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目標  作者: 風速健二
目標 第2部
15/31

華燭の典

事務局の人に呼ばれて、まずは俺だけが先にチャペルに行く。

そう俺は教会だと思っていたが牧師さんから「ここはチャペルですね」と言われたので、どう違うのかは良く判らないが、俺もチャペルと呼ぶ事にする。


チャペルの前に行くと正装をした牧師さんが俺を待っていてくれた。

牧師さんは俺に「大丈夫ですか? なら始めましょうか」と言ってくれた・

俺は「はい、お願いします」と言って軽く頭を下げる。

「チャペルはもういっぱいのお客様ですよ」

事務局の人も言ってくれた。

俺は緊張感が高まって来たのが自分でも判った。


チャペルの中で音楽が鳴り始めたのが判ったが何の曲だかは判らない。

俺は牧師さんの後から静かに歩いて行く。

チャペルの中に入ると大勢の人が俺達を待っていてくれた。

知っている顔ばかりでなく、この式を見学に来た人もかなり居る様だ。

祭壇の前で牧師さんに一礼をして向きを変えて、新婦を待つ。


やがて音楽に乗って新婦の真理ちゃんがお父さんに連れられて入場して来た

「わぁ~綺麗!」

その様な声が一斉に俺の耳に入る。全くだと思う。

薄いベールを被ってやや下を向きながらお父さんに連れられている真理ちゃんは本当に綺麗だ。

祭壇の少し手前で俺は新婦をお父さんから受け取る。

宣伝用に事務局の人が雇ったカメラマンのフラッシュが焚かれる。

そうこれはデモンストレーションも兼ねているのだ。

そして、俺は真理ちゃんと一緒に祭壇の牧師さんの前に進んだ。


「これより、正也さん真理さんの結婚式をとり行います」

牧師さんの言葉があり、俺達の結婚式が始まった。

まず、賛美歌を歌う。

そして、牧師さんが聖書朗読して、俺達の宣誓となる。

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、

これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」

と牧師さんが俺達に問うので俺は

「はい、誓います」と答え真理ちゃんも

「はい、誓います」と答えてくれた。

「これで、二人は神に夫婦となる事を認められました」

そして俺達は結婚宣言書?なるものにサインをしたのだった。

「それでは指輪の交換です。この指輪は切れる事のない永遠の愛を表します」

そう言って牧師さんから指輪を受け取ると、真理ちゃんの左の薬指にはめて行く。

そして今度は真理ちゃんも俺の左の薬指に指輪をはめる。

「それでは誓いのキスです」牧師さんの言葉に俺は真理ちゃんのベールをあげて、優しくキスをする。

正直恥ずかしいが、今はそんな事は言って居られない。

会場一杯の拍手が鳴り止まぬ中で牧師さんは

「ここに二人は父と子と精霊の名に於いて、夫婦となりました。このうえはいかなる障害があろうとも、死が二人を別つ以外は、ふたりを離してはなりません。どうか神の祝福があらん事をアーメン」

「アーメン」

会場の皆が一斉に唱える。

また、一斉に拍手が鳴る。

それに被さる様に聖歌の伴奏が流れて、聖歌斉唱となる。

それが終わるといよいよ退場だ。

俺は真理ちゃんと腕を組んで、ゆっくりと歩いて行く。

どの顔も俺達を祝福してくれている。

俺は、心の底から嬉しく思い、この俺の隣を歩いている愛しい人を大切にしたいと思うのだった。

音楽と拍手の鳴り止まぬ中俺達は会場の皆に一礼して下がったのだった。


控室に帰る間に俺は

「夫婦になったね。これから宜しくね」

そう言うと真理ちゃんは

「こちらこそ宜しくお願いします。でもいい式だったね」

「ああ、そうだったね。まさかチャペルで式をあげる事になるとは思わなかったな」

そう呟く様に言うと真理ちゃんも

「そうね。でも私は自分で縫ったドレスが着られてよかった」

そう言って笑う。

その笑顔は俺には最高に眩しいものだった。


俺は控え室に戻って来て、椅子に腰掛けていた。

この後はいよいよ披露宴だ。

披露宴の司会は櫻井店長がやってくれる。

ここで、真理ちゃんがお色直しする時に俺も着替える事になったのでその背広を点検していた。

真理ちゃんも、ちょっとおしゃれなドレスにするので、俺はスーツにしたのだ。


「準備できました」

事務局の人が呼びに来てくれる。

真理ちゃんが俺の所にやって来て

「いきます?」

と言うので俺も「ああ、行こうか」

そう言って先程の様に腕を組んで控室の外に出ると、大勢の人が俺達を拍手で迎えてくれた。

恐らくモールに来ている人の殆んどではなかろうか?

