小さなお姫様スノーベル
つるつるつるつる……すってーん!
滑って転んで、お尻をうったのは誰でしょう?
それはスノーベル。
銀色のくせっ毛に銀色のお召し物、きれいに透き通った緑色の瞳。
とってもかわいらしい、小さなお姫様です。
そんなお姫様が、どうして滑って転んでお尻をうったのかな?
お話のはじまりはじまり。
小さなお姫様のスノーベル。
住んでいるのも、小さなお城です。
一緒に住んでいるのは、三人の召使い。
ひとり目はぱたぱたさん。
お料理とお掃除がお仕事です。
お皿を持って、ぱたぱたぱた。
はたきを持って、ぱたぱたぱたぱた。
ふたり目はのそのそさん。
力仕事がお仕事の人です。
のこぎりを持って、のそのそのそ。
とんかちを持って、のそのそのそ。
三人目は、ぴょこぴょこさん。
スノーベルのお世話がお仕事です。
ブラシを持って、ぴょこぴょこぴょこ。
スノーベルは、ブラシをされるのが苦手です。
くせっ毛がブラシにひっかかって、ちょっと痛いんです。
ぴょこぴょこさんがブラシを持ってくると。
スノーベルはお城中を逃げ回ります。
召使いたちは、朝ごはんを食べると、みんなお城の外に出かけてしまいます。
夕方にならないと、帰ってきません。
だから昼間は、スノーベルはお城でひとりぼっちです。
スノーベルの一日はこんな感じです。
ベッドで起きて、ひとあくび。
顔を洗って目を覚まします。
ぴょこぴょこさんがブラシを持ってやってきます。
スノーベルは、逃げます。
ぱたぱたさんが用意してくれた朝ごはんを食べます。
召使いたちが出かけるので、ひとりになります。
お昼寝をしてすごします。
夕方になると、召使いたちがお仕事から帰ってきます。
ぱたぱたさんが用意してくれた晩ごはんを食べます。
ぴょこぴょこさんがブラシを持ってやってくるので、逃げます。
やがて夜になります。
スノーベルはベッドに入って、寝ます。
スノーベルは小さなお姫様なので、お仕事も勉強もありません。
楽ちんですけれど、ちょっと退屈な毎日です。
スノーベルは、お城の外に出たことがありません。
まだ小さいので、許してもらえないのです。
お城の玄関は、いつもきっちりと閉まっています。
昼間はひとりぼっちのスノーベル。
お昼寝をしていないときは、窓際に座って、お城の外を眺めています。
お城の庭では、小鳥が遊んでいるのが見えます。
ときどき、よその王子様やお姫様が、召使いをつれて散歩をしているのが見えたりします。
ある、寒い日の朝。
スノーベルは起きて、顔を洗って、ブラシから逃げて、ご飯を食べました。
そして、窓際に座って、お城の外を眺めていました。
すると何やら。
白くて小さななものが、ふわふわと。
一つふわふわ、二つふわふわ、やがてたくさん、ふわふわふわ。
白くて小さなふわふわが、降ってきたのです。
あれはいったい何でしょう。
スノーベルは気になってしかたありません。
これはどうしても、お外に出て確かめなければなりません。
まだ小さなスノーベルは、お城の外に出してもらえません。
そこで、いいことを思いつきました。
召使いの誰かが外に出るとき、横からさっとすり抜けてしまえばいいのです。
ちょうど、のそのそさんが、出かける支度をしています。
スノーベルは、お城の玄関の近くで、こっそり息をひそめて待ちました。
かばんを手にしたのそのそさんが、お城の廊下をのそのそとやってきて。
玄関の扉を開けました。
今だ!
スノーベルは、隠れていた場所から、猛ダッシュ。
のそのそさんの脇をすり抜けて、外に飛び出しました。
のそのそさんの、慌てたような声が聞こえます。
どうやら、お外に出たのが気づかれたみたいです。
でも、今捕まるわけにはいきません。
スノーベルは、全速力で走って逃げます。
お城に閉じこもりきりのスノーベルですが、足の速さには自信があります。
いつものっそりののそのそさんなんかには、負けやしません。
わき目も振らずに、地面を蹴って走ります。
すると突然。
地面がつるつるになりました。
つるつるつるーっ。ふんばりがききません。
つるつるつるつる。滑る滑る。止まりません。
危ない! と思った時にはもう遅く。
すってーん!
