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昨日の敵は今日の嫁  作者: 梅干し
昨日の嫁は今日の敵
8/13

5.彼女が泣く理由。

「今回の目標は“シエル討伐”だ!!」


 眼鏡を光らせて、ジンは言い放った。


「班長!! それはいつも言ってます!!」

「そしていつも返り討ちに合ってます!!」

「いい加減現実を見て下さい!!」

「その眼鏡は飾りですかこの野郎!?」

「つーか、もうマジ勘弁してくれ!!」


 実技の時間。来月までは、演習のために班別で訓練する事になっている。第二訓練場の端っこでジンを頭とした班のメンバー二十五人がよってたかってジンを責め立てていた。

 三年生の時から入れ替わりは多少ありはしたが、ほぼ同じメンバーはいつも“シエル討伐”に付き合わされていて、軽くトラウマになっているので必死である。


 そんな中、少し離れた所から魔力が膨れ上がるのを感じて、ジンたちはそちらへ振り向く。

 目も開けていられないほどの強風が渦巻いた。その中心にいるのはシエル。ジンは飛ばされないように足に力を入れて、なんとか薄く目を開けて見れば、渦巻く風に少しずつ炎が灯り、やがてそれは渦巻く炎となって天へと巻き起こった。

 一際強い熱風が訓練場にいた生徒たちの手を地につけさせると同時、ぴたりと炎の風は止む。


「凄いノイン君!! 私の力に負けないどころか、同調させるなんて本当に優秀なんだねっ!!」

「あはは、優秀なのは否定しないよ。でも、それよりもきっと僕たちの相性が良いんだよ」

「そうかもねっ!!」


 訓練場にいる生徒たちは青ざめた表情で彼らを眺め沈黙した。

 シエルだけでもあまりにも強大すぎる力。それなのに、それに負けないほどの力を持つイケメンが加わる事によって、誰も勝てないと思わせてしまう力を、この場にいた一部を除いた全員が感じてしまったのだ。

 それを見ていたジンもまた沈黙し、空を見上げて嘆息した。


「……よし、方針変更だ」


 あらゆる意味でのシエルバカがようやく現実を見てくれたのだと班員たちの顔に喜色が浮かぶ。


「“ノイン討伐”に変更だ!!」

「結局同じ事だよ!!」

「ダメだこいつ早くなんとかしないと!!」


 班長の横暴に、彼を糾弾する声がより高まった。しかし彼はそんな声など聞こえないかのように眼鏡をくいっと持ち上げ、不敵な笑みを貼り付けている。


「今回は、強力な助っ人を用意している」


 班員たちはジンの言葉にひとまず落ち着きを取り戻し、怪訝な顔をして顔を見合わせる。

 そして、どこからともなく現れた“助っ人”に、班員たちの顔が先ほどとは違う意味で青ざめた。


「やっほ~。みんなのアイドル、オペリアちゃんだよぉ☆」


 “助っ人”として現れたのは、シエルと同様ずっと単独行動をしてきたオペリア=シリウス。だが、シエルと違ってタチが悪いのは、団体行動が“できる”のに“しない”という事であった。空気を読んだ上で、場を掻き乱すのだ。

 集団演習においては、致命傷となる罠を無差別に設置するわ、劣勢の班に逆転のチャンスが訪れたのを見計らってどちらの班も全滅するように仕掛けるわ、とにかく嫌がらせ行為に全力を注いでいるため、ある意味シエルよりも恐れられている人物である。

 勿論、ジンの班にも何人も被害者がいる。


「ま、まさか……。オペリアを班に入れたのジン?」

「無謀だ!! 始まる前に全滅するぞ!!」

「騒ぐな。別に班に入れた訳じゃない」


 シエルがいない所ではクールガイの名を欲しいままにするジンが、班員に責められても表情を少しも変えずに諌める。


「シエル・ノイン班を倒すために、共闘という姿勢をとるだけだ」

「そぉだよ~。オペリアのポリシーに反するから班には入らないけどぉ~、今回は特別にジン班には手を出さないで動いてあげる~」

「具体的には、オペリアが設置した罠の効果と位置情報の提供、シエル・ノイン班の行動の制限をしてくれる」


 それすらもオペリアの罠ではないのか。そういう不信感が班員たちの目にありありと表れているのを見て、オペリアは気を害した様子もなくふわふわと笑う。


「だぁいじょうぶだよ~。オペリア、ノインくんの事ちょこ~っと気に入らないから~、徹底的にひねり潰すためにジンくんの力も必要なのぉ~」


 ちょこっと気に入らないだけで、随分と物騒な目付きをするオペリアを見て、班員たちの背筋が冷えた。更にその目付きでオペリアが本気なのを感じ取って、より顔を青ざめさせる。

