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昨日の敵は今日の嫁  作者: 梅干し
昨日の敵は今日の嫁
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2.彼女の事情。

 シエルは彼を見ていると、幼心にイライラした。

 とにかく彼はトロく、不器用だったのだ。一つの事をし始めたら、それに執着して他の事はできない。何事もすぐにできてしまう彼女にしてみれば、一つのものに執着する時間はとてつもなく長く感じた。

 周りの大人も、教えた事をすぐ覚え、すぐにできるシエルと、物覚えが悪く同じ事を何度も何度も繰り返す彼とを比べ、シエルはよく褒められ、彼は馬鹿にされていた。シエル自身も大人達に感化され、彼を馬鹿にしていた事もある。

 しかし、子供向けだけれど、難易度が上がれば大人でも解くのが難しいと言われているパズルを二人でやった時だった。いつものようにシエルはすぐに一つ、二つ、三つと、どんどん解いていく。彼もいつものように、どんどん進んでいくシエルの横で、いつまでも一つ目を繰り返し繰り返しやっていた。

 彼をイライラと横目で見ながらパズルを解いていくシエル。そしてついに大人でも解くのが難しいとされる問題になった時、さすがの彼女でもなかなか解けなかった。パズルを前にうんうんと悩むシエル。そこに、小さな顔に不格好な大きな眼鏡をかけた彼が言った。


「僕それできるよ」


 未だ一つ目を繰り返しやっているだけだった少年にできる訳ない。それでも、シエルは彼に「私でもできないのに、できるわけないよー」と、彼を馬鹿にしながらパズルを渡した。

 すると、彼は悩む素振りすら見せずにすいすいと解いていくではないか。

 自分より出来が悪いはずの、自分が馬鹿にしていたはずの、トロくて不器用な彼がどうして自分が解けなかったパズルを解けたのか。シエルは不思議で仕方がなかった。きっと最初から答えを知っていたのだ、とさえ思った。

 しかしそうではない事に気づく。

 彼は言った。このパズルは『法則』があって、それを見つければどれも簡単だ、と。

 そう言って、いつも彼を馬鹿にしているシエルにも、優しくその『法則』とやらを教えてくれたのだ。

 シエルがやっと自力でパズルを解く事ができるようになった頃、出来上がったパズルを見て、大人達は「やっぱりシエルはすごいねぇ」と褒めてくれた。ジンには見向きもしないで。

 けれど。シエルだけは知っていた。

 本当に凄いのは彼だ。シエルはただパッと見たものだけを覚えて、その表面上の知識だけを使っているだけに過ぎない。

 けれど。彼は違う。

 奥の奥まで考えて、それを知る事ができるのだ。一つの事を繰り返し繰り返しするのは、それを知るためにやっていたのだ。


 その時から、シエルにとってジンは、彼女の中の唯一の『凄い人』になったのだった。


 それからシエルはジンに付きまとう事になる。彼は『凄い人』だから、無茶をしてもきっと大丈夫。そんな迷惑な思い込みによって、ジンはシエルの魔術の実験台となり、幾度も死の淵をさ迷ったのだが、それもジンは『凄い人』だからきっと対した事ない。と思い、幼気な少年の心に傷を作っていった事などシエルは気づかない。

 それに、死の淵から生還したジンは魔術が失敗する原因を大人より早く見つけて、シエルに優しく教えてくれるのだから、やっぱりジンは『凄い人』となり、更に過激になっていったのは、きっと誰も悪くない……はず。


 そんな優しい『凄い人』が、ある日を境に荒んだ瞳でシエルを見るようになった。

 何が原因だったのかはシエルには分からない。あえて言うなら、日々の積み重ねといったところだろうか。

 更には、露骨にシエルを避けるようになった。声をかけても無視されて。手を繋ごうとすれば振り払われる。

 シエルは混乱した。自分が同年代の子供達に好かれていないのは知っていた。けれど、ジンだけはいつも隣で優しく笑ってくれる存在だと信じて疑っていなかった。

 混乱が過ぎて、『ジンに嫌われた』と思い至りそうになり、泣きそうだった時に“それ”を見つけた。


 父親の本棚にあった『男の屁理屈、女の癇癪』というタイトルの本がいやに目についた。人並み外れた記憶力を持つシエルは、すでに字を完璧に習得しており、難しい本でも読むのには困らなかった。


 曰く、男と女は違う生き物であるらしい。身体の作りも違うなら、脳の作りも違うのだと。

 曰く、違う生き物なのだから、考え方が違うのも当たり前。考え方が違うから、喧嘩をすれば収集がつかなくなるのも当たり前の事。

 曰く、だから自分の考えを押し付け合うのではなく、『こういう生き物なのだから仕方ない』と認め合う事が大事なのだと。


 なるほど、とシエルは力強く頷いた。

 ジンは『男』だから、きっと『女』である自分の理解できない事でぷりぷり怒っているのだ。きっと大人になって、男と女の『痴情』を理解すれば、きっとまた優しく笑ってくれるように違いない。一足先に大人の世界を理解した自分は温かく彼を見守っていこうじゃないか。と、痴情の意味も知らずに大人の顔になったシエルの姿がそこにあった。


