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無知性の凱歌: オリジナル  作者: 宮沢弘
第一章: 始まりと終わり
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第0日

 西暦1990年、あるいはそれ以前から、概念としては言われていたことがある。その言葉が現われたのは、始めは虚構においてだった。それから、当時を生きていた人にとってはずいぶん時間が経ってから、動物愛護団体が言い出した。そして、人権団体が言い出した。つまり、障碍者は、それがどのような障碍であったとしても、1/1人権を行使できるとは限らないと。

 その段階になり、2/3人権 ---あるいは9/10人権でも、99/100人権でもかまわないが---、 そういう言葉が言葉として言われるようになった。

 そう言われるようになり、人々は怒りを現わした。それは、ただその言葉が使われた歴史に ---それがどれほど短かかろうと--- よるものだったのだろう。動物に対して言われた言葉であったし、虚構においてもそうであったし、そしてやはり動物に対して言う言葉であったのだから。1/1人権以外など存在しない。そう主張した。

「では」ある政治家が口を開いた。「視覚障碍がある方々が運転免許を取得できないのは?」

「視覚に頼る行為であるかぎり」別のある人が言った。「できないこともある」

「そう」その政治家は答えた。「それは何がしかの制限が人権についてある。つまりは1/1人権に対して少ない人権しか認めていないことになるのでは?」

「それは」ある人が言った。「人権を損なうことを認める発言である」

「確かに」その政治家は答えた。「だからこそ、1/1人権を、あるいは可能なかぎりそれに近いものを回復しなければ」

「人権を」ある人が言った。「損なうことを前提の議論である」

「いや」その政治家は言った。「現実が損なっている。ならば、回復しよう。それを目指す」

 その言葉に、いくらかの人々は賛同した。

「ならば」ある人が言った。「知的障碍は?」

「もちろん」その政治家は答えた。「望むなら」

「知的障碍を」ある人が言った。「差別するものだ」

「では」その政治家は言った。「その方々は1/1人権を行使できているのか?」

「その」ある人が言った。「1/1人権という言い方自体が差別するものだ」

「確かに」その政治家は言った。「そうかもしれない」

「やはり」ある人が言った。「そういう意図ではないか」

「違う!」その政治家は言った。「現実がそうなのだ。それを、もっとましな現実に」

「それみろ」ある人が言った。「差別が前提にあるではないか」

「それについては」その政治家は言った「現実がそうなのだ。だから、もっとましな現実に。それとも、その前提がなければ、あなたは困るのか?」

 そして、その政治家を問い質す者はいなくなった。「その前提がなければ、あなたは困るのか?」と言われれば、「そうではない」と答えるしかない。もちろん、それが少しでもましな現実であるからであり、そうでなければ差別意識を持つと思われるだろうからだ。

 これは、誤った判断ではないし、愚かな判断でもない。1/1人権という概念を受け入れ、8/9人権という概念も受け入れることが、第一歩だった。

 では…… 9/8人権は存在しないのか。

 2/3人権という概念を受け入れるということは、3/2人権という概念も、少なくとも概念上は受け入れることに繋がる。なぜ1/1が上限でなければならないのか。

 問題はそこだった。

 権力を持つもの、富豪、そういう者は1/1を越える人権を持つのか。それとも聖職者や人徳のある者は1/1を越える人権を持つのか。そして、指標の一つでしかないが、知能指数が高く、認識する世界が広い者は1/1を越える人権を持つのか。持つわけがない。

 だが、現実に権力や當は影響を及ぼす。認識が広い者は、そうとはわからずとも行為に影響が現われる。

 ならば、どうするか。人々は考えた。受け入れるか、それとも受け入れないか。受け入れないという選択以外、存在しなかった。1/1を上限とするしか選択はなかった。受け入れるのであれば、7/8人権も受け入れるしかないのだから。

 そうして、人権正規化法が成立した。指標の一つとして、知能指数をμ± 1/2σに納める。

 補助脳は、それも可能だった。ノイズを乗せ、判断を鈍らせることも。

 電子工学、生物学、情報工学、遺伝子工学が、そのような補助脳を可能にしていた。生まれるとともに、補助脳の種が頭蓋に埋め込まれた。

 正規化された人権が確保された。

 そして、私がその処置を受ける最後の人間となった。私が最後になったのは、ただ必要だったからだった。技術を確立した最後の一人だった。これから処置に向かう。


〔初出 Nov 17, 2015〕


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