その中を俺達は歩いて行く。サーッと人の波がかき分けられて行く。


店の前まで来たので俺は集まって来てくれている人に向かって

「本日私達は夫婦の契を結びました。本日は私達の為にお集まり、ありがとう御座います。どうか今後も宜しくお願いします」

と一応挨拶した。

周りの人々が拍手をしてくれた。


店の中を覗くともう皆さんが席についているので、俺と真理ちゃんは櫻井店長の

「新郎新婦の入場です」

の言葉に併せて店に入って行く。

拍手が俺達を迎えてくれる。

今日はもう一生分の拍手を貰った感じだ。

先程の式に参列してくれた方々だが、改めて見ると感慨深い。

調理場の方を見ると、飛鳥を始め、由さん等皆が笑顔で拍手をしながら迎えてくれた。

飛鳥の「わあ~真理さん綺麗!」のやや甲高い声が耳に入る。

そう、今日の真理ちゃんは自慢したいくらいなのだ。

そして奥にあるひな壇に俺達は座ったのだった。


櫻井店長が司会のマイクを持って

「それではこれより、正也くん、真理さんの結婚披露宴を始めたいと思います。二人は先ほどこのモールにあるチャペルで永遠の誓いをして、晴れて夫婦となりました。そこで夫婦として最初の仕事として、この菰樽を鏡開きをして貰いたいと思います」

そう言って俺達に紅白のリボンが結かれた小槌を渡してくれた。

これはもう本当は開けてあり、小槌で軽く叩くとすぐに開くのだが、そんな事は言えない。

俺達は木槌を二人で持って軽く叩くと、元から「蓋のせ」という鏡板が外れた樽なので簡単に開いた。

そのお酒を会場の来客全員に渡して乾杯して貰う。

見学の方にも紅白の紙コップに酒を継いで渡して行く。

全員に渡ったのが確認されると、乾杯の音頭を、店のオーナーにお願いする。

オーナーは「本日は正也君真理さんおめでとうございます。僭越ながら私が乾杯の音頭を取らせて戴きます」

そう口上を述べてから「それでは、乾杯!」そう言うと会場にいた全員が「乾杯!」と一斉に叫んでくれたのだ。

そして口々に「おめでとう!の声が舞う。


次は、来賓の挨拶でまずは俺の方の柴崎さんだ。柴崎さんは前に出て来て小さく俺に「おめでとうな!」と言ってくれた。

「え~柴崎と申しまて、ある雑誌の編集長をしています。正也君とは以前のお店で彼が焼き方をしていた時に知り合い、最初は色々とやり合いましたが、彼は尽く私の出す難題を見事クリアしました。彼は自分の力を信じ、じっくりと難題に取り組む姿勢を持っている好青年です。本日見事なお嫁さんを射止められて、これからの活躍も一層素晴らしいものと期待しています。

正也君、真理さん本日はおめでとうございます」

柴崎さんらしい挨拶だと俺は思ったが、正直恥ずかしかった。

次は真理ちゃんの先生の祝辞だ。

「真理さん、正也さん本日はおめでとうございます。今日この晴れの席に出席出来た事を幸せに思います。真理さんは高校の家政科を優秀な成績で卒業した後、私の主宰するデザイン工房に入りました。とても器用で、瞬く間にお針子でも目立つ存在になりました。私は彼女を頼りに普通では制作するのさえ難しいドレスを作る事が出来ました。彼女無しでは私はドレスを作る事が出来なかったのです。彼女がいればこその私でした。

やがて、彼女も私の工房では何時の間にか、後輩を指導する立場になりました。

私は彼女に私の右腕になって欲しいと頼みました。でも彼女は『実は真剣に交際している人がいます。私はどうしてもその人と人生を歩んで行きたいのです。どうか我侭をお許しください』と私に言って来たのです。私は彼女からその人の事を訊き、この御店に試しに食べに来ました。もし、私の口に会わない様な腕なら、結婚を許さない積りでした。

でも、そうではありませんでした。彼の作る料理は真心が細部にまで籠っており、とても素晴らしい料理でした。さすが彼女が大切に思う人だと思いました。

つぎの日、私は真理さんに結婚のお祝いをしました。

正也さん、その様な訳で私は大事な右腕となる人物をあなたに託します。ですから必ず、必ず幸せにしてくださいね。それを持って私の挨拶と変えさせて戴きます。長々とすいませんでした」

これは衝撃だった……真理ちゃんが俺に言っていた事とは180°違う。

俺は真理ちゃんを横目で見ると真理ちゃんは軽く微笑むのだった。

ああ、もうこれは真理ちゃんペースだという事なんだな。

俺はそう思うのだった。


次が友人の挨拶だ。

これはふたりとも高校時代の友達に頼んだ。

俺の方は高校3年間同じクラスだったヤツだ。その挨拶中で印象的だったのは

「正也くんは成績が良かったのですが、大学に進学せずに調理師学校へ進み、実力の世界に飛び込みました。でも彼は思った事をやり遂げる男でした。それを今日、証明してみせたと思います」