 それからシエルは遠目にジンを見守った。冷たい態度をとられたり、酷い言葉を投げかけられたりするたびに、『大人の女』であるシエルはにこにこと温かく見守ったのだ。それがジンの機嫌を逆撫でしている事にも気づかずに。


 そんなある日、シエルは重大な事実に気がついた。

 いつの間にか学院内の成績がシエルの次にまでよくなったジンが、『打倒!! シエル!!』というポリシーの元に動いているのだと。

 と、いう事は、だ。ジンはシエルを倒す(?)ために勉強を頑張っていたという事になる。つまり、目標はシエルという事だ。


 ――やだ、私……。追いかけられてる……?


 シエルはトキメいた。しかし、そのトキメキは恋愛的なものではなく、昔彼と鬼ごっこをした時に感じた高揚感と同じだと勘違いした。

 けれど、嬉しい事には違いなかった。つれない態度をとっておきながら、実は違う角度から自分と遊んでいたのだ、と盛大な勘違いをした。


 シエルが逃げて、ジンが追いかける。昔のように優しく微笑んでほしいと思う気持ちもあったけれど、それでも鬼ごっこも存外楽しく感じた。


 ――いつまで鬼ごっこしていられるだろう。まだ終わらせたくない気がする。なら、逃げなきゃいけない。勉強しないと。ああ、でも、ジンみたいに上手く理解できない。なんでキャサリンちゃんは八時に起きたらいけないのか全く理解できない。若い頃はすっぴんで十分だと思う。


 そんな鬼ごっこは、ついに終りを迎える。

 ジンが、シエルを抜いて学年首位になったのだ。


 テスト結果が書いてある張り紙を見て、シエルはポッカリと心に穴が開いたような気がした。


 ――鬼ごっこが終わっちゃった。もう、追いかけて貰えなくなるんだ……。


 なぜか、無性に哀しくなった。その次の瞬間、シエルは閃いた。

 ああ、そうだ。今度は私が『鬼』になればいいんだ――、と。

 またシエルがジンより成績がよくなって、またジンがシエルを追い抜いて、そうすれば、ずっと彼と遊んでいられる。

 とても名案だと思った。だから、彼女は彼に言ったのだ。


「お勉強会しよう!!」


 一度は無視されたけれど、担任のナイスアシストによって、その日の放課後に早速お勉強会をできる事になった。

 その時に、彼はどうやらどうしてもシエルより優位に立ちたいらしい事に気がついた。だから、彼のために一生懸命考えた。自分が苦手で、彼が得意な事を。

 まず、考える事。それから、考える事。後……、考える事……。あ!! 後、忍耐とか努力とか? と、ぐるぐると考えた結果。

 『権力』という答えに至った。

 決定打は、『人付き合い』という点だった。ジンは、訳の分からない事ばかり言うシエルの話を聞くという忍耐強さもあり、話が通じないだろうなと思いつつも、常識とは、道徳とは、なんたらかんたら……、と説く人の良さもあり、また生まれ持っての魔力が少なくとも地道に勉強を続け、既存の魔術を省エネ魔術にしたりと劣等生の希望の星になった事もあり、人望がある。なので、友人(シエル被害者の会会員)も多く、学院内の生徒自治会の会長もしている。

 反対にシエルといえば、力ばかりあるだけで、協調性は皆無、空気は読めない、力にものをいわせて罪のない人間をフルボッコにするなど、正義のヒーローどころか、魔王扱いされている。もちろん友人なんて片手で足りるほどしかいない。


 シエルはなまじ力が強いせいで、幼い頃から大人の世界に出入りしていた。そこで理解したのだ。

 上手く生きていく上で大切なのは、膨大な魔力よりも、『人と人の繋がり』なのだ、と。

 そして、それを上手く活用できている人は総じて権力者が多い。

 シエルは人によく嫌われる事を理解していた。その理由に気づかなくとも。だから、自分には人付き合いは無理だ。でも、ジンならできる。


 ――ジンは『凄い人』。だから、ジンは私より強い『力』を手に入れる事ができる。


 そんな風にシエルに絶賛されているとは露知らず、ジンの精神はボロ雑巾のままなのだが。

 そこまで考えて、シエルはまた哀しくなった。シエルより強い『力』を手に入れたら、きっと彼はシエルの事をもう追いかけなくなるだろう。もしかしたら、見向きもしなくなるかもしれない。


 ――離れたくない。


 誰よりも早く、ジンが凄いと気づいたのは自分なのだ。誰も話しかけてくれなくても、彼だけは無愛想ながらも自分に話しかけてくれた。笑いかけてくれなくとも、話しかけてくれるだけで嬉しかった。


 ずっと、大好きだった。


 そこまで考えて、シエルは漸く自分の恋心に気づいた。

 気づけば、行き着く答えは一つ。


「ジンのお嫁さんになるの!!」


 


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