 敵に回すと迷惑極まりない存在であるが、味方になれば心強い事は確か。だが、『お前ら、失敗するとどうなるか分かってるだろうな』というジンとオペリア双方からの無言の圧力が彼らにのしかかる。

 そうして、勝てる見込みがあるのか無いのか分からないのに、退路を断たれた班員たちは腹を括らねばならなくなったのである。

 後に、ジン班の訓練の様子を見ていた者たちは語る。

「あの時のあいつらは、命を投げ出した狂戦士かのごとく鬼気迫るものがあった」と――。



 ジン班がそんな命をかけた訓練をしている傍ら、シエル・ノイン班はイチャつきながら(ジン視点)楽しそうに訓練をしていた。

 それを横目で見ていたジンは、本人は至って冷静なつもりだったのだが、目が色んな意味で危ないものになっており、そんな目を見た班員たちの訓練への情熱により身が入ったのは良い事なのか悪い事なのか、それは彼らにしか分からない……。


 一方、こちらも良い事なのか悪い事なのか分からないが、彼らを見ていたノインはジン班の評価を改めていた。

 ジン班の個々の能力は平均して中の上。良くても上の下程度の人間しかいない。そんな人間がたかだか二十人そこそこ集ったくらいではシエルどころかノイン一人にも敵わないだろう。

 それなのに彼らの動きときたらどういう事だろう。現役の一流軍隊のようではないか。各々の欠点を補うばかりか長所をより活かすような動きをしている。

 ――気を抜いたら万が一、という事もあるかもしれないな……。

 ノインにしてみれば、学生の集団演習など遊びのようなもの。しかし、今回はジンのプライドを踏みにじり、そんな惨めな彼の姿をシエルに見せて心離れをさせるという目的がある。


「シエルさん、いつも一人で彼らを相手にしていたんでしょ? やっぱり凄いね、シエルさんは」

「うん。でも、今回はいつもとなんか違うから、一人じゃダメだったかも」

「えっ……、そうなんだ……」


 シエルをもってしてそう言わしめる今回の彼らの動き。本格的に気を引き締めなければいけないな、とノインは危機感とは別の高揚感に口元を緩めた。


「まぁ、僕とシエルさんが組めば、学院内では敵無しだよね」

「でも最強なのは、やっぱり私とジンコンビだけどね!!」


 訓練を始めて二週間、くじけずシエルの気を少しでも惹こうと頑張ってきたノインだが、暖簾に腕押し、糠に釘。そろそろ素で泣いてしまいそうな気持ちで何気なく聞いた。


「それじゃあ、どうしてジン君と組まなかったの?」


 すると、シエルは先ほどまでの爛漫な笑顔を曇らせ、俯いてしまった。

 おや? とノインは思う。以前、ジンの気持ちを疑わせるような発言をした時に、理不尽な嘲りの顔を向けられた。その顔が軽くトラウマになっていたノインは、その方向の話は避けていたのだが、あながち悪い線ではなかったのかもしれない。


「……もしかして、ジン君に拒否された事があるとか?」

「えっ? 違う、けど……」

「けど?」

「……私といたら……、迷惑かけちゃう、でしょ?」


 え? 今さらそんな事言うんだ。と思うノインは間違っていないはずだ。

 学院生活からプライベートに至るまで、例え授業中に一緒に行動しなくとも、シエルに出会った幼い頃から毎日かかす事なく大なり小なり迷惑を被ってきたジン。まあ、その半分はジン自ら首を突っ込んでいるのだが。シエルのそんな心遣いは周囲から見れば今さら、という思いである。