そう挨拶で言っていたことが印象的だった。


真理ちゃんの方も高校時代の親友だそうだ。

「真理ちゃんは本当に成績が学年でもトップクラスで、課題等では何時も見本として貼りだされる程でした。そして有名なデザイン工房に入る事が出来て凄いと思っていました。

でも今日はそれよりも素晴らしい相手を見つけたという事を私も親友として嬉しく思います」

などと話していたのが印象的だった。


ここで、二人がお色直しのため退場して着替えるのだ。

控室に戻ると俺は着替えてる真理ちゃんにカーテン越しに

「先生の挨拶、本当だったのかい?」そう訊いてみた。

すると真理ちゃんは恥ずかしそうに

「うん、本当は先生に残れって言われたの。でも私どうしても正さんと一緒になりたかったの」

俺は今ここで真理ちゃんを思い切り抱きしめてやりたかった。

そこまで、俺を…‥…俺は涙が止まらなかった。


俺は普通のダークスーツに着替え、真理ちゃんは薄ピンクのドレスに着替えたのだ。

手には白いバラをあしらったブーケを持っている。

式の終わりにこれを持った人が次の花嫁になると言われている。果たしてそれは誰だろうか。

ここで写真屋さんが先ほどと同じ様に写真を写してくれた。

「用意が出来ました」の言葉で俺と真理ちゃんは控室を出て行く。

もう先程の人は居なくなったが、それでも未だ大勢の人が俺達を見ている。

店に入ると、入り口で花束を渡されるので、俺がそれを持って各テーブルを回って一輪挿しに花を二人で差し込んで行く。

全て終わるとひな壇に戻って宴会となる。

友人や知り合いがお酒を次に次々とやって来る。

俺はそれを半分は口をつけ、半分はテーブルの下のバケツに流していた。

暫く歓談が続いていた。

そうそう、せっかくだから献立をここで書いておこうと思う


・前菜 「黒豆金箔掛、 数の子醤油付け糸がき付、

・椀モノ 「 鱧茄子包み 松茸 三つ葉 柚子」

・鮮菜 「小肌菊花作り黄身酢掛け」

・お造里 「鯛昆布締め、鮪、ウニ、サーモン」

・焼き物 「黒毛和牛香味焼ステーキ」

・蒸し物 「茶碗蒸し」

・煮物 「里芋六方剥、南瓜、栗甘露煮、しめじ、紅葉麩、絹さや」

・揚げ物 「天麩羅(キス、車海老、扇昆布、獅子唐辛子)」

・御飯 「赤飯錦糸卵乗」

・香の物 「季節の野菜」

・デザート 「マスクメロン アイスクリーム添」


ざっとこんな処だ。

飛鳥の煮物もステーキも旨かった。もっとも半分しか食べたれなかったが……


最後は両親に感謝の言葉と花束贈呈だ。

俺は真理ちゃんの両親にそれぞれ渡した。

真理ちゃんは俺のお袋に渡してくれたのだが、ここでお袋が真理ちゃんを抱きしめてしまった。

それだけ、お袋にとっては感慨深いものがあったのだと思う。

親父が死んでからずっと張り詰めていたのだと思う。

俺も自然と涙が出てしまった。

そして、俺達の挨拶だ。

「本日はお忙しい中を、私達の披露宴に御出席戴きまして、有難う御座います。

私達は本日夫婦となりましたが、未だまだ人生経験未熟な若輩者です。今後もどうか御指導御鞭撻のほどをお願い致します。本日はどうも有難う御座いました」

そう言って頭を下げると割れんばかりの拍手が俺達を襲った。


店の外に出て、お客さんを見送る。

色々な人が俺達の手を握って励ましてくれる。

やがて皆が出た時に真理ちゃんが後ろを向いてブーケを投げた。

それは、何と偶然そこに居た飛鳥の手に渡ってしまった。

呆然とする飛鳥、どよめく他のお客さん達

「誰か、譲りますよ」の飛鳥の声で結局希望者のじゃんけん大会になってしまった。

結局、友人代表で挨拶をした娘の手に落ち着いたみたいだ。

こうして俺達の結婚式と披露宴は終わったのだ。


家に帰り今は真理ちゃんと二人だけだ。

お袋は家に帰り着替えると

「友達の家で飲んで泊まってくるから」

そう言って出掛けてしまった。気を使ってくれているのだと思う。

俺は真理ちゃんを前にして手をついて

「これから宜しくお願いします」と頭を下げると真理ちゃんも

「こちらこそ宜しくお願い致します」と頭を下げた。

俺はそんな真理ちゃんが愛おしくて、思い切り抱き締めるのだった。

俺達の長い一日が終わろうとしていた。



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