父が祖父に訊ねたということも聞いたので」

「なるほど。それと、君のおじも何人か、従兄弟や再従兄弟も何人か研究をしている。医師、弁護士も」

「まぁ、そうですが」

「変わった家系だね」

「そう言えるかもしれません」

「そういう家系について何か思ったことは?」

 思ったことと言われても、何を思ったこともない。伯父と話したり、伯父のところの学生と話したり、そういうことが楽しかったというくらいだ。

「そういうものだという程度しか。あぁ」

 一つ思い出し、思わず笑みを浮かべてしまった。

「何かあったのかな?」

「いえ、薬品名だったのか、何かそういう縛りで伯父のところの学生がしりとりをしていたのを思い出して」

「聞いていて面白かったのかな?」

「理解できる年ではなかったので。マニアックなことをしているなと思ったのを思い出しただけです」

 担当者はやっと笑みを浮かべた。

「ありがとう。できるだけ早く連絡しよう」

 私は会釈し、その部屋を出た。


〔初出 Nov 18, 2015 〕


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