「へぇ……。ジン君はシエルさんの事、迷惑だと思ってるんだ?」

「そ、そんな事ないよ!! たぶん!!」

「そうだよね。今回はたまたま僕とペアになっただけで、僕が先に声をかけなかったらきっとジン君がシエルさんを誘ったはずだよね」


 そうだよ、とシエルは言いたくとも言えなかった。

 今までは、なんだかんだ言いながらもシエルを見捨てるような事はしなかったジン。だから、迷惑がられているなんて思った事などなかった。いや、思わないようにしていた。

 『ジンに迷惑がからないように』と授業では距離を取っていた。しかし、それは迷惑をかけてしまうという確信と、きっとジンもそう思うだろうと無意識のうちに思っていた事に違いない。

 それを裏付けるように、集団演習ではいつも一人だったのだから。

 ノインの言葉でそれに気づいてしまい、胸がちくり、と痛んだ気がした。しかし、それには気づかないフリをして、ノインに訓練の続きをしようと促した。


 ノインはやっと隙を見つけた事にガッツポーズを取りたい気持ちを抑える。そして先ほどのやり取りなど気にも止めてないといった風にシエルの促しに笑顔で応え、自動魔術弾発射装置を発動させた。

 前後左右、更に天井に設置された装置から拳大の大きさの電気を帯びた球が発射される。避けるだけならば五年生にもなれば簡単な作業だ。しかし、難易度を一番難しく設定した球は対象者を追尾し、動きを予測し変則的な動きをするようになる。そのせいで球同士がぶつかり合い、目を射る光と共に放電し、それに触発されてあちらこちらで球が弾け、結界内は常に電気を帯びた空間へとなる。

 なので、避けつつも防御、更に余裕があれば場の沈静化のための訓練になる。

 そこまでいくと、並みの実力では対応しきれない。しかし、シエルとノインにとっては、いつもなら造作もない事だった。いつもならば。


 シエルはぼんやりとしながら、迫り来る電気の球を避けていた。彼女ほどの強大な魔力を持っていれば、身体の周りに纏わせるだけで下手な防御のための魔術よりも強固な鎧となる。一応訓練なので動いているが、ど真ん中でボーッと体育座りしていても問題ないほどだ。

 ふとノインを見てみると、彼は手に水を纏わせて弾いていた。

 ああ、そう言えばジンが純水は電気を通さないとかなんとか言っていた気がする、とシエルはあまり働かない頭で思った。


 ――純水って何? 純粋な純水? ダジャレ? ははぁ……。雷さんはそういうのがお好きですか……。


「其れは命」


 魔力を帯びたシエルの指先が、宙に水の魔術記号を描く。


「其れは私と為り、私と共に在る」


 次にそれを囲むように召喚記号を描く。


「其れは歓びの求道者であり、また歓びを生むものである」


 召喚する精霊の種類を表す記号を、水の記号の上に描き足して、最後に全てを囲むように円を描いて、シエルは高らかに精霊を呼ぶ。


「其れは“波の道化師”!!」


 宙に描かれた魔術陣から虹色の水が湧きだし、それは小型の二体のスーツを着た人型へとなった。

 丸いお腹をたぷたぷしている方が第一声を放つ。


『はい、どーもー!! “波の道化師”のガナタでーす!! こっちが相棒の……』


 話を振られた髪の毛が怪しい方が渋い顔を作り言う。


『どうも、チャン・ギュンソクです』

『どの面下げてんな事ぬかしとんじゃい!!』


 パシーン!! メタボ精霊がどこかから取り出したハリセンでヅラっぽい精霊を叩いた音が響く。


『みなさん、えろうすんまへんな。このハゲ、ハリュカっちゅーんですけどね。現実を見ぃひんおっさんなんですわ』

『そうそう、現実なんてしょっぱい事ばっかでね、最近ワシ二次元のネーチャンにしかトキメかへんのですー』

『ははは、萌えー、なんつってね。ええ歳したおっさんが気持ち悪いわこのハゲ!!』


 パシーン!! またハリセンの小気味よい音が響いた。

 それをノインが球を避ける事も忘れ、何が起こっているのか分からずにぽかーん、と口を開けて見ている。電気の球がビシバシと当たっているが、一応防御魔術を施しているので大したダメージにはなっていない。