スノーベルは、思いっきり転んで、お尻をうってしまいました。
うったお尻が、ずきずきします。
でも、小さくても、スノーベルは立派なお姫様。
お尻を打ったくらいで泣きべそをかいたりはしません。
ぐっと我慢していたら、だんだんと痛みがひいてきました。
よっこらしょ。
スノーベルは起き上がります。
起き上がったスノーベルの目の前を。
ふうわり、ふわふわ。
ふわふわしたものが降ってきて。
ぴとっ。
鼻のあたまに乗りました。
ふわふわは、小さくて軽くて。
ちょっと冷たい感じです。
寄り目になって、鼻に乗ったふわふわを見ていると。
じんわり溶けて、消えてなくなりました。
ふわふわふわふわ。
気づけば、スノーベルの周りはふわふわだらけ。
次から次へと降ってきます。
頭に、耳に、また鼻の上に。
スノーベルは、ふわふわが降ってくる方を見上げました。
そこには、見慣れたお城の天井はありません。
何にもない、何にもない。
ただただ、だだっ広い灰色。
そのどこからかともなく。
数えきれないほどのふわふわが、音もなく降ってくるのでした。
どれくらいのあいだ、そうしてお空を見上げていたでしょう。
ぶるっ。
スノーベルはひとふるえ。
ふわふわが降りしきるお外の空気は、ひんやりひやひや。
スノーベルは気づきました。
お外は、お城の中にくらべて、ずっとずっと寒かったのです。
裸足のままでお城を飛び出したスノーベル。
今いるのは、滑って転んだ、つるつるとした地面の上です。
足の裏は、ひりひりひりひり。
やけどしてしまいそうな冷たさです。
こんな寒さは、生まれて初めてです。
一刻も早く、お城の中にもどりたい。
でも、ここはどこなのでしょう?
のそのそさんに捕まるまいと、夢中で走っていたスノーベル。
どこをどう行けばお城にもどれるのか、わからなくなってしまったのです。
降ってくるふわふわの勢いが、だんだん強くなってきました。
少しずつ、スノーベルの頭の上にもつもりだします。
このままじっとしていたら、ふわふわに埋まってしまうかもしれません
スノーベルは、とにかく歩き出しました。
今度は滑って転ばないように、おっかなびっくり。
ふわふわが降ってくる、ひえびえとした空気の中。
スノーベルは、とぼとぼと歩きます。
お城の窓から眺めていた、楽しそうな小鳥たち。
まるくふくらんで寄り添いながら、木の枝にとまってじっとしています。
お城に戻る道を聞こうにも、誰もいません。
召使いをつれて散歩をしていた、王子様やお姫様も見当たりません。
今頃みんな自分のお城で、あたたかいストーブに当たりながら、ぬくぬくとしているのでしょう。
こんな寒い日に、召使いも連れずにほっつき歩いているお姫様は、スノーベルくらいのものです。
とぼとぼとぼとぼ。
スノーベルは、ひとりぼっちで歩き続けます。
どれくらいのあいだ、そうして歩いていたでしょう。
おーいおーい。
はっとして顔を上げるスノーベル。
おーいおーい。
すのーべるー。
聞き覚えのある声が、スノーベルを呼んでいます。
スノーベルは、声が聞こえた方に走り出しました。
やがて見えてきたのは、傘を差した人影。
間違いありません。
召使いの一人、ぴょこぴょこさんです。
口に手を当てて、スノーベルの名を呼んでいたぴょこぴょこさん。
どうやらあちらでも、スノーベルを見つけたようです。
手にしていた傘を放り出して、駆け寄ってきました。
スノーベルは、ジャンプして、ぴょこぴょこさんの腕の中に飛び込みます。
ぴょこぴょこさんは、スノーベルを抱きとめると、そのまま抱きしめてくれました。
スノーベルは、今ならブラシをされても我慢できると思いました。
ぴょこぴょこさんに抱っこされて、スノーベルは無事お城に帰ることができました。
お城の中は、ストーブがついていて、とてもあたたかです。
足の下はカーペット。つるつる滑ったりしません。
見上げればちゃんと天井があります。ふわふわが降ってきたりはしません。
ぱたぱたさんが、ミルクを温めて、出してくれます。
夢中で飲むと、スノーベルのお腹のがじんわりとあたたまります。
スノーベルはようやく、落ち着くことができました。
夜になって、いつもよりずいぶん早く、のそのそさんがお城に戻ってきました。
スノーベルの姿を見て、ほっとしているようです。
三人の召使が、スノーベルのことを話しているのが聞こえます。
スノーベルは、ちょっと恥ずかしい。
窓際に座って、寝たふりをします。
すっかり暗くなったお外。
薄目を開けてみても、窓に映るのは、自分の顔ばかり。
寒くて寒くて冷たくて。
お外なんてもうこりごり。
でも、楽しかったかも。
小さくてきれいで冷たいふわふわ。
一面の灰色。
まるまった小鳥たち。
初めてお城を飛び出して、ちゃんと帰ってこられました。
ちょっと得意な気分です。
暖かなお城の中、窓際で寝たふりをしていたスノーベル。
いつのまにか、そのままぐっすり寝入ってしまいました。
それに気が付いたのそのそさんが、そっと抱き上げて、ベッドに運んでくれました。
小さなお姫様、スノーベルの大冒険は、ひとまずこれでおしまい。
お城の外では、スノーベルの知らぬ間に。
ふわふわがゆっくりと積もっていきます。
朝になれば、見慣れた景色は、一面の真っ白になっているでしょう。
それを目にしたら、スノーベルは、お城でじっとしていられるかな?
それは、また次のお話。