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青空学園青春録

文芸部の少女

作者: ひみつ

「ダメだ、なにも出てこない……」

 文化祭の近いとある放課後、一人きりの文芸部室で私は絶望と己の無力さを吐き出していた。

 一週間以内には何か一つ作品を書き上げ、部長に提出しなくては製本に間に合わない。にもかかわらず、机の上に広げた原稿用紙は真っ白なままだ。

 いっそのこと、風邪でも引いたことにしてこのまま放り出してしまおうか…………。

 そんな考えがふと頭をよぎる。

「いやいやいや、そんなことできないでしょ。部長だって私を信頼して任せてくれたわけだし」

 頭を振って弱気の虫を追い払い、改めて鉛筆を握り直し、深呼吸してから部長の言葉を思い出す。

『なんでもいいのよ。あなたの書きたいもので。詩でもエッセイでも小説でも。思い浮かんだものをそのまま作品にしてちょうだい』

 うーん、思い浮かんだものねえ…………。

 真っ先に考えたのは、スポーツ少年と文学少女の恋愛小説だった。

 数ページ書いたところで、中学生の頃の自分と片思い相手をそのまま投影していることに気づき、原稿用紙を破り捨てた。

 体験談が悪いとは言わないが、これはあまりにも都合良く進みすぎた架空の未来だ。

 恥ずかしい。

 第一、昔から私のことを知っている相手に対して無防備すぎる。絶対ばれる。

 こんな妄想読まれたら生きていけない。

 次に詩に挑戦しようと思い、試しにいくつか書いてみた。

 …………私には、致命的に詩を書く才能がなかったのだと思い知った。

 一応、書き上げたものを音読してみたが、それっぽい言葉を箇条書きにしたようにしか聞こえなかった。

 エッセイでも同じだった。書き慣れていけばどうにか形になるのかも知れないが、そんな時間はない。

 結局、出来不出来はともかくとして、経験の一番多い小説に戻ってきたわけだが、今度はネタを出せずに頭を抱えている、という次第だ。

「なにか題材があれば書ける! …………気がするんだけどなあ」

 部長にアドバイスをもらいたいところだが、生憎と今日は文化祭の打ち合わせとやらで中央委員会に出席している。

 他にも三人部員はいるが、名前借りの幽霊部員なので、実質活動しているのは部長と私の二人だけだ。助力は全く期待できない。

 そして今日も筆が進まないまま、下校時刻を告げるチャイムにせき立てられ、私は学校を後にした。


「ただいま」

「お帰り、お姉ちゃん!」

 家に帰ると、珍しく小学生の弟が玄関で出迎えてくれた。

 いつもこの時間は居間のソファでアニメを見ているのだが、今日は少し様子が違う。

 ふと気づけば、弟の右手にはおもちゃの拳銃が握られていた。

「あんたそれ、どうしたの?」

「へへへ、テストで十回連続百点取ったご褒美!」

 私の問いかけに、弟は満面の笑みでそう答えた。

 ああ、そういえば母とそんな約束をしていた気がする。成績に応じて何かを買ってあげるとかなんとか。

 目の前にニンジンぶら下げれば走り出す弟を単純だと笑いそうになったが、弟と同じ年の頃は私もこのやり方でテストの点を上げたものだと思い出した。

「よかったわね。次もがんばんなさい」

「うん!」

 元気いっぱいに返事をして、ばきゅーん、ばきゅーんと口で弾を撃ちながら弟は居間へと走っていった。

 その後ろ姿を見送ってから、私は自室がある二階へと向かう。

 …………銃か…………。

 階段を上りながら、ぼんやりと考える。

 そういえば、剣と魔法のファンタジーとか恋愛ものは結構書いてきたけど、銃で戦う話って書いたことなかったな。

 興味がなかったから、といえばそれはそうだろうけど、どうせ今のままじゃ前に進まないんだし、ちょっと試してみようか。

 部屋に入って、鞄から原稿用紙と筆記用具を取り出し、机に広げる。

 主人公は…………そうだな、やっぱり感情移入しやすい自分と同じ歳の女の子がいいかな。せっかくだから、すごい美少女にしよう。

 でも、十代半ばの女の子が銃で戦うって、理由がいるよね。

 親がやくざとか? 相手を油断させるためにどこかの組織が育てた殺し屋? それとも、紛争地域で育った少女兵士?

 恋愛要素も入れたいな。

 あんまり血なまぐさい話じゃなくて、もっと、こう、ドラマ重視で。

 気がつくと、私は夢中で筆を走らせていた。

 母親から夕飯の支度を手伝いなさいと呼びかけられたところではっと我に返り、大まかなプロットが完成しているのに気づく。

 もう一度頭から話をなぞってみて、悪くないと思った。

 もちろん執筆に入るこれからの方が大変だし、また煮詰まったりもするだろうけど、とりあえずの指針はできた。

 あとはこれを何とか形にしなければ、と気合いを入れ直したところで、再度母親の呼ぶ声が家中に響く。

 はーい、と返事をしながら、調子よく階段を下りる。

 そうだ、ヒントをくれた弟にも、あとでお菓子か何か買ってあげよう。

 締め切りまで残り一週間、ちょっとした作家気分ではないか。

 そう考えると、今後の苦労も楽しみながら乗り越えていける気がした。

 

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