『さっきからワシの事ハゲハゲうるさいのう!! おんどれどこに目ぇつけとんじゃい!! 見てみぃこのフサフサした毛!!』

『おお、ホンマや、フサフサしとるわ』

『せやろ、もうフサフサしすぎて世の中の髪の毛無い人間に謝って回りたいくらいやわ!!』

『ふっ』


 メタボ精霊がヅラっぽい精霊の頭に息を吹きかけた。すると、ヅラっぽい精霊の髪の毛がふわりと浮き、無残にも頭頂部を覆っていた全ての髪が右側の耳の横に流れ、ツルツルの頭が顕になる。


「あっはははははは!!」


 シエルが爆笑した瞬間、ハゲから虹色の光が溢れ、それは訓練場を満たしていった。

 不可解な精霊の登場と、シエルの笑いのツボが分からずに困惑したまま突っ立っているノイン。しかし、虹色の光が触れた瞬間、不意に襲った痛みについ声を上げてしまった。


「痛っ! えっ? えっ? ぅわっ、痛っ」


 施していたはずの防御魔術がいつの間にか解かれており、絶賛放電中の電気に触れたノインをほんのり焦がしていく。慌てて防御魔術をかけようとしたが、何故か力が拡散されて発動しなかった。

 少しくらい当たったくらいでは大怪我をするような威力ではないが、地味にダメージが蓄積されて苛々するので、ノインは舌打ちをしてから早く結界の外に出ようと思った直後、結界の外から悲鳴が響いた。

 解かれたのはノインの防御魔術だけではなく、訓練場を仕切る結界さえも解かれてしまったようだ。幸い、もう球は出てきていなかったが、魔術の要素を含んでいない分の電気が連鎖に連鎖を重ね、訓練場のあちこちで火花を散らしていた。


「きゃーーー!!」

「いたたたた!! 何々!?」

「皆、早く外へ出ろ!!」


 混乱する場内で、ジンが外へ誘導する声が響く。シエルもそれに続こうと、“波の道化師”の召喚を解いた。


『もう、あんさんとはやってられまへんわ!』

『『どうも、ありがとうございましたー!!』』


 締めの言葉を言った瞬間、精霊たちをかたどっていた水が弾け、ザバー!! っと、地面に流れた。


「えっ……?」


 さっきまでいた精霊の身体に収まるはずのない、明らかに許容量以上の不可解な水が訓練場に広がっていき、自分の足首まできた水を見てノインは青ざめる。

 それと同時に訓練場内は、悲鳴のハーモニーで埋め尽くされた。



 ◇ ◇ ◇



「で? お前は何がしたかったんだ?」


 頭にタンコブを作ってしょんぼりしているシエルと、納得がいかないといった風なノインが正座をさせられてる前で、ジンは椅子に座ってふんぞり返り二人を見下すように見ていた。


 場内に満たされた水から全体に伝わってしまった電気は幸いにして少し痺れる程度で済んだのだが、それに驚いたシエルによる暴走で訓練場は半壊、ジンの機転により重傷者は出なかったが怪我人が出た事は確かだった。

 教師たちは既にシエルに対しては色々と諦めており、対応の全てをジンに丸投げしている状態である。だからこその今のこの状況なのだが、ノインは腑に落ちずに不満を隠さず口にする。


「どうして僕がキミに叱られる立場にならないといけないんだ?」

「うるせぇよ役たたず!!」

「や、役たたず……?」

「シエルのパートナーは自分が相応しいみたいなデカイ面してた割には、暴走を止めるどころか放っておいて自分だけ逃げるヤツを役たたず以外に何と言えばいいんだ? あ?」


 まるでインテリ893のような目つきで凄むジンに、ノインは口を噤んでしまった。


「二週間もシエルと一緒に訓練してきて何を学習してきたんだ? あんなになるまで放っておくなんて馬鹿か」

「いやいやいや!! あれは予測不可能だったからね!? まさか、あんなふざけた精霊が魔術を無効化するほど強力なものなんて想像できないだろう!?」

「それはお前の勉強不足だろう」

「ぐっ……!!」


 あの漫才精霊は小さい頃からシエルのお気に入りだったため、ジンも当然のように知っていた訳だが、実際マイナーすぎる精霊のため知っている方が珍しい。しかし、そんな事は棚に上げてさも知っていて当然だと言わんばかりの顔をするジンに、何も言えなくなってしまうノイン。


