式に向けて
結納を済ませ晴れて婚約者となった俺と真理ちゃんだが、秋の式に向けて色々と決めないとならなかった。
まず、着るものだが、俺はモールの貸し衣装屋さんからタキシードを借りる事にしたが、真理ちゃんは
「私、自分で縫ってみたいの」
そう言ってドレスを自作したいと言ったのだ。
まあ、これは判る。でも
「時間的に大丈夫なの?」
と訊くと、真理ちゃんは
「今からなら余裕で間に合うから安心していて」
とやる気になっている。
次に費用だが、今回はデモンストレーションの意味もあるので、細かい費用はモールの事務局が負担してくれる事になった。
只、牧師さんへの御礼は自分達持ちだ。これはあたり前だ。
店の料理も格安で出してくれる事になり、恐縮してしまった。
俺と真理ちゃんは、店の皆に「心ずけ」をはずむ様に相談をした。
それから新婚旅行だが、これは年末までお預けだ。
店が大事な時期なので、俺が抜けたら大変だからだ。
何末年始の休みに温泉にでも行くと二人で決めた。
この頃は今の様に正月も休まず営業というのはまだ珍しく、大抵のお店は4日からだった。
俺達の店が入っているモールも4日から営業という事は早くから決まっていた。
だからこの時期に31~4の間にどこかへ行こうという事になった。
時期が近ずくにつれて、色々細かい事が決まって行く。
真理ちゃんはウエディングドレスから一度だけお色直しをすることが決まった。
そのための衣装も作らないとならない、と思っていたら、真理ちゃんは
「工房を辞める前に作ったドレスがあるから、それに着替える」と言って俺にそのドレスを見せてくれた。
淡いピンクのちょっとよそ行きの感じのドレスで真理ちゃんに良く似合っていた。
夏の間は俺と真理ちゃんは披露宴に呼ぶお客さんの人選と席順を決めていた。
これは結構大変だと思った次第だ。
俺の主賓は柴崎さん。真理ちゃんの主賓は工房の先生だ。
座敷も使っておよそ80名前後の招待客を決めた。
残念ながら店の皆は入っていない。
同じモールで行われる二次会に出て貰う積もりだ。
披露宴の司会は櫻井店長が引き受けてくれた。
式の一週間前に、モールの事務局に、俺と真理ちゃん、それに両親、櫻井店長、事務局の責任者、そして牧師さんと、集まり最終の打ち合わせが行われた。
いよいよと思うと緊張する。
披露宴ではキャンドルサービス等は店の広さもあり危険なので行わず代わりに花を各テーブルに置いて行き、挨拶する事になった。
教会での式そのものの注意を牧師さんから受けて、頭にたたき込む。
そんな訳だから仕事をしていても飛鳥が色々と訊いて来てウルサいのだ。
女というのはやはりこういう事はとても気になるらしい。
「当たり前ですよ。わたしだって、そのうち貰ってくれる人が居たらお嫁に行くんですから」
そう言うのが飛鳥の言い分だ。
それにしても、飛鳥には恋人はいないのだろうか……
それから、住む部屋も今俺が使っている1階の6畳をお袋が使う事になり、2階を俺たちが使う事になった。
お袋曰く「邪魔しないから、早く孫の顔を見せろ」と冗談とも本気とも言えない事を言って俺たちを煙に巻いた。
いよいよ式の前日になった。
真理ちゃんは両親とモール併設されたホテルに宿泊した。
俺とお袋は挨拶に伺って帰って来た。
帰り道でお袋が
「真理ちゃん、本当に綺麗になったね。正直お前には過ぎた嫁さんだよ。お裁縫は当たり前だし、料理だって掃除だって抜群じゃないか、お前は感謝しなよ!」
そう言うので俺は
「感謝って、誰に? そりゃお袋には何時も感謝してるけどさ」
そう俺が言うとお袋は
「馬鹿!あたしじゃなくて、まわりの人皆にだよ。お前はお前だけじゃ無いんだ、周りの色々な人がいて、お前がいるんだ、その人全てに感謝しないといけないよ」
そうお袋は言って俺を窘めた。
そうか、そういう事なんだと俺は改めて思うのだった。
いよいよ当日となった。
俺とお袋は早くから控え室になっている事務局の会議室に詰めていた。
ここを半分に仕切ってもう半分は真理ちゃんが使う。
本当は俺のほうは3分の1でもいいのだが……
真理ちゃんはもう既に来ていて、美容室で髪の毛を拵えて居るという。
俺は着替えるのは早いので、店に行ってみると、調理場の人間は俺以外は皆来ていて
「あれ、正さんどうしたのですか? ここは未だ来るのは早いですよ」
そう渡辺が言うので、俺は懐から用意して来た心づけを皆に渡し、顔を出した櫻井店長にホールの人の分を預けて、渡してくれるように頼んだ。
控室に帰ると真理ちゃんが戻って来ていて、その姿を見て俺は感激してしまった。
鮮やかに纏められた髪はその美しさを表していたし、お化粧も何時もとは全く違っていた。
「綺麗だよ」
そうとしか言えなかった。
「ありがとう」
真理ちゃんは嬉しそうに返してくれると俺にウエディングドレスを見せてくれた。
それは白いドレスで見事なものだった。
「これね、先生が以前デザインした奴なの……私がこのデザインを気に入ってるって言ったら、使わせてくれたの」
そうか、そう言うのは本当は門外不出なのかとも思うが、愛弟子の為に作るのを、許可してくれたのだと思う。真理ちゃんはそれだけ信用されていたんだ。
そう思うと、俺も責任を感じ、しっかりしなければと思うのだった。
そして、着替えた姿は俺には正直まぶしすぎた姿だった。
ただ、「きれいだよ……」それしか口に出せなかった。
俺も銀色のタキシードに着替えて待っている。お袋が
「馬子にも衣装とは良く言ったね」と言ってくれる。
やがて、事務局の人が
「教会で用意が出来ました」
と俺達を呼びに来た。
さあ、いよいよだと思い俺は気合を入れたのだ。