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無知性の凱歌: オリジナル  作者: 宮沢弘
第三章: 喪失
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第111日

 書架への配置はマップを作ってある。タイトル、著者、キーワード、そしてある程度の内容による検索もできる。そう作ったのだから。

 そこで問題だ。手に取りたい本の内容もあやふや、キーワードこそ欲しいという状態で、どうやって目的の本に手を伸ばせばいいのだろう。そもそも、どれが目的の本だと認識すればいいのだろう。

 このように面倒に言えることもできるだろう。

 だが、話は単純なことだ。つまり、配架マップと私の記憶との結び付きが失なわれた。

 この三週間ほどで次第にそれを認識できるようになった。そして、今、それはほぼ全て失なわれている。残っているのは明解なキーワードのみだ。

 本の概要がほぼ頭の中にあり、手に取る本が明らかだった段階は既に通り過ぎた。あやふやなものから出発し、頭の中からキーワードが転がり出てくるのを待つ段階も、通り過ぎた。

 今あるのは、一室を占める本の集り。その部屋に入り、閉じた書架を目の前に、しばらく私は立ち尽していた。

 机の前に戻り、椅子に座り、またしばらく呆けていた。

 手がかりはまだある。配架マップ、著者、キーワードが目の前の計算機の中にある。また、計算機は外部の計算機と繋がり、データを検索できる。それではあっても、失なったと感じた。この頭蓋の外にある脳を失なった。

 それは計算機でもなく、ただの紙とインクだった。それではあっても、それらは書架で考え続けていた。ただの知識ではなく、ただの文字でもなかった。それらは書架で考え続けていた。

 このように書くと、奇妙なことを書いていると思われるかもしれない。印刷された内容は変わらない。そうであるなら、本がいったい何を考えるというのか。奇妙に思われるかもしれない。だとしても、それ以外の表現は思い浮かばない。

 あるいは、このように言えば、理解されやすいのかもしれない。本を手に取る時によって、私の理解が変わるのだと。

 だが、それは私の認識とは違う。私の認識に忠実に書くなら、やはり本は静かに考えていた。他には表現のしようがない。ただのインクと紙が考えていた。その表現が、私の認識にはしっくりくる。

 もし、ただのインクと紙であれば、ただの文字と知識であるなら、この喪失感はどこから来るのだろう。

 知識であるならば、それはネット上にある。私からは何も失なわれていない。私はネットを検索し、閲覧できるのだから。

 そうではないのだ。脳が失なわれた。脳が失なわれたのだと感じる。

 あるいは、こうも言えるだろう。

 閉じ込められた。この体と脳の中に閉じ込められた。

 本には著者の魂が、たとえほんの一部であったとしても著者の魂が存在した。その魂によってこそ、本は考えていた。そして、その魂によってこそ、私は本と、あるいは本を通して、そこに存在した著者の魂と対話した。

 著者たちの魂は、その極めて限られた一部であったとしても、読むという行為を通して私の中にも存在した。

 ならば、こうも言えるだろう。

 私の中にあった、著者たちの魂が消えた。私と本を繋げていた、著者たちの魂が、私の中から消えた。

 ならば、さらにこうも言えるだろう。

 私は魂を、魂の一部を失なった。

 いや、このように書いてしまうと、なおさら奇妙に思われるだけかもしれない。

 著者の魂? それらの魂との対話? それらの魂が私の魂の一部であっても存在した?

 奇妙な認識であり、記述だろう。ではあっても、それが素直な感覚だ。

 奇妙だ。実に奇妙だ。その認識はうなずけるものの、その認識が何なのか。それは…… 正直に書こう、その認識が何なのかはわからない。

 机に立ててある何冊かの本の中の一冊が目にとまった。ふと、その概要が蘇えり、言葉がこぼれた。

「チャーリー、君も恐ろしかったんだろう?」

 私自身の声を聞き、思った。チャーリー? それは誰だっただろう。


〔初出 Dec 04, 2015 〕


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