「つーか、なんであの訓練にアレを出す必要があったんだ?」

「えっ!? だって、雷さんはお笑いが好きなんでしょ?」

「……」


 覚悟はしていたが、やはり訳の分からなさに怒りが爆発しそうなのをグっと堪え、ジンは大人の対応を心がけようとした。


「……百歩どころか万歩譲ってそうだったとしよう。でも、アレの効果はよく知っていたはずだよな? そうだよな? んん?」

「う、うん」

「あんな他の人間が訓練のために魔術をガスガス使ってる所にあんなもん喚び出しやがって、お前は他の人間の迷惑を考えた事ねぇのか?」

「めい……、わく?」


 まるで自分の助け舟を出しているような発言に、ノインは口元が緩みそうになった。

 案の定、シエルは泣き出しそうな顔をしている。


「や、やっぱり……。ジンも、迷惑……、だった?」

「ったり前だろうが!! 訓練を邪魔された事もそうだし、訓練場が一つ潰れた事で訓練できずにあぶれる人間が増えるんだぞ!? 俺たちの班だってそうだ!! 確実に訓練時間が減るんだ、迷惑に決まってる!!」


 大人の対応はどこへやら、結局キレて今一番言ってはいけない言葉を言ってしまった。そんな事など知らないジンは説教を続けているが、今のシエルにはそんなものなど聞こえない。


 一通り説教のような文句を言い終えて少し気分が落ち着いた後、シエルの様子がおかしい事に気づくジン。いつもなら何を言われてもヘラヘラしながら訳の分からない言い訳をしてくるのに、今日は押し黙って俯いたままだった。


「……? シエ、ル? なんで泣いてんだ」


 驚いて近づこうとしたが、その前にノインがシエルの肩を抱いて優しげに囁く。


「可哀想に、シエルさん。ジン君に“迷惑”だなんて言われて傷ついてしまったんだね」

「はあ!? 何言って……」

「今日はもういいだろうジン君。見ての通り彼女は深く反省してる。これ以上彼女を苦しめないでくれ」

「はあああああ!!?」

「さあ、行こうシエルさん」


 ジンは何が起こっているのか分からずに、目も合わさないままノインと去って行くシエルを見ている事しかできなかった。


 ――え? なんで俺が悪モノみたいになってんだ? 解せん。


 今までシエルに対して散々酷い事を言ってきたという自負はあるジンだが、今日もその範疇内であったはずだ。特別酷い事を言ったつもりはない。それなのに、なぜシエルは泣いていたのかがジンには分からない。

 それよりも、だ。

 ジンにとっては、あんな弱った姿で他の男に肩を預けた事が腹立たしい。泣くのなら、なぜ自分の傍で泣かないのか。


「ちっ。勝手にしろよ」


 座っていた椅子を苛立つ気持ちもそのままに蹴りつけ、シエルたちが去って行った方向とは別の方向に歩き出した。

【波の道化師】


水の上級精霊。

命を司るものとしての自負と、人間びいきである事。それが重なり、人間の命をより輝かすための術として思い至ったのが“笑い”であった。

“笑い”こそ全てを救い、“笑い”こそ人生を輝かせるための至上の歓び!!

そう信じ、彼らは厳しい修行の末に“漫才”という形こそが効率よく“笑い”を誘発できると悟りをひらいた。

水の精霊界ではお笑い育成所があり、人間を笑わせようと若い精霊たちが必死に修行している。

ハリュカ・ガナタは水の精霊の中では大御所である。


人々の“笑い”の時間を邪魔させないために、魔力を無効化する波動を放つ。

効果だけ見れば凄いものなのだが、心から笑わないと発動しない事と、彼らの笑いがあまり受け入れられない事から『使うと怪我する召喚魔術』のカテゴリーにあり、マイナー扱いされている報われない精霊